結成20周年を迎えたサックス・アンサンブルの先駆者 ――サキソフォビア『ノクターン』

サキソフォビア   2018/11/21掲載
はてなブックマークに追加
 サキソフォビアは世界的にもめずらしいサックス・クァルテットだ。メンバーはバリトンの井上ヒロシ、テナーの岡 淳竹内 直、それにアルトの緑川英徳という敏腕揃いのサックス奏者4人。ジャズをはじめ、ポップス、民謡、オリジナル、さらには子供向けの楽曲まで、多様な音楽の要素を取り入れ、サックス・アンサンブルの可能性を広げている。
 その彼らが結成20周年を迎え、記念のオリジナル・アルバム『ノクターン』をリリースした。多彩な楽曲が並び、まるで時空を旅するような壮大なスケール感を持ち、彼らの20年が凝縮されたような作品だ。この機に“サキソフォビア・サウンド”の成り立ちについて、4人に話を聞いた。
──サックス・クァルテットというアイディアがどうして生まれたのかというところからお聞きしたいんですが、リーダーの井上さんが最初に言い出したそうですね。
井上「はい。ちょうどその頃、僕はアレンジと作曲にすごく興味があって、サックスだけのアンサンブルをやってみたかったんです。サックス・クァルテットは、クラシックの世界では普通にあるんですけど、ジャズの世界では当時ほとんどなくて。アメリカには“ワールド・サキソフォン・カルテット”っていう有名な人たちがいたんですけど、すごく独特で、僕のイメージではもうちょっと違うものがやりたかったんです」
──それでメンバーに声をかけていくわけですね。
井上「その頃には(竹内)直さんや岡(淳)くんとはもう知り合いで、よく飲みながらそういう話をしていました。それでいざやるとなって、二人に声をかけたら快諾してくれて。“もう一人アルト・サックスでいい人いないかな”って相談したら、二人とも“それだったら緑川(英徳)ってすごい人がいる”と。それで緑川さんに声をかけたんです」
──その時点で“こういう音を出したい”というヴィジョンはあったんですか?
井上「イメージ的にははっきりしていました。声をかけた時点で、曲も用意していたくらいだったし。でもモデルケースがなかったので、シンプルに思い描いたアレンジを形にすることになっていったんです。3人とも素晴らしいプレイヤーだから、演奏は間違いないのはわかっているんですけど、実際音を出したらどうなるかはまったく未知数でした」
竹内「井上さんは、“誰を使ってでもこういう音を出したい”ではなくて、僕ら4人のサウンドがはっきりイメージできていたんですよ」
──メンバーありきということですか。
井上「そうそう」
「よく覚えているのは、(サキソフォビアを)始めるにあたって、曲とアレンジを持ち寄ることになったんですが、オリジナルでもスタンダードでも、方向性やこんな曲がいいって指定はまったくなかったんです。僕は僕、直さんは直さん、井上さんは井上さんで、思い思いの曲をアレンジして持ち寄った感じでした。ある程度、自由なところから始まったんで、ヴァリエーションはすごくあったよね」
竹内「あったね」
「スティーヴィー・ワンダーの曲があれば、ジャズ・スタンダードもあって、ちょっとフリーの要素もあったりして、ほんとにいろいろでした」
──テナー2人、アルト1人、バリトン1人という編成にしたのは、サックスだけで曲が構成できるようにするためですか?
井上「そうですね。クラシックのサックス・クァルテットだと、ソプラノ、アルト、テナー、バリトンが基本で、だいたい動かないんです。持ち替えることもないし。サキソフォビアは、当初からそういうことはあまり関係なかった。この人たちだからやるというのが強くて、アレンジもメンバーみんなのことを考えてやるし。極論ですけど、全員アルトでも全員テナーでも良かったのかもしれない」
──ちなみに、ドラムを入れようと思ったことは?
