湯浅湾 我々は“望まない” 10年ぶりの新作『脈』をバンマスが解説

湯浅湾   2019/12/27掲載
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 音楽評論家・湯浅学がバンマスを務める湯浅湾が、ひさびさの新作『脈』を発表した。朴訥とした歌声と浮遊感の入り混じった音像から立ち上がってくるのは、明るい虚無主義。爽やかな諦念。ポップな人間嫌い。相反する概念がガレージっぽいサウンドの中で溶け合って、ときに飄々と、ときには情念も顕わに脈打っている。今回は松村正人(b)、牧野拓磨(g)、山口元輝(ds)という固定メンバーに加えて、ピアノ&オルガンで谷口雄(元・森は生きている)がゲストとして参加。剛直なギター・ロックに、どこかサイケデリックでドリーミーな味わいも加わった。アルバムの掉尾を飾る「望まない」は、13分におよぶ大曲。“人ならぬものたち”の眼差しを借りて、偽りに満ちた世界に異議を申し立てるプロテスト・ソングだ。聴き手の心揺さぶる新作はどのように生まれたのか。制作の裏側をバンマスに聞いた。
予算があるうちにアルバムを作ろう
――前作の『港』から10年ぶりですね。
 「オリジナル・アルバムとしてはそうだね。間にライヴ盤を1枚、ミニ・アルバムを1枚出してるんだけど」
――ライヴは不定期で続けてきたわけですが、ひさしぶりにスタジオに入ったのには何かきっかけがあったんですか?
 「2018年の今頃かな。(発売元である)boidの樋口泰人さんから“思いがけず予算ができたから作りませんか”って話があったんですよ。曲もけっこう溜まっていたし。そろそろ次のアルバムを出したいなとは、自分でも思ってたんでね。じゃあ、予算があるうちに進めましょうと。そういうお金ってさ、ぼーっとしてるとすぐになくなっちゃうから」
――なるほど。レコーディングまでの流れはどんなプロセスで?
 「まずギターの牧野君がうちに来て、大まかに候補曲を決めて。2019年の3月からはプリプロっていうか、メンバーと練習を始めたんだよね。毎月スタジオに入ってアレンジを練っていくうちに、自然と曲が絞れてくるじゃない。で、大体仕上がったところで8月4日にライヴをやって、その翌日から1週間くらいかけてレコーディングしました。あとは月内にぼちぼちミキシングの作業をして、9月に完成という感じかな」
――今回、谷口雄さんが参加していますね。これはどなたのアイディアだったんですか?
 「谷口君は、樋口さんのほうで御縁があって2017年に吉祥寺丸井の屋上でライヴをしたときに、ゲストで来てもらったんですけど、すごくよくてね。今度のアルバムはぜひ彼も入れて作りたいなと。それはメンバー4人で最初から話してました。なので今回は、練習にも4月からずっと参加してもらってるし」
湯浅湾
――収録された8曲は、基本的には過去に書き溜めていたものを?
 「冒頭2曲、〈ひげめばな〉と〈いきながらえ〉は2019年に入ってからできた新曲だね。俺、曲を作るときはつねに詞先なんだけど、まだメロディが付いてないストックはけっこうあってさ。それを手直ししながら仕上げていくやり方で、練習を始めてから4曲くらい作った。で、実際に演奏してみて、そのうち2曲が採用になった。〈夏影〉〈腐葉〉〈幻人〉〈望まない〉は4年前の20周年ライヴのとき作った曲で。〈石とあたま〉は2017年かな。〈DONNA〉だけはけっこう古くて、10年くらい前に書いたんだけど、前のアルバムには収録しなかった。だから、わりと新旧交ざってる感じなんだよ」
――でもアルバムとしてはっきり統一感がありますね。あるいはジャケットの黒猫の写真に象徴されているのかもしれませんが、8曲トータルで“人間である自分に倦んでいる”感じがポップに滲んでくるというか。
 「はははは。まあ基本、人嫌いだしね(笑)」
――でも、歌われてる内容はかなり厭世的でも、曲を聞くと独特の明るさみたいなものも感じられて。そこに胸を打たれました。
 「うん。とくに新曲はそういう感じが強いかもしれない。だからアルバムの冒頭に持ってきたんだけどね。というのも今回、じつは元ネタになる楽曲がけっこうあってさ。その質感とか曲想を俺なりに変換しつつ自分の言葉を乗せるっていうのが、ここ最近の気分だったんじゃないかな。でも表現の根っこにあるものは、昔から変わってないとも思うよ」
湯浅湾
新作はラストの「望まない」に至る道
――新旧さまざまな楽曲を一つの作品に仕上げるにあたって、何かアイディアや構想はありましたか?
