ソロ・デビュー14年目にして八面六臂。来年1月11日に日本武道館公演〈おはよう武道館〉を控えた
般若 が、初めてのベスト・アルバムをリリースする。
タイトルはずばり『
THE BEST ALBUM 』。今年出た『
話半分 』を除くすべてのアルバムからまんべんなく、般若自ら全20曲を選んでいる。初回盤のDVDには過去に発表したMVのうち17本を収録、加えて「サイン」「心配すんな」「スーパースター」「FLY」「ゼロ」「ビルの向こう」の6本を新たに撮り下ろし(CDとのダブりは7曲)。表現は武骨だがサービス精神旺盛な彼らしい。
不思議と“集大成”みたいな大仰な言葉は似合わない。「初めてのベスト・アルバムみたいなものなんで、なんか変な感じですね」と言う般若に話を聞いた。
――ベスト盤を出すことにしたのはなぜですか?
「(オリジナル・アルバム)10枚出していい節目だったっていうのもありますし、武道館前にみんなで一度振り返ってみようじゃないかというのもあります。14年経つと、16歳で聴き始めた人がもう30になるわけですよね。でも死ぬほど昔の話じゃないし、14年って思い出せる範囲じゃないですか。だからみんながどう思うかなって。あとは、年月とともに聴いている人が入れ替わってきてることも感じておりまして。たぶん『フリースタイルダンジョン』以降に僕のことを知ってくれた人たちは、初期をちゃんと認識してないのもわかるんで、“一応こういうの作ってきたんで、厳選したのを聴いてください”っていう感じですね」
――選曲については……。
「いや、めちゃめちゃ悩みましたよ。マジでこれ、どういう方向でも行けるんで。どっちかというと比較的これはA面というか、表のほうですね。一回、どの曲が好きですか?みたいなのを募ったことがあるんで、なんとなく“あぁ、やっぱりそこに来るんだ”っていうのも把握しつつ、少数派の意見も取り入れていって。ただ入れられる曲の限界っていうのがありまして、そことも相談しながらやりました。だから10枚目のアルバムからは入れてないんですよ」
――『話半分』は今年ですもんね。
「僕、今年すごいリリースしてるんですよ。あんまり誰も気づいてないかもしれないけど、『話半分』『
MAX 』『
般若万歳PART II 』にこれで4枚。めちゃくちゃですよ。これ日数は言わなくてもいいんですけど、9月20日から10日ちょっとで6曲MV撮ったんですよ」
――それはすごい。
「撮影自体は1週間ですから。伊豆大島で〈ゼロ〉撮って、帰りの港で話しかけられて“釣りですか?”って言われて、けっこう真顔で“仕事です”って言っちゃったくらいですから(笑)」
――CDとDVDの両方に入っている曲が7曲ありますが、完全に分けるということではなかったんですね。
「映像でも見てもらえればって感じです。すっごい難しかったっすね、分け方が。最初32曲ぐらい選んだんですけど、トータル110分以上になっちゃって(笑)。そこから落としていったんですけど」
――撮り下ろしの6曲についてはいかがでした?
「古い曲のMVをいま撮るっていうのはけっこう斬新な作業でしたね。なかなかこういうのないなって思いながら。不思議な感じでした」
――歌も録り直して“2018年ヴァージョン”みたいにすることは考えなかった?
「歌はそのまま行きたかったっすね。あのときの気持ちといまの気持ちって違ったりするんで、録り直さないほうがいいなと思って。やっぱヘタクソなんですよ、正直。特に〈サイン〉なんて全然。これ、俺がいちばんライヴで歌ってきた曲なんですよ。だから思い入れもあるんで、ああいう形で撮れてよかったなと思います」
――小学生の楽団との共演でしたね。すごくよかったです。
「ありがとうございます。子供たちの持ってるパワーはやっぱりすごいですね。〈心配すんな〉も、一回もリップ(シンク)してないですけど、あの世界観は斬新だと思ってます」
――「心配すんな」の扮装は般若さんのアイディアですか?
