ヒグチアイが目指す歌は、おしゃれじゃないけど“大切にしてきたもの”

ヒグチアイ   2017/09/05掲載
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 “攻めて”ます、ヒグチアイ。昨年11月リリースしたメジャー・デビュー・アルバム『百六十度』に続く第2作は、その『百六十度』でもインパクト大だった「猛暑です」のニュー・ヴァージョンを中心に、全7曲をカラフルに。題して『猛暑ですe.p』。もふもふのフードを被ってソフトクリームをほおばる。そんな“ふざけた”ジャケットとは裏腹に、ソングライターとしての作風の広がりを、実感させる仕上がりにもなった。
――5曲目「ラジオ体操」のMVが、また過酷の一言。かんかん照りの田んぼの側道を、アイさんがひたすら走ってくるという。
 「長回しの一回撮りだけど、実際には4回やりました(笑)」
――しかも、映ってる影がものすごく短い。
 「13時に撮影がスタートしたんです(笑)。前日のライヴの都合で、朝7時に始めるとすると、出発が夜中の3時。それで10時集合にしたんですが、撮影場所を物色しているうちに、一番キツい時間帯になってしまった」
――曲そのものは、書き下ろしだったんですか。
 「今年2月くらいに、完成した曲です」
――全然ラジオ体操の季節じゃなかった(笑)。
 「“夏の曲”という設定を、全然想定していなくて。そもそもラジオ体操に、一回も行ったことがない(笑)。実際行ってた人なら、“しんどかった”みたいな思い出が出てくるのかもしれないけど、私の想像の中では、“まじめに行ってさえいれば、ハンコがもらえるらしい”みたいな」
――ご褒美に、鉛筆をくれたりとか。
 「そうそうそう。そういうイメージがあった。ご飯食べるとか、歯を磨くのと同じで、やってること自体が当たり前。その延長線上に“生きる”ということもある、みたいな」
――ピアノ弾き語りというのは、曲にそもそも付随していたものですか。
 「バンド・アレンジでもできるかな、とは思ったんですけど。ただ、今回はポップでアレンジがしっかりしている曲が中心だったので、1曲くらい弾き語りがあってもいいかというのはあった」
――7曲の中での、バランスがいいですね。
 「そうですね。自分でも、そんな気がしています」
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――“ポップ”と今おっしゃいましたけど、作曲と同時に、最近アレンジも手がけてますよね。そうした引き出しの“実験”を、今回やってらっしゃる印象を受けたんですが。
 「今回、打ち込みでつくったデータを人に送って、“こういう感じで”とお願いする作業を、初めて経験したんです。まだまだ難しいことはできないんですが、自分の脳内にあるイメージを、そうやって伝えることができるというプロセス自体が新鮮でした。アレンジャーさんがいなかったり、バンド・メンバーだけでやったりする時も、だいぶわかりやすくなった気はしてます」
――「夏のまぼろし」は、ずばりサマー・ポップ的な。
 「そうですね」
――ヒグチさんならではの“サマー・ポップ観”が出ているような。
 「出てますか(笑)」
――「妄想悩殺お手ガール」もそうだけど、本当に海で遊んでる人って、“大胆な水着で 朝まで踊り明か”したりは、しないと思う(笑)。
 「やっぱり“妄想”でしかないので(笑)。私自身、全然アクティヴなタイプじゃないし。〈夏のまぼろし〉だって、沖縄に行って携帯を海に流してしまった体験から書いた曲ですから(笑)。自分はこんなだけど、周りの人は、1日海で遊んだりしてるんだろうな、とか。あくまで想像で書いているんですけど、みんな、どういう夏を過ごしているんだろう?」
――という具合に、定番たるべき夏のポップ・ソングも、ヒグチさんのフィルターを通すと定型におさまっていかない。そのあたりのズレが、聴いていておもしろいと思うんです。
