ツイッターのプロフィールに「演歌歌手です!」と潔く記している丘みどりの新曲「明日(あす)へのメロディ」は、コモリタミノル、大柴広己というシンガー・ソングライター2人がそれぞれ作曲と作詞を務めたポップ・ソング。エモーショナルで力強い歌唱も新鮮な意欲作、コモリタいわく“令和の歌謡曲”である。
資料に“誰かを励ますような、そんな優しい歌でも、楽しい歌でも、単純な歌でもありません”と記された「明日へのメロディ」に丘はどんな思いを込め、どんなメッセージを伝えようとしているのか。キングレコードのスタジオを訪れて話を聞いた。
――「明日へのメロディ」は演歌ではないだけでなく、歌詞にも怒りや悲しみが歌われていて、“丘みどり、攻めているな!”という印象を受けました。
「去年からずっと“来年は新しいことにチャレンジしたいな”という思いがあって、コモリタ先生にお願いしたんです。先生のなかでイメージを膨らませて、こんな時代だからこそ単純に励ますような歌じゃない、四面楚歌になっても強く生きる主人公の歌がいいんじゃないか、ということで作っていただきました」
――なるほど、あえてポジティブな歌にはしなかったんですね。
「単純に誰かを励ますとかではないですけど、最終的にはもがきながらも明日への一歩を強く踏み出す曲なので、何度も聴いてもらって、“大変な思いをしてもがいているのは自分ひとりじゃないんだな”って共感してくれたりとか、“だからわたしもがんばろう”って思ってもらえたらいいな、っていう思いがありますね」
――歌うときに注意したことは?
「実は今回、レコーディングを追加でもう一日やったんですよ。一回録った歌をコモリタ先生がおうちで聴かれて、最後のテイクがいちばんよかったそうなんです。内面の思いが殻を破ってようやく出てきたのが最終テイクだったと。“なので、もう一日やりませんか?”とご提案いただいて“もちろん!わたしは全然大丈夫です”とお返事して、もう一日スタジオを押さえていただきました。アドバイスも今までのレコーディングとは違って、“音を外してもいいから、やりすぎなぐらいやってみて。そこから引いていくのは簡単だけど、殻を破ることは難しいから。もっともっとマイクに思いをぶつけて、誰も聴いてないところでひとりきりで叫んでるぐらいの感じで歌って”みたいな感じでした。自分のなかでは壁を作ってるつもりはなかったんですけど、実際に聴き比べたら全然違ったんですよ。自分でもコモリタ先生に殻を破ってもらったなって思いましたね」
――どう違いましたか?
「やっぱりどこか遠慮しているというか、わたしのなかではめちゃくちゃぶつけてるつもりだったけど、そういう風には聞こえないんだなというのを知ったというか、心を開いていたつもりだったけど開けてなかったことに気づいたみたいな。最終的には先生の真意もわかったんですけど、1日目が終わった後に指摘されたときは正直わからなかったです。“えっ、そうなんですか?”みたいな。でも全部終わった後に、1日目の最終テイク、追加レコーディングの1テイクめ、OKテイクの3つを聴き比べて納得しました」
――僕は当然OKテイクしか聴いていませんが、とてもエモーショナルで気迫を感じられる歌だったと思います。難しかったところはありますか?
「出だしのひとことめだったりとか。サビで思い切り歌うのはわかるんですけど、“Aメロの最初から遠慮せずにぶつけちゃっていいから”みたいなことを言われたので。全体的に初めてのことが多くて、難しかったといえば難しかったですね」
――最初に曲をもらったときはびっくりしませんでしたか?
「びっくりしました。曲もそうなんですけど、やっぱり詞がすごいなと思って。“奈落の底で”とか“未曾有(みぞう)の街で”とか(笑)、突き刺さるような言葉が多かったので」
――“わたしがいなくとも 此(こ)の花は咲くでしょう”ですもんね。最後まで聴けば“まだ終われないよ 明日へのメロディ”なので伝えたいことはわかるようになっていますが、歌い出しはなかなかショッキングだと思います。2月21日から先行配信されていますが、聴いた方たちの反応はどんな感じですか?