 「ラストに〈望まない〉を置くというのは、最初から決めてたんだよね。これは4年前、安保法案の強行採決があったときに、本当に頭にきて作った曲なんだけど。とにかく長いからさ。途中に収録すると、その後聴いてもらえなくなる可能性がある(笑)。でも、そのときの怒りはいまだにずっと続いてるわけで。入れないわけにもいかない。なので、これを最後に持ってきて。いかにそこに至る道筋を作るかというのが、今回のテーマだった気がする。決まってたのはその1点だけだね」
――この曲では“猿や熊”に始まって、“牛や馬”“タコやイカ”、さらには“岩や水”“梅干や沢庵”まで、ありとあらゆる人ならぬものが、この世界に向かって“望まない”と異議を叩きつけます。最初に聴いたとき、ふと思い出したのは岡林信康さんの「私たちの望むものは」でした。
 「アンサー・ソングだからね。ライヴのMCでもたまに言ってるけど、〈私たちの望むものは〉のパッションをひっくり返して歌ってるところは、ある。いつかこの曲を、岡林さん本人に歌ってもらいたいって思ってて」
――50年近く前の曲ですから、ずいぶん射程の長いアンサー・ソングですね。
 「50年近く、ずーっと頭にきてるからじゃない? 何でそんな馬鹿なことすんのかなって、ほんと日々憤っているから。けっこう素直な気持ちで作ってるんだけどね。ちなみにこの曲は歌と演奏が同録なんだけど、歌詞が28番まであって長いでしょ。リテイクが嫌なので、みんなで頑張って1回で録りました。実を言うレコーディングしている最中に、さらに4番分の詞が浮かんでね。本当は32番まで作ったんだけど、さすがに長すぎて割愛した」
――“私たち”人間ではなくて、あえてそれ以外のものたちを主語にしているところが、また切実な感じがしました。これはどうして?
 「うーん……自分の感情のレベルで訴えてもしょうがないっていうか。そういう問題じゃなくて、要は、地球規模で迷惑してるんだってことを言いたかったんじゃないかな。カタカナでいうとエコロジーみたいなことなのかもしれないけど。俺自身がふだん農作業をやって暮らしているので、余計にそう思いがちなんだろうね。でも、自分が日々迷惑だって苛立っていることを共有している生物って、きっとどこかにいるはずだと。無生物でもいいんだけどさ」
――いわゆる人間中心主義ではなく、むしろ人間“以外”中心主義みたいな?
 「そうそう。人間主体に考えていくと、ほんと迷惑することが多い。だからこの曲は、きっかけは4年前の安保法案への怒りだったけど、少し時間がたって、もうちょっと世の中全体を批判するというか、そういう仕上がりにはなってる気がする。幸い、うちのバンドは全員左翼なので(笑)。誰も意義を唱える人がいなかった。まあ、簡単に言うとね」
――たしかに「望まない」を聴いていると、政治的なプロテストもさることながら、たとえば誰かの思惑を無理やり押し付けられることだったり、資本主義のシステムに組み込まれることへの、根本的な苛立ちが伝わってきます。
 「まあ政府にしても国家にしても、お仕着せの形を強要してくるものが基本的に大嫌いだし。中学生の頃からずっとそう思って暮らしてきて。その不愉快さを何とか説明しようと思って文章を書いてるところもあるから。同世代の作家でいうと保坂和志さんみたいな人が感覚的にはいちばん近くて。だから仲がいいんだけどさ。ただ、何かを迷惑だと感じるセンスって、理屈じゃないところもすごく大きいじゃない」
――そうですね。
 「文章でいうと、行と行の間っていうのかな。言葉以前の感覚でそれを共有できない人と仲良くするのは、本当はなかなか難しいよね。でもほら、生きていくってそういうことだと思うんだけどさ、とりあえず迷惑なことを迷惑だって言ってかないと、世の中よくなんないじゃん?」
――たしかに。
 「なので、今回のアルバムは“わかる人にだけわかればいい”みたいな感じではなくて。むしろ“誰でもいいから聴いてほしい”というかさ。出会い頭にいいなと思ってくれる曲を作りたいというのは、あったんだよ」
