東京近郊50キロ圏内、相模原市にしっかりと根を下ろすヒップホップ・クルー、
SD JUNKSTA のメンバーKYNこと
KOYAN MUSIC が5作目のソロ・アルバム『
No Border 』を完成させた。元々トラックメイク、ラップ、エンジニアリングも手掛けるマルチな才能の持ち主だが、今作ではエレクトリック・ピアノの銘器フェンダー・ローズを大々的にフィーチャーし、メロウでソウルフルなフレーズを自ら弾きながらラップする新境地を開拓。ヒップホップのみならずブラック・ミュージック全般に翼を広げる雄大な音像がとことん気持ちいい、ラップとインストの2枚組大作について訊いた。
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――いろんな時代のソウル、ファンク、ディスコ、ヒップホップとか、とてもスタイリッシュにまとめられていて。楽しみました。
「ずっとサンプリングで作ってたんですけど、何て言うか、自分が元ネタになりたくなってきちゃったんですよね。このアルバムをレコード盤にしたら確実にサンプリングできるし、“どうぞどうぞ、ナマですよ、ローズですよ”っていう感じ。いつかそうなりたいと思っていた時がついに来ました。
青い果実 (
METEOR / KYN /
butaji )というグループをやらせてもらった時に、自分がプロデュースしてるやつはほぼ全曲ローズで弾いて、今回はソロなんで本当にやりたい感じがさらに出せましたね。ファンクやソウル、ジャズ、ディスコが主に好きで、俺もそういうの作りたいなと思っていたので。DJでもけっこうかけるんですけど、すごく参考になるんですよ」
――そもそもローズとの出会いは。
「レコードですね。何もわかってなかったけど“この音、好き”と思ったのがきっかけです。96〜7年からヒップホップを聴き始めて、ループもので暗くて悲しいけど力強い感じの曲が好きで、そういうところから入っていって、いろんなヒップホップやその元ネタにローズが入っていて好きになったんですよね。それでソウルのレコードとかを買い始めて、これは超気持ちいいぞと。それで今のローズを手に入れたのが2年半前です。アナログだからMIDIで整えられないんで、生で八小節弾いてループさせたりしたんですけど、アルバムの数曲は切ったり貼ったりせずに1曲まるまる生で弾いてる曲もあります。そうなりたくてひたすら練習しました。まだまだですが(笑)」
――元々KYNさんはラップもトラックメイクもエンジニアもやるし、その上さらにローズ弾きながらラップする、という荒業も手に入れて。それってずっと考えてきたことなんですか。
「最終形態が見えてきたのはここ5年ぐらいですね。最初ラップを始めて、その後MPCを手に入れてレコードからサンプリングして、鍵盤も使い始めたんですけど、その時は全然弾けなくて、でもなんとなく遊びでやってるうちに面白くなってきて。サンプリングって結局人の曲が元だし、ループも機械がしてくれるじゃないですか。これは人間が退化してるんじゃないか?と思い始めちゃったんですよ」
――ああー。なるほど。
「当時の人は生バンドで“せーの”でやってたわけじゃないですか。20代とかで機械でビート作って俺が世界最強だと言うのは簡単ですし、とらえ方によっては実際最強なんですけど、でもそれを自分が言うにはあまりに全音楽レベルが低すぎると思ってたんですよ。だからサンプリングだけでビートを作ってた時代があって、MIDIを覚えた頃からplotoolsも意図的に触りだして、鍵盤も弾きだして、更に結果的にはエンジニアにもなっちゃったという」
――すごい。勉強家。
「ウサギと亀なら自分は亀で、へこむことも多かったんですけど。器用貧乏だと言われたりもしましたし。だから毎日絶対手を休めずにやろうと決めて、いつか見てろよと。セカンドを出したぐらいからほぼ毎日トラックを作ってきたんですよ。週3で介護の夜勤をやりながら。さすがにふらふらになって、今は(介護の)ペースを落としましたけど、結局ずっと作っていて」
――何がKYNさんをそうさせるんですかね。
「マイナス思考の人間なんで、死ぬことについて毎日考えるんですよ。寝てる時に急に目が冴えて、“やべえ、本気で生きなきゃ”って思う、そういうことって誰しもあると思うんですけど。“ピアノ弾いておけばよかった……”と思いながら死ぬことを想像すると超後悔して、今やらないと駄目だと思ってやり始めたという理由もあるんですよ」
――それはもう、モチベーションを通り越して本能というか。
「常に不安があるんですよ。音楽でたいして贅沢出来ないし、このあと40代になってどんどん忘れ去られて、そうなったらヤバいじゃないですか。それで音楽が嫌いになるのは嫌だったんで、鍵盤を弾く技術を身につければ、たとえ介護の場でもおばあちゃんたちと〈荒城の月〉を歌うとか、音楽を音楽として楽しめるじゃないですか。それを手に入れました。やりました、俺」
――すごい。マジ尊敬します。
「脳の神経が繋がるんですよ。それを身をもって経験しました。到底そんなことできると思ってなかったのに。たいしたレベルじゃないですけど、上にはたくさんいますけど、でも少しずつ毎日上っていくと下も見えなくなっていくんですよね。今回のアルバムに収録されてる〈進化の秘宝〉のリリックでもそう言っていて、上も下も見えないけどひたすら上り続けるしかないなって」
――アルバムはコンセプチュアルな作りで、合間にスキットが入って物語が進行していく。
「実はこれを作るきっかけがあって。町田にZAKAIというショップがあって、今はネットだけでやってるんですけど、毎月5,000円以上買うとミックスCDをプレゼントするという企画をずっとやっていて、もう80いくつまで来ていて。俺も何回もやってるんですけど、その内の1つがローズで作り貯めた曲を集めたインスト集があって、実はそれがベースになっているんですよ」
