シンガー・ソングライターの青木慶則が、かつてのHARCO(ハルコ)名義から本名名義となって2018年に出した1stアルバム『青木慶則』は、全編ピアノ弾き語りの作品だった。ところが2019年のEP『冬の大六角形』からは一転してエレクトロ・サウンド指向が強まり、今回の2ndアルバム『Flying Hospital』ではそれが全開になったポップな作風に変化している。電子音やシンセがドリーミーなムードを描き出し、ブラック・ミュージック直系のファンキーなビートが躍動し、そしてキャッチーなメロディが弾ける。かつてのHARCO時代を思わせるカラフルなポップ・アルバムだ。そうした変化を中心に、彼に話を聞いた。
――1stアルバムの時のインタビューでは「弾き語りを3枚くらいは続けたい」と言っていましたけど、その後の青木さんの中で変化が起きたんでしょうか。
「僕もそのつもりだったんですけど、今回のアルバムは20年間続けていたHARCO時代のサウンドに、グッと近くなりましたね。でも弾き語りのアルバムは、今思えばイレギュラーだったのかなって思います。本名名義に変わって、今までのスタッフとも別れて、今はなんでも自分一人でやっているんですけど、そういう意味でなるべく身軽な形態にしたかったし、サウンド的にもそっちでいくべきだ、ってその時は一本筋が通った気持ちだったんです。でも本名名義で2年目になってみると、結局今までやってきたような、多重録音で積み重ねるほうをやってみたくなってしまったっていう、単純にそれだけなんですけど」
――そういうふうに変化したのは、なにかきっかけがあったんですか。
「きっかけというよりは、HARCOのときからすでに、もうちょっとエレクトロニック寄りの音にしたかったのはあったんです。とくにHARCOの初期はそういう感じだったんですけど、だんだん後期になるに従って、シンガー・ソングライター然としたサウンドに変わってきて。それはそれでずっと納得ずくでやっていたんですけど、心のどこかでは“HARCOって名前なんだからもうちょっとエレクトロ要素のあるサウンドをやるべきだよなあ”なんて思いながら、そういうサウンドが生み出せない自分がいて。たぶんその理由のひとつに、HARCOバンドでいろんなミュージシャンとバンド・サウンドを築き上げるのがすごく楽しかったので、けっこう気持ち的にそっちに傾いていたっていうのがありますかね。でも、(1stで)いざ弾き語りになると本当にいったん一人になるじゃないですか。そうするとその状態からなんでも加えられるんで、やっぱり僕はもともとエレクトロ要素の強いものがやりたいって思っていたよなあ、じゃあ今逆にやれるチャンスじゃないかなって思って、作り始めてみたら、すごくすんなりできたんです。さらに今だったら“HARCO”って枠にとらわれないでできるので、それが自分にとって楽な気持ちでいられたのかなあと思いました」
――青木さんって体質的には一人でやるのが好きだと思うんですけど、でもやっぱり複数の人と作る楽しさも大事、というような?
「本当は自分一人でなにもかも作りたい人間なんです。だけどやっぱり現実問題としてできない。まわりですごく鋭いサウンドを出す人がいると、どうしてもその人の音を取り入れたくなっちゃうんです」
――とくに「In Tempo, On Time」は、リズムがファンキーで、コーラスのループが続いていって、ヴォーカルがラップっぽい感じという、いろんな要素が入っていますね。
「この曲はルーツがあって、僕はジャズの中でもベン・シドランが好きなんです。もともとジャズ・ピアニストだけど、70年代以降のサウンドは後年のヒップホップのサンプリングネタとしても好まれたりしていて」
――この曲ってドラミングやアンサンブルはジャズ的ですよね。青木さんは個人名義になってからジャズの要素を入れていきたいって言っていたので、まさにそういう曲じゃないかと思うんですが。
「この先のアルバムにもヒントになる曲かもしれないですね。それと、大事な項目であとひとつはミニマル的な要素ですね。最初から最後まで同じコード進行を繰り返していくけど、メロディやアレンジは変わっていくというのを、前回のEPからテーマにして作っているんです。とくに今回の1曲目から4曲目は全部そうです。4小節のコード・パターンの繰り返し」
――A→B→サビっていう、ポップスの伝統的な構成の曲はほとんどないですね。
「いわゆる邦楽的な“泣き”の要素をできるだけ排除してるので、意外とそう感じるだけかもしれないですね。でもとにかく既成概念はなるべく取り払おうというのは僕の一貫したテーマであるんです。HARCO初期の頃から、みんながやっていないような音楽を作ろうと思ってやっていたので」
――結局それが一番自分っぽいということですか。
「そうですね。自分の原点みたいなところですね。オルタナティヴな自分でありたいといつも思っていたので。ロックだろうがヒップホップだろうがジャズだろうがポップスだろうが、なんでもごちゃ混ぜの音楽やりたいなって。90年代の、僕が20歳の頃にやっと今帰れている、というのもあります」
――ソングライティングの部分では、1stの時に“HARCO時代は細かな場面設定のあるシチュエーション・ミュージックをやっていたけど、本名名義では素のままで曲を書いている”と言っていました。でも今回はシチュエーション重視の感じが強いですね。
