同い年だけど、まったく違う音楽人生を送ってきた2人、カーネーションの直枝政広とWORLD STANDARDの鈴木惣一朗が結成したバンド、ソギー・チェリオス。3作目のアルバム『III』は、優河、中森泰弘(ヒックスヴィル)、平泉光司(COUCH)、谷口 雄(元・森は生きている)など世代を超えたゲストが参加。これまででもっとも軽やかで開放的な作品に仕上がった。やってきた音楽や性格は違うけれど、音楽への(とくにビートルズへの)愛情と同世代の音楽体験を頼りにケミストリーを生み出してきた2人。そんな手探りの交流が、新たな局面を迎えたような手応えを感じさせる新作について話を訊いた。
――これまでは相手が書いた歌詞に曲をつける、というプロセスでしたが、今回はそれぞれに曲を書くという分業制にしたそうですね。
直枝「惣一朗くんが相談しないでさっさと曲を作り始めたんです」
鈴木「“さっさと”……(苦笑)。牧村(憲一)さんのイベントにソギーで出ないかって誘われたんです。でも、直枝くんのスケジュールが合わないから流れるかと思ったら、牧村さんに“惣一朗くん一人でやったら?”って言われて。それで、その時に書いていた〈最果て〉っていう曲をやったんです」
――新作に入っている曲ですね。
鈴木「そう。今回のアルバムでいちばん最初に書いた曲で、お客さんの反応を見たかったんです。そしたら、お客さんに受けて、牧村さんも“すごくいい”って言ってくれた。直枝くんも“いいね”って」
直枝「それで僕は対抗して〈短い小説〉っていう曲を作ったんです。次は共同作業になるかなと思ってたら、惣一朗くんがどんどん作ってくるんですよ。それで惣一朗くんがそういうやり方がいいんだったらそれに合わせようかなと。でも、不安だったのは、アルバムのなかで惣一朗くんの世界と僕の世界が分離しちゃうこと。それだけはやりたくなかったから」
鈴木「どうやってコラボレートしていくかっていうことには敏感になったよね」
直枝「それでデモは弾き語りまで、何も考えないでスタジオに入って2人でアレンジを考えることにしたんです。そこからが勝負だと思って」
鈴木「これまでは、そこで蛇とマングースみたいにじーっとにらみ合ってたの(笑)」
直枝「僕たちは45歳くらいで初めて出会ったから、相手がどう出るかわからない。とにかく、惣一朗くんは演奏のクセとか録音のクセが強いんです。録音でブースに入ると出てこないし」
鈴木「ブースが好きだから」
直枝「自分の世界に入っちゃうんです。そんななかで会話していかないといけないのがツライけど面白い」
――ロック・バンドをやって来た人とソロ・ユニットをやってきた人の違いですね。
直枝「そう。ルーティーンから離れてもらえれば……という気持ちは毎回あって。僕もいつもの曲作りから離れて、惣一朗くんが言うように歌詞を先に書いて曲を作るようにしているし、ギター以外にベースとかキーボードを弾いて自分の枠を飛び越えようとしてきたんだけど、惣一朗くんはマンドリンとアコギにこだわる」
鈴木「でも、矛盾しているようだけど僕も手癖でやってると何だかイヤな気持ちになってくるの。“WORLD STANDARDじゃなくてソギー・チェリオスやってるのに……”って。でも、直枝くんの強いロックネスが外から来るとワルスタ的なものが増殖しちゃう」
――外からの異物に免疫力みたいなものが働いて、ワルスタ的な手癖で身を守ろうとする?
