2018年に遊佐未森はデビュー30周年を迎えた。同年3月にベスト・アルバム『
P E A C H T R E E 』を出し、9月には東京と大阪で記念のコンサートを開催しており、そのライヴ盤『
PEACH LIFE 』がリリースされる。CDとDVDの2枚組となるこの作品には、アイリッシュ音楽の重鎮といえるミュージシャン=
トゥリーナ・二・ゴーネル との感動的な共演や、パフォーマンス・グループのモモンガ・コンプレックスとの躍動感あふれるダンスなど、多角的で果敢な試みが盛り込まれている。そして辣腕ミュージシャンによるしなやかな演奏と、いっそう奥深さや艶やかさを増した遊佐の歌声が織りなすファンタジックな世界観は、やはり無二の魅力であり、本作は彼女の30年の結晶といえるだろう。この作品について彼女に話を聞いた。
――ベスト盤『P E A C H T R E E』は、遊佐さんにとってターニングポイントになった曲を選んだそうなんですけど、このライヴの選曲もそれが基本になっているんですか。
「『P E A C H T R E E』はターニングポイントになった曲をテーマに作ったので、その流れを汲みつつ、自分にとって頼りになるメンバーとコンサートをやりたいというのがあったんですね。彼らのサウンドが生きる曲っていうことも、選曲の中には当然入ってきていました。最終的には、コンサートを見終わった人がほんとに良かったねって思ってもらえるような、30年応援してくれたことへの最大限の感謝の気持ちを込めたものにしたい、っていうのもあったので。そういう思いで選曲していました」
――デビュー曲から最新の曲までまんべんなくチョイスされていて、ゲストの見せ場もあるような選曲です。
「ゲストは大阪公演が外間(隆史)さん、東京公演がトゥリーナ(・ニ・ゴーネル)で、30年の活動の中でやっぱりはずせないっていうお2人で。外間さんは体調を崩されて出られませんでしたが、トゥリーナは来日してくれました」
――すごく内容盛りだくさんなライヴですよね。トゥリーナさんが参加されたり、パフォーマーと一緒に踊ったり、アンコールでは遊佐さんがドラムも叩いたりもして、やりたいことを全部詰め込んだみたいに思えました。
「詰め込むっていうよりは、ひとつずつしっかり味わいながらやっていったということなんです。まずはトゥリーナがアイルランドから来日してくれたということが夢みたいだと思っていて。でも、それをやるべきなんじゃないか、一回お願いしてみるべきなんじゃないかって思って、“こういう企画のコンサートがあって、ゲストで来てくれない?”ってお願いしたら、すぐに“行く行く!”って言ってくれて、ほんとに実現しちゃったわけなんです。彼女とは93年に出会っていて、そこから26年くらいずっと友達で、尊敬する先輩でもあるし、同じ音楽をやる仲間でもあり、ある部分お姉さんみたいなところがあったりする。ずっと途切れることなく、つながりを保てることのできた本当に大切な友達なんです。今回トゥリーナが出てくれることになった時点で、絶対に特別なステージになるということを確信しました」
――このライヴのハイライトになっていますよね。
「そうですね。音楽的にもとても充実していたし。〈Island of Hope and Tears〉は、もともとは(トゥリーナが所属するバンドの)
ナイトノイズ がご自分のアルバムでレコーディングしていた曲なんですけど、それを私が聴いていて、カヴァーしたいっていうことから、94年のアルバム『
水色 』(トゥリーナらナイトノイズとの共演作)に入っているんです。今回彼女がこの曲のピアノを演奏してくれて、私が歌わせてもらったんですけど、この曲が日本でファンの人に受け入れてもらって、愛されているっていうことを、彼女もステージ上で実感して、袖に戻った時にちょっと涙ぐんでいたんですよね。そういう、いろんな大切な想いが詰まったものになっていますね」
――遊佐さんもMCで涙ぐんでいましたし、歌っている時にも涙声になったりしていますね。
「ウルウルしていますよね。絶対に泣かないって思っていたんですけど、思いがけない時にウルッときた感じでした」
――トゥリーナとの5曲は、やってみてどうでしたか。
「もうすごく贅沢な時間でした。〈Shadow of Time〉の間奏で、2人でロングトーンでハモるシーンがあるんですけど、あれは即興でやっているんです。来日してから、ここはそうしてみよう、っていう話をして、あそこはすごくうまくいったテイクで。そういうトライができて、トゥリーナがこうきたからこう歌おうっていうのがすごくよくわかるんです。だから実験的でもあるんです」