「“最初に聴いたときと2回目、3回目に聴いたときとで全然イメージが変わってくる。そういう曲はみどりちゃんでは初めてだったから新鮮です”とか、“サビの〈サラバイ ララバイ サラバイ〉が頭から離れません”など言ってくださってます」
――コモリタさんも大柴広己さんも元来シンガー・ソングライターですし、演歌と比べると歌のアプローチも当然変わってきますよね。
「演歌の場合は“こういうことなのかな?”って想像して、“先生、これで合ってますか?女の人の情念ってこういう感じですかね?”と確認しながら歌っていく場合が多いんです。今回はもっと身近に感じられるものというか、自分と重なる部分もかなりあったので、よりいっそう今の気持ちで歌えました。衣装も、今まで何重にも重ねて着ていた着物を脱いでワンピース1枚ですし、歌も演じるというより自分の中身を出す感じなので、裸ですっぴんで歌ってるみたいな照れ臭い気持ちがちょっとあります(笑)」
――もうステージで披露されているんですよね。
「はい。コンサートで2回歌ったかな?ステージに立ったときの感覚が演歌とはまた違って、今回はスタンドマイクを使ってますし、まだ慣れないけど楽しいです」
――MVのショート・ヴァージョンを拝見したんですが(3月16日にフル・ヴァージョン公開)、どこでロケをされたんですか?
「千葉の木更津です。1月で寒かったですし、あの塔(富津岬展望台)の階段を登ったりしたのは早朝だったんですよ。わりと過酷でした」
――イカツいハイヒールも印象的です。
「極限まで削った、お箸みたいなピンヒールでしたね。純烈さんとコンサートをしたときもずっとピンヒールの話をされました(笑)」
――丘さんご自身でとくに気に入っている部分はどこですか?
「2番の歌詞がわりと絶望的で、わたしは好きです。“分からないでしょうね 後ろ指刺されて/罪人(つみびと)の扱いにされ 蔑(さげす)み 晒され”とか、そんなことってなかなか人前で言う機会がないので(笑)」
――そういう言葉に共感する部分も丘さんのなかにはあると。
「あります。全員が全員、“すごくいい曲”って思われなくてもいいと思ってて、“歌詞怖いよね”とか“どうなの?”とか思ってもらっても全然いいんです。それでも聴く人の心に何か引っかかればいいかなって。ファンのみなさんの間でも意見が分かれていて、“みどりちゃんっぽくない”って正直に言ってくださる方もいるんですけど、そういう意見もわたしは全然いいと思ってるんです。今までにない反応なので、新しいところにいけたんじゃないかなって」
――丘さん自身、覚悟の一曲なんですね。
「そうですね。たまにエゴサーチすると、いいことも悪いことも言われてますけど、わたしは悪口も全然言われていいと思っていて。デビューしてから10年間、誰にも知られずにいた期間があったので、なんでもいいから知ってもらえればいい、そのほうが幸せだって思ってるタイプなので、曲に関してもそうなのかもしれないです」
――悪評は気にしないほうですか。
「むしろうれしいですね。“丘みどりぃぃ〜〜(怒)!”って思ってくれるぐらい誰かの心に強く引っかかったってことだからいいじゃん、って。何もなく“あぁ、この人誰だっけ?着物着て歌う人、ぐらいの感じよりは“丘みどり嫌いだわ〜!”って思われるほうが、わたしはうれしいです。“丘みどり”ってちゃんと言えてるやん、って(笑)」
――たしかに。僕は“この記事つまんない”とか書かれているのを見るとめちゃくちゃ落ち込んじゃいますけど……。
「(笑)。でもほら、“誰かの心に引っかかった!”ってなりません?」
――そう……ですね!言われてみれば!