鈴木「そうそう。これまでも直枝くんとやる時はワルスタ免疫を抑えようとしてたけど、結構無理してたところがあって」
直枝「僕があまりいろいろ言うと衝突するから、今回は大きく構えて、まず惣一朗くんがやりたいようにやってもらって要所要所で言うことにしたんです。柔らかく接してみようと」
鈴木「父のように見守ってくれた(笑)。直枝くんの気持ちがすごくわかるから自分の手癖を軟化させていったんです。たとえば〈マロニエ〉は、最初はクラシック・ギターを弾いてたんだけど、直枝くんの提案でエレキを弾いたりして。直枝くんのエレキだから弾いたことないし、それで自分の手癖では演奏できない。でも、チャレンジしてみようって。そういうことが、これまでよりうまくいった気がする」
直枝「惣一朗くんの好きにやらせようと思ったのは、これが最後のアルバムになるかもしれないと思ったからなんですよね。彼は三部作にしようと思っていたみたいで」
鈴木「お互いに還暦を迎えた年に完結するのが、ちょうどいいんじゃないかと思って」
直枝「寂しいな、と思ったんだけど、これは最後の作品だったら気持ちよく筆を置いてもらおうと思った」
鈴木「でも、作り始めたらだんだん楽しくなってきて(笑)。僕は今回のアルバムがいちばん好きなんです。ヌケの感じが今までと違うし」
――たしかに風通しがいいアルバムになりましたね。
鈴木「あと、最初のミーティングの時、今回はライヴをしっかりやろうってことになったんです。だから、2人だけでも再現できるサウンドというのは意識しました。前作(『EELS & PEANUTS』)までは音響っぽいことをやってたけど、今回はギターとマンドリンと歌だけでもポップスとしての幹がしっかりしているものを作ろうと」
――それが軽やかさに繋がっているのかもしれませんね。アルバムの長さとか流れもちょうどいい。惣一朗さんが書いた「もろはのやいば」から、直枝さんが書いたビートリッシュな「シャッター」への繋がるところも最高です。
鈴木「ビートルズにありそうでないでしょ? 最初はもっと暗い曲だったけど、2人でアレンジを考えているうちにポップになった」
直枝「現場でメドレーにしようってなったんだよね。ドラムの切り替えもうまくいった」
――そういえば、今回は1曲のなかで2人がフレーズごとに歌ってますよね。そういう歌声の切り替えもバンドとしての一体感を生み出していたと思うのですが、どのフレーズをどっちが歌うのかは現場で考えたんですか?
鈴木「そう。たとえば“破れ障子”って日本的な言葉は、僕の声だと線が細いから直枝くんが歌ったほうがいいって思った。デモでは僕が歌っているんだけど」
直枝「〈繭〉は僕の曲だけど、出だしは惣一朗くんに歌わせたほうが意外性があって面白いんじゃないかと思って」
惣一朗「こういうところが父っぽいでしょ(笑)? 〈繭〉を最初に聴いた時はバート・ヤンシュぽくて。ブリティッシュ・トラッドをやるのかな、と思っていたら、2人でアレンジを考えているうちにポール・マッカートニーみたいになっていった」
直枝「俺は最初からポール・マッカートニーのつもりだったけどね!」
鈴木「弾き語りのデモにリズムを入れてダビングしていくとポップになっていく。そういう化学変化はこれまでもあったけど、今回のアルバムはその飛躍が大きいかな」
――「海鳴り」では優河さんがヴォーカルで参加されています。ヴォーカルのゲストが入るのは初めてですが、どういう経緯だったんですか?
直枝「今回、ゲストに入ってもらった谷口(雄)くんに出会った時、彼がどんなことをやってるのか知りたくていろいろ調べたんです。そしたら、YouTubeに優河さんと一緒にやってるリハーサル風景があがってて、その映像の雰囲気がすごくよかった。それで惣一朗くんに相談したら彼女のことを知ってて」
鈴木「歳はずいぶん離れているけど、僕たちがやってる音楽と呼応してるし、一緒にやったらハマると思ったんです」
直枝「ほかにはない声の持ち主だよね。レコーディングは一発OKだった。彼女がもう一回歌いたいっていうから2回録ったけど」
――カーネーション色が出ている「HAPPY」ではギターで参加した平泉光司さんがヴォーカルで参加してたりもして、2人以外の声が入っているのも風通しのよさを感じさせる理由かもしれません。その一方で、ソギーっぽいのが惣一朗さんが書いた内省的な深みをもった「マロニエ」です。
