小林太郎が帰ってきた。別にどこかに行っていたわけではないし、音楽的な変化もないが、確かに“変わった”と言わせる気迫、ほとばしる自由への衝動がここにはある。所属事務所からの独立、新レーベル「MOTHERSMILK RECORD」の立ち上げを経て届いた新作『
SQUEEZE』。そこには嬉々として時代を逆走し、信念のロックを追求する新生・小林太郎の決意があった。
――お久しぶりです。3年振りですかね。いくつになりました?
「27歳です。33とか34とか、言われることが多いんですけどね」
――それはあなたが19でデビューした時から、妙な落ち着きと貫禄があったからじゃないですか(笑)。
「“あの時20代だったもんね”とか言われます。まだ20代なんですけど(笑)」
――ちょうど去年くらいに、いろんな変化が起きましたね。事務所から独立し、新レーベルを立ち上げ、結婚もして。
「人生的に見ると、大きな転機だったかもしれないですね。所帯を持ち、音楽的に肝が据わり、いろいろ落ち着いたところはあると思います」
――あらためて聞きます。独立と、自分のレーベルを立ち上げるのには、どんな経緯があったのか。
「事務所に対してストレスがあったということでは全然ないです。デビューして8年間、ビジネスというちゃんとしたレールの上で音楽を自由にやってこれたんですけど、やっぱり結果を求められる中で、このまま行くんだったら自分のリスクで、自分のできる範囲の中でやるべきだなと思ったので。円満に独立というか、のれん分けみたいなものですね」
――それがMOTHERSMILK RECORD。
「マネージャーの齋藤(知輝)と一緒に運営していて、彼が
Academic BANANAというバンドをやっているので、僕とそのバンドを擁して、同じリソースを使って運営していければいいなと思ってます。そのバンドのドラムとベースが、昔やってた“小林太郎とマサカリカツイダーズ”のドラムとベースなんですよ。ドラムは今レコーディング・エンジニアとしてもフリーで活躍していて、今回も彼に全部録ってもらったんです。そういう関係性もあって、やりやすかったですね」
――その、新体制になっての第一弾アルバムが『SQUEEZE』。どんなテーマで作り始めたのか。
「これからの一歩目なんで、より小林太郎っぽいものをやらなきゃいけないだろうなと思ってました。曲作りの段階からアレンジのプロデュースまで、それまでは事務所のディレクターさんやアレンジャーの方や、いろんな方に助けられた部分もあったんですけど、今回は全部自分でやって、“小林太郎ってこんな感じだろ?”というものを作りたいと思ってましたね。そこで参考にしたのが、『
Orkonpood』(2010年 / インディーズ1stアルバム)なんですよ」
――ああ、なるほど。
「曲は全然違うんですけど、パッと耳に届いた時にあの雰囲気が出ればいいなと。『Orkonpood』は何もコントロールできない状態で、奇跡的にああなったんですけど、今回はそれを狙ってどこまで作れるものかな?と思ったんですよね。あれから何枚もアルバムを作ってきましたけど、常に『Orkonpood』から進化しなきゃいけないと考えてて、すごい努力しなきゃと思ってたんですよ。作品に、自分の努力量が反映されると思ってたから。それで学んだこともあるし、コントロールできるようになった部分もあるんですけど、『
URBANO』(2015年)を作ったことで、それはある程度やりきれたかなと思ったんですね」
――うんうん。
「僕の音楽性はここからもう変わる必要がないし、これをずっとやっていけばいい。そういう思いで独立したんで、曲作りの面ではまったく何も考えてないです。アレンジや構成に悩んだ曲はありますけど、歌詞なんて1曲30分ぐらいで全部書いたんで、なめてるぐらいのレベルですよ(笑)。そう言うと聴いてる人に失礼になっちゃうかもしれないけど、気負いはまったくなかったです」
