日韓英トリリンガルのラッパー/シンガー、ちゃんみなのニュー・シングル「Angel」は、4曲を通して展開するドラマ仕立ての作品。“堕天使”をテーマに、リアルな感情を繊細な手つきで楽曲に結晶させてあり、心地よいビートと彼女の歌声に身を委ねているうち、みるみるドラマに引き込まれていくという作りだ。
Ryosuke “Dr. R”Sakaiがトラックを提供した表題曲「Angel」がラテン・ポップ調でブチ上げれば、JIGGによる「Very Nice To Meet You」と「As Hell」は現行ヒップホップ/R&B的な浮遊感を醸し出し、LAの若手トラックメイカー/ミュージシャン、Jacob Gagoとの初コラボ作「Rainy Friday」はブルージーなニュアンスを湛えて、それぞれにドラマを彩っている。
2017年のデビュー当時から音楽を聴き、発言にも目を通してきて、一度話してみたいとずっと思っていた人。この日は楽しみ半分、ドキドキ半分でインタビューに臨んだ。撮り下ろしの写真にもぜひご注目を。
――2月に『note-book -Me.-』と『note-book -u.-』のEP2枚を同時リリースして、今回の「Angel」も4曲入りですよね。2020年はアルバムじゃなくてEPで、というモードなんでしょうか?
「もともとアルバムの予定だったんですよ。LAに作りに行くことになってたんですけど、コロナの影響で、フライトの4〜5時間前にキャンセルになってしまって。2週間行く予定だったのがまるまる飛んじゃったんで、“どうしようか”とか言ってたらツアーもなくなり、“そうかぁ……”みたいな感じでした」
――そこであらためて話し合って、こういう形になったわけですね。
「粛期間中はインプットはあえてせず、クリエイトもしていなかったんです。で、LA行きがなくなったからこの先の計画を“どうしようか”という話になったころ、ちょうど作りたい気持ちになってたので、タイミングがよかったというか」
――4曲だけとは思えない内容の濃さだなと感じました。
「濃いですよね(笑)。元ネタというか、この作品のモチーフになった期間がとっても濃かったんで、そりゃそうなるよなぁ、という感じです」
――これまでも現実の出来事から曲を作ってこられましたが、今回もそうなんですね。
「そうです。自分でも本当にドラマチックな人生だなと思います(笑)」
――僕はさすがに今回は虚構的な要素も入っているのでは、と思い込んで聴いていました。
「本当に嘘偽りないんですよ。(マネージャーに)まんまだよね」
――マネージャーさんもご存じなんですね(笑)。
「全部話してるので。これ以外にももっとあって、アルバムも作れちゃうくらい。ちょうどその期間をずっと作品を作りながら過ごしていた感じなんです。だからより濃く、リアルに、タイムリーになったと思います」
――表題曲の「Angel」はサビだけ“です・ます”調になっているのが面白いです。
「敬語って日本のとてもすてきな文化だと昔から思っていて。どこの国にもあるものじゃないし、尊敬語、丁寧語、謙譲語とかいろいろあるじゃないですか。韓国語にも敬語はあるけど、そんなに種類が細かくないし、日本語の敬語ってテンション感がとっても伝わりづらいんですよね」
――テンション感?
「お国柄もあるのか、とくに文章だと感情や表情が伝わりにくいじゃないですか。その奥ゆかしさがすてきだなと思って。うちの母とかも怒ると敬語になったりするんですけど、感情がむき出しになるのを抑えようとしつつ、むき出しになってることをどうしても伝えたいっていう心理の表れなのかな……とか、いろいろ考えたら深いなと思って。この曲を書く時は自然と敬語が出てきました」
――なるほど。思っているのと逆のことを口にする傾向がある、と自己分析されているのを読んだことがあるんですが、そういう性格も関係しているのかなと思いました。
「それも関係してると思いますし、これはドアをピシャッと閉めるような感覚で言ってるイメージなんですよ。本当に感情的になったとき“もういいです”“けっこうです”って言うみたいな。諦めだったり絶望に近い感情ですね」
――敬語のほうが拒絶感が出ますもんね。意図的な慇懃無礼というか。“ほらこのまま2人血が繋がる/ほど心を込めて愛をしましょう”なんかも言葉選びが面白いんですが、トリリンガルだからこそ日本語をちょっと客観的に見ているんじゃないかと。
「どうなんですかね? あんまり考えたことはなかったですけど、ひとよりはそういうとこがあるかもしれないです」
――以前は日本語で歌詞を書くのがあんまり得意じゃなかったとおっしゃっていましたし。
「そう、そうなんですよ。ここ2〜3年くらいで日本語の本を読み漁ったりしてボキャブラリーを身につけていった感じです」
――それで敬語も“面白いな”と思って?