「“めっちゃちゃんと読んでくれてるやん!”みたいな。“そんなに嫌いだったら見なくていいのに”とも思うけど、きっちりブログとかも読んで文句言う人って“結局、気になってくれてるやん”みたいな。そんなふうに思ってます」
――嫌い嫌いも好きのうち、ですね。カップリングの「雨のなごり坂」は3曲のなかでは比較的、演歌寄りですが、モロではないですよね。
「歌詞にも“格子戸”とか入ってきますし、今までのように着物を着て歌える曲かなと思っています」
――作曲の羽佐間健二さん(※注:音楽プロデューサーの川原伸司氏が作曲時に使う名前のひとつ。他に平井夏美、Paul Wilsonの筆名も)も、コモリタさんと同様ポップス畑の人ですよね。丘さんの“新しいことをしたい”という意欲の表れだと思いますが、この曲は歌ってみていかがでしたか?
「羽佐間先生が自らお歌いになったデモテープがすごく渋くてかっこよくて、“なんていい曲なんだ!歌いたい!”と思って、素直に入り込めました」
――「あなたと、君と」の向井浩二さんはシンガー・ソングライターで、工藤あやのさんに曲を提供されていますが、どういうご縁で?
「わたしは直接は存じ上げなくて、レコーディングのときに初めてお会いしたんですけど……(マネージャーの中村氏に)向井先生はどういうお知り合いですか?」
中村マネージャー「大御所から若手までいろんな方にボイストレーニングをやってらっしゃる方で、そこでご挨拶をさせていただいた次第です」
――三田村邦彦さんの声が美しいです。デュエット曲のリリースは初めてですか?
「はい。デュエットは主張しすぎないというか、寄り添う気持ちが大事だと思って、呼吸を合わせながら歌ったんですけど、三田村さんとは何度もお会いしてるので、家族のような感じで歌えました。デュエットって声の相性なので、合わない人とはずっと合わないんですよ。それで言うと三田村さんとはすごく相性がよくて、歌ってて心地よかったです」
――歌詞の世界がちょっと昔の歌っぽいですよね。「いつでも夢を」みたいな。
「『おとな旅あるき旅』(テレビ大阪)のエンディングで使われる曲なので、人生を旅に置き換えて作っていただいた曲です。ほのぼのとあったかい気持ちになってもらいたいですね」
――3曲トータルでまさに意欲作、とてもいいシングルだと思います。コモリタさんも羽佐間さんも向井さんも初めてご一緒されたと思いますが、どんな経緯で?
中村マネージャー「アーティスト丘みどりの新しい側面を引き出してくださる方を、ということで、事務所、レーベルともにいろいろな方にアプローチをしていました。コモリタさんとは以前から事務所のほうでお付き合いがあったこともあり、お話ししたところ“ぜひやってみたい”と前向きなご回答をいただきました。羽佐間さんはキングのディレクターさんのほうから当たっていただいた感じですね」
――なるほど。今年はこれまでとは違う新しい丘みどりを見せていこうという方向性がチーム全体としてあるわけですね。
「そうですね。今の段階でお話しできることはとりあえずはないのですが、いろいろ動いてまして、驚いてもらえるようなことが続きますので、引き続き注目していただきたいです」
――楽しみです。コンサートにはぼちぼち復帰しつつありますよね。
「まだまだですね。以前は月10本以上やってきましたけど、今のところ月2本ぐらいしかやれてないので」
――お客さんも半分しか入れられないし、声も出せない状況です。
「やっぱり寂しいですけど、コロナの間ずっと配信ライヴを中心にしていたので、それを思うとお客さんの前で歌えるだけでもすごくうれしいです。マスクで表情が見えない分、すごく一所懸命拍手をしてくださったり、声が出せない代わりに横断幕を作って応援してくださったりして、とってもありがたいんですよね。みんなで一緒に歌ったり、客席を回って握手したりできるような日が早く戻ればいいなって思ってます」
――丘さんはお客さんの声や表情がなくても平気なほうですか?僕もたまに人前でしゃべる機会がありますが、反応がないと不安になるので……。
「わたし、そういうハートをどうやら大阪で下積みしていた10年間で失ったみたいなんですよ(笑)。パーティでわたしが歌ってるのに全員が名刺交換をしてるみたいな現場に慣れすぎて、聞いてもらえてなくてもひとりでペラペラしゃべれるようになりました。傷つくとか“ちゃんと聞いてよ〜”とか、そういうのはもうなくなったので、ひとりでもこっちを向いてくれてたらラッキー、ぐらいの感覚です」
――それはさっきの悪口歓迎と同じですよね。どんだけつらい10年間だったのかと……。
「思いますよね。心を失った10年間(笑)」
中村マネージャー「それがあってこの性格ってのが珍しいと思うんです。下積みが長すぎて卑屈になったり疑り深くなっちゃう人をたくさん見てきたので、こんなに明るいままで。もともと壊れてるんでしょうね(笑)」
「それ、悪口やん(笑)!」
――マネージャーさんの評価、ご本人としてはどう思われますか?
