今年7月、シングル「
平成の男」で約5年ぶりにソロ活動を再開した
清 竜人。変幻自在にスタイルを変えてきた彼が新たに選んだコンセプトは“歌謡曲”であった。編曲家に
ミッキー吉野、
原田真二、
井上 鑑という大御所を起用した3曲で、瀟洒かつ情感豊かな“平成歌謡”を聴かせた彼が放った第2弾「
目が醒めるまで(Duet with 吉澤嘉代子)」は、
吉澤嘉代子をパートナーに指名したデュエット・ソングである。
編曲は前作の「Love Letter」に続いて井上 鑑。どことなくナイアガラ・サウンドが彷彿とする、ノスタルジアの中にのぞくモダンさが心憎い美麗なバラードだ。カップリングの「サン・フェルナンドまで連れていって」は
星 勝、「涙雨サヨ・ナラ」は
瀬尾一三と、再び大ベテランたちの力を借りて、3曲ともスローで固めている。“過圧縮ポップ”全盛のJ-POP界には珍しい作品集をまさしく「世に問う」た彼に、その狙いを訊ねた。後半で話が脱線するが、それも含めてお楽しみください。
――やはり歌謡曲を意識されたんでしょうか?
「意識はしてるんですが、うまいバランスで意識してるといいますか。来年は元号が変わりますし、昭和、平成、そして次の時代へと橋渡しになるような作品を作りたいなと思って、温故知新的に歌謡曲のいいものを踏襲して、平成元年(1989年)に生まれていま音楽活動をしてる僕の個性とうまくミックスさせたら、何か新しいものができるんじゃないかなって」
――たしかにモロ歌謡曲ではないんですよね。
「〈平成の男〉をアレンジしてくださったミッキー吉野さんも、デモを渡したとき“全然、昭和歌謡じゃないね。もっとモダンだね”って仰ってました。僕自身、昭和歌謡だけを狙ってたわけじゃなくて、そういう匂いがする新しいものを作ろうと試みているつもりなので、狙い通りできてるのかな、という感じはあります」
――その狙いはアレンジャーの人選にも出ているのかなと思いました。お三方とも歌謡曲コテコテではないですよね。どちらかというとフォークやロックとの境界線上、当時の言葉でいうニューミュージック畑で活躍された方たちです。
「そうかもしれないですね。あえて外そうと意識したわけではなくて、単純に自分の琴線に触れる、そしてなんとなく狙っていた方向性に合致する方々を選んでお声がけさせていただいた感じですけど。僕のメロディ・メイカーとしての感性とのバランスみたいなことも考えましたし」
――この曲を聴いて選んだ、みたいなことは?
「あります。とはいえ“この1曲”って感じではないので、強いて挙げるような形になりますが、例えば星さんだったら、
上田正樹さんの〈悲しい色やね〉の日本的なセンチメンタリズム――それは上モノからベース・ラインまでいろんな要素があって総合的にそう聞こえるんでしょうけど――みたいなものを自分の楽曲に取り込みたい、コラボレーションしたいっていう感覚がありました。この個性がこの曲と融合したら新しいものができるんじゃないかな、っていうような狙いは、それぞれにありますね」
――各氏とのやりとりは具体的にはどんな感じでしたか?
「仕事の進め方もコミュニケーションのとり方もそれぞれ違うので、その方に合わせてやっていきました。僕のアレンジャーとしての個性はなくす方向にしたかったので、基本、デモは弾き語りみたいな形のものをお渡ししつつ、目指すサウンドの方向性は言葉でざっくりとお伝えした感じです」
――世代がずいぶん違いますが、やりにくさを感じたりはしませんでしたか?
「それが面白くて、オファーをかける前は、やり方もそれぞれまったく違うだろうし、本当に完成まで持っていけるのかな……っていう不安も実際あったんですけど、いざご一緒してみたら、どなたに関しても一切そんなことはなくて。井上さんは60代、瀬尾さんと星さんは70代で、僕とは3世代ぐらいギャップがあるんですけど、いまなお第一線で活動されてる理由がわかるというか。過去のキャリアをご自分の中に蓄積させつつ、現代に適応されてるんですよね。体は衰えてるでしょうけど、それを補うかのようにアンテナは若い人以上に立ててるんじゃないかと思うぐらい、みなさんすごく感性も豊かで、いい意味で過去を引きずっていない。大御所の真理を見たというか、勉強になりました」
――どんなことでそう感じましたか?