直枝「そうですね。このファーストに入っている〈曇天 夕闇 フェリー〉を思わせる世界が、ソギー的な風景として自分のなかにあるんですよ。そこは毎回、出して行きたいと思ってますね。この曲のギター・ソロは性根入れました」
鈴木「家で弾いたんだよね」
直枝「そう。一人で家で弾いたものです」
――この曲は惣一朗さんの曲で、亡くなった友人について歌っています。前作では亡くなったお母さんに捧げた曲もありましたが、そういうパーソナルな出来事を曲で表現するのは、WORLD STANDARDではあまりやってないことですよね。
鈴木「いろんな考え方があると思うけど、せっかく音楽を作ることができるんだから、弔いとしてそういう表現をやってもいいかなって」
直枝「それはシンガー・ソングライターとしての目覚めでしょう。いま、彼は始まりにいるんだと思いますよ。“何を歌うか?”っていうことをめぐって」
――ソギー・チェリオスはバンドですけど、シンガー・ソングライター色が強いですよね。曲に2人の内面が反映されていて。
鈴木「2人とも内外問わずシンガー・ソングライターの作品がすごく好きだからね。シンガー・ソングライターの作品は、フィクションとノンフィクションの狭間をさまようのが醍醐味で“そんなこと、ほんとにあったのかな?”っていう要素は入っているほうが面白い」
直枝「ニック・ドレイクとか僕たちの鏡みたいなものだから」
鈴木「『ピンク・ムーン』な感じが2人とも好きで。あとエリオット・スミスの内省的な世界とかね」
直枝「僕がギターを持つ動機は、そういったものに惹かれているからなんです」
――ソギー・チェリオスの音楽は内省的だけどウェットじゃないですよね。
鈴木「ニック・ドレイクって線は細いけど突き抜けたエネルギーがあるじゃない? ジュディ・シルもポップで力強くて、アシッド・フォークで片付けられないものがある。あと、僕たちの音楽が70年代フォークと違うのは宇宙的なもの、ユニバースなものを意識しているから」
――というと?
鈴木「たとえば(〈マロニエ〉の歌詞で)葉っぱがバサッと落ちるけど、それを私小説的に表現しているつもりはなくて、もっと広い視野でそういうものを見るっていう。そういう感覚は80年代以降のものなんです。湿っぽい感じにはしたくない。そういうのは70年代にいっぱいやられているからね。直枝くんとそういうことをやっても仕方ない。一歩間違えると畳の上で弾いてるみたいな暗くてウェットな世界にいってしまうから、そっちにいかないように注意しました。畳ないしね、うちには(笑)」
直枝「いや、畳があってもいいんだよ。畳の宇宙もあるから。その先に別の世界に繋がる入り口があるような匂いがすればいい」
――“破れ障子”を覗けば別世界が広がっているみたいな寺山修司的な世界。
鈴木「『田園に死す』みたいなね」
――そんな「マロニエ」の後に子供たちが歌う「あたらしいともだち」という流れもいいですね。この曲は前作に収録された曲のライヴ・ヴァージョンで、クラブクアトロで直枝さんがかもめ合唱団と一緒にやった音源です。ボーナストラック扱いですがアルバムの印象的なエピローグになっていますね。
鈴木「このトラックは良いから、最初から入れようという話だった」
直枝「この曲は子供たちに歌ってもらいたいと思ってたんです。そしたら、かもめ合唱団が歌ってくれることになって。ライヴには僕一人で参加したんだけど、その音源に惣一朗くんがマンドリンをダビングした架空のセッションになっているんです」
――NHKの『みんなのうた』でやってもおかしくないような仕上がりですね、
直枝「そうなんですよ。童心にかえるような歌。それになかなか気付いてもらえなくて。子供たちに歌ってもらえて良かった。みんなに歌ってほしいですね」
――“ポケットのなか、全部見せ合おうよ”っていう、2人の関係性を歌った曲が子供たちのピュアな声で歌われてアルバムの幕を閉じる。三部作の完結編としては感動的ですが、この後もソギー・チェリオスは続くのでしょうか。
鈴木「このアルバムでまとめたかったんだけど、まとめずに今後もやってもいいかなって思う。2人のスケジュールが合うのであれば」
直枝「時間さえあれば2枚組だって作れる。『III』といえばレッド・ツェッペリンだけど、ということは次のアルバムは『IV』?」
鈴木「ツェッペリンってそんなに好きだったっけ? そこは強調しなくてもいいよ(笑)」
直枝「俺は大好き!『聖なるソギー・チェリオス』(※ツェッペリンの5枚目のアルバムのタイトルは『聖なる館』)まで作ろうよ(笑)!」
取材・文/村尾泰郎