吉澤嘉代子にはデビュー前から3作目までのアルバムの構想があったという。ファースト『
箒星図鑑』のテーマは“少女時代”、セカンド『
東京絶景』は“日常の絶景”、そしてこの『
屋根裏獣』は“物語”。1曲ごとに映画や短編小説や絵画になりそうな10編の歌物語は吉澤の本領であり、3部作の完結編にふさわしい濃密さを誇る。歌詞、メロディ、歌唱から、アレンジ、演奏の一音一音まで、尋常でないエネルギーと思いの強さがみなぎり、完璧以上を目指して作られたことがはっきりわかる。制作は大変だったろうなと思っていたが、いざ話を聞いてみると、産みの苦しみは想像以上だった。
――吉澤さんの作品はいつも完成度が高いけど、『屋根裏獣』はこれまででいちばん濃いと思いました。思いの強さに呼応して、サウンド面もひときわ緻密な印象があります。
「わたしはこの曲ではこういう主人公を演じるとか、そういうものを見せたいと思ってやっているので、サウンド的にはバラバラだって言われることもあるんですけど(笑)。今回はサウンドについても今までより明確に“こうしたい”というイメージがありました。弦も管もすべて生で録っていて、自分でもうっとりするようなサウンドになっていますね。ディレクターさんが予算とスケジュールのやりくりをすごく工夫してくれて、かろうじて成立したと思うんです。曲順、曲の構成、アレンジャー、使う楽器まで全部レコーディング前に決めて、一日で何曲分も録ったりとか」
――今どきJ-POPでこれだけ生音を使ったレコーディングはなかなかないですよね。結果的には満足していますか?
「しています。歌唱面ではもっとこういうふうにできたかなとか思うところはもちろんたくさんあるんですけど、とことんやりきったというか。今回は自分の心が動く歌だけを録ろう、自分が大好きなアルバムを作らなければ、と思って臨んだんです。今までは“こういうものを作ったら喜んでくれるだろう”みたいな、誰かの視点が常にありましたけど、今回はそれをやめました。録れたものを好きになれなくて録り直したことも1曲や2曲じゃなくて、ハチャメチャをやってみんなに迷惑をかけちゃいましたけど……」
――自分の心が動く曲だけにしようと思った理由は?
「デビュー前にアルバム3枚分の構想があったんです。1枚目が“少女時代”、2枚目が“日常”、3枚目は自分がいちばん好きなもの。それはわたしが子供のころに救われてきた“物語”だったんですけど。だから自分にとって完璧なものを作ろうと思いました。これ以上好きになるアルバムはない、というくらいのものを」
――それだけ大切なものを予算も時間も限られたなかで作り上げるのは、並大抵のことじゃなかったでしょう。
「前回のツアーの追加公演(2016年11月)のあたりから喉の調子を崩しちゃって、ちゃんとした歌が歌えなくなったんです。その翌週からレコーディングが始まることになっていて、喉を使うとまた悪化しちゃうし、でも録らないと〆切があるし、満足のいかない歌なのに録り続けなきゃいけなくて、それはほんとにつらかったですね。みんなはいいって言ってくれるけど、絶対よくない!って思うから」
――そこで「みんながいいって言うんだからいいや」とは思えないんですね。
「それはほんとに思えないですね。お仕事だからやらなきゃいけないのはわかっているんですけど、自分がいいと思えないと、壊れそうになるというか。そういう意味では、向いていないのかもしれない」
――でもなんとか完成させることができて、感慨深いものがあるんじゃないですか?
「そうですね……なんかいろんな気持ちがあって……うーん、そうだな……んー……あんまり考えられないですね、このアルバムに関しては。でも、そうですね……」
――冷静になれないみたいな?