「現代の音楽制作の手法に対して偏見がないんですよね。そこは逆に僕に偏見があって、バブリーな時代を生きてこられた方たちだから、独特の確立された手法みたいのがあるんじゃないかと思ってたんです。もちろん大事にされているものはあるんですけど、僕らにも対応できるような、当たり前ですけどプロとしての技術力の高さを感じました。たぶん現代の技術に対しても、興味も人一倍あるんでしょうね。例えば星さんの〈サン・フェルナンドまで連れていって〉のドラムは打ち込みなんですけど、一応プロのミュージシャンである僕も、最初聴いたときまったくわかんなかったんで。固定概念がなく柔軟に物事を捉えられていて、なおかつクォリティの高いものをしっかり作れるのは、さすが第一線の方たちだなって思いました」
――僕は素人なので、もはや打ち込みと生演奏の判別がほとんどつかないんですが、プロにとってそのボーダーはどのあたりにあるんでしょうか。
「たぶん一般の方より少し上ぐらいですよ(笑)。聴き方は一緒だと思います。明らかにこれは生じゃないよな、っていうのもあるでしょう?」
――ありますね。
「そのラインがちょっと上なだけです。リヴァーブの質感とか周波数とかが、もう少しだけ聴き取れるという。僕はどちらかというとあんまり生にこだわるタイプじゃなくて、もちろん生のよさは当たり前にわかってはいますけど、J-POPに関していうとほぼ必要ないところまできてると思います。トリオのジャズのインストみたいなものはまだちょっと難しいと思いますけど、歌ものでベーシック・プラス・ストリングスにシンセ、みたいな飽和状態のオケであれば、ベースが生であろうが打ち込みであろうが誰もわからないと思います(笑)」
――すみません、話がそれてしまいました。
「いえいえ。好きですよ、こういう話。“マスタリング不要論”とか振られると楽しいです(笑)。音楽の制作工程を最後までひとりでやる方がだいぶ増えたんで。テクノロジーの進化に伴って、必ずそういう議論が巻き起こるのが面白いですね」
――竜人さんご自身、全部ひとりでやろうと思えばできるミュージシャンですよね。そういう人があえて他人に委ねるのは、やはり狙いがあってのことだと思うんです。
「そもそも僕はJ-POPに関していうと、アレンジまで全部ひとりでやらないほうがいいと思ってるんです。メロディと歌詞が出来上がったときに、自分でやったほうが楽曲の点数が上がるな、って思った場合は自分でやりますけど、基本的には人間ひとりでできる音楽的なアプローチには限界があると思っていて、特に大衆音楽のステージでやるんであれば、分業制でやらないと長続きは絶対にしないと思ってます。過去のミュージシャンを見ても、例えばバンドであってもいいプロデューサーがついてたりしますよね。自分たちで全部やって長く活動を続けて、ある程度どの時代にもいい作品を残すって、特にポップスに関してはほぼ不可能な気がしていて。長い目でみて総合点の高い作品を作り続けるためには委ねる部分は委ねて、チームで作っていこうっていう考え方です」
――前作も“昭和歌謡”と形容されましたが、年配の方は“昭和は60年以上あったのに、一緒くたにするな”と仰るじゃないですか。平成生まれの竜人さんから見た昭和のイメージってどんなものなんでしょう。実際ごっちゃなんでしょうか?
「すごくごっちゃだと思います。ただ平成生まれの人たちには、正確ではないにせよ、なんとなくの雰囲気として抱いている昭和のイメージがあって、それはだいたい共有できてると思うんですよね。そこは僕らから見た昭和のいいところでもあるし、今回、踏襲したいなと思った部分のひとつでもあります」
――なるほど。昭和歌謡から取り入れたかったエッセンスとは?