――そういう即興でぴったりハマるというのは、2人の間で通じるものがあるんでしょうか。
「たくさん話さなくてもわかりあえるようなところが昔からあって、深いところでリンクする部分があるように思います。今回10日くらい一緒にいましたけど、ほんとに楽しくて。そういう関係を持てた音楽人生に救われているなって思うし、なにかあってもトゥリーナががんばっているから私ももっと歌っていこう、ということも思います」
――『
水色 』以降の遊佐さんは、アイリッシュ音楽の要素を随所で取り入れていて、今では遊佐さんの音楽に不可欠なものになっていますよね。あらためて遊佐さんにとってアイリッシュ音楽は大事なものなんですか。
「私の中ではすごく好きな音楽として
ナイトノイズ があって、そこからアイルランドの音楽をいろいろ聴くようになって。彼らはトラッドの曲も入っていますけど、ほぼオリジナルでやっているところが、すごく先駆者的な価値のある活動をしていると思うんです。そういう彼らとその時に会えたことが、とても重要。それとともにアイルランドの人の音楽だったり、音楽に対する想いだったり、生活スタイルだったり、というところに、すごく魅力を感じたし、それと同時に、どこか懐かしさみたいなものがありますよね。日本人の中にあるものとすごくリンクしているところもあるし。そういう近しさみたいなものっていうのが、肌で感じられたんです」
――これからもトゥリーナとまたなにかやってみたいと思いますか。
「思いますね。このコンサートをやったことで、トゥリーナとまた再会できて、一緒にステージでやって、きっとこの後もつながるなにかがあるんだろうと思っていますし、いろいろトライしていきたいと思っていることもあります」
――レコーディングとか?
「できたらいいですね」
――ライヴの終盤になると、ダンサー2人が登場して盛り上がりますね。
「(ダンス・パフォーマンス・グループの)モモンガ・コンプレックスの踊りが大好きなんですよ。『スヰート檸檬』(2008年)の時に初めて白神ももこさんに出てもらって、そこからのつながりがあります。それで今回、30周年ということで、出てほしいなと思って」
――ライヴの中にああいうパフォーマンスの要素を入れるのは、どうしてなんですか。
「私、パフォーマンスとかコンテンポラリー・ダンスが大好きなんです。自分でやっていた時もあるし。もともと、歌を歌う時に見ていて視覚的にも楽しめるものというのは、非常に惹かれるものがあったので、自分のコンサートで取り入れたいって思っていたんです。キメキメのすごくかっこいいダンスっていうんじゃなくて、どこか隙があるっていうか、そういう踊りが好きで。今回はモモンガ色満開な感じで踊ってもらって、一緒に踊るのもすごくうれしいし楽しい。音を聴いて体で表現したりするのも好きです」
――一緒に振り付けで踊るところもかなりありますよね。あれ、ちゃんと覚えたんですよね。
「覚えたんですよ。ちゃんとリハーサルしたんです。ダンス・リハです(笑)。動画撮って、家でも練習して」
――すごく楽しそうに踊っていますよね。
「仲間に入れてもらえてうれしい、みたいな感じですよね(笑)」
――アンコールではデビュー曲の「瞳水晶」でドラムを叩きながら歌っていますけど、以前に“cafe mimo”(毎年春に開催しているアコースティック・ライヴ)でやっていたんですよね。
「去年のcafe mimoで初めてやって。その時は〈春咲小紅〉を叩きながら歌ったんです(笑)。それがすごくウケて、ファンの方から“ドラムを毎回やってほしい”って言われて。これだけ反響があったら、こういう記念のコンサートでは1曲くらい叩くべきかなあって思って、それでやったんです」
――ドラムの経験はあったんですか。
「高校の時に少しだけ。パーカッションとかリズムを出すのがすごく好きで。今回は楠さんに教えてもらったりしながらやりました。すごく楽しかったです」
――それを30周年で、しかもデビュー曲をやるというのが、すごく意味があることですよね。
「曲がなかなかどれにしようか決まらなくて、すごく悩んで、ある日急に“そうだ〈瞳水晶〉だ!”って思って、それをバンマスのWatusiさんに言ったらすごくウケて(笑)。バンドのみんなも、半分楽しみながら、半分ちょっと心配しながら、私が叩きながらやっているっていうことを、すごく受け入れてくれました」