井上「一度もないです。リズム・セクションがないことに重要な意味があったので」
竹内「初期にライヴの企画としてやったことはありますけどね」
井上「一緒にやりたいって言ってきた人がいて。でもやってみて、やっぱりなって感じだったんですよ」
竹内「ドラムが入ることによって、サックスの音色の変化が損なわれるんですよね」
「4人の有機的なグルーヴが、ドラムは強いからドラマーのグルーヴになっちゃうんです」
サキソフォビア
L to R: 竹内 直、緑川英徳、岡 淳、井上ヒロシ
photo by Makoto Miyanogawa
──サキソフォビアの曲構造は、ブラスバンド的にバリトンが支えてアルトとテナーがメロディを吹いたり暴れたりするものから、ビッグバンドにおけるホーン・セクションのようなもの、あるいは全員でメロディのハーモニーを奏でるものまで、曲によってヴァリエーションが違います。そこがおもしろいと思うんですけど、基本形みたいなものはありませんよね。最初からそれは決めなかったんですか?
井上「なかったですね。バリトンがベースラインを吹いて、上に乗っかっていくみたいな曲もありましたし、まったくそうじゃないものもありました。ひとつだけではなかったです」
竹内「構造のヴァリエーションは、基本的にアレンジャーが違うからなんです。井上さんもいろんなタイプの曲を書くし、僕や岡くんもそう。演奏していくなかで、このやり方が合うならこれでいこうと。初めは手堅くやってたけど、もうちょっと冒険しようとか、こんなのもいけるとか見えてくれば挑戦するって感じで、アレンジの過程を繰り返しています。その結果、いろんなヴァリエーションができたんです」
──みなさんはジャズ・ミュージシャンで、サキソフォビアでやっていることもジャズが大前提ではあると思うんですけど、ポップスや歌謡曲、子供の合唱と一緒にやるとか、ジャズにこだわってないように思います。そのあたりのジャズか否かはどう思っていますか?
井上「3人は非常に優れたジャズ・ミュージシャンなので、逆にアレンジや曲にジャズを持ち込む必要はない。持ち込まないことの可能性の方が楽しいというか。そういう意味では、ポップな曲を4人でやってもデコボコ感とか、普通にきちんと演奏する人のサウンドにはならない。ポップな曲での高度なインプロヴィゼーションとか、そういうものがあんまりなかったので、やってみたかったんです」
「題材としてはいろいろ取り上げるんですけど、やっぱりアレンジしてサウンドを作っていく段階では、自分のバックグラウンドは完全にジャズなので、それでやっている感じはあります」
緑川「ジャズといっても、僕個人が好きなものはほんとに狭いところにしかなくて。好きなものはジャズであって、自分の気に入らないものはジャズじゃない。だから僕はちょっと特殊なんですが、そんなことにとらわれずにやってることが、ジャズだと思うんです。童謡に乗せてやったってジャズだし、ボサ・ノヴァもそう。サキソフォビアでやっているのは自分の好きなジャズですね。4人でやっていることがジャズなんです」
竹内「僕の理解では、デューク・エリントンにしろ、チャーリー・パーカーにしろ、オーネット・コールマンだってジャズをやろうと思った人はいないと思うんです。みんな自分の音楽をやった結果、ジャズになった。僕もそういう存在になりたい。だからこのバンドでは、自分たちの音楽をやりたいですね」
井上「どんなものを持ってきてもいいし、行き着く先がジャズかどうかなんて考えなくていい。そこでできあがったものがサキソフォビアなんだというスタンスでいたいですね」
──今回のアルバム『ノクターン』は結成20周年ということで、なにかコンセプト的なものはありましたか?
井上「20年目のメンバー個々の自然な姿が出せればいいかなと思っていました」
──宮沢賢治をモチーフにした曲(「Wind Boy(どっどどどどうど)」)があったり、篠笛の平安時代みたいな曲(「超天楽今様」)があったりと、時空を超えた旅のようなアルバムだと思いました。
井上「その2曲は岡くんが持ってきてくれた曲で、以前から曲のアイディアがある人なんです。今回は僕らのオリジナルのほかにジャズ・ジャイアンツの曲も入れてバランスを取っています。もし、旅情とかいろんなことを感じていただけたとしたら、アルバムの戦略としては成功だったんじゃないかな」
──あらためて20年続けてきたことについて、どう思っていますか?