「感覚的な問題なので実践できているかどうかは別なんですけど、J-POPって昔もいまも基本的には変わってなくて、欧米の音楽とかいろんなところから要素を引っ張ってきてミックスしてハイブリッドに仕上げた、特殊な音楽ですよね。僕のイメージする昭和の歌謡曲では、その精度がより高かったというか、よりうまいバランスで欧米の音楽を取り入れていた感覚がある。当時の音楽のほうが日本的に聞こえるんですよね。どういうところがそうなのかなって考えたら、シンプルなメロディ・ラインがあって、その色づけとして欧米的なサウンドを取り入れている、そのバランス感なんですよ。それがいまの時代にまた求められてる気がしているんです」
――竜人さんはこれまで劇的な音楽性の変遷を経てこられたわけですが、時代のトレンドを意識してスタイルを選んできた感じですか?
「基本的に僕は“いま流行ってるもの”とか“いま来てる波”へのアンチテーゼとしてものを作るようにしてるんです。例えばいまだと言葉数が多かったり、メロディ・ラインも英語詞の楽曲の影響が強いですよね。それはそれでいいと思うんですけど、自分がそれに乗っかろうって感覚はなくて。芸術史をひもとくと、どの時代も“いまあるもの”への反抗心が新しいものを作るエネルギーになってますし、僕も流行には何かしら反抗して、次の時代のきっかけになるようなものを作り出そうと常に試みています」
――いまの時代にこういう音楽が有効だと考えたということですね。
「こういうものが存在していないな、していたとしても少ないな、というのもありますし、現代に鳴る音楽として、こういうもののほうが僕はいいんじゃないかなって思うというメッセージでもあります」
――「目が醒めるまで」は吉澤嘉代子さんとのデュエットですね。竜人さんとはほぼ同世代(吉澤が1歳下)で、彼女も流行とは距離を置いた音楽をやっていますし、何か共鳴するものがあっての起用なんでしょうか。
「実はご一緒するまで彼女のことはあまり知らなかったんです。ゆくゆくのアルバムに向けて、来年、元号が変わるという時代性も意識した上でのアプローチの一環として、誰とデュエットをするのが面白いかなって考えたときに、やっぱり平成生まれの子がいいなというのと、いろんなコミュニティで彼女の名前が出ることが多くて、少し縁を感じたんです。それで彼女の音楽を聴いてみたら、声質的にも楽曲とマッチしそうな予感がして、オファーに至りました」
――予感は的中しましたか?
「彼女の作品群をそこまで聴き込んだわけではないので偉そうなことは言えないんですが、レコーディングのときに僕がディレクションをして、最初に歌ったものからけっこう変えてもらったんですね。なので、彼女のリスナー的にも少し新しい嘉代子ちゃんの雰囲気が出たんじゃないかなと思います。あと、間近で彼女の声を聴いてみると、若かりしころの
薬師丸ひろ子さん的なニュアンスが少しあったのが新鮮で。実はこの楽曲を作ったときの裏テーマが薬師丸ひろ子さんだったんです。だからこそ井上 鑑さんにお願いしたというところもあったので(井上は〈探偵物語〉〈すこしだけ やさしく〉などを編曲)、僕の中ですべてのピースがピタッとはまった感覚がありました。井上さんは
大滝詠一さんとずっとタッグでやられてた方なので、そういう話もさせていただいて、ヒラ歌のバックにアコギのストロークをダブルで入れてナイアガラ・サウンド的にしたりとか、その世界観をうまいバランスで落とし込んでくれました」
――吉澤さんの最初の歌い方はいま聴けるのとはどう違ったんでしょう?