――あ。そうなんですね。
「その時にも思ったんですよ。“これ、もうアルバムできてるじゃん”って。これに言葉を乗せたらアルバムになると思って、トラックを5〜6個入れ替えて。イントロをつけて、スキットをサンプリングして、前述のインスト集を持ってる人も楽しめるようにして」
――スキットが楽しいんですよね。ここでは詳しく言いませんけど、SFアニメっぽい感じで。
「
手塚治虫 や
藤子不二雄 、
鳥山 明 、ジブリとか好きなんです。僕の音楽の礎は、3歳から18歳まで習っていたヴァイオリンのクラシック音楽と、ファミコン世代なのでゲーム音楽と、アニメの音楽とかなんで。中学生の頃に、パワプロの応援歌作成モードを使って、FFのボスの音楽とかドラクエのゾーマの音楽を耳コピしてプログラミングしたのが、たぶん俺の最初のビートメイク。1曲作ると兄貴が1,000円くれるんですよ。それが初めてのギャラかもしれない(笑)」
――そういう手作り感覚は今もちゃんとある気がする。
「『No Border』というのは境がないということで、境をなくしたかったんですよ。国境や人種、ジャンルの壁はいらない、という物語で前後左右全てが関連されてて、スキットを全曲間入れたのも映画のように始まったら最後までぶっ通しで聴くようにしたかったから」
――METEORさんがアルバムに寄せたコメントがあるじゃないですか。このアルバムは、頑張れとか、押しつけがましいことを言わないし、ただ気持ちいいって。同感です。
「リリックの内容とは別に、サウンド面で言うとローズの癒し効果と、自分は声の出し方は意識して、今こうやって普通にしゃべってる声の範囲だけでラップしたかったんですよ。かっこつけて声を張ったり、YO!ってやるのもできますけど、無理のない声で全曲やりたかった。それと、ワン・ヴァースとサビで終わる曲もけっこう多いんですけど、俺としてはそれがワン・ループの限界なんじゃないかなと最近思っていて。現代人は集中力が短いし、情報量がものすごく多いから、飽きたらすぐに捨てちゃう。全部処理しようとすると脳がおかしくなるから、集中力が短くなってると思うんですね」
――確かに楽曲はすごくコンパクト。だいたい2分から3分くらい。
「さらっとこの作品を聴いて回復してほしいんですよ。みんな疲れてるから、細胞から本当に回復してほしいと思っていて。日本って大変じゃないですか。あれだけ働いてこれしか残らないという国で、出て行くお金も多くてすごい疲弊してるし、自殺率も高い。そういう人が癒されてほしいし、俺も自分で救われてるんですよ。たとえ評価されなくても、自分は間違ってないと思うし、弾きながら癒されてるんですよ。職場で嫌なことがあっても、家に帰って練習して、終わる頃にはストレスが軽減してる」
――素晴らしいです。
「ヒップホップを聴かない人も絶対聴きやすいと思うんですよ。日本においてはヒップホップ以外の音楽を聞く人口のほうが圧倒的に多いわけで、でもほかの音楽を好きな人でも、ローズの音を聴けば、ご年配の方たちも“昔こういうの聴いたことあるぞ”ってなるだろうし、若い子も“おっ”と思うだろうし。自分がやってるのは、たぶん自然の音なんですよ。自然が大好きで、そういうのって音に出ると思うし、僕が東京に出ないのもそういう理由で、山と川と広い空が見たいんですよ。窓を開けて草の匂いがしたり、秋になると畑が繁って稲が黄金の野原みたいになって、刈り取られて冬が来て、雀が落ち穂をつついて、そういうものが見たいんですよ。じゃないと、たぶん病んじゃうんです。自然が近くにないと駄目で、地元を離れられなくて」
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――もう共感しかないですけどね。
「最終的には田舎に隠居したいんです(笑)。これはけっこう現実的に考えてて、山梨とか長野の県境まで行って平屋を買って改築して、昼間は少人数のデイサービスをやって、畑で野菜を作ったり、スタジオも作って夜はそこで音楽を作る。ミックスしてくださいという仕事が来たらデータを送ってもらって、CDを買ってくれた人には野菜を割引で売る(笑)。夢があるな」
――KYNさんを隠居させるためにこのアルバムを買いましょう(笑)。そしてライヴは?
「2年前ぐらいからLAETORIというバンドもやってて、弾きながらラップもしてたんですけど、最近はこのアルバム全曲弾きながらラップするというのを毎日練習していて、今日このあとでももうイケますよ。これは声を大にして言いたくて、ぜひライヴに呼んでほしいです。録音もミックスもマスタリングも全部自分でやって、さらにローズを持ってってラップする。こんな奇特な奴はなかなかいないと思うんですよ(笑)」
――いないです。間違いなく。
「この記事を見た人が“何それ、面白そう”ってなるといいなと思ってるので、ツイッターかインスタにメッセージください。もう準備できてますんで。あとはミュージック・ビデオも2本準備できてて、L'Andreとやってる〈No Border〉と〈宇宙遊泳〉と、どっちもアニメーションで、面白い作品に仕上がってるので。ミュージック・ビデオをもぜひチェックしてください」
取材・文 / 宮本英夫(2018年11月)
KOYAN MUSIC『No Border』 DJ LIKEST『GETTIN CLOSER』 Wリリースパーティ 2018年12月22日(土) 神奈川 相模原 ZIZO 開場 18:00 / 開演 19:00 entrance free(投げ銭) [出演] LIVE: KOYAN MUSIC with L'Andre & THE MICKEYROCK GALAXY DJ: LIKEST / ELNAND MORELETTA / KOYAN MUSIC