「いや、斎藤(竜明)監督なんですけど、俺は良いって思って。イメージ的には『
根こそぎ 』のジャケットの感じなんですけど、いい感じにブッ壊れてて……っていうかひとりになってて、哀しいものがあるんですよ」
――
上山亮二 監督の「ビルの向こう」はシャープでかっこいいですね。
「シーンがたくさんあって、いろんなところで撮りました。スタジオでだいぶ撮ったんで、それだけで十分賄えたと思うんですけど、夜景に監督がこだわってくれたんで。さすがの手腕でしたね」
――撮り下ろしの6本は、上山さん、斎藤さんといった久しぶりに組む監督と、最近よく一緒にやっている金允洙(キム・ユンス)監督やBABEL LABELのお二人(志真健太郎、山田久人)などの二つに分かれますね。
「みんな仕事をきっちりしてくれてありがたいです。作品によって監督の色があって、ほんとにそれぞれ違うんですよ。金監督とか志真くん、山田さんは、ミュージック・ビデオというより映画に近いんですよね。ストーリーものというか、もうひとつの話に含みを持たせてるっていう。〈ゼロ〉を撮ってくれた飛沫(しぶき)は僕の作品でいうと〈月の真ん中〉だったり、
ZORN とか昭和レコードのものを撮ってくれてるんで、彼の頭の中でたぶん映像が見えてるんですよね。まさか伊豆大島に行くとは思わなかったけど(笑)」
――あれは伊豆大島だったんですね。
「すごい世界観でした」
――『話半分』のDVDに入っているMVを見たときも思いましたが、主役が別にいて、般若さんが一歩引いて狂言回しっぽくなっているのが新鮮です。
「俺はけっこう好きなんですよ。むしろ別に自分が出なくてもいいかなって思う作品は多々あるんで。たぶんここ3年ぐらいあんまりリップしてない気がするんですよね。それはそれでかまわないなと思ってて」
――一方で初期から一貫していると感じたのは、般若さんが俳優としてしっかり演技している作品が多いことです。近年は演技の仕事も増えていますね。
「自分じゃない誰かを演じるほうが楽しいですね。自分自身として一人称で歌うのが基本なんだろうけど、俺自身があんまり面白くないなって思うんですよ。一人称じゃない曲とか、一人称だけど何人か出てくる場合なんかは、それなりの手法になりますね。第三者を出しとけば永遠に作品って作り続けられる気がするんですよ(笑)」
――優れたストーリーテラーである般若さんならではですね。順番に見ていって印象に残ったのが、時代を追うにしたがって映像の色調が明るくなることでした。
「中盤あたりからはそうかもしれませんね。逆に闇の深さを露呈してなけりゃいいなと思いますけど(笑)。しかしこうして見てみると、時間って経つんだなって思いますね、あらためて。やっぱり14年っていうのはでかいですよね。0歳児が中2になるわけですから」
――「MY HOME」で“気付きゃ26”って歌っていますものね。
「“うわー、死にてえ!”ってなりますね(笑)。もともとあんまり年齢とか年号を入れるタイプじゃないんですけど、〈MY HOME〉では入れちゃったんだな」
――もともとご自分の音源は聴くほうですか?
「公言してますけど、ほんとに聴かないです。歌詞を覚えるためとか、仕事として聴かなきゃいけないときは聴きますけど、好んで自分の曲を聴きたいなって思うときはないですね。なるべく聴きたくないです。自分の声がまず嫌いなんで」
――いい声だと思いますけどね。
「なんかダメなんですよね」
――そんな般若さんが昔の曲を聴き直して選曲したベスト盤であると。
「粗探ししちゃうんですよね。テクニック、スキルを追求して録り直したら、完全に別物になっちゃうと思うんですよ。サウンドも変わっていくだろうし、そうなるともう全然ちげえじゃんってなっちゃうから、これはこれで完結させて、っていう。いまのほうがそりゃはめ方とかうまいんだろうけれども、そこを比べ出したら、曲によっては入ってこなくなっちゃう。だから、これはこのときの気持ちでOK出してる曲なんで、それでOKだと思うんですよね」
――シリアスな曲とユーモラスな曲のバランスは配慮しましたか?
「考えました。〈ケータイ〉はやっぱ入れたいなと思ったんですよ。あんまりライヴでやる曲じゃないんですけど。2009年の話として、まあまあリアルだと思うんですよね」
――その時代の文化や風俗を記録しておこうという意図があった?
「あったと思います。時事ネタとかはブログをやるようになってそっちで昇華させたんですけど、こういうのは入れといたほうがいいかなと思って。ストーリーものですし」
――東日本大震災直後の「何も出来ねぇけど」も時事性のある曲ですよね。
「忘れちゃいけないことというか、大事な曲なんだろうなと思って。このアルバムを聴いた人はいろいろ思い出すんだろうなっていう感じです」
――「はいしんだ」にも時事ネタ的な側面がある。
「某番組でもあれが(登場時に)使われるんで、一応入れとこうかなと。あれ何がやばいって、俺が歌ってないところが流れるのがウケると思うんですよ。ま、ひとつの大きい流れにはなってますよね。〈家族〉〈#バースデー〉〈あの頃じゃねえ〉」
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――この曲から、と特定はしづらいんですが、前に言っていた「8小節も16小節もぶっちぎってやる」という般若さん独特のスタイルを確立させていく過程が見える気がしました。
「そうですね。特に中盤からいまに至ってはもう。昔は総合的な意味での技術力が浅くて、15分くらいの短編しか作れなかったけど、たぶんいろんなことをやるうちに、2時間、3時間枠の映画を作れるようになっていったみたいな感じだと思うんですよ」
――ライヴの尺とも関係があるとか?
