TOKUの新作『TOKU in Paris』は、パリ在住のイタリア人ジャズ・ピアニストであるジョヴァンニ・ミラバッシと、フランス人ジャズ歌手のサラ・ランクマンを共同プロデューサーに迎えて、パリで録音された。しかも日本発売に先駆けてすでに今年1月にフランスのインディ・レーベル、Jazz Elevenからリリースされている。つまり『TOKU in Paris』は、TOKUにとってフランスにおけるデビュー・アルバムでもある。それだけに、映画『シェルブールの雨傘』の挿入歌であるミシェル・ルグランの「I Will Wait For You」も含むこの新作は、かつてのサン=ジェルマン=デ=プレの文化的雰囲気がほのかに香ってくる作品だ。
――『TOKU in Paris』は、ジョヴァンニ・ミラバッシとの親交がきっかけで生まれたアルバムとのことですが、彼とはいつ頃、どんな形で知り合ったのですか。
「2004年頃だったと記憶しているんですけど、僕の携帯電話に彼から連絡が来て、大阪で初めて会いました。ジョヴァンニは、パリに住んでいたダニエルという僕と澤野さん(当時ジョヴァンニが所属していたレーベル「澤野工房」の澤野由明)の共通の知人から連絡先を教えてもらっていて、それで電話したということでした。ジョヴァンニとはそれ以来の付き合いです。僕は2007年にパリに約3週間滞在したんですけど、その間にジョヴァンニと一緒にジャズ・クラブで数回ギグをやりましたし、その後も彼が来日するたびに会ったりと、親交を深めてきました」
――2017年にパリを訪れたことが、今回のプロジェクトの具体的なきっかけだそうですね。
「2017年にジョヴァンニから連絡があって、サラ・ランクマンというジャズ歌手のアルバムのプロデュースをするんだけど、彼女がデュエット相手を探している、と。それでTOKUのアルバムを聞かせたら、彼女がいたく気に入り、すぐにライヴで共演したいと言ってるので、フランスまで来てくれということでした。それがきっかけでサラのアルバムの録音に参加し、彼女とジョヴァンニと一緒にツアーすることにもなりました。このような形で僕は、2018年と2019年の2年連続で、彼らと一緒にフランス各地やベルギーのブリュッセルをツアーしました。そのうちにジョヴァンニが、僕のヨーロッパ向けのリーダー・アルバムを、彼らがスタートさせたレーベル、Jazz Elevenからリリースしたいと言ってくれて、昨年7月にパリで4日間かけて録音しました」
――ジョヴァンニは、TOKUさんのどういう点にもっとも惹かれ、フランスでのデビュー・アルバムの共同プロデュースを買って出たのでしょう?
「僕はたんなるシンガーではなく、フリューゲルホルン奏者兼シンガーなので、音で濃密なインタープレイをすることができる。一曲の中でのコード・チェンジに対して、僕はフリューゲルンホルンの演奏でも、歌のフレージングでも即座に反応できるので、音による会話を成立させることできる。彼の口から直接聞いたことはありませんけど、おそらくこうしたジャズ・ミュージシャンである僕のポテンシャルをもっとも評価してくれたのだと思います」
――『TOKU in Paris』には、ミシェル・ルグランの「I Will Wait For You」が含まれています。ルグラン氏は惜しくも2019年1月にお亡くなりになったので、結果的にはトリビュートという形になりましたけど、この曲を選んだ特別な理由はありますか?
「今回のアルバムはせっかくフランスでリリースされるので、フランスのマーケットに向けた曲が1曲2曲あってもいいかなということになりました。ミシェル・ルグランの曲では、〈You Must Believe in Spring〉とかほかにも何曲か候補に挙がったんですけど、日本でも比較的よく知られている〈I Will Wait For You〉にしよう、ということになりました。僕はもちろん、『シェルブールの雨傘』や『おもいでの夏 Summer of '42』など彼が音楽を手掛けた映画は何本か観たことがあり、映画自体にも音楽にも感動しました。それと『題名のない音楽会』の収録の際に僕とルグラン氏は別の回の出演者だったんですけど、楽屋で彼に一度お目にかかったことがありますし、ブルーノート東京で一度ライヴを拝見しました。ライヴでのミシェル・ルグランの演奏は、イメージと違って、けっこう激しく、そのギャップがまたフランスらしいと思ったことを覚えています」
――フランスは、日本とは違った意味で、ジャズを受け入れ、理解し、尊び、独自のジャズを生んできた国ですが、これまでTOKUさんはフランスのジャズやジャズ・シーンをどのように受け止めていたんでしょうか。
「2007年に初めてフランスのジャズ・フェスティヴァルで演奏したとき、今でも忘れられない思い出があります。そのジャズフェスで、僕はスタンダードの〈Stardust〉を日本語で歌いました。すると終演後に一人のフランス人紳士が楽屋に訪ねてきて、目を潤ませながら“今日、自分にとって〈Stardust〉の新しく大切なヴァージョンが生まれた”と、僕に感謝してくれたんです。その言葉を聞いて、こちらこそどうもありがとうございますという感じだったんですけど、フランスには、芸術全般を穿った見方ではなく、そのまま素直に受け入れてくれる文化があるんだなと感じました」
――オリジナル曲の「I Think I Love You」について、“僕が大好きなシャーデーにインスパイアされたのは一聴してわかる人もいるかも(笑)”とセルフライナーノーツにお書きになっていますが、インスピレーションの源のひとつはシャーデーの「No Ordinary Love」だと思いました。
「曲作りの最初の段階では意識してなかったんですけど、途中でこの曲はシャーデーだなと自分で思いました(笑)」
――それ以上に印象的なのは、友人であるシンガーのAimeeさんが書いてくれた詩を読んだ時にこのサウンドが鳴り出した、と書かれていたことです。TOKUさんの場合は、詩に触発されて曲が生まれるというケースが多いんですか。
「僕は基本的にいつもそうです。詩の中に自分が入っていくというか、その詩に対する自分なりの理解が音になる。だからこそ最初にまず詩があってほしい。幸いなことに、ぼくの周りにはそうしたインスピレーションを与えてくれる詩の書き手が何人かいるし、ときには自分で見つけ出して詩を依頼してきました」
――公式なフランスひいてはヨーロッパにおけるデビュー・アルバムということで、これまでとは違った達成感なり充足感を感じているのではないかと推測しますが、どうでしょう?
「ヨーロッパで初めてリリースされるアルバムであり、これほどオリジナル曲が多いアルバムを作ったのも、今回が初めて。とにかく初めてづくしです。ただ、僕自身はとても好感触を得ています。今回は今まで以上にいろいろな要素を取り入れたいと思って、実際にリズムに関しても、アフロ・ビートもあれば、ボレロもあり、16ビートもあり、サラが書き下ろしてくれたワルツの曲もある。でも、すべての要素を自分の色に染め上げることができたと確信しています。こういうアルバムを作ることができた最大の要因は、これまでの僕自身の経験だと思います。2月のフランス、ベルギーでのツアーでも、どこの会場でも高い評価を感じ、だからこそ一刻も早く日本でリリースされることを願っています」
取材・文/渡辺 亨