――今回、5曲のキャラが見事に分かれてるでしょう。
「曲の配分的にも『Orkonpood』とまったく同じにしようと思ったんですよ。〈Squeeze〉が〈ドラグスタ〉、〈Jaguar〉が〈安田さん〉、〈響〉が〈SAKURA CITY〉、〈狼〉が〈ソフィー〉、〈バラード〉が〈美紗子ちゃん〉って、ちゃんとハマるんです。〈Squeeze〉と〈ドラグスタ〉はグランジだし、〈Jaguar〉と〈安田さん〉は四つ打ちで、〈響〉と〈SAKURA CITY〉は同じテンポ感だし、〈狼〉は〈ソフィー〉と同じカッティングで始まるし」
――1曲目からめちゃくちゃかっこいい。「Squeeze」は“ザ・グランジ”って感じ。
「あまりにも小林太郎すぎてみんなつまんないんじゃないかな、俺は好きだけど、っていう感じの曲だったんですけどね。でもいろんな人にかっこいいと言われて、じゃあ入れますかと。その次に〈Jaguar〉という、ロックだけどキャッチーな曲があったからこそ、〈Squeeze〉はザ・グランジでいいだろうっていうのもあったかもしれない。冒頭2曲はできるだけロックな感じにしました。最近、
Suchmosさんがめちゃくちゃ活躍されてるじゃないですか。Suchmosさんの〈STAY TUNE〉のアウトロが大好きで、そこまではすごいダンサブルなんですけど、アウトロではギターやベースが歪んだ音でロックなフレーズを弾く。そこがすごいかっこよくて、曲としてクオリティがめちゃくちゃ高い上に、ちゃんとロックな要素もある。僕的にSuchmosさんはすごいお洒落で、いろんな要素がハイブリッドされてるバンドだと思うんですけど、その方々がロックなかっこいいことをやっている。それにロックしかやってない僕が負けたら、存在価値がない。だからこの2曲は、めちゃくちゃロックになるように作りました」
――そんなこと、思っていたとは。
「バンドってたぶん一番ロックになりやすいと思うんですけど、フォーマット化もされやすいと思うんですよ。ライヴの盛り上がり方とか。でも矛盾するようだけど、ロックってフォーマット化されてるんですけど、フォーマット化されない自由さを求められる時もあって、僕はグランジのそこが好きなんですよね。〈Squeeze〉はそれを前面に出したくて、ギターはきれいに弾かない、ガンガン歪ませる。〈Jaguar〉はギターをかっちり弾いてるんですけど、ヴォーカルでそれをやりたかったんですよ。ヴォーカルを型にはめないで、自由に、荒ぶるものをそのまま出すのが僕の好きなロックなので。できるだけのことはやれたかなと思いますね」
――3曲目「響き」で流れが変わって、ポップに開けていく。
「〈Jaguar〉はストレスをドン!とぶつけながら、でもすごいキャッチーなものにしようと思っていて、だから四つ打ちで乗れるようなもので、その代わりトゲをそこら中に散りばめてる。そこで散りばめきってから、〈響〉とでは本当にさわやかな、小林太郎の中の
スピッツが大好きなセンスを全部注ぎ込みたかったんですよね。テンポがあってメロディアスなものって、僕の場合は言葉数が少なくなって、どんどん表現が抽象的になっていくんですよ。そうなると気持ちがより乗りやすくなって、ライヴで歌っても自分で盛り上がれるし、スピッツが好き、
アジカンが好きという、あの頃の僕の姿がより見えてくる。グランジを知ったのはそのあとだから、そういう意味では〈響〉のほうが純粋な僕に近いんじゃないかなと思います」
――「狼」は?
「〈狼〉も、メロディ的には〈響〉と同じように、スピッツが好きな小林太郎がいいと思うメロディなんですけど、より歌詞の整合性をとらない」
――整合性をとらない?