「そうそうそう。『万葉集』とか読んで面白かったので、けっこう影響されてるかもしれないです。あと、京都の方はそういうふうに厭味を言うって聞いたことがあるんですよ。“ピアノがとってもお上手ですね”が“うるさい”っていう意味みたいな(笑)。そういうのに近いかもしれない。“また雨の夜にはおいでください”を“来ないでよ”の意味で言う、みたいなテンション感。“このまま2人血が繋がるほど心を込めて愛をしましょう”は“しません”っていう意味みたいな(笑)」
――はははは! ものすごく納得しました。“あなたがしてきた全ての事たちが今/私を贈ったみたいだね”という一節も印象的で、この“贈った”の使い方は日本語だけ使って暮らしているとなかなか思いつかないんじゃないかって。やっぱり英語の“send”の意味ですか?
「“send love”とか“send me”とか、そういうイメージですね。あと“gift”っていう意味合いとか。それを表すには“贈る”がいちばんふさわしいのかなって。“送る”じゃなくて“贈る”」
――ちゃんみなさんはひとつひとつの言葉をすごく緻密に選んで丁寧に組み立てている印象があるので、そういう細かいところにこだわりが出ているんじゃないかと思いました。
「そうなんです。でもこだわりすぎてリスナーの中でいろんな憶測が出てきてて(笑)、ほんと面白い」
――MVがYouTubeにアップされていますけど、“堕胎したんじゃないか”というコメントが多かったですしね。
「たしかに言われてみればそういう解釈もできるかもしれないなって思いました。基本、ご想像にお任せします、っていうスタンスですね」
――2曲目の「Very Nice To Meet You」は2人の女性の対話ですよね。
「やっぱそう思うんですね。みんなそう言うんですよ」
――えっ、違うんですか?
「完全に独り言なんです。でも対話に聞こえるんですよ。それはたぶん皮肉を言ってるのもあって、〈Angel〉〈Very Nice To Meet You〉〈Rainy Friday〉〈As Hell〉の4段階で2番目にくる曲なんで、プライドと本音の欲をいちばんハーフ&ハーフみたいにしたかったというか。“君の彼と/イチャついたの先週”と“私の彼と/なにしてたの先週”で対話に聞こえますよね」
――そうそう。
「でもそれも狙いっちゃ狙いです(笑)。間違ってないですよ」
――まんまとハメられて悔しい(笑)。そこもあえて曖昧にしているわけですか?
「あえてなわけでもないです(笑)」
――1番のヴァースとほかで歌い方が違うので、ここだけ別キャラが登場だとばかり……。
「ずーっと独り言です。わたしが一方的に言ってる感じですね。“君の彼”って言ってるのは皮肉なんですよ。“君の彼と/イチャついたの”っておかしいじゃないですか。普通だったら“自分の彼と過ごしたの”って言うけど、皮肉で“君の”ってあえて言ってるんです。わたしたちもう1年になるんだよね、知ってたでしょ、君の言う“彼”ってのはわたしのなんだけど、って。あなた知っててやってるよね、でもこいつもこいつだわ、お似合いだよ、あげるよ、みたいな」
――誰かに向かって話しているひとり言?
「そうです。この相手の子にずっと言ってるんです」
――やっと理解しました(笑)。“You're so woo woo woo woo woo”と伏せているのは?