「もうちょっとエモーショナルでした。それが悪いわけではないんですが、楽曲に対するアプローチとして、もう少し淡々としてたほうがいいというか、主人公はいろんな経験を経て喜怒哀楽の波が少し鎮まったぐらいの年齢だから、みたいなことを口頭で伝えて、少し角をとった感じですかね。レコーディングの日に初めて会ったんですが、逆にそれがよかったかなと思ってて。第三者の視点として、もっとこういうのがいいんじゃないか、って忌憚なくお伝えして作り上げた感じです。彼女のリスナーがどう思うかはわかりませんが」
――彼女の歌をずっと聴いてきた僕も、仰る通り新鮮な吉澤嘉代子を聴くことができました。あと僕が感銘を受けたのは、例えば“サン・フェルナンド”という地名の選び方にしても(笑)、歌謡曲のニュアンスをうまく掬い取りながら批評性もあるという、絶妙の距離感なんです。竜人さん世代のリアルタイムのJ-POPではあんまり耳にしなさそうな語彙ですが、どこかから学ばれた部分もあるんでしょうか。
「リアルタイムで通ってはいないので知識としては浅いんですが、なんとなくのイメージとして、当時は耳馴染みがなかったであろう地名が入った楽曲ってたくさんありましたよね、たぶん。異国情緒に憧れる感じって、Google Earthができたいまでもあるじゃないですか。聞いたことのない地名だと“おっ、女の子かわいいかな?”って想像する、みたいな。そういうのって島国・日本ならではだなと思うので、1曲ぐらい入れたいなと思ったんです。耳馴染みがなくて語感もよく、想像力を刺激しそうな地名をリサーチして、サン・フェルナンドにしました」
――見事な塩梅です(笑)。“神様 私の 心を 裁かないで”とか、「涙雨サヨ・ナラ」の“幾千の想いは涙雨と変わり”など、言い回しもうまいなと思いました。
「ものにもよるし音楽性によるんですけど、特に恋や愛を扱った楽曲って、すごく具体的で直接的な描写が増えたイメージがあるんです。現代的なんですけど、ちょっと情緒が足りないなって感じるところもあって。昔のJ-POPにはそういうところが豊かだった気がするし、日本的で素晴らしい部分だと思うんで、時代設定は現代だけどプラスアルファとして情緒とか哀愁が漂うものが綴れたら、新しくて面白いかなって考えました」
――いま世の中で流行っているものって“あるある”が多いなと思うんです。笑いに感動と効果は違うにしても、ベースは共感なんですよね。竜人さんの音楽って、特に近年は、あまり共感を求めている感じがないのが面白いなって。
「それはたしかに……過去を振り返ってみても、応援歌みたいなのもあったりしますけど、現代の人の心情に歩み寄りすぎることはあんまりしてこなかった気がします」
――そういうものへの、それこそ対抗心もあった?
「それもあるんでしょうけど、なんでしょうね……単純にそういうモードじゃなかったってことかもしれないですけどね。ただ旬のものに手を出すときは慎重にならないとまずいので、よりクリエイティヴに、と意識しているんだろうなって気はします。中途半端に手を出すと、ただサブいものが出来てしまう危険性があるじゃないですか」
――さっきも言ったように、竜人さんは音楽性を激しく変えてきていますが、どのスタイルを選んでも一定のクォリティをキープするということをとてもちゃんとやっていらっしゃるイメージがあります。その筋の愛好家が聴いても“いいな”と思える感じというか。何か心がけていることはありますか?
「仕事として最低限のクォリティを保つことは、プロなら誰でもできて当たり前だと思うんです。“この曲すごいダサいけど、プロの仕事だよね”っていうものも世の中にはいっぱいあると思っていて。それができてないのは、仕事をサボってるだけなんじゃないかっていう気が僕はしますね。もちろん感性やセンスがいちばん大事なんですけど、そっちに重きを置きすぎるのは、ミュージシャンっていう職業を勘違いしてるだけだと思います。サラリーマンがやってるのと同じように、ミュージシャンも社会人としてやらないといけないことは絶対にあるんで」
――音楽のよし悪しなんてしょせん好き嫌いでしかない、という考え方もありますが、それについてはどう思いますか?
「“俺は嫌いだけど、これはクォリティ高いな”って思うものは僕にはけっこうあります。逆に“大好きだけどクォリティはすごく低いな”というものも」
――僕もレビューを書くときなどに“全然いいとは思わないけど明らかに質が高いな”と思うものもあるんですが、そういうものをどう書くかが難しいんですよ。
「それをそのまま書いたらいいんじゃないですか(笑)」
――“好きじゃないけど質は高い”って?