「そう。好きな言葉の、好きな響きを並べ続けるだけ。ネガティヴな内容ではないんですけど、〈Jaguar〉や〈響〉のほうが歌詞としてはよりわかりやすいので、〈狼〉ではちょっとマニアックな世界も行けるだろうと。すごい大事なことを言ってるわけではないけど、そもそも“狼の言葉で愛し合って”って何?っていうことなので(笑)。でもその感覚が、自分の中でスピッツっぽいんですよ。スピッツの歌詞って抽象的じゃないですか」
――確かに。
「そういうところを出したかったので。〈Jaguar〉や〈響〉みたいに、現実的な世界観を歌詞に落とし込むより、ふわっとした幻想的な感じのまま作ってあげたほうが、ほかの曲と差別化もできるし、自分もすごく好きなので。ドラクエとFFでいったら、FFみたいな感じです。とりあえず、よくわかんないけどキラキラしてるぞみたいな」
――わかる人にはわかる(笑)。で、何といってもラストの「バラード」ですよ。見事なロックバラード。すごくいい曲。
「バラードって、バランス的にはアルバムの中に1、2曲はほしいんですよ。特別なポジションのものだし、特に今回は独立して体制が変わった1枚目で、本当に特別なものにしたかったし、特別なものにならないんだったら作らないというぐらいの気持ちだったんですよね。それで作り始めたら、すごい特別な曲になって……メロディやアレンジはどストレートな王道バラードだけど、歌詞が、これまでのいろんな曲のフレーズが自然にいっぱい出てきたんですよ。ちょっと、歌詞を見ながらしゃべっていいですか」
――どうぞ。
「答え合わせみたいになっちゃうんですけど……一行目の“太陽は殺した”には〈太陽〉が出てきて、“僕の中に流れる愛と勇気が”は〈SAKURA CITY〉で、“見えないものばかりの世界で”は〈美紗子ちゃん〉、“咲かないままの花に声かけた”は〈花音〉。で、そのあとの文章が必ずネガティヴなんです。太陽は“殺した”、愛と勇気は“誰の役にも立たない”、見えないものばかりの世界、咲かないままの花は“全ては過ぎ去っていく”」
――ほんとだ。
「さっき言ったように、バラードというポジションの曲はすごい必要なんですけど、量産すればするほど、似た曲が増えてわからなくなってしまう。本当は特別な1曲1曲なのに、それがもったいないなという思いが、そのまま歌詞に出たんですよね。この歌詞に出てくるタイトルの曲はほぼバラードで、どれもお金をかけてミュージック・ビデオを作ってもらった曲で、でも今は、初めて小林太郎を聴く人にはあんまり聴いてもらえない。それがすごくもったいないと思ったのと、それをわかっていてこれからもバラードを作り続けようという思いが、この歌詞には入っていると思います。これからも同系列の曲が増えていくことは避けられないけど、その一つ一つが誰かの役に立てばそれで十分だ、という歌詞が書けたので、これからは何も悪びれることもなく、同じコード進行のバラードを作りたいと思います(笑)」
――それはすごく大事なことだと思う。
「バラードに限らず、これから作る曲のすべてを、変わらないでやっていくと決めたことを、すごくうまく歌詞で表現できましたね。このあともいろんな作品を出していきたいと思ってるんですけど、もう『SQUEEZE』以降は、これまでの小林太郎をずーっとやり続ければいいと僕は思ってるんで。『SQUEEZE』はその一歩目で、特別なものになったと思ってます」
――昔からのファンはもちろん、「仮面ライダーアマゾンズ」や「グランブルーファンタジー」の曲とかで最近知った新しい層も、どんどん入ってほしいですね。太郎くんのように、グランジやメタルの香りがしつつもキャッチーなヘヴィロックをやってる人は、ほかにあまりいないので。ここにしかない楽しみがあると思うので。
「今はどっちかというとアイドルさんのほうが、メタルやハードロックをやったりしてますよね。ただアレンジがものすごく凝っていて、ライヴを見てもクオリティが高すぎて、泥臭さみたいなものは逆に出しづらいのかな?と。バンドはさらにお洒落な方向に行ってるし、そういうのも大好きですけど、なかなか今は骨太な音に巡り合えないのかなとは思いますね。その中で僕は、フレーズとかジャンルじゃなくて、雰囲気として骨太なロックというものを追求したい。これからも、時代の真逆を行き続けるんだろうなと思います」
取材・文 / 宮本英夫(2018年4月)
2018年6月26日(火)
東京 下北沢 LIVEHOLIC
出演: 小林太郎 / Academic BANANA
開場 19:00 / 開演 19:30
前売 3,000円 / 当日 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)