トロピカル・ミュージックの世界をあらゆる深度で探求する――ウィル・ホランド(クァンティック)がオンダトロピカ『Baile Bucanero』で目指したもの

オンダトロピカ   2017/04/12掲載
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 クァンティックことウィル・ホランドは、まさに“旅するプロデューサー”だ。生まれ故郷のイギリスから南米コロンビアへ移り住んだのが2007年。現地のミュージシャンたちと数枚の傑作を作り上げた後はニューヨークに拠点を移したが、相変わらず世界中を飛び回る生活を続けている。そんなウィルが2011年に始動したプロジェクトがオンダトロピカ(ONDATRÓPICA)だ。マッド・プロフェッサーとの共演作も残しているコロンビアのクンビア・ダブ・バンド、フレンテ・クンビエーロの中心メンバーであるマリオ・ガレアーノを相方とするこのプロジェクトでは、2012年に1stアルバム『Ondatrópica』をリリース。「コロンビア版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」などと評されたその傑作からおよそ5年、このたびオンダトロピカの2ndアルバム『Baile Bucanero』がようやく届けられた。ジャンルやスタイルを常に混ぜ合わせながら、新鮮な驚きに満ち溢れた傑作を制作し続けるウィル・ホランド。前作から一転、カリブ海のアイランド・ヴァイブスをまとったオンダトロピカの新作について、ウィルに話を聞いた。
――あなたはこれまでにいくつものプロジェクトで作品をリリースしてきました。クァンティックをはじめ、フラワリング・インフェルノコンボ・バルバロウエスタン・トランシエント、クァンティック&ロス・ミティコス・デル・リトモなど、それぞれのプロジェクトによって異なるカラーを打ち出してきたわけですが、オンダトロピカはどのような目的を持つプロジェクトなのでしょうか。
 「オンダトロピカはコロンビア人ミュージシャン兼コンポーザー、マリオ・ガレアーノと僕のコラボレーションとして始まったんだ。2011年当時の僕はコロンビアのカリに、マリオは(コロンビアの首都である)ボゴタに住んでいた。マリオと考えていたのは、1960年代から70年代にかけての、僕たちが愛する南米のトロピカル・サウンドを蘇らせようということ。姿を消しはじめているこうしたサウンドに、多くのミュージシャンがまだ健在なうちに取り組むのはいいアイディアと思えたんだ。それと、僕たちはふたりともレコード・コレクターだし、それがプロジェクトの隠れた推進力になっている。前作『Ondatrópica』のレコーディングでは、コロンビアのフォークロアやトロピカル音楽の新旧のスターをフィーチャーした。まさにオール・スター・バンドだったと思うね」
――その前作ではフルーコやアニバル・ベラスケスなど伝説的ミュージシャンが多数参加していましたね。コロンビア音楽の伝統と未来を繋いだ素晴らしい作品でしたが、コロンビア移住後にあなたが試みてきたさまざまな音楽的実験の成果があの作品に凝縮されていたのではないかと思います。
 「そうだね。いま振り返ってみてもとても誇らしい気持ちになるよ。僕にとってもあのレコーディングは大きな冒険だったんだ。ものすごい時間をかけて作ったアルバムだったし、レコーディングには40人以上もの人が関わった。いま考えてみても、我ながらどうやってあんなアルバムを作れたんだろう?と思うね(笑)」
――あの作品の制作を通じ、コロンビア音楽への理解もさらに深まったんじゃないですか。
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 「まったくその通りだよ。マリオと僕にとっては実践演習だったんだ。なにせ巨匠たちから直々に手ほどきを受けることができるんだからね。フルーコやミチのような僕たちにとってアイドルの傍らにいて、彼らが作業を進めていくのを見ていられるなんて夢のようだったよ。彼らとの共演を通じ、アレンジのやり方を学んだ。あと、ブラスとパーカッションをどうやって連動させられるか。それにホーン・セクションのいいメロディを書く方法も……とにかく、たくさんのことを学ばせてもらったよ。しかも、一緒にぶらぶらしてラムを飲んだり、音楽を聴きながら人生について語り合ったりしたんだ。素晴らしい時間だった」
――あなたは世界各国のさまざまな音楽にアプローチしてきましたが、現在のあなたにとってコロンビア音楽とはどのような存在なのでしょうか。
 「コロンビア音楽を初めて聴いたときの鮮烈な印象はいまだに僕の中に残っている。本当に大好きなんだ。キューバやプエルトリコ、ジャマイカの音楽と同じくらいね。コロンビアで暮らすようになると、曲がさらに心に響くようになった。身近に感じられることや行ったことのある場所について歌っているからね」
――では、今回のアルバム『Baile Bucanero』であなたとマリオが目指したのものとは?