「うん、冷静になれない。愛情が詰まっていますね。わたしの愛情も、みんなの愛情も。レコーディング期間中に、なんだかすごくなつかしい感覚になった日があって、〈ユートピア〉のミックスの日だったんですけど。朝から中学生のころの大晦日みたいな感覚があって、何だろうと思っていたら、その日から、なんか自分が今までと違うっていう感覚になって。わたしはいつも家で仕事をしていて、しかも好きなことをやらせてもらっていますけど、スタッフのみなさんは朝から会社に行って、夜も遅くまで働いているじゃないですか。みんな頑張っているのに、守られているような立場にある自分がおかしくなっていくのが恥ずかしくて、おかしい、おかしいって思っていたんですけど、息ができなくなっちゃったんですよね。仕事をしようと思うと家から外に出られなくなって。家族に連れられて病院に行ったら、先生に“しばらく休んだほうがいい”って言われて、マネージャーさんに言ったら“休んでいいですよ”って言ってくれたんです。全然休めるような時期じゃなかったのに」
――時間がないなかで、そんなことがあったんですね。
「それからは毎日泣いてばかりだったんですけど、たまにお散歩したりして、普通の生活ができるようになるまでどのくらいかかるのかな……とか思っていました。音楽を聴くのもすごくしんどかったんですけど、たまたま教えてもらった曲を聴いたらすごくいいなと思ったんです。その曲を作ったのはたぶん昔の外国の人だから、もう生きていないかもしれないけど、今のわたしの状態を受け止めてくれたらすごくうれしいなと思って、自分もこの『屋根裏獣』を作るときに、どんな状況の人も受け止める覚悟で歌おうと思ったんです。物理的に寄り添うことは不可能だけど、歌を通してなら、聴いてくれる人を全肯定してそばにいてあげられる。歌にはそういう機能がある、そのつもりで歌おう、と思って。そう考えたときに、今の自分の状況は意味のあるものなんだと思えたんです」
――なるほど。
「毎日家で泣いていたら、どんどん自分のなかが透き通ってくる感覚があったんですよね。ずっと歌い続けるために、昔の自分みたいな子供たちにも聴いてもらうために、今、頑張らなきゃいけないって思ってやってきましたけど、やっぱりいちばん大事なのは自分が好きだと思えるものをやることなんですよね。そうしないとこの仕事をしている意味がない。それまではそんなふうに思わなかったんですけど。この世界に入って、知りたくなかったことを知ったり、好きだったものを好きじゃなくなったりすることもたくさんあって、どんどん燻んできていたものが抜けていって、どうして歌をうたいたいと思ったかとか、最初の気持ちが残ったんですよね。そしたらすっごく元気になってきて」
――涙が心を浄化してくれたんですね。
「まだ完全に復調したわけではないんですけど、誰かに申し訳ないって思ったりするのは、なるべくやめようと今は思っています。どうしても思っちゃうけど、人それぞれキャパシティがあって、自分はこれしかできないんだからって。そういう感じで折り合いをつけながらやっています。とにかく『屋根裏獣』はすごく好きなようにできたし、やっぱり、歌をうたって、それを形にして、そしてライヴをするっていうのはほんとに素晴らしい仕事で、手放したくないから」
――うんうん。ちなみに昔の歌って何だったんですか?
「なんていう曲だったっけ……(スマホを操作して)あっ、わたし全然勉強不足で、すごく有名な人ですね。
ポール・サイモンの〈Still Crazy After All These Years〉」
――ものすごく有名な人の、ものすごく有名な曲ですね(笑)。
「4月からツアーがあるんです。できませんって言おうと思っていたんですけど、友達に言ったら“ライヴをやめるようなら音楽をやめろ”って言われたんです。それもけっこう極端な話だと思うけど(笑)、歌うことでしか自分が世の中と今の状態ではつながれないんだとしたら、それを一生懸命やらせてもらおうと思って、やることに決めました。どんなことになるかわかんないけど、今のこの姿で会いに行こうと思っています」
――命からがら完成に漕ぎ着けた『屋根裏獣』ですが、一曲一曲、別々の物語だけど、なんとなくつながっている曲もありますね。
「1曲目の〈ユートピア〉と最後の〈一角獣〉は違いますけど、それ以外は物語ですね。それぞれバラバラだから舞台が切り替わるようにつながりがあったらなと思って、〈ユートピア〉の市民プールから《七つの海》で〈人魚〉につながって、海沿いの喫茶店(〈カフェテリア〉)へ……と海のゾーンを作ったりしました。〈地獄タクシー〉の夫婦が地獄に落ちて〈麻婆〉を経て〈ぶらんこ乗り〉で結ばれる、とか」
――吉澤さんの曲に出てくる海にはどんな意味合いがあるんですか?
「心の中と重ねていますね。誰もが心に“わたしだけの海”を持っているというか。そんなイメージがあります」
――水棲生物みたいな感覚があるのかも、と思っていました。
「あぁ、でも子供のときによく一日水槽に入っているような気持ちになることがありました。世界のすべてを遮断したい日。今、思ったんですけど、その水槽に入っているような感覚が、さっき言った中学生の大晦日の感覚なのかも。閉じこもるイメージはありますね。家にずっといたときも、その部屋が全部水の中みたいな感覚がありました」
――「一角獣」は何のメタファーなんですか?
