新作アルバムは、ずっと愛奏している作品で構成したオール・ショパン・プログラム、小林愛実

小林愛実   2021/08/25掲載
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 14歳でデビューCDをリリースし、“天才少女”と称された小林愛実が、アメリカ留学、世界各地での演奏、国際コンクール参加などを経て、新たな道を開拓する意味を持つオール・ショパン・アルバムを作り上げた。これはインターナショナル契約で、国際舞台に飛翔する大きな布石となる録音。小林愛実は2015年のショパン国際ピアノコンクールに参加し、ファイナリストとなった。残念ながら自身が納得いく結果は得られなかったが、コンクールがもたらしたものは非常に大きく、ショパンと新たな思いで対峙する気持ちが高まった。
――6年前のショパンコンクールへの参加は、どのような成果をもたらしたとお考えですか。ショパンの作品と向き合うことに、どのような変化が生じたでしょうか。
「じつは、カーティス音楽院に留学したころから、自分はなぜピアノを弾いているのだろうかという疑問にぶつかり、ピアノを弾くことがまったく楽しくなくなってしまったんです。ずっとそのことを考えていて、一時はもうピアノをやめようとまで思い詰めました。でも、周囲の人たちからショパンコンクールを受けるように勧められ、参加することにしました。でも、ワルシャワでは極度の緊張に陥り、ピアノが弾けないような状況になってしまったのです。日本のうどんが食べられるお店があり、参加している友人たちと行ったのですが、うどんすらのどを通らない状態でした。それでもなんとか第1次予選の舞台に立つことができました。そのとき、ステージでいざ演奏することになったら、コンクールということを忘れ、心から楽しんで弾いている自分を見出したのです。べつに何か意図的なことをしたわけでも、無理に緊張を解きほぐそうと試みたわけでもありません。ごく自然に、フィルハーモニーのホールで、ワルシャワの聴衆の前で演奏することに喜びを見出したのです。このとき“ああ、私はピアノが本当に好きなんだ”と実感しました。すごく楽しんで弾くことができたからです。以後、迷いなくファイナルまで演奏できました」
――あれから6年、ショパンコンクールは2020年開催予定がコロナ禍で1年延期となり、今年の10月に開催されることになっています。小林さんは再度挑戦する決意をし、先日はワルシャワで予備予選に参加し、無事に本選への参加資格を得ました。再度挑戦しようと思ったのは、どんな理由ですか。
「ショパンコンクールへの参加で、私はピアノをやめようとまで思っていた自分に大きな変化が生じたと感じています。コンクール後はショパンとの向き合い方も変わり、より作品の内奥へと自分の気持ちが入り込んでいることに気づきました。そしてもっとショパンを弾きたい、極めたい。さらに、もう一度あのステージに立ちたいと思うようになったのです。いまはコンクールで賞を取るということよりも、自分のショパンを発信したいという気持ちのほうが大きいですね」
小林愛実
――今回はコンクール前にショパンの「前奏曲集」がリリースされましたが、この選曲に関して聞かせてください。
「ショパンの前奏曲は、テクニック的に本当に難しいと思います。でも、大好きな作品集なのです。それぞれの曲がとても短く、キャラクターが異なり、それらを瞬時に変化させていかなければなりません。しかも全体の流れを重視して最後までもっていかなくてはならないので、精神的にも大変です。ショパンの中期の作品の難しさを感じますね。プログラムに入れた〈幻想ポロネーズ〉も〈幻想即興曲〉も大好きな作品で、ずっと愛奏しているものばかり。今回は好きな作品で構成したので、録音も集中力をもってできました。でも、編集作業はけっこう大変で、時間がかかりましたね」
――小林さんは3歳からピアノを始め、7歳でオーケストラと共演し、9歳で国際デビューを果たしています。その名前が話題になったのは、YouTubeでの演奏映像視聴数の多さで、当時、総視聴回数は400万回を超え、日本人ピアニストとしては圧倒的な数を記録し、第1位を誇っていました。なぜ、そんなにもあなたの演奏は人々の心を惹きつけるのでしょうか。おそらく、ピアノに向かってほとんど目を閉じ、全身全霊を傾けて演奏に没入し、ひたむきに作品と対峙する姿に多くの人が魅了されるからでしょうね。あの演奏前の一瞬は何を考えているのでしょうか。
「自分ではピアノに向かう前のことや、目を閉じて演奏したりするのはまったく意識していません。最初は、人に言われて初めて気づきました。録画を見て、あらためてこういう顔をして弾いているのか、と気づいたという感じですね。でも、ピアノに向かうと瞬時に集中力を全開にして、緊迫感をもって作品に没頭していくのはたしかです。演奏中は作品以外のことは何も考えず、これまで練習してきたことを基にし、よりよい演奏をしたいと、それだけを考えています。ショパンコンクールのステージでそうであったように、ピアノを弾く喜びを感じ取り、それが聴いてくださる方に伝われば最高だと思っています」
――デビュー当時のインタビューでは、「食べることと寝ることが好き」と屈託のない話をしていたのが印象的でしたが、いまはピアノに向かう以外の時間では、どんなことをしている時間がいちばん楽しいですか。
「ああ、そうでしたね。そんなことを話していましたっけ。でも、いまもこれはまったく変わっていない(笑)。とくにおいしいものを食べるのが大好きで、パスタとワインがあれば幸せです。いろんなところでさまざまなパスタと世界各地のワインをいただきますが、日本でもおいしいお店があると聞くと、すぐに友人と食べに行きます。私の“ピアノを弾くエネルギー源”のようなものですね」
小林愛実
――今後はどのような目標と夢を描いていますか。いま、具体的なことを何か念頭に置いているのでしょうか。
「2013年よりフィラデルフィアのカーティス音楽院に留学し、かなり長い時間が過ぎました。この間、ソロの勉強以外にいろんな音楽仲間と室内楽を組んで、楽しんでいます。アメリカではラドゥ・ルプー、アンドラーシュ・シフ、ニコライ・ルガンスキー、内田光子さんをはじめとする偉大なピアニストたちの演奏を聴くことができ、そうした演奏から幅広くいろんなことを学んでいます。実際に、すばらしいピアニストの演奏をナマで聴くというのは、大きな財産になるからです。今後はヨーロッパでの勉強を視野に入れています。フランスを考えていますが、まだいろんな選択肢があり、考慮中というところでしょうか。自分の演奏がより高みを目指すためには、これからどのような勉強が必要なのか、どんな先生に師事すればいいのか、どのような環境に自分を置いて歩んでいけばいいのか。いろいろ考えることはありますし、いろんな人の意見にも耳を傾けるようにしています」
――ヨーロッパに住むことになったら、ワインもパスタもおいしいですし、新たな美食に開眼するかもしれないですね。
「そうなんですよ。私もそれを考えているんです(笑)。だってモーツァルトもベートーヴェンもショパンも、もちろん多くの作曲家がその土地の美食を楽しんだわけでしょ。その結果、ああいうすばらしい作品がたくさん生まれるわけですから、私もそれを経験して演奏をもっと肉厚なものにしたい!!」
取材・文/伊熊よし子
Photo by Makoto Nakagawa
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