カーネーションの4年ぶりの新作が11月17日に発売!前作『Suburban Baroque』以来、結成35周年記念のベスト盤『THE VERY BEST OF CARNATION “LONG TIME TRAVELLER”』(2018年)、2枚組ライヴ盤『草月ホールのカーネーション』(2020年)を発表しながらバンドは精力的に活動してきたが、新作を出そうとしていた矢先、コロナの影響もあって思うように動けなくなってしまう。それでもアルバムのレコーディングは進められたが、今度はメンバーの直枝政広が急病で入院するという緊急事態が発生。そんな波乱に満ちた状況を乗り越えて完成した『Turntable Overture』には、張替智広、松江潤、伊藤隆博、岡本啓祐など近年バンドを支える仲間たちが集結。さらに、佐藤優介、INO hidefumi、シマダボーイ、ロベルト小山などさまざまなメンツがサポートをつとめてカーネーションの不死身ぶりを証明する素晴らしい作品に仕上がった。そこで今回は全曲について触れながら、新作ついてメンバーの直枝政広と大田譲に話を訊いた。
――今回のレコーディングは緊急事態宣言中だったり、途中で直枝さんが入院されたりと大変でしたね。
直枝 「ほんとは去年の1月くらいにレコード会社さんと打ち合わせもしたんですけど、なかなか都合が合わなくて。でも、前作から4年経つし、ライヴで披露した新曲もたまってきたので、リモート覚悟でレコーディングをスタートしました。僕が作ったデモのデータをみんな聴いてもらって、そこにドラムやベースを入れていったんです。シンセのダビングとかストリングスを入れてくれた(佐藤)優介くんは、初日に会ってアイディアを確認したくらいで、あとは全部リモートでした。だから、僕のデモのアイディアが結構そのままいかされてますね」
――大田さんが弾くベースも直枝さんのアイディアが元になっている?
大田 「そうです。ベースのアレンジがもうできている状態でした。でも、“どうしたんだ?”っていうくらいアレンジがすごくて。自分のアルバムだからなんとかやったけど、仕事で行った現場でこんなのを弾かされたら、俺、死んでたかも(笑)」
――難しいアレンジだったんですね。
大田 「今までトップクラスじゃないですか。2人体制になってから、いちばん練り上げられていた気がする」
直枝 「そうなんだ。俺は本職のベーシストじゃないから、ただ弾きたいフレーズを弾いてアイディアを出すだけで、それが難しいかどうかわからないから。今回、自宅にいる時間が長かったのも影響しているのかもしれないですね。時間はたっぷりあったから、これバンドで対応できるのかな?って思うくらいアイディアが妄想化していった。でも、俺のそんな思いつきを大田くんは受け入れてくれるから」
――さすが相棒ですね!
大田 「普通だったらレコーディングの前にライヴで演奏して曲のパターンを身体に入れていくんだけど、今回は半分くらいそれができなかったから大変。カーネーションはひねくれた曲が多いから、レコーディング前にリハビリが必要でした。家でずっと練習してた」
直枝 「でも、この人は巧いですから。家で練習している時は苦労したかもしれないけど、いざドラマーと一緒にやるとさすがでしたね。すごいな、この人って思いました」
――オープニング曲「Changed」から大田さんのベースが唸っていますね。
大田 「いきなり難しいんですよ」
直枝 「あれ、難しいんだ」
大田 「微妙な跳ね方なんだよね。跳ね感がないと気持ち良くないけど、ポンポン跳ねると違う。その微妙な感じを出すのがリズム隊の難しいところで。その感覚をわかってくれるドラマーと一緒じゃないとグルーヴしていかない。今一緒にやってる2人(岡本啓祐、張替智広)はバッチリなんで助けられました」
直枝 「その跳ねすぎないグルーヴはカーネーションがすっとこだわってきたところだから。ハリー(張替)のドラムは矢部くん(元カーネーションのドラマー、矢部浩志)に近いよね」
――岡本さんと張替さん、どっちに頼むのかは曲次第なんでしょうか。
直枝 「初演のライヴで叩いてもらった人に頼みました。最初に演奏した時の直感みたいなものを残したかったんです。ライヴでやってない新曲に関しては、これは彼のキットやチューニングが合いそうだな、とか、いろいろ想像しながら決めましたね」
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――信頼できるドラマーが2人もいるのは心強いですね、2曲目の「SUPER RIDE」は岡本さんですが、曲の高揚感がすごい。どんどん上昇していくような曲です。