湯浅湾
湯浅湾
音像そのもので景観を描く、それがバンドをやる理由
――7インチEPが先行発売された、1曲目「ひげめばな」。“猫人間ポップス”という秀逸なコピーが付いていますが。
 「うん。人間よりも猫にシンパシーを抱いている男が歌うポップス。半分隠遁していて、猫と暮らしているという……まあ、俺のことなんだけどさ」
――いろんな猫たちが、ただひたすら無為に写っているMVも印象的でした。歌詞だけを読むと、それこそ“人間やってるの面倒くさい”みたいな倦怠感が主調音になっていますが、実際の曲調はすごく明るくて。
 「これはね、キース・リチャーズの曲が元ネタなの。『トーク・イズ・チープ』というアルバムに入ってる〈メイク・ノー・ミステイク〉。(メンフィスの伝説的なソウル・プロデューサーの)ウィリー・ミッチェルが参加してるやつ。それをイメージして曲を作っていったら、若いメンバーがハイ・レコードっぽいサウンドに仕上げてくれた。“湯浅さん、アル・グリーンみたいに歌ってください”って言われて困ったけどね(笑)」
――この曲もやっぱり、詞先で?
 「そう。歌詞自体は3年くらい前に書いたもので。今回〈メイク・ノー・ミステイク〉っぽいリフというかコード進行がいいなと思って、ノートを見返したらこれが見付かったという感じ。メロディに乗せるときに、多少言葉の手直しはしますけどね。そうやって自分の書いた言葉と音像との組み合わせを考える作業が、じつはいちばん楽しいかもしれない」
――ちなみに、歌詞のストックはたくさんあるとのことでしたが、いつ頃から書き始めたんですか?
 「もともと高校の頃から詩は書いてたんだけど、はっきり歌うために書くようになったのは25年くらい前だね。詩と歌詞って、やっぱり違うじゃない。純粋に文章のレベルで考えると、もう少し細かく書き込んだほうが面白いと思うことも多いんだけど。逆に言うと歌の場合は、ト書きがなくても成立しちゃうところもある。音像そのもので景観が描けるっていうのは、音楽にしかできないことだからさ。それがバンドをやってるいちばんの理由じゃないかな」
――湯浅湾の楽曲はどれも、魅力的な歪さがあるというか。言葉がサウンドを少しはみ出しているというか。ポップでありながら、どこか“文筆の人”による音楽という印象も強く受けます。
 「それは俺もそのとおりだと思うよ。歌詞を書いているとき、頭の中で音楽が鳴ってないというか。音楽家に必要なメロディの感覚とか、楽理的な定型に則ったコード進行や和声なんかが身に付いてないんだよね。言葉ではなく音でアプローチしようとすると、ほとんどデレク・ベイリーみたいなインプロヴィゼーションになっちゃう」
――ああ、なるほど。
 「カーネーションの直枝政広さんにも、よく“コード進行が変ですね”って言われるしね(笑)。自分でも、もうちょっと音楽的になりたいって思うところもなくはないんだけど。でも、そうなっちゃダメだっていう気持ちもあって……。そこはずっと葛藤してます。まあ俺の場合、どうしても先に言葉のイメージがあってさ。曲を作る際にはギターを持って、その言葉のニュアンスにぴったり合うコードを手探りで見つけていくやり方なので。何でそっちのコードに行くんだって聞かれても、うまく答えられない。だから、通常の音楽的な観点から言うと、かなり歪な作りになってるだろうし。メンバーは今回も、その歪な曲をすごく苦労して音楽にしてくれてると思うよね」
湯浅湾
“脈”は意図を超えて伸びていく
――もう一つの新曲「いきながらえ」は、何とも言えない浮遊感、無重力感のあるポップ・ソングですね。
 「〈いきながらえ〉は、ゲストも入れて5人でやるって決めてから作った曲で。まさに谷口君のキーボードなしには成立しない作りだよね。俺の中で元ネタは小坂忠の〈どろんこまつり〉なんだけど、仕上がりを聴くと全然そんな感じがしない。むしろU2みたいなサウンドになっちゃったという(笑)」