 「前回とはまた違ったテーマを探ってみたかったんだ。コロンビアのアングロ=カリビアンの側面をね。まだあまり知られていないけど、この結びつきを掘り下げて、発展させてみようと考えたんだ」
――今回のレコーディングではボゴタだけじゃなく、カリブ海に浮かぶプロビデンシア島でも行われていますよね。この島はかつてイギリス領〜スペイン領だったこともあって、コロンビア領でありながら独自の文化が花開く島ですが、レコーディング地としてプロビデンシア島を選んだ理由を教えてください。
 「プロビデンシア島は特殊な歴史を持つ島なんだ。独自のアイデンティティがあり、強い連帯感を持つミュージシャンのコミュニティがある。前回のレコーディングを行ったのはメデジンというコロンビアの産業の中心地だったけど、今回はカリブ海の真ん中にある小さな島。かなり対照的で、音を聴けばその違いに気づくと思うよ」
――今回の作品にはシャラ・ブームやジョーダン・ボーイらプロビデンシア島のアーティストも参加していますね。プロビデンシア島ではどのような音楽シーンが形成されているんですか。
 「最近のもので言えば、レゲトンとズークはすごく人気があるね。一方で、伝統的なメントやカリプソをプレイする小さな楽団もいるんだ。ヴァイオリンやマンドリンみたいな昔ながらの楽器で演ってるんだよ。それと、DJやMCのシーンもある。メジャーな作品のほとんどはサン・アンドレス島っていう隣の島で制作されてるね。そっちはプロビデンシアよりも大きな島で、パーティ・シーンも進んでるんだ」
――今回は前作以上にレゲエの要素が強いように感じました。フラワリング・インフェルノなど他のプロジェクトで培ったものが反映されているようにも感じたのですが、そうしたレゲエの要素は意識的に導入されたものなのでしょうか。
 「うん、意図的なものだけど、同時にプロビデンシア島というレコーディングの場所が影響した部分はあると思う。あと、以前の組み合わせを繰り返すんじゃなくて、いくつか新しいスタイルに取り組みたかったんだ。1stアルバムがあんな大ごとになってしまったから、2ndでもう一度サルサやクンビアをやるのはしんどいなって気がしてたし(笑)」
――ミチ・サルミエントやマルキートス・ミコルタといった大ベテランも前作に続いて参加していますが、彼らはオンダトロピカに欠かすことのできない存在になっていますね。
 「そうだね。ミチとマルキートスは1stのレコーディングでプロジェクトの音楽的後見人のような存在になったんだ。ミチは全レコーディングに立ち会った唯一のミュージシャンだった。マルキートスとミチはバンドの一員として何度も僕らに同行して、コロンビア以外のツアーでも一緒にプレイした。ふたりともベテランで経験も豊富。長年音楽業界と付き合ってきて、多くのバンドの盛衰を見守ってきた。僕たちはいい音楽を作ろうとする矜持を通して、お互いに信頼を培ってきたんだ」
――マリオとはどのように作業を分担しているんですか?
 「基本は僕らふたりが作曲を進めて、それぞれ3、4曲を提案するんだ。キーになるミュージシャンもそれぞれ自分の曲を出してくれた。ニディア・ゴンゴーラも1曲書いてくれたし、ミチもマルキートスも提供してくれた。ドラマーのウィルソン・ビベロスもね」
――パートナーとしてのマリオはいかがですか?なぜオンダトロピカのパートナーに彼を選んだのか、改めて教えてください。
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 「僕らは音楽の好みも物の見方も似てるんだ。古いコロンビア音楽のサウンドにぞっこんで、どんどん忘れ去られつつある昔ながらのレコーディングのスタイルを守っていくことに関心がある。彼となら気兼ねなく一緒にできるし、作曲家として、新しいものに取り組む革新的なアレンジャーとしてもいつもマリオに感服しているんだ」
――前作はアナログ機材を使い、ヴィンテージな音作りにこだわった作品でしたね。その点は今回も変わりませんか?
 「今回はまたちょっと違うね。とても小さな飛行機でなにもかも島に運び込む必要があったから。飛行機にどれだけの重量を持ち込めるか制限が厳しかったんだ。つまり、持っていくものを慎重に選ぶ必要に迫られたわけさ。前作のレコーディングでは僕の家からスタジオまでものすごい量の機材を陸路で運んだんだよ。コンソールも2台運んだし、テープ・マシーンも運んだんだ(笑)。今回はそこまではできない。だけど、できる限り今回もアナログの質感をキープすることを最優先に機材を用意したよ」
――ここまでの傑作を作り上げたことで、コロンビア音楽に関するあなたの試みはひと段落してしまうような気もしているんです。実際のところはいかがでしょう?
 「わはは、まだまだ続けるつもりだよ。マリオと僕にはもう次の作品のアイデアがあるんだ。トロピカル・ミュージックの世界をあらゆる深度で探求し続けることが大事なんだ。コロンビアには実に驚くべき音楽のカルチャーがある。ただ、コロンビアの外からではなかなかわからない。それを世界中でシェアしようというのが狙いなんだ」
――今回のアルバムリリース後もツアーをするのでしょうか?ライヴバンドとしてのオンダトロピカが目指しているものとは?
 「今のところは新作の告知のためにマリオとふたりでDJをして回ろうと考えている。で、今年の後半にバンドでツアーできたらいいね」
――現在進めているプロジェクトがあれば教えてください。
 「新作の告知のためにマリオとふたりでDJをして回ろうと考えている。で、今年の後半にバンドでツアーできたらいいね。それと、今はニューヨークに新しいスタジオを建てることに専念してる。ニディア・ゴンゴーラとの共作ももうすぐリリースされるよ」
取材・文 / 大石 始(2017年2月)
翻訳 / 森本英人
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