直枝 「そうなんです。サビがいくつもあるような。この曲は手応えを感じて、できた時に、新作は大丈夫だって思いました。配信で定期的に弾き語りをやってたんですが、その作業中に思いついたコード進行なんです。ちょっとUKソウルみたいな感触もあり、日本語もすんなり乗ったし、重住(ひろこ)さんがプレーンな良い歌声を聞かせてくれました。ダビングも上手くいって、こうやって曲が化けていくんだって楽しむことができました」
大田 「この曲のベースが一番大変だったんだよ。パターンがコロコロ変わって変態的で、この曲でベースを弾きながらコーラスはできない」
直枝 「確かにライヴでは難しいよね」
――「SUPER RIDE」で盛り上がった後にメロウな「その果てを心が」をじっくりと聴かせます。草月ホールのライヴに参加したロベルト小山さんをはじめとするホーン・セクションがアクセントになっていますね。
直枝 「この曲はアル・グリーンみたいなハイサウンドで行こうと決めていました。ホーンをはじめ、とても良い音で録れてますね。エンジニアの原(真人)くんは僕らみたいにヴィンテージの音楽を愛してきた人じゃなく、学生時代はギター・ロックなんて大嫌いなテクノ青年だったそうで。でも、そういう癖の強い持論のある人とのやりとりが面白い効果を生むんです。マニアックな感じが払拭されて、オーディオ的にも音楽的にも広がりが生まれたと思います」
――続く「BABY BABY BABY」でもホーンをフィーチャーしていますが、これがまた変な曲ですね。
直枝 「“変”というのがいちばんの褒め言葉です(笑)。俺の中ではウォール・オブ・サウンドなんですよ。それを現代的な音響でやっていて、そこにファンクとポップスがうまくブレンドされている」
――言われてみればサビはロネッツっぽいですが、出だしはブラス・ロックみたいだし、曲の雰囲気がコロコロ変わっていく。
直枝 「家にいる間、止まらずにアイディアを積み上げてましたからね」
――「BABY BABY BABY」から疾走感に貫かれた「Highland Lowland」へと続くあたりが前半のハイライトです。
直枝 「この曲はずっとアレンジのアイディアが浮かばなかったんですけど、スタジオに入る直前にようやく閃いて、最初にこの曲をやったんです。尖ったシンセサイザーとギターを絡めてシューゲイザーっぽい勢いを出そうと」
――暴風雨の中を突っ切るような荒々しいサウンドが最高です。その激しさを抜けた後に、「霧のスーヴェニール」という幻想的な風景が待ち受けている。アシッド・フォークっぽい雰囲気もある曲ですね。
直枝 「ライヴでやっていた時はエヴァリー・ブラザーズみたいなカントリー・バラードだったんです。その感じのままレコーディングすると様式に寄りすぎると思って、テンポをかなり遅くして幻想的なフリーなアレンジで一発録りでやりました」
――空間を感じさせるサウンドに霧感が出ています。
直枝 「ダニエル・ラノワがトリップした感じですかね」
――「マーキュロクロムと卵の泡」は、ひたすら気持ちが良い曲です。景色のいい道を車で走っているようなドライヴ感があって、直枝さんの歌は名人の浪曲を聞いているような名調子です。
直枝 「(笑)。この曲は気持ちの良いところしか狙ってなくて、プリファブ・スプラウトとアイズレー・ブラザーズが混ざり合うような感じ。そういう突飛なイメージのミックスで良い感じの疾走感が生まれたりするんです」
大田 「この曲はライヴで結構やったね。割と隙間の多い曲だけど間が空いても不思議と怖くない。すごくやりやすいし聴きやすい曲」
――そんな曲からの「Rock On」。グラムっぽい光沢がある極上のロックンロールです。
直枝 「最初はもろT.レックスだったんです。大田くんもすごく気に入ってて。でも、レコーディングでベースとドラムを入れた後に、僕がギターで世界観を変えた」
大田 「そうそう、変えやがった(笑)。あんまり俺がT.レックスって言いすぎたから。でも、ギターを変えたのはすごく面白いと思った。こういうグラムもありだなって」
直枝 「72〜73年の音楽は俺たちの身体に染みついてるからね」
――「I Know」もカーネーションらしい変な曲というか。奇妙なコーラスが入ってくるところも面白いですね。
直枝 「そういうことがやりたいんです(笑)」
大田 「掛け合いの曲をやるからメロを覚えといてね、って言われて」
直枝 「(80年代に大田が在籍した)グランドファーザーズにもそういう曲が多いから、大田くんなら対応できるだろうと思ったんです。そういえば、この前、“これ死んだ人の歌ですよね?”って言われたんですよ。自分では意識してなかったけど」
――最初の歌詞が“彼岸過ぎには戻るから”ですからね。次の「海の叙景」では“釘を抜く”という歌詞から始まって、一体なんの歌なんだろう、と驚きました、曲名はつげ義春の『海辺の叙景』から?