「はい。それがいちばんいいと思います。読んでる人も納得できるし。僕、ほんと許せないのが、音楽雑誌ってなんであんなに……何かあるんですか?」
――何がですか(笑)?
「だいたいほめるじゃないですか。あれがリスナーの質を下げてると僕は思うんですよ。悪いものは“これはひどい。最低だ”と書いてほしい。星10個が満点だとしたら、尖ってる人でも5とかにしちゃうけど、1とかでいいと思うんですよ。レーベルとかアーティストに忖度するんじゃなくて(笑)、ちゃんとボロカス言ってほしいですね。僕もボロカス言われたいときもあるんですよ。過去の作品を振り返って、われながらさすがによくなかったな、と思うものはあるし。いいものはほめて悪いものはけなす、っていうようにもう少しなると、リスナーとアーティストのレベルが上がっていくんじゃないかなって思うんですけど、どうでしょうか?」
――インタビューされましたね(笑)。そこは難しいところで、媒体によっては“ネガティヴなことは書かないで”って言われる場合もあるし……。
「ですよね。お仕事ですもんね。すっごいわかるんですけど、批評って大事だと思うんですよね。どの時代もどのジャンルも、文化は批評とともに発展するじゃないですか。いまの日本って、作り手を人間として否定してるわけじゃなくて作品を批判してるだけなのに、“悪口”はヒューマニズムとしてよくない、みたいな風潮があって。それが文化の発展を阻害してる気がしてしょうがないんですよ」
――自分はまったくいいと思えないけどこれが大好きで感動している人がいるんだろうと思うと、その気持ちを尊重しなきゃ、って考えちゃったりしますね。ある50代のベテラン・アーティストと話したときに、二十歳くらいのシンガーが“あなたみたいな人には二度と出会えない”みたいなことを歌うのが大げさで子供っぽくて聴いていられない、と言っていて。“あなたの年代から見ればそうですけど、そのシンガーやファンは人生経験が浅いのだから、そう感じるのはリアルだと思いますよ”と言ったんですが。
「そのメッセージを聴いた若い子が感動することを否定するのは間違ってると僕も思いますけど、それが伝わるメロディやアレンジになってるかどうか、という視点もありますよね。プロが作品としてしっかり批評してくれないと、自分が感動したからこれは音楽的にも素晴らしいものなんだ、と勘違いする若者が増えていく気がするんですよ。そこは別だよ、って大人が言ってあげないと」
――重く受け止めます。
「いえいえ。完全にそれてしまいました(笑)。途中でしたよね」
――途中といってもあとはアルバムが楽しみですねっていう話ぐらいなんですが。アルバム全体がこんな感じになると考えてよさそうですか?
「はい。基本的な統一感はあると思います。その統一感の中でどれだけ飽きさせずに全曲聴かせられるか、っていうのがテーマですね。12曲中10曲を、ミッキー吉野さん、原田真二さん、瀬尾一三さん、井上 鑑さん、星 勝さんに2曲ずつお願いして、あと2曲を僕がやるんです。いまある10曲にないものを作ろうと考えていて、それが1枚のアルバムになったときにどう聞こえるかっていうのも面白いところかなと」
――面白そうですね。研究発表的な側面もありそう。
「あると思いますね。勉強になった部分もあるし、俺だったらこうするな、って思うところももちろんあったし。いいところは吸収してやろうと思います」
取材・文 / 高岡洋詞(2018年10月)
清 竜人 ワンマンライブ 2018 秋2018年11月17日(土)東京 渋谷 TSUTAYA O-EAST
開場 17:00 / 開演 18:00
前売 6,000円(税込 / 別途ドリンク代)※お問い合わせ: シブヤテレビジョン
03-5428-8793 (平日12:00〜18:00)
清 竜人 歌謡祭Vol.22018年12月23日(日)大阪 味園ユニバース
出演: 清 竜人 ほか開場 17:30 / 開演 18:15
前売 4,500円(税込 / 別途ドリンク代)※お問合せ: 夢番地
06-6341-3525(平日11:00〜19:00)
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