 「なんなんでしょう……。“ダサい”ってことが自分では好きじゃないんですけど、じゃあなんで好きじゃないかっていうと、自分に“ダサさ”がいっぱいあるからなんですよね。でも、そういうところは肯定してあげたいんです。狙ってダサくしているんじゃなくて、普通にしてるとダサくなっていってしまう。そこがちょっとした違和感を生んでいるのかな、と。最近は、そういうところも認めてあげたいと、思うようになってきたんですけど」
――“ポップ”と言いつつ、本当のつくりものには、なりきれてない。
 「そうなんです。そうなんですよ。音楽でも、おしゃれなものほど受け入れられやすいし、それを聴いてる自分のおしゃれさというのがかっこいい。そういう傾向が戻ってきている気がして。でも、そんなにみんな、おしゃれに生きていけるの? 無理してる人もいるんじゃないかな? そう思う瞬間があって」
――いわゆる“インスタ映え”を意識するあまり、ありのままの自分を発信していたはずが、演出に汲々としてみたり……。
 「そこからはずれちゃう人って、いると思うんです。自分が無理してるかもしれないって思った時、おうちに昔から置いてあるぬいぐるみみたいな、おしゃれじゃないけど大切にしてきたものって、ありますよね。そんな感じで思い出してもらえるような人になれたらいいなあ、と思うんですけど」
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――一方で、作家としての表現の広がり、歌い方やアレンジの幅もまた、今回のミニ・アルバムでは感じます。
 「そうですね。今回、本当に楽しんで作れた」
――「みなみかぜ」も、しっとりしていていいですね。
 「ちょっと“昔”の感じがするというか。なんだろう、一種安心感みたいなものを、“古さ”に対して感じるところがあるんですよ。〈みなみかぜ〉は、メロディと歌詞が一気に出てきたんです。作ってる時すでに、ピアノよりギターのほうが似合いそうだから、ギターを前面に出そうとか、アレンジ面でのアイディアが出てきていた」
――完成形が、すでにあったんですね。
 「でも、アレンジャーの方は大変そうでした。私も完璧にアレンジが出来るわけじゃないから、どう伝えればアタマの中にある音が“鳴る”のかがわからない。ドラムはこういうパターンで、とかいろいろやってもらって、あれこれ試しながら出来ていった曲です」
――じゃあ試行錯誤を。
 「すごくしました」
――しっとりした曲って、逆にむずかしくないですか。
 「歌が一番むずかしかったです。自分が一番使わない声域に当てて書いていて。ず〜っと地声なのに、張ってないんですよ。今でもライヴで苦労してます。自分でも新しいかな、と思える曲ですね」
――シンガー・ソングライターをつかまえて言っていいことかどうかわからないけれど、ちょっとお姉さまタイプの、大人の女性歌手に歌ってもらっても、新たな表現が生まれそうな曲という気がします。
 「それ、わかります。自分の曲だけど、この人に歌ってもらいたい、と思える曲も、いっぱいあるんですよ。〈夏のまぼろし〉とかは、もっと声の高い……」
――それこそアイドル系の(笑)。
 「ふふふ。そういう人に歌ってもらえたらいいな、という希望もあります。私自身、歌がうまいと思っているわけではないので、〈みなみかぜ〉なんかはもっと歌がうまい人。母音がすべて同じ粒で揃っているような歌手に、歌ってもらえたらなあ、なんて」
――当初は、ヒグチさん自身の思いのたけ、言ってみれば“苦しみ”にフォーカスするところから出発したわけですよね。でも「みなみかぜ」のような曲では、曲との距離の取り方が変わってきているというか。
 「ですね。〈みなみかぜ〉は情景が主役。景色を描こうというところから出てきた曲なので、誰が歌うにしても、気持ちの問題とかではない。技術で歌う曲かな、という気がしています」
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――「やわらかい仮面」は、深夜枠のTVアニメ、それもホラー系(テレビ東京「闇芝居」第五期)のエンディング・テーマですね。こういうお題で……みたいな指定は、あったんですか。
 「ありました。でも、曲調というよりイメージ。言葉を5つもらって、あとは自分次第。私のイメージで作りました。と言っても、ホラーというものを、まったく観たことがなかったので……」