直枝 「そうです。あの漫画は実際の海辺が舞台ですが、この曲は遠い記憶の中にある夏の家の風景。2013年くらいに作った曲で、僕がホーム・レコーディングで仕上げた音に、大田くんとハリーがリズムをつけてくれました。
――ラストの「Blue Black」は不思議なムードを持った曲です。
直枝 「これは最後にできた曲で、歌詞は病後に書いたんです。入院している時、ずっと気がかりだったんですよね。果たして、この曲は入れられるんだろうかって。入院中は夢の中に死んだ人ばかり出てきておっかなかった」
――“なんとなくの存在”という歌詞から、あやふやな生の実感みたいなものを感じさせますね。直枝さんの書く歌詞はカーネーションの要ですが、最近ますます言語感覚が自在になっているような気がします。
直枝 「歌詞を面白がってもらえると嬉しいですね。小説は自分に向いていないと思うけど、その替わりに歌詞を書いているようなところがあるから」
――「Highland Lowland」の“上の方から見たら全体は沼地だ 上の方から見たらここはただの穴”というサビもすごい。一体何事かと思います。
直枝 「今の世の中を見渡した時に、ふと漏れてきた心情です」
――心情ですよね、直枝さんの歌詞は。
直枝 「例えばフライパンで目玉焼きを作ってる時、ただそれをじっと見てるじゃないですか。それが詩なんですよ。そういうものがひとつひとつ集まって、歌詞になっている気がしますね。最近、堅苦しいものが嫌になって、ようやく思うように歌詞が書けるようになってきた」
――言葉のニュアンスが洋楽の訳詞っぽい感じもありますね。韻より言葉の選び方、イメージが重要なのでしょうか。
直枝 「洋楽の訳詞で、“なんだ、これ?”っていう体験をいっぱいしてきたからね。じゃあ、日本語の歌詞はどうしようって考えた時、韻ばかり考える必要もないと思うようになってきた。まず、字面で面白く作って、それを物語のように繋げていく」
――それが言葉遊びに終わらずに、直枝さんが歌うと言葉がリズムになり、メロディになって、言葉が楽器のひとつのように機能しています。大田さんは直枝さんの歌詞をどう思われますか?
大田 「多分、絵だと思うんだよな。直枝くんは絵を描くじゃない?だから絵描きが書く言葉っていうか。そういうふうに捉えれば、色とか情景が浮かんでくる。それをわざと自分でぶち壊したりもするんだよ。正直、何言ってるのかわからない歌詞もあるけどさ(笑)」
直枝 「歌詞については何も説明しないからね(笑)。今回の歌詞に関していえば、時間というものにこだわってたところがあって」
――確かに無常観みたいなものを感じました。過ぎ去っていく時間や、変わっていくものに対する感慨というか。
直枝 「〈SUPER RIDE〉は“時間は戻せない”で始まって、だけどこの歌は違うって歌う。そういう物語性を歌詞にできたことに手応えを感じましたね。“うすいピザの肉がひからびて曲がる”っていう時間に対する比喩とか、最近になって日本語の表現が楽しめるようになってきた」
――ピザの肉の描写は静物画のようですね。そういうイメージのコラージュというか積み重ねが歌に奥行きを生み出していて、日本語ロックの可能性を感じさせます。
直枝 「“売れるものを作らなきゃダメだよ、直枝くん”って言われた時期があるんですけど、“わかりやすければ売れるの?”って悩んだこともあります。簡単にはわからない謎があるからこそ生まれる作品の高みってあるじゃないですか。ボブ・ディランの歌なんて何を言ってるかわかんないし。聴いた人のなかに何か残るものを作りたいんです。音楽としてだけじゃなく、読み物としても長い時間かけて楽しめるものを」
大田 「思えば俺は、シンプルなロックンロール・バンドってやったことがないんですよ。そういうのが好きな人もいるじゃないですか。 ロックはスリーコードで良い、とか。ロックだってブルースだって、ほんとに全部スリーコードでやったらつまんない。そこにはいろんなパターンがあって、リズムも変えれば歌のテンポも変えるから面白い。俺たちがやってることって自然だし、王道だと思うんだよね」
直枝 「良いこと言った(笑)!」
大田 「“俺がついてるから大丈夫”とか軽々しく応援するような歌は歌わないけど、(カーネーションには)そういう気持ちが入ってる歌もある。要は伝え方なんだよな」
――今回のアルバムでは時間をテーマしながらも、過去を美化したり、未来に希望を見出したり、そういう安易な方向に行ってないのもカーネーションらしいですね。
直枝 「ノスタルジーは否定しないけど、過去が最高だとは思わないし、今が最高っていう気持ちもわからない。ノスタルジーを認めながら、今を生きることが重要なんでしょうね。大事なものはいっぱいあるから、何でもかんでも簡単に捨てちゃダメなんです。そういえば、入院中は音楽なしで過ごしてたんですよ。それで退院して最初に聴いたのがジミヘン」
大田 「ジミヘンなんだ。面白い」
直枝 「それがかなりの快感で、それからはずっといろんなものを聴き続けてる。音楽って良いなあって、しみじみ思いますね」
取材・文/村尾泰郎
“Turntable Overture” Release Tour 2021 Tour Member:直枝政広、大田譲、張替智広、松江潤、伊藤隆博
11月20日(土)愛知 名古屋 TOKUZO
11月21日(日)大阪 umeda TRAD
12月12日(日)東京 日本橋三井ホール
※くわしくはカーネーション
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