――いいバンドですよね。インタープレイやインストでも観客を引き込むことができるし、柔軟性も高いし、バンドとしての個性があります。そこはやっぱり信頼が大きいんですか。
「そうですね。みんな超忙しいメンバーなので、こういう形でこのメンバーが揃うってこともあまりないと思うんですね。今回やってみてすごく新鮮でした」
――このライヴって30周年っていう節目なのに、全体的な印象が重みとか熟練とかのほうにいかなくて、すごくフレッシュですよね。
「やっているほうも、そういう感覚がすごくあったと思います。それも良かったんじゃないかな」
――このライヴ全体にいえることなんですけど、遊佐さんの歌声って以前とは変わってきていると思うんです。
「変わらないねって言われることが多いんですけど、私自身は変わっていると思っていますね。年齢を重ねてきていることで、歌うことについて、すごく解放されてきているんです。だから歌いやすいんですよ、前よりも。歌うっていうことはすごく奥深いし、おもしろいし。もっともっと掘り下げていきたいって、今もすごく思っています」
――以前よりもふくよかな歌声になっていて、歌としての深みや包容力をすごく感じるんですけど、端的にいえば説得力が増していると思うんですよ。遊佐さんは今の自分の声をどう思っていますか。
「すごくうれしいです。まだまだ未知の領域があって、日々それを追い求めてやっているんです。結局そういう人生だと思うんですけど。今どういう歌が歌えるのかなというのはいつも考えていることだし、一人で歌っている時でも、響きに耳をすませています。いかに自分の楽器である体を生かしていい歌を歌うかというのが、ますます楽しくなってきているなあという感じはしますね」
――年齢を経てもっと良くなっていくタイプの歌い手だと思うんです。
「じゃあこれからもっと、60代も楽しくなりますね(笑)」
――あらためて今振り返って、この30周年ライヴをどう思っていますか?
「これからの音楽人生にとって、道しるべになり得るコンサート、ということ。その後にはトゥリーナとデュオ・コンサートもやったことで、可能性みたいなものがより見えてきたというのがあります。アルタンっていうアイルランドのトラッドのバンドのコンサートでゲストでケルトの歌を歌ったりということも続きましたし、すごくいっぱい刺激をもらっているところで。だからこのコンサートがその火付け役っていう意味のあるものだったんだろうと今は思っています。この後またアンコール・コンサートも7月7日にあるので、それに向かって、また、いいなにかをお届けできるようにやれたらなと思います」
――最後に、30年を振り返ってどう思いますか?
「やっぱりすごくいい出会いをたくさんいただいて、そのつながりが『PEACH LIFE』へと導いてくれたんだと思っています。これから次のアルバムをリリースすることで、またその先が見えてくるんだと思うんですけど。そんなピーチフルな30年です(笑)」
VIDEO
取材・文/小山 守
遊佐未森 cafe mimo Vol.19〜春爛漫茶会〜 遊佐未森(vo, pf) 楠 均(per)西海 孝(g)東京・草月ホール 4月14日(日)open 17:00 start 17:30 4月20日(土)open 17:00 start 17:30 全席指定 6,180円 問い合わせ:ホットスタッフプロモーション [TEL] 03-5720-9999愛知・千種文化小劇場(ちくさ座) 4月27日(土)open 17:00 start 17:30 全席指定 6,180円 問い合わせ:ジェイルハウス [TEL] 052-936-6041大阪・大丸心斎橋劇場 4月28日(日) open 16:30 start 17:00 全席指定 6,180円 問い合わせ:キョードーインフォメーション [TEL] 0570-200-888ガールズ・オンリー公演〜南青山MANDALA 25th anniversary !!〜 東京・南青山マンダラ 5月3日(金・祝)open 14:30 start 15:00 自由席(整理番号付き)5,800円+1ドリンク ※女性の方のみご入場いただけます。 問い合わせ:南青山マンダラ [TEL] 03-5474-0411宮城・福聚山 慈眼寺 5月4日(土・祝)open 12:30 start 13:00 自由席(整理番号付き) 6,000円 問い合わせ:トップアート [TEL] 022-344-9854