――番組自体、ホラー・アニメといっても、ちょっと変化球だったようですが。
 「怖いものがそもそも苦手なんです。ホラーの音楽がどういうものかというのも、全然わかんなくて。人間が一番怖いから……」
――たまたま知り合った、この作品の監督が、まったく同じことをおっしゃってました。
 「言ってました?(笑)」
――霊はお祓いすればどっか行くかもしれないけど、生きた人間は祓えないから、って。
 「そうそうそう。そういう人間の怖さだったら自分も知ってるから、そういった怖さを、自分が知ってる怖い曲のイメージで……とにかくマイナーで始めりゃいいのかな、という感じで(笑)書いていきました。いろんなサンプルを聴いてみて、サビ前にすごい転調してるなとか。自分でもやりたかったんですけど、やっぱりわからなかった。自分なりに、コードを変えてみたりはしたんですけど」
――アニソン的なアプローチで。
 「そうそう。聴いた人がはっとするような試みをやってみようと」
――実際に怖さを醸し出しているのは、ヒグチさんの歌い方のほう、という気もしますが(笑)。
 「歌はすごいがんばったんですよ。オペラじゃないけど、宮殿にいて歌ってるような気分になって」
――ちょっと過剰なものって“圧”があるから、そこが怖さにつながりますよね。
 「そうなんです。“かつてこういうことをされました”という過去の経験を引っ張り出して書いたので、歌う時も当時の気持ちを思い出して歌いました(笑)」
――過去の恨みのデッドストックを活用して(笑)。
 「そうそうそう。あはは。いっぱいあるんですよ(笑)」
――中島みゆきさんの“恨み”満載と思える作品には、じつはある種の演劇性がありますよね。ヒグチさんはどうですか。
 「お芝居的な感覚がちょっとだけわかる、というのはありました。じつは“個”が前に出るタイプではないので、その“個”を演じてこういう人になる、という感覚はわかるんです。〈みなみかぜ〉もそうですけど、今はそういう気持ちじゃない。そこは作り出さないと。歌の主人公が自分とは別人格というケースもままあるので、そういう時はなりきっていこうと」
――で、ラストの「残暑です」。冒頭の「猛暑です -e.p.ver」とで、アルバムがサンドイッチされている構成です。
 「ふふ。当初は〈残暑です〉をボーナストラック収録しようと考えていたんです。〈猛暑です〉の“その後”を〈残暑です〉で描ければいいなと思っていたんですけど、アレンジがすごくよくって。だったらちゃんとアルバムに入れようと。実際、この2曲を一緒に聴いてくれてる人が多いみたい(笑)。どういう気持ちで聴いているのか、気になってます」
――作者としては、どんな気持ちですか。
 「〈猛暑です〉の気持ちはわかるし、〈残暑です〉の気持ちもわかる。実際あそこまでしたことはないけど、追いすがっちゃう気持ちって、ありますよね。〈猛暑です〉みたいな状態から、〈残暑です〉みたいな状況に行っちゃう女の子って、けっこういるんじゃないかな。それをすべて肯定しているわけじゃないけど、“わかるよ”とは言ってあげたい」
――「残暑です」の中でも、明らかに未来のない相手とは“別れちゃいなよ”という賢明な選択肢が提示されますけど、それが出来てれば苦労はしない(笑)。
 「めっちゃその通りですよ。じゃあどうすればいいの?という葛藤は、自分の中にもつねにある。かと言って、ストーキングして犯罪になっちゃうのは問題ですけど、相手が悪いんだとわかってはいても追いすがってしまう。それはあなたが異常なんじゃない。みんな実際やってないだけで、そういう思いはあるんだよ、って。そこはわかってもらいたいし、わかってあげたいんですよね」
取材・文 / 真保みゆき(2017年8月)
猛暑ですe.pファイナルスペシャルライヴ
〜ハッピーエンドはドラマの中だけ〜

higuchiai.com/
2017年9月28日(木)
東京 下北沢 GARDEN
開場 18:00 / 開演 19:00
4,320円(税込 / 全席自由・整理番号付・1ドリンク別)
お問い合わせ: ソーゴー東京 03-3405-9999


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