「通じる部分はありますね。みんな通ってきた過程だと思うんですけど、勢いで作ってきて――それは絶対にいいことなんです。必要なことなんですよ。だけど――これってブレスできないよね、みたいなことって、人間だからあると思うんですよ。俺はいまの若い人たちのライヴとは別のところにいると思うんで、それがちゃんと表現できないのがすごくイヤなんです。だから、自分の中の間(ま)だったりとか、そういうとこはめちゃくちゃ考えて作ってますね。突っ込むことや頑張ることは大事なんですけど、ライヴでちゃんと表現できないとダメだって思うタイプなんで。フィジカル的な部分に関しては、普段の努力の賜物もあってできるんですけど、昔の曲はやっぱキツいすよ(笑)。“俺こんな曲作ったっけ?”ってびっくりしますよ」
――わかりきったことで恐縮ですが、ラップって単純に歌詞の言葉数がものすごく多いじゃないですか。
「そこなんですよ。そこをまずみんな評価してくれないんですけど(笑)。印税とかマジ上げてくんねえかなと思うぐらい。普通じゃないんですよ、俺たちは。しかもいまUSとかも曲めちゃめちゃ短くなってるじゃないですか。マジか、みたいな。これでいいんだ!とか。あの終わり方半端ないですよね。リル・パンプのアルバムとか15曲入りで36分しかないですからね。逆なんですよ、俺。長くなっていってるんですよね」
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――「あの頃じゃねえ」なんて6分超えてますからね。6分のお話を覚えてひとに聴かせるだけでも大変なのに。
「それぐらいの曲がまたできたんですよ(笑)」
――おお、楽しみです。ライヴといえば、来年1月の〈おはよう武道館〉について現時点で何か言えることはありますか?
「いや、絶対に何も言わないです。よく“あの曲やりますか?”とか訊かれますけど、そこはほんとに当日でお願いしますって感じですね。何も発表はしないんで」
――CD20曲、DVD23曲で、ダブりを除いても合計36曲。すごいボリュームです。
「配信ではさらに曲が増えるんですよ。見たらたぶん笑い転げると思います。“こいつ、こんなことすんの?”って(笑)」
――般若さん、みんなを驚かせるの好きそうですね。
「俺みたいなやつがひとりいると、みんな楽なんじゃないですかね(笑)。甘えたくないんですよね。ヒップホップだから、みたいな理由づけで。ジャンルは何ですかって訊かれても、ヒップホップだとかラップだとかあんまり言いたくなくなってきて。“いいよ、おまえが決めろよ”って感じなんですよ、もう。ただ、こうやって振り返ってみても、一曲たりとも妥協しないで作ってきたんだな、というのはすごく思います。だからこそやれてるのかな、とも思うんですけど。選曲しながらいろいろ思い出しました。このときはこういう気持ちだったな、とか。それを初めての人が聴いたらどう感じるのか」
――どんなことを思い出しましたか?
「んー、やっぱり人間関係だとか金銭的なことをやっぱ思い出しますね。特に初期の曲は。で、4枚目以降、昭和レコードになってからは状況も変わっていって。いまは家庭がありますけど、常日ごろ孤独は感じてるんですよ。昔の孤独とは違うんだろうなと思いますけど。でも表現方法を考えて、ストレートな物言いをしたいところをグッとこらえて違う物言いにしていったってところは、間違ってなかったんじゃないかなって思いますね。ってか、曲に全部落とし込めてよかったって感じです」
――そういう意味では作った曲に関しては後悔はないですね。
「一切ないです。1万パーセントぐらい、ないです」
――ありがとうございました。何か言い残したことはありませんか?
「大丈夫です(笑)。とりあえず、武道館で会いましょう」
取材・文 / 高岡洋詞(2018年10月)
般若 おはよう武道館 ワンマンライブ 2019年1月11日(金) 東京 日本武道館
開場 17:00 / 開演 18:00
前売 全席指定 6,500円(税込) hannya.jp/