宮下遊とseeeeecunによるフレッシュなケミストリー Doctrine Doctrine

Doctrine Doctrine   2018/07/03掲載
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 動画サイトで10年間活躍し、“歌ってみた”動画をアップすればコンスタントに再生回数10万以上を叩き出す歌い手・宮下遊(以下、遊)と、キャリア4年だがメキメキと頭角を現しているボカロPのseeeeecun(以下、しーくん)が結成したユニットDoctrine Doctrineが、初アルバム『Darlington』を6月にリリースした。 UKロック色の強いギター・オリエンテッドなトラックに強烈な怒りを込めた曲といい、少年と女性をクルクル往来するようなヴォーカルといい、手際は見事なもの。僕はボカロ・シーンにも歌い手事情にも暗いので、二人の来歴や結成のきっかけといった基本的なところから話してもらった。
――結成のきっかけは、しーくんがアップしていた曲を遊さんが"歌ってみた"ことだそうですね。
 「最初の最初はそれですね。彼がアップした曲を僕が見つけて、いいなと思って“歌ってみた”ところから、ツイッターをフォローして、ちょっとリプライでからんで。後日、ボーマス(THE VOC@LOiD M@STER)っていうボカロの同人の即売会に行ったらたまたま彼が自分のCDを出展していたので、挨拶しに行って、そこで“一緒にやりましょうよ”みたいな話になったんです」
しーくん 「遊さんの“歌ってみた”は僕もよく聴いてたんで、フォローされたとき“えっ?”ってなりました。ボカロやっててよかったなって思ってたら、自分の曲を3曲連続で歌ってくれたんです。自分もやべえ!って思ったし、リスナーさんにも好評で、もしかしたらバッチリはまってるのかなって」
 「でもそのときは数分立ち話をしただけで、僕は他のブースに行っちゃったんです。それから、個人的に忙しかったこともあって何もないまま2ヶ月ぐらい経って、今年の1月ごろにSkypeで“そういえばあの話、どうします?”って持ちかけたんです。最初はお互い本気にしてなかったんですけど、いざ声をかけたらあれよあれよと進んで、CDリリースまで漕ぎ着けました」
しーくん 「とんでもないスピード感なんですよ。最初は同人イベントでCDを売るみたいなスタイルでやろうと思ってたんですけど、“いや、違う”と」
 「猛反対したよね、僕(笑)。“せっかく組んだのに、これまでと同じ場所でやんなくてもいいじゃないか。新しいフィールドに行こうよ”って熱弁しました」
――ちなみに年齢はおいくつですか?
 「26歳です」
しーくん 「僕は28歳です」
 「僕は16歳のときネットに投稿を始めて、20歳くらいから作曲をして、自分でミニ・アルバムをリリースし始めて、24歳ぐらいでメジャーからアルバムを1枚出させてもらって、そろそろ誰かとやってみるのもいいなって思ったんです。それで彼に白羽の矢を立て……というか、刺しにいきました」
しーくん 「ぶっ刺されました(笑)。そのとき僕は会社のゴタゴタで落ち込んでいたんです。数日間お休みをいただいて、その間悩んだ末、やっぱりサラリーマン辞めずに続けよう、って決めた直後に遊さんから話がきて、これはもしかしたら運命かも、って思って“じゃあメジャー目指そうか!”みたいな」
 「タイミングがよかったですね」
――しーくんはいつごろからボカロ曲を発表し始めたんですか?
しーくん 「今年で4年になります。高校時代からバンドをやってたんですけど、それはコピバンで、作曲は全然やったことがなかったんです。でも4年前にいとこがボカロPをやってるのを知って、機材を触らせてもらったら、僕もできそうだなって思って、見よう見まねで始めました。投稿してみたらわりと反応がよかったんで、続けるモチベーションになりました」
――ここに来る前にチェックしたら、軒並み10万回以上再生されていますよね。そういう感じになってきたのが去年ぐらいから?