「そうですね。ファースト・アルバムは自分にしてはめずらしく、心情の部分に重きを置いたので、自分はこういう曲も書けるんだなって思えたんですけど、やっぱり今回からそのシチュエーション・ミュージックに戻ったところはあります。短編小説みたいな世界が好きなんですよ。たとえ4分間だとしても歌の主人公の背景がしっかりしている、そういう音楽を作っていきたいなってところに、これまた戻りましたね」
――歌詞ではコロナ禍からの影響がかなり感じられますけど、1曲目のタイトル曲からそういう匂いがありますし。
「たしかにこの曲はコロナが関係していて、精神的にまいっていたり、経済的に困難な状況の人などなどそういった人たちに対して、“Flying Hospital”っていう、これは実際に海外で救急ヘリや飛行機に使われる言葉でもあるんですけど、今すぐにでも駆けつけたい気持ちって、今みんな持っているんじゃないかなって思って。この曲の主人公みたいな気持ちを。そういうところも代弁したいなあと思って作りました」
――「Broken Signals」も、かなりダイレクトにコロナ禍の状況を描いていますよね。
「タイトルが象徴しているんですけど、街中の信号が同時に赤になったり黄色になったりと壊れてしまう、それがひとつの街だけじゃなくて、もしかしたら世界中の信号かもしれなくて。歌の中では徐々に赤から黄色、青に変わって、街中が歓喜に包まれて、たとえばそれがコロナだったら、ワクチンが普及して元通りの世界になった、ということかもしれないんですけど。でもこの曲の最後のアウトロのところで、また信号が黄色になって赤になって、っていう歌詞が出てきて、聴いている人はそこでハラハラするんじゃないかなって。そういう今の時代の切迫感を歌の中で出したかった。だから映画でいえばハッピーエンドで終わると見せかけて、最終的には混沌とした状況で終わってしまうみたいな、そういうところを表したかったんです」
――“立ち直ると人は、苦難の日々を忘れてしまうという”という一節などは、社会に向けて警鐘を鳴らしているようにも思えます。
「でもそう書きながら、しょうがないなとも思っていて。結局人間ってどこかしら気がゆるんじゃうものだし。信号も青になったり赤になったりは常日頃、この先もずっとあるだろうし」
――最後の「水のなかの手紙」は、伊波真人さんのラブソング的な歌詞と、“水のなか”を具現化したようなサウンドが見事に合致して、完成度の高い曲ですね。
「伊波くんは短歌の歌人でありながら、音楽も大好きで作詞の仕事もたまにしているんですよ。たとえば詞先の時も、すごく曲を付けやすいような詞になっていて。だから僕、ほとんどいじっていないんです。それとこの曲は、A・B・C・D・Eメロ……って、とめどなくメロディが展開するんですよ。この曲を書くときにイメージしたのは、ミュージカルというか、劇中音楽みたいな感じ。役者が演じながら歌うみたいなのを、すごく意識しました」
――先ほども話に出た、サビありきじゃないソングライティングということですよね。そういう作り方は、これからも強まっていきそうですか。
「いや、じつはミニマルな作り方で言うと、EPからこのアルバムまでが第二章みたいなところがあって。本名名義になる時から、自分の気持ちがふたたび落ち着くのは4年目くらいからだろうなと思っていたんです。そのあたりから本来の歌ものというか、しっかり構築されたものを作っていこうかなって。安田さんと石本くん、伊波くんとのバランスもすごくいいので、この感じを継承しつつ、3rdアルバムくらいからは、ポップス然としたものにどんどんしていこうかなと思っているところなんです」
――じゃあ次からは、逆にサビがドーンとくる、めっちゃポップなものになりそうなんですか。
「僕はそういうのも大好きなので。少しずつそうしていきたいなと思っていますね。そこになおかつ今のようなサウンドが構築できたら、さらにどこにもない感じになると思うので。そういうのをやってみたいですね」
――もうひとつ、青木さんが主宰するSymphony Blue Labelから、シンガー・ソングライターの乙川ともこさんの『元気で過ごしてますか?』がリリースされましたよね。青木さんが全面的にプロデュースしていますけど、こういう新人発掘やプロデュースもやっていきたいと思っていますか。
「やってみたらめっちゃ楽しくて、すごく納得いくものができたんです。僕の中では、僕のよりむしろポップなものができたと思っているんですよね。でも根本的な歌い方のレッスンやプリプロから始めたので、ものすごく膨大な時間がかかってたいへんでした(笑)。今後、ここまでがっつり誰かに関わるのはあまりないかもしれないですが、それでも手の届く範囲でいろんな作品を出していきたいと思っています」
取材・文/小山 守
青木慶則 『Flying Hospital』 浮遊感あふれるエレクトロ・ポップからアンビエント風、グルーヴィな曲、ソウル・ナンバーなど、カラフルなサウンドとキャッチーなメロディ・センスが全編で炸裂。さらにはドリーミーなムードが貫かれているのも特筆すべき。やはり彼は楽しげなポップスがよく似合う、と再認識させられる痛快作。
乙川ともこ 『元気で過ごしてますか?』 新潟県出身のシンガー・ソングライターで、青木慶則が全面的にプロデュースを手がけた1stアルバム。コケティッシュなキュート・ヴォイスと明るく爽やかなメロディを、バンド・サウンド、エレクトロ、トイポップなどを混ぜ合わせながら聴かせていて、ほんわかしたあたたかさが魅力。可能性を感じさせるシンガーだ。