井上「よく続いたなというのが正直な感想ですね。いくら自分で始めたといっても、20年間やり続けていると思うと、やはり特別なグループなんだなってあらためて思います。自分たちの共同体としてやっているバンドですから、いろんな思いがあります」
竹内「日本におけるジャズのサックス・クァルテットの草分けのひとつと言っていいかなと。このフォーマットが定着しつつあるし、ひとつのきっかけになれたかなと思っています」
──これからやってみたいことはありますか?
竹内「海外公演はやってみたいですね」
井上「他の国の人たちの反応を見てみたい。なにかを知らしめようとは思わないけど、日本じゃない国の違う空気感で、僕らの音楽がどう響くのか、どう聴いてもらえるのか知りたいです」
──これから30周年、40周年と続けて行くつもりはありますか。
井上「はい。楽しくやっていきたいなと思っています」
取材・文/小山 守(2018年10月)
Live Schedule
●サキソフォビア 20周年&新作CD発売記念 九州ツアー 2018
11月29日(木)福岡 博多 New Combo
11月30日(金)佐賀 くーぷらん
12月 1日(土)長崎 諫早 Cafe de ICH
12月 2日(日)佐賀 嬉野 すいしゃ
12月 3日(月)熊本 酔ing
12月 4日(火)鹿児島 明日の地図
12月 5日(水)宮崎 Life Time
12月 6日(木)大分 Brick Block
12月 7日(金)福岡 小倉 Max Audio

●サキソフォビア 20周年&新作CD発売記念 東北ツアー 2018
12月17日(月)福島 CLUB EX
12月18日(火)青森 三沢 ムーンリバー
12月19日(水)岩手 一関市千厩町 角蔵ホール
12月20日(木)山形県長井 Warm Stone
12月21日(金)宮城 仙台 モンドボンゴ 2days
12月22日(土)宮城 仙台 モンドボンゴ 2days

●“New Year's Eve 〜 Countdown Live!!”
12月31日(月)東京 吉祥寺 SOMETIME
w/吉澤はじめ(p)トリオ 岩見継吾(b)永田真毅(ds)
開場19:00 / 開演20:00


[詳細] サキソフォビア オフィシャル・サイト
http://saxophobia.papi4.com/
最新 CDJ PUSH
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] 中国のプログレッシヴ・メタル・バンド 精神幻象(Mentism)、日本デビュー盤[インタビュー] シネマティックな115分のマインドトリップ 井出靖のリミックス・アルバム
[インタビュー] 人気ピアノYouTuberふたりによる ピアノ女子対談! 朝香智子×kiki ピアノ[インタビュー] ジャック・アントノフ   テイラー・スウィフト、サブリナ・カーペンターらを手がける人気プロデューサーに訊く
[インタビュー] 松井秀太郎  トランペットで歌うニューヨーク録音のアルバムが完成! 2025年にはホール・ツアーも[インタビュー] 90年代愛がとまらない! 平成リバイバルアーティストTnaka×短冊CD専門DJディスク百合おん
[インタビュー] ろう者の両親と、コーダの一人息子— 呉美保監督×吉沢亮のタッグによる “普遍的な家族の物語”[インタビュー] 田中彩子  デビュー10周年を迎え「これまでの私のベスト」な選曲のリサイタルを開催
[インタビュー] 宮本笑里  “ヴァイオリンで愛を奏でる”11年ぶりのベスト・アルバムを発表[インタビュー] YOYOKA    世界が注目する14歳のドラマーが語る、アメリカでの音楽活動と「Layfic Tone®」のヘッドフォン
[インタビュー] 松尾清憲 ソロ・デビュー40周年 めくるめくポップ・ワールド全開の新作[インタビュー] AATA  過去と現在の自分を全肯定してあげたい 10年間の集大成となる自信の一枚が完成
https://www.cdjournal.com/main/cdjpush/tamagawa-daifuku/2000000812
https://www.cdjournal.com/main/special/showa_shonen/798/f
e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活
Kaede 深夜のつぶやき
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015