しーくん 「ずっと1万もいけばいいほうだったんですけど、一昨年に上げた〈テイクアウト・スーサイド〉が初めて1,000人ぐらいにお気に入りにしてもらえて、ひとつ目標を達成したなと思ってたら、あれよあれよと10万再生いって、なんだこれは? っていう感じでした」
――えーと、しーくんがボカロ曲として発表していたのが「ギルティダンスは眠らない」「ヘレシー・クエスチョン」「ホワイトダウト」「シニヨンの兵隊」「テイクアウト・スーサイド」の5曲ですか?
しーくん 「はい」
――遊さんが“歌ってみた”のが、「雲散霧消」「ルサンチマン・クラブ」「脳内雑居」「ローファイ・タイムズ」。
 「そうです」
――そして、アルバムのために作ったのが「ヌギレヌ」「モディファイ」「バーバリアン・シネマズ」の3曲。
しーくん 「はいっ!」
 「おっしゃるとおりです!」
――やった! 調べた甲斐がありました(笑)。
 「僕らも何がどこにあるかわかんなくなりますからね。YouTubeにあったりニコ動にあったり、CDで出てたり……。すいません、ほんとに」
――いえいえ。ボカロ曲はボカロ曲で完成している印象を受けたので、それをさらに歌うことに難しさはありませんでしたか?
 「最初に彼の曲を聴いたとき、とにかくクセがあったんで、これは歌いづらそうな曲だな、ってところから始まったんですけど、歌っていくうちに、これはいじりがいがあるなって思いました(笑)。普通に歌ってもいいんですけど、いろいろ挑戦したくなるんですよ。いろんな声色を使ったり、コーラスを盛り盛りにしてみたり。彼の曲を歌うときならではの現象です」
――歌い手魂を刺激される?
 「“歌いこなしてやる!”みたいな。他の人には絶対に歌えないだろ、って思いもあって」
しーくん 「僕は原曲の世界観を大事にするタイプで、変なアレンジをされるとけっこうストレスを感じるんです。でも彼の“歌ってみた”にはそれがまったくなくて、まったく別の正解を出してくれるんですよね。自分はハモりを作るのが超苦手で、スケールに合わない音が入っちゃうんですよ。遊さんはそこを整理してくれるので、それが新しい魅力にもなってるかなと」
 「ハモりは100パー直してるからね(笑)」
――遊さんは作曲にも関わっているようなものですね。
 「最終的にはそういうことになっちゃうのかもしれないですね。ハモりを直してると、メロディまで変えなきゃいけないケースもたまにあるんで」
――不協和音が味になっている場合もあるでしょうから、ニュアンス的には活かしながら?
 「ダウナーな感じになるようにマイナー調のハモりをふんだんに入れたり、例えば完全3度とかじゃなくて、別のメロディのハーモニーにすると、不協和音感はあるけどちゃんとしたものになったりもするんで、そのへんは気を遣って壊さないようにしてます」
――音楽理論はどこで勉強したんですか?
 「まったく勉強したことないです。全部カンでやってます」
――音感に自信がある?
 「いやいや。僕、なんでも始めたころはすっごいヘタクソなんですよ。絵も描くんですけど、幼少のころはとんでもなくヘタクソでしたし、歌もめちゃめちゃヘタクソで。才能というものをいちばん信じてないのが自分、っていうぐらいです(笑)。ひたすら訓練した結果ですね」
――努力家なんですね。
 「努力くらいしかすることがないんですよ(笑)」
しーくん 「前に面白いこと言ってたんですけど、“自分には歌の才能はないけど、気づく才能がある”と。才能があると思い込んでると、いまやってることがいいのかどうか、だんだんわかんなくなってくるじゃないですか。よくないって気づくことで初めて改善できるのに、気づくことすらないと改善しないよね、みたいな。ほんとにその通りだなと思いました」
 「できあがったものって、そのときの自分の中で120パーのものじゃないですか。で、その状態で必ず何十回も聴くんですよ。悪いところを絶対に見つけるんです、意地で」
――自分の粗探しを徹底的にやるわけですね。
 「一度完成したものにケチをつけまくる。これをやんないと、よくなっていかないんですよね」
しーくん 「創作スタイルが対照的で、自分はわりとガバガバなんです。大枠の雰囲気だけちゃんと押さえて、スピード優先で上げていくタイプなんですけど、遊さんはスピードがあり、なおかつ詰める」
 「スピードも質も、どちらもほしいなら両方やればいいじゃんって。まぁ、僕はヒマなんで(笑)」
しーくん 「それがいいバランスになってると思います」
――新曲3曲とインタールード2トラックは、既存曲をアルバムの形に並べていくうちに、ここにこういう曲があったほうがいいよね、みたいな話し合いがあって作ったんですか?