「10年間でさんざんつらい思いはしたから、もう楽しいことしか起こらないって勝手に決めてるんです。母との別れが過去の人生で最大級につらかったので、あれほどのことはないだろう、とか。すごくイヤなことやくやしいことがあっても“きっといいことが起きる前兆だ、やったー”みたいにポジティブに受け止めてます。しゃべっても反応がないとか、いまだにありますからね。パーティの仕事だと、わたしは余興だし。それでもひとりでも振り向いてくれたら、という気持ちで歌ったりしゃべったりしてます」
――そういうことってきれいごとっぽく聞こえちゃう場合もあると思うんですが、丘さんは本気ですよね。
「本気です!わたし本当にしゃべるのが大好きなので、移動中の車内で、メイクさんと中村さんに“昨日、映画見てんけどさ”みたいにずっとしゃべってるけど、2人とも絶対、話聞いてないんですよ」
中村マネージャー「そんなことないですよ。役割があるじゃないですか。時間通りに行かなきゃいけない、現場に着いたらあの人に連絡して、あれやってこれやって……って、考えることがいっぱいあるんです。でもその間(丘は)ずっとしゃべってるから」
「絶対聞いてないんです! “どう思う?”って聞いたら“なんの話だった?”“絶対聞いてなかったよね、今の30分!”みたいな(笑)。そういうのも慣れてますから」
――つらい経験をしても明るさを失わなかったのは、おしゃべり好きも関係ありますか?
「それもありますし、“どこかでお母さんが見守ってくれてるんだろうな”っていう心強さもあるし、あと本当に思うのが、ファンの人がめっちゃいい人ばっかりなんですよ。こんな素敵な人たちに囲まれて“わたしなんて……”って不幸に思うのは、もったいないというか申し訳ないなって思って。“みどりちゃんのために”って頑張ってくださってるみなさんを見ると、自分が弱音吐いてる場合じゃないなってすごく思います」
――そんなおしゃべりのスキルが発揮される新しいお仕事があるそうですね。
「はい。3月30日からNHK総合の『BSコンシェルジュ』という番組にレギュラーMCとして出演します。BSの番組に出演される俳優さんとかいろんな方をゲストに招いてお話しするトーク番組ですね。ハートを強く持って臨みたいと思います(笑)」
――前にも言いましたが、チームの雰囲気がとにかくいいし、ファンの方たちも優しい。それはきっと丘さんのお人柄の反映ですね。
「いやいや、そんなことはないです。とにかくありがたいですね。ステージでお話しするときも、“もっと上手に話せたらなぁ”とかいつも思うんですけど、結局、自分は自分にしかなれなくて、“ありのままで受け入れてください”みたいな気持ちでいつもしゃべってるんです。この〈明日へのメロディ〉も、どちらかというと自分自身の素顔に近い感じで、もがきながらも明日を信じて“まだ終われません、応援してください”っていう気持ちで歌ってます。演歌というジャンルから飛び出して、コモリタ先生のお力でひとりのアーティストとしてのスタート地点に立たせてもらった曲なので、“演歌を聴きたかったのに”というご意見もあると思うんですけど、新しい丘みどりのチャレンジとして、ぜひ一度聴いてみていただきたいです」
取材・文/高岡洋詞