「これはそういうものではなくて、夜、橋を渡って帰るときに橋の下からムォ〜〜って音が聞こえるんですよね。風がこすれる音だと思うんですけど、これが一角獣の鳴き声だったら……って思って。ユニコーンじゃなくて、海にいるイッカクのことなんですけど、ものすごく大きいイッカクがいたらいいなって思って」
――川を泳ぎながらムォ〜〜って鳴いているんだ。
「そうそう。それを想像したら楽しく帰れたんですよね。そこから作ったんですけど」
――《読みかけの本があるうちは 守られている気がしていた / 知らない国の主人公 何度も姿を変えてゆく》っていうフレーズは、このアルバム全体を言い表しているというか、吉澤さんの創作の原点みたいな印象を受けました。
「その部分の歌詞をレコーディングのとき最後まで修正しようとしていたんです。生々しくて気持ち悪くて。でもふと、あまりに正直だから修正したいんだな、と思って諦めたというか、この形でいいんだって思って、レコーディングを終えられたんです」
――僕も子供のころのことを思い出すとよくわかります。ドラえもんとか『ド根性ガエル』のピョン吉とか『ひみつのアッコちゃん』のシッポナとか、アニメや漫画に出てくる小さい変な友達みたいなやつに憧れていました。いまだにほしいです(笑)。
「そういう使い魔的な存在から発生した物語がわたしにも多いと思います。それか、自分が人間じゃない何かになって異世界に行くパターン。都合のいい衣装や髪型や年齢に変化して、イメージで動かしていくんです。頭の中で映像を作って、絵を描きながら作っていったりしますね」
――漫画家や小説家みたいだけど、その役を自分で演じて歌うのが違いですね。
「何かになりきる、ということではあんまり苦労しないんですよね。その曲を歌うことになったら主人公が入ってくる感じ。だけど気になっちゃうのが、レコーディングのときに人がいることなんですよね。マイクを通してやりとりするので、みんな疲れているんじゃないか、明日早いんじゃないか、おなかがすいているんじゃないか、早く帰りたいんじゃないか、怒っているんじゃないか……って頭がいっぱいになっちゃって、泣きたくなっちゃうんですよね。って言うとなんか社会不適合者みたいですけど(笑)、ある程度のことは我慢できるんですよ、人生において。でも心の中は――表に出すか出さないかは別として――ずっとそんな調子なので、自意識でスタジオのブースがいっぱいになっちゃう。その処理が大変なんですよね、いつも。今回は途中から自分で録るようになったから、それがかなり大きかった」
――歌録りを自分でやるようにしたんですか?
「はい、提案してもらって。そしたら、それまですごくつらかったやりとりが全部自分だけになったので、ずいぶん楽になりました。自分の好みだけで録るのって必ずしもいいとは思わないので、不安はあったんですけど、ひとつの打開策にはなりましたね。それがあって録り終えられたと思います」
――ユーモアもあるし、いいアルバムだと思いますよ。
「うれしいです。好き嫌いはもちろんあると思うんですけど、わたしは、今まででいちばん物語だけど、いちばん自分だと言えるアルバムができたと思っています」
――そろそろ時間ですね。話しにくいことも話してくれて、ありがとうございました。
「インタビューってどこまで話していいかわからないですよね。自分の体調の変化とか、言うもんでもないなって思うんですけど、もしかして同じようなつらさを抱えている人が読んでくれたらって。わたしはそれが少しでもわかると思うから」
――よくご存じだと思うんですが、面倒臭い自分がイヤになることもあるでしょうけど、そういう人だからこそ救える人がたくさんいると思います。自信を持って歌いましょう。
「はい。そういうことを絶対にバカにしないって思って生きています」
取材・文 / 高岡洋詞(2017年3月)
2017年4月29日(土)
岡山 CRAZYMAMA KINGDOM
開場 17:30 / 開演 18:00
前売 4,000円(全自由 / 税込 / ドリンク別 500円)
お問い合わせ 夢番地岡山 086-231-3531
2017年5月4日(木)
宮城 仙台 darwin
開場 17:30 / 開演 18:00
前売 4,000円(全自由 / 税込 / ドリンク別 500円)
お問い合わせ キョードー東北 022-217-7788
2017年5月7日(日)
東京国際フォーラム ホールC
開場 17:00 / 開演 18:00
前売 4,500円(全席指定 / 税込)
お問い合わせ ネクストロード 03-5114-7444
2017年5月13日(土)
福岡 BEAT STATION
開場 17:30 / 開演 18:00
前売 4,000円(全自由 / 税込 / ドリンク別 500円)
お問い合わせ TSUKUSU 092-771-9009
2017年5月14日(日)
大阪 なんば Hatch
開場 17:30 / 開演 18:00
前売 4,000円(全自由 / 税込 / ドリンク別 500円)
お問い合わせ 夢番地大阪 06-6341-3525
2017年5月19日(金)
愛知 名古屋市芸術創造センター
開場 18:30 / 開演 19:00
前売 4,500円(全席指定 / 税込)
お問い合わせ JAILHOUSE 052-936-6041