しーくん 「曲順はけっこう早くから決めてたんです。〈テイクアウト・スーサイド〉だけ最後がいいって(遊から)言われて、それ以外は自分が決めたんですけど、〈ヌギレヌ〉を絶対に3曲目に入れたくて。そうすると1〜5曲目で盛り盛りになっちゃうんですよ、音圧的にも。それで6曲目に静かな電子サウンドの〈モディファイ〉を入れて、抑揚をつけたかったんです。自分の好きなアーティストのアルバムにはそういう構成が多かったんで、影響を受けたところがあると思います」
――実はアルバムの中でいちばん好きなのが「モディファイ」なんです。
しーくん 「すごい。大人気です」
 「満場一致(笑)。僕もぶっちゃけいちばん好きです。正直ダントツでいいと思う」
――この曲だけ向いている方角が違いますよね。
しーくん 「UKロックが好きなんですけど、最近ちょっと飽きてきて、USのR&Bとか、わかりやすいとこで言うとブルーノ・マーズとかにはまって、そういう音を出したいなと思ったんです。さすがにいきなりそこを全開にすると“えっ、どうしたの?”みたいになっちゃうんで(笑)、1曲だけ試してみようかなって。たぶん遊さんの声にも合ってるんじゃないかな」
 「僕もこの曲は極力シンプルにしました。本来、サビのハモりとかもかなり盛るほうなんですけど、この曲は主旋の横に一個だけにしたし、歌い方も基本、ほとんどブラさず。そういう挑戦は僕もしました」
――UKロックが好きだとおっしゃいましたが、これまでの音楽遍歴も教えていただけますか?
 「僕は幼稚園から中学に入るまで8年ぐらいサッカーをやってたんです」
しーくん 「えっ、そうなの?」
 「うん。やってた」
しーくん 「知らなかった! 全然作風に合わない(笑)」
 「で、中学高校ではバレーボール。僕はもともと絵を描く人間で、一切音楽に触れないで育ったんです。友達とカラオケに行ったときに初めて“歌うの楽しいな”って思って、ネットで“歌ってみた”っていうのを見て“これなら僕のほうがうまいんじゃない?”って、謎の自信から始めました(笑)。だからCDも全然持ってないし、日常的に音楽を聴く習慣はいまもないです。曲を探すときに聴くのと、あとはゲームをやるときぐらいです」
――音楽的センスはどうやって培ってきたんですか?
 「絵を描いてきたおかげだと思いますね。僕は歌と絵がほとんど感覚が同じで、歌うときは曲に絵を描いてるみたいな感じなんです。使う器官が違うから、思ったようにやれるまでには時間がかかりましたけど」
――遊さんのヴォーカルは資料にも“変幻自在”とある通り、発声や歌唱法のヴァリエーションがすごいです。そういうスタイルは学んだものではなく、実践の中で編み出していったわけですね。
 「こういうのがやりたいな、っていうのがどんどん増えていくんで、それを順番に手に入れようとしてきた結果ですね。ウィスパー・ヴォイスがすごく好きなので、2009〜10年ごろはウィスパーばっかりでした。次はハモりとピッチをきれいにしたくて、リズムをよくしたくて、力強い歌い方をやりたくなって……ってどんどん増えてる。それだけです」
――さすが努力家。しーくんの音楽的遍歴は?