「言いたいことがありすぎるからです。ここは何でも当てはまるんです。聴いた人も同じ境遇だったらいろんなこと言いたいと思うんですけど、決めたくないと思うんですよ、いろんなこと言いたすぎて。だからそれぞれ想像していただいて、何かはめ込んでもらうのがいいかなって」
――ここも“ご想像にお任せします”的な手法ですね。全部は言わない。
「言わないです。実際、わたしがそうしたいっていうのもあって。言いたいことがありすぎて何を言っていいかわからないときは“何を言っていいかわからない”って書くんじゃなくて、たとえば〈note-book〉では、いちばん最後のメロディに“あいやいやいや”ってそれを使ってるんです。そういう濁し方はよくしますね」
――そこは文章とのアプローチの違いですね。
「メロディが乗るとごまかせるっていうか、ごまかしたほうがドラマチックになるっていうか。ごまかしてることが、たとえばかわいらしさを表現したりとか、歌ってる登場人物のむず痒さとか恥ずかしさ、照れみたいな感情を表現できるし」
――ごまかしてるとは言いませんが、説明じゃないですもんね。
「そう、説明じゃないんですよ。“わかるでしょ?”みたいな感じですね」
――音楽と言葉の両方を使えることのメリットですね。
「ニュアンス人間なので、とっても向いてます(笑)」
――僕は理屈人間なので、“woo woo woo woo woo”とか“あいやいやいや”は純粋にうらやましいです。
「あはははは! たしかに」
――得てしてそのほうが文章よりも伝えられる情報が多かったりしますよね。
――次の「Rainy Friday」には個人的にすごく好きなフレーズがあるんです。“だってわからないじゃない/壊れたのか治ったのかさ”っていうくだり。
「あー。わたしもそこ本当に大好きなんです。同じ意見はまだあんまりもらってないですけど、出してみてどうなるかなって。やっぱ好きですか?」
――好きです。
「わたしも“あー、これだわ”ってなりました。わかります? その感覚」
――もちろん。僕なりに、ではありますけど。
「進みすぎちゃって、これって正常に戻ったのかな、それとも壊れちゃったのかな、ってなるときありますよね。何周かして」
――そうそう。物事の見え方は角度や立場によって違う、という解釈もできますし。
「これはけっこういろんなインタビューで話してるんですけど、今回は俯瞰で見ることをやめたっていうか、物語の中心にいてそれを追いながら書いていったんですけど、だからこそ出てきた言葉かなぁと思います。これまでだったら、状況がわかっていて、何があったのかも全部理解していて、自分の感情も相手の感情も分析する時間があったりしたから、このときのわたしは壊れてる、とか、このときのわたしは正常だ、とかわかるんですけど、物語の渦中にいたので、わかんなかったんでしょうね」
――この曲のトラックを提供しているJacob Gagoは前から知り合いだったんですか?
「去年の9月に『note-book』を作りにLAに行ったときに、スタジオの外で“何してるの?”って話しかけられて。“アーティストだよ”“どういうジャンル?”“ヒップホップかな”“まじで? 俺こういうことやってるんだ”みたいな会話をして仲よくなって(笑)、“今度なんかやろうぜ”みたいな。“OK、何かトラック送ってよ”って言って送ってくれたトラックがかっこよかったから“かっこいいじゃん!”って言って、彼が“日本に旅行で行くときに一日空けるからセッションしようよ”“あ、いいよ。やろう”みたいな」
――トントン拍子ですね!
「いい人です。“いいじゃん、そのメロ!”みたいに言ってくれて、すぐできました」
――英語の発音がところどころカタカナっぽいのが面白いと思いました。
「あー、そうかもしれないですね。“Sexyな夜だった”も“Freakyな夜だわ”もカタカナっぽいかも。それは無意識でした。“Tokyo も眠る”という詞から、東京っぽくしたいっていうのはあったんですけど」
――そして最後の「As Hell」。この曲は堕天使の物語の結末ですが、僕は正直、“堕ちた”状態も悪くないんじゃないかと思ってしまったんです。
「まさに。心地よさはありますね」
――天使も悪魔もご自分のことだと思うんですが、それぞれに意味づけをするとしたら?
「意味づけって言われると難しいんですけど、わたし的にはどちらも究極のリラックスなんです」
――おおー。
「いわゆる天使っぽいことをしてるときって――基本的にわたし、あんまり性格悪くないと思ってるんですよ(笑)。普通にひとのために行動するし、ゴミが落ちてたら拾うし、マンションのポストが荒れてたら直すし。で、恋愛みたいなときって優しさや善良さが露骨に見えるから、わたしほんといいやつだな、って思うこともあるんですけど、それって相手のためっていうより自分のためにしていることなんですよね。ほめられてるより、ほめるときのほうがストレス解消されるみたいで」
――うんうん。わかりますよ。
「ひとに優しくできないことが、わたしのなかで最大のストレスなんです。“あー、ちょっと言いすぎたかな”とか後から考えちゃうのがストレス。だからひとに優しくしてるときって究極のリラックスなんですよね。一方で、堕ちるとこまで堕ちてしまって“もうなんでもいいんだけど。触んないでくれる?”みたいになってるときも究極のリラックスなんですよ。自分の欲望に忠実に、なんにも気にせず入り込めるっていうか」
――それもわかります。
「ただ期限があるなとは思います。天使のほうが長いんです。たまにやりすぎて、なんでわたしこんなに頑張ってるんだろ、って思ってしまって壊れるときもあるんですけど、悪魔のほうが短いですね、寿命が。でも短いからこそ快楽度は高くて(笑)。天使の快楽はジワジワなんですよね」
――カッとして大声を出してしまったりするとある種の快楽は得られるんだけど、めっちゃ後悔しますよね。欲望を即座に満たす行動をとることが常にいいこととは限らないな、っていつも思います。
「ほんとそうですよね。ただ、若いうちは欲望のままに生きろとか言うじゃないですか。でも若いうちに欲望まみれの生活を送ってたら、大人になっても欲望まみれになるんですよ(笑)。後遺症として残っちゃう。わたしも一時期、たとえば人の車に乗せてもらってる時に“急にドア開けたらどうなるんだろ? やってみたい……”とかなることありましたよ。それこそ足が震えるぐらい。でもそれを止めることで自制心が成長するらしいんです。やろうとして、いやダメだ、開けたらこうなっちゃうから、って考えること自体が成長を促すって。だからそれを重ねたほうがいいと思う。欲望のまますぎる人を見ると、ちょっと先が心配になりますね」
――若いうちにやんちゃしたほうがいいというのも一理あるけど……。
「しすぎてもダメなんですよ。自制心を鍛えていかないと」
――話がそれてしまってすみません。最初にとっても濃い4曲だと言いましたが、エモーショナルな意味でもそうなんですけど、もうひとつはヴォーカルの密度がすごい。
「たしかにめっちゃこだわりましたね。声のニュアンスだけで、何回もスタジオに行って何十テイクも録って、何回も重ねました。歌詞も最後の最後まで変えたりとか。どの曲もめっちゃ時間かけました」
――そうなった理由は?
