1974年に銀座に設立された、数々のJポップの名作を送り出しているスタジオが音響ハウスだ。映画『音響ハウス Melody-Go-Round』は、45年もの歴史を持つこの名門スタジオを題材に置く映画である。そこには、音響ハウスに愛着を持つミュージシャンや音楽関係者が大集合。その顔ぶれだけでも、その威光がわかろうというもの。そして、映画はギタリストの佐橋佳幸とエンジニアの飯尾芳史が主導する「Melody-Go-Round」という楽曲のレコーディングの過程を追い、スタジオという場で音楽をみんなで完成させていく誉れもくっきりと浮かび上がらせる。その見事な音響ハウス / 音楽制作賛歌を作詞しているのが、シンガー・ソングライターの大貫妙子。映画の屋台骨を担う大役を果たした彼女に、この著名スタジオと映画を語っていただいた。取材はビルの最上階にある、アコースティックサウンドやあらゆるセッションに対応した第1スタジオで行なわれた。
――大貫さんが音響ハウスで録ったレコードも、いろいろあるわけですよね。
「ちゃんと調べてはいないんですけど、『SIGNIFIE』(1983年)とか『アフリカ動物パズル』(1986年)とか、けっこうやっているはずです。コマーシャル(音楽の録音)も含めて、たくさん使っていますね。私のレコードって他のところでもやっているんですよ、一口坂(スタジオ)とか。でも、全部やったんじゃないかと思えるほど、ここは印象が強いんです」
――それはどうしてでしょう?
「なぜなんだろう。居心地がいいんじゃないですか? トータルで。そんな感じがします」
――そして、結果としていい音が録れていると。
「そうですね。ちゃんとしたスタジオですからねえ。やっぱり、いいスタジオだと思います」
――映画の撮影や「Melody-Go-Round」の曲作りは、いつごろ行なわれたのでしょう。
「去年の4〜6月、そのあたりで話がいろいろあり、歌詞も書きました。そして、詞だけかと思ったら後からコーラスも歌ってくださいと頼まれました」
――映画にはリード・ヴォーカルをとる新進シンガーのHANAさん(2007年生まれ。昨年のYellow Magic Orchestraトリビュート・ライヴ〈Yellow Magic Children 〜40年後のYMOの遺伝子〉にも参加している)に歌唱指導しているシーンも収められています。
「彼女は日本語がそんなに得意ではないので、言葉をどう乗せるかということを伝えました。声もキュートで可愛いので、13歳という年齢を考え、あまり深読みさせるような言葉は入れずに、音楽というのは次の世代にどんどん架け橋のように繋げられるものだということを考えて、歌詞を作りました。そして、彼女が歌っていてちょっとでも楽しくなるといいなと思い、彼女が飼っているチポという犬の名前を入れてみました。周りが大人ばっかりで、硬くなってしまうだろうなと思ったので」
――事前に、こういう歌詞がほしいといったオファーはありましたか?
「おまかせでした。私の場合、いつでもおまかせですね。よろしくお願いしまーすという感じで」
――映画の中で、大貫さんの歌詞ができてきた際に、佐橋さんと飯尾さんがこの映画はこれで成功だという会話をします。映画を見た人は、そのとおりと膝を打ちたくなると思います。
「自分でも、よくできていると思いますね。いつも自分の心情としては流行に走らずに、普遍的なことを歌詞にしようとしてはいるんですけど」
――そして、この「Melody-Go-Round」という曲名が映画のタイトルにまでなってしまったわけですね。だから、この映画について大貫さんが取材を受けるということもとても必然性があると思ってしまいます。
「曲名は最後に付けたこともあり、歌詞には“Melody-Go-Round”という言葉は入っていないんです。“まわりてめぐるよ”という歌詞が、キーワードになっています」
――音楽のキラキラした輝きとか、それが受け継がれていくこととか、そこから新しいものが生まれるというような意味合いが、素敵に表現されている歌詞ですよね。
「私も、これは自分で歌っていい曲だと思います」
――今回歌詞を作るときに、とくにこういうことは入れようとか、心がけたことはありましたか。
「誰にも何も言われなかったけど、当然のようにこのドキュメンタリーがあり、そしてたくさんのミュージシャンが参加するということは考慮しました。音楽は人種も関係ないし、年齢も関係ないし、世界が戦争をしていても音楽はあり続けている。やはり、音楽というのはみんなに必要なものだという思いはありました。でも、こういう明るく楽しいメロディ(佐橋佳幸作曲)が、この歌詞を呼んだのだと思います。メロディありきだと思いますね」
――それで、仕上がった映画をご覧になった感想は?
「作ることができて本当に良かった、と思いました。だって、スタジオがドキュメンタリーになるなんて、ないじゃないですか」
――通常の音楽ドキュメンタリー映画の場合、個人に焦点を合わせたものになりますからね。
「そうですよ。それで、全部のミュージシャンには声をかけられないかもしれないけど、みんなが喜んで参加していますから。なんといっても主役は、スタジオのメンテナンスエンジニアをなさっている遠藤誠さんですね」
――映画冒頭で、長年毎朝同じ時間に音響ハウスに出勤していると紹介される老紳士ですね。あのパートはとても印象に残る場面だと思います(彼の出勤時の姿は、映画のフライヤーにも使われている)。
「彼自身が、カッコいいじゃないですか。映画の打ち上げのときは遠藤さんが主役だったんです。みんなが彼と一緒に写真を撮りたがったんですよ。静かな感じの方ですが、スターでしたね」
――新型コロナウイルス禍になる前にこの映画を作り終えることができて良かったですよね。音楽家たちの密な重なりを描きもするこの映画は、コロナ禍では絶対撮れないと思ってしまいました。そして、本当にいろんな人たちが音響ハウスにいらっしゃって率直な話をしていて、本当に愛されたスタジオなんだなと痛感させられます。
「本当にそうですよね。作って良かったと思います。やっぱり、撮れるときに撮らないと、こういうのって二度となしえないような気がします」
――音響ハウスについて映画で証言なさっているミュージシャンの方々で、こんな思いを持っているのかとか、印象に残った人はいますか?
「みなさん、そのまま率直なコメントをしていますよね。葉加瀬(太郎)さんなんか、もう本当に彼らしい」
――彼は、「アビイ・ロード・スタジオより、自分にとっては音響ハウスのほうが意味を持つ」という発言をなさっていますね。音楽家たちがやりとりして、せーので録ったりする場面が映画には何度もあって、レコーディングという作業やレコーディング・スタジオというロマンがすごく出ているなとも、ぼくは思いました。
「そう思いますよね。私は今でもこの映画にあるみたいに、せーのでレコーディングしているんです。そうじゃないと、喜びがないなと思ってしまいますね」
――宅録が多くなったり、データの交換だけで音楽が出来上がってしまう時代だからこそ、人と人が重なり合ってできる音楽の素敵を伝える映画ですね。若い人たちのレコーディングに対する見方が変わればとも思ってしまいます。
「そうですね。レコーディングって異なる意見を上手に重ねていくわけで、すごい社会性のいる作業でもあるんです。それは大切なこと。音響ハウスみたいないいスタジオでなくても、そうやって作り上げていくことをやめないでほしいですね」
――何度観ても、『音響ハウス Melody-Go-Round』は新しい発見があるような気がします。
「こんな映画に参加させていただき、ありがとうございます。ほんと、そういう気持ちです」
取材・文/佐藤英輔