――3曲目の「DONNA」は、朗らかに不気味な曲ですね。曲調は激しいエイトビートのロックですが、形状の定まらない、言葉では形容できない何かが歌われている。
 「この曲はね、はっきりヴィジョンがあって。明確にニール・ヤングみたいな曲を作ろうと思ったんだ。クレイジー・ホースじゃなく、ストレイ・ゲイターズと演奏したライヴ盤『タイム・フェイズ・アウェイ』。そのイメージで曲を持ってったら、ギターの牧野君がすかさずスライドを入れてくれた。なるほど納得、という感じでした。この曲と〈望まない〉は、俺の中では根っこのところで繋がっていて。今の世の中って、表面的には平穏なのにじつは根本的に殺伐としていて、厳しかったりするじゃない。そういう感覚を曲にしたいっていうのが、どっかあった」
――わかる気がします。
 「意外と真面目なところがあるんだよ、俺(笑)。〈DONNA〉は10年くらい前に書いた曲なので、その頃からずっと同じことを思ってたんだろうね」
――名指しがたい不気味さという意味では、6曲目「幻人」も印象的でした。サイケデリックな音色で、文字どおり幻なんだか現実なんだかわからない誰かの物語が訥々と展開します。
 「存在感が希薄で顔すらよく覚えてないんだけど、妙に記憶から消えない人って誰にでもいるじゃない。半分死んでいるような、ある意味ゾンビみたいな人。そういう奇妙な関係性を、自分がこれまで見てきた業界人に置き換えて歌ってみた曲ですね。サウンド的には裸のラリーズの〈The Last One〉をイメージして作りはじめたんだけど、どんどん違う方向に行っちゃった。後で聞いて驚いたんだけど、キーボードの谷口君はこの曲を演奏するとき、スーパートランプの〈ブレックファスト・イン・アメリカ〉を参照したんだって」
――へえええ。ちょっと意外ですね。
 「鍵盤の連打が入ってるんだけど、谷口君はそれがすごく苦手らしくて。で、何かアイディアがほしいつって思い付いたのが〈ブレックファスト・イン・アメリカ〉だったみたい。聴いてみたら、たしかにコード感とかけっこう似てるんだよ。彼は本当にすごい量を聴いてるんだけど、自分がスーパートランプになったんだと思って、さすがにびっくりした(笑)」
――曲の成り立ちについてまだいろいろ聞きたいことがあるんですが、最後に『脈』というアルバム・タイトルの由来を教えていただけますか?
 「これは本来、曲のタイトルでね。やっぱり4年前に〈脈〉っていう曲を作って、歌詞にコードは振ってあるんだけど、いざ形にしようとするとなかなか難しくて。ライヴでもまだ一回も披露したことがないし、当然今回のアルバムにも入らなかった。でも〈脈〉という言葉自体はすごく気に入っててさ」
――なるほど。
 「脈って要は、繋がりじゃない。たとえば山脈、水脈、地脈、鉱脈、血脈、葉脈。それこそ、人間の意図を超えたものが野放図に伸びていって、思いもかけないところで予想もしない結合をしていくイメージ。俺自身、ずっとそんな感覚で音楽を聴いてきたし。湯浅湾でもやっぱり、そうやっていろんなところに繋がっていく曲を作りたいと思っているので。次のアルバムのタイトルにこの言葉を使おうというのは、何年か前から考えてたんだ」
――SNS全盛の昨今、人脈とか人と人の繋がりって、すごくいいものとされていますよね。でもここでいう“脈”は、かならずしもそういう人間にとってポジティブなニュアンスではなく?
 「うん。もっと不気味でコントロール不能な、大げさに言えば地球の成り立ちそのもの、みたいなイメージかな(笑)。とにかく人間本位の考え方を止めようという思いが、つねに変わらないバンドのテーマでもあるから」
湯浅湾
取材・文/大谷隆之
Photo by 塩田正幸(★)
Photo by タイコウクニヨシ(●)
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