しーくん 「小学校のときはV6しか聴いてなかったんですけど、中学に上がったらまわりが邦楽に詳しくて、そこからいろいろ聴き出しました。大学に入ったとき、UKロックに詳しい友達に“とりあえずこの100選聴いとけ”って言われて、片っ端から聴いていったんです。それまでは普通にAメロ、Bメロ、サビみたいなJ-POP的な曲が好きだったんですけど“サビってなくてもいいんだ!”ってびっくりして、そこから変わっていきましたね。そういうルーツみたいなものを、作曲を始めて2年ぐらい経ってから持ち出し始めたんです。最初は普通のJ-ROCKみたいなのを作ってたんですけど、他の人もたくさんやってるし。自分のルーツに立ち返ってみようと思って、レディオヘッドとかブラーとかオアシスとかを聴き直してから作ったのが〈脳内雑居〉でした」
 「僕がフォローしたのもそのころだよね」
しーくん 「そう。〈脳内雑居〉があったから、〈ローファイ・タイムズ〉とか、ちょっとロウな感じを自分はやりたいんだなって思いました」
――歌詞を見て思ったんですが、しーくんはわりと怒っていますよね。
しーくん 「けっこうグサグサ刺してますよね(笑)。昔からいじられキャラで、意思表示ができないんですよ。怒れないし、“やめて”とか言えない。それを表現するには、歌しかなかったなって思うんです。Mr.Childrenがすごく好きなんですけど、桜井和寿さんっていい人そうなのに、歌詞でめっちゃ毒づくじゃないですか。あれだ、あれしかない、って思ってやってるんだと思います」
――ネガティヴな感情をふだん口にしない分、歌詞にしていると。
しーくん 「イヤなことがあったら“おまえも歌詞にしてやろうか!”って思いますね(笑)。それは毎日思ってます」
――ショップ用の注文書には“邦楽 / アニメ・ゲーム / ボカロ・歌い手”って書いてあるし、やっぱりアニメやゲームの音楽が好きな人たちなのかなって思っていたんですけど、意外にアニソンっぽさがない気がします。
しーくん 「それはうれしいですね。あんまりボカロとか歌い手のイメージに縛られたくないんで。正直、ボカロってくくりになると、突然アニメがついてくるじゃないですか。ボカロの中にもオルタナティヴはいっぱいあるのに」
 「本来、なんでもありの音楽オタクの世界だもんね」
――実際、みつきさなぎさんのイラストをフィーチャーした二人のキャラクターやしーくんの曲の動画を見ると、そういう層に好かれるのはわかります。
 「彼の曲はもともと、みつきさんのイラストと組み合わさってひとつの雰囲気を作ってましたからね。絵があって曲もよくなってる、みたいなところもあったんで、キャラクターもお願いして描いていただいたんです」
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――みつきさんは3人目のメンバーみたいな?
 「そうです。僕も絵は描けるんですけど、みつきさんにやってもらったほうが絶対にいいものになるって言いました」
しーくん 「いつも曲を渡してイラストを描いてもらうんですけど、彼女はわりと独立して描くんですよね。両者が合わさった瞬間に“あれ? なんか新鮮!”みたいなのが僕らのスタイルで、それがDoctrine Doctrineでも生きてるんじゃないかと思います」
――大事なことを聞き忘れていました。グループ名の由来は?
しーくん 「僕が日々溜めてる、語感のいい言葉リストみたいなのがあって、そこにDoctrineって言葉があったんです。これを2回繰り返したらめっちゃかっこいいな、って思ったのがまずひとつ。語感ですね。あとひとつは、二人ともけっこうテーマ性が強いスタイルでやってきたから、Doctrineって言葉はめっちゃマッチしてるなと。最初、しーくんと遊くんでSEE YOUって提案したら即却下されましたけど(笑)、第2候補で出した三つのうち、Doctrine Doctrineがいいなって思ってたらそれを選んでくれたんで、そこは一緒なんだ、って安心しました」
――やっぱり組んで正解ですね。現時点では覆面ユニットっぽいですけど、7月にはアルバム発売記念ライヴもあります。顔を出したくないわけではない?
しーくん 「むしろ出したいぐらいです」
 「僕個人としては、40歳とか50歳になったときに、自分の写真が全部後ろ姿しかないのはイヤなんです(笑)。それってどうなんだって考えると、やっぱり顔は出したいんで、最終的に」
――帽子を目深にかぶるぐらいのところから始めますか。
 「斜め向きから10度ずつくらい正面を向いていって、いつの間にか“あれ、今回は顔出してるぞ”みたいなふうにしましょうかね(笑)」
取材・文 / 高岡洋詞(2018年5月)
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