「シンプルなんですよ、曲の構成自体。だからこそ声のニュアンスでどうにか感情の部分を乗せなきゃいけなかったんですよね。絵画だとしたら、構図がシンプルな分、色で変わってきてしまうので、その色がシビアだった作品だと思います」
――奥行きを出すために色彩を重ねていくという。
「あと影やハイライトを入れたりね。まさに奥行きです。奥行きを出すために声のニュアンスにはすっごくこだわりました。わざと潰したりとかしましたもん。レック前に“ヴ〜〜〜〜〜〜”ってずっと唸って嗄らしてから♪Drinking 犯された罪……って」
――単調じゃない、幾重にもなった感情のリアルなニュアンスを、ある意味で歌詞以上に、声のヴァリエーションや重なりが表現していると思います。
「そうそう。むしろ声しかなかった感があります、今回は。〈Angel〉はサウンドも派手めなんでシンプルに歌ってますけど、ほかの3曲はそこが大変でした」
――4曲通して“地獄”とか“善悪”みたいな本質的な言葉がよく出てきますね。“善悪”というのはドラマの元になったお相手の方がよく口にしていた言葉だそうですが。
「そう。よく話題にもなりました。“君はこれを善だと思うかい?”とか。そういう話をするのが好きだったので。変わった人? まぁわたしも変わってるから、変わった人としか仲よくなったりしないんでしょうけど(笑)」
――変わった人というか、アーティストタイプの人って、善悪みたいなことを考えがちですよね。
「これまでお付き合いしたのはアーティストタイプの人が多いかもしれないですが、わたしもそういう話は好きですね。あとたとえば“ここがアメリカだとしたら、おまえはどういう位置だと思う?”とか“ジャスティン・ビーバーが日本人だったらどう評価されてると思う?”とか」
――面白い。頭の体操になりそうですね。
「頭使うの好きです」
――ちゃんみなさんも本質的なことに興味のある人なんですね。
「そう。わたし本質的なんですよ。とっても。嫌気がさすぐらい(笑)。人とお会いして“こんにちは、初めまして。どういう方ですか?”ってするときも、その方の本質にしか興味がないんですよね。だから顔と名前はさっぱり覚えられないんですけど、何の話をしたかは覚えてる。“この人、明るいけどたぶん陰キャだな”とか“この人すごく暗そうに見えるけど、本当は明るそうだな”とか、そういうふうに見ちゃうんです」
――実は今日、初対面なので正直ちょっとビビっていたんですよ。
「よく言われます(笑)」
――テキトーなこと言ったら一発で見抜かれそうで(笑)。だから正直にほんとのことだけ話そうと思って来ました。
「そうそう。でも人間として会話してくださるほうがうれしいです」
――最後に、悲惨なニュースばかりで先行きもますます不透明な時代ですが、どんなふうにサバイブしていこうと思っていますか?
「どんな世の中になろうと順応していかなきゃいけないし、そのなかでいい具合に反発するべきだと思います。これまではトランプしてたんだけど、もうルールがUNOになったんですよね。だけどみんな気づかずにトランプのルールでやってる。UNOに思考を変えていかないといけないから、頭の柔らかさが問われる時代になるんじゃないですかね。わたしもちょっと頭の柔らかさを使わないとなって」
――頼もしいですね。
「コロナもね、もちろんワクチンが開発されるまで安心はできませんけど、罹っちゃった人を悪人扱いするのだけはほんっとによくないと思います。その風潮のおかげで感染したのに黙ってる人も出てきちゃうし。それがいちばん悪循環じゃないですか。社会の移り変わりを見つつ、自分なりのルールを大事にして、みんな頭を柔らかくして生きていってほしいなって思います」
取材・文/高岡洋詞
撮影/品田裕美