11月1日に放送がスタートしたNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」。安子(上白石萌音)、るい(深津絵里)、ひなた(川栄李奈)という親子三世代のヒロインで紡がれる、“100年のファミリー・ヒストリー”だ。今回、物語の重要な縦糸となるのが「ラジオ英会話」、そして「ジャズ」。毎朝、波瀾万丈のストーリー展開に加えて、時代を映す曲たちに心を弾ませている視聴者も多いのではないだろうか。劇中の音楽を手がけるのは、米米CLUBのメンバーとして知られる金子隆博。NHKの歌番組「うたコン」の指揮者も務め、映画やジャズの歴史にも精通するマエストロだ。ドラマを彩るナンバーを詰め込んだ『連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」 オリジナル・サウンドトラック 劇伴コレクション Vol.1』『連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」 オリジナル・サウンドトラック ジャズ・コレクション』という2種類のサウンドトラックCDを同時リリースしたご本人に、作品に込めた思いを伺った。
金子さんが「カムカムエヴリバディ」の音楽担当をオファーされたのは、2年前。まだ脚本はできていなかったが、ドラマの内容を聞いて、内心「これは一生に一度の大仕事に違いない」と盛り上がったという。
「脚本の藤本有紀さん、演出の安達もじりさんとは2013年の『夫婦善哉』というドラマでもご一緒していて。今回、またチームの一員として声をかけていただけて嬉しかったです。連続テレビ小説は世代を問わずに愛されている国民的番組なので、もちろん途轍もないプレッシャーはありました。でもそれ以上に、ワクワクと胸を躍らせている自分がいた。というのも、本作が描こうとする100年って、ほぼそのままジャズの歴史に重なるんですね。ニューオーリンズで生まれたトラディショナル・ジャズや初期のスウィング・ジャズが、やがてビ・バップ、モダン・ジャズへと洗練されていき、さまざまなクロスオーバーの時代を経て、ふたたび原点へ回帰していく。そういう変遷をきちんと視野に入れつつ、ジャズにさほど詳しくない視聴者の方々にも楽しく聴いていただける劇伴、劇中演奏を作れるのは、このジャンルをこよなく愛している僕しかいないぞと(笑)」
上白石萌音演じる最初のヒロイン・安子が生まれたのは、日本でラジオ放送が始まった1925年3月22日。アメリカでは23歳のルイ・アームストロングが気鋭のトランペッターとして頭角を現した時期だ。
「レコードでいうとSP盤の時代。ドラマでも安子ちゃんが未来のパートナーの稔君と初デートしたとき、喫茶店のマスターが〈オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート〉という舶来のヒットを蓄音機でかけてくれる場面がありました。これが安子の娘・るいの青春時代に移ると、1960年代のモダン・ジャズ全盛期。劇中には彼女の運命を動かす若手のトランペッターが登場し、実際に激しい演奏シーンも描かれます。そして3人目のヒロイン・ひなたは、僕と同世代。ジャズがさまざまな音楽と融合し、新しい音楽がどんどん生まれてくる、いわば何でもアリの時代です。こういった時代の匂い、空気感みたいなものをしっかり滲ませることは、作りながらつねに意識しました」
金子隆博
ドラマ内の芝居に付けられる音楽、いわゆる“劇伴”を書く際に金子さんは「ストーリーと共にメロディが残って欲しい」といつも思っているという。今回リリースされた『連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」 オリジナル・サウンドトラック 劇伴コレクション Vol.1』には、メインテーマにあたる「100年の物語 〜カムカムエヴリバディのテーマ〜 feat. 渡辺貞夫」を筆頭に、さまざまな場面に寄り添う全35曲を収録。バラエティに富んだ楽曲群からは、自分らしく生きようとするヒロインたちの感情――前向きさ、ひたむきさが表現されている。
「芝居に寄り添う、劇伴と呼ばれる音楽には、いろんな種類があります。まずは物語全体が視聴者に伝えたい事を音にしたメインテーマのメロディ。そして主要登場人物の、喜びや悲しみ、憧れや恋する気持ちといった感情につけられるもの。そのほかの登場人物のテーマもありますし、喫茶店やレコード店などのシーンがあれば、その店内に流れるBGMも作ります」
金子さんの幼少期は、インストゥルメンタルによる映画音楽全盛期。名だたる作曲家たちが腕を競い、「映画のタイトルを聞けばパッと旋律が頭に浮かぶ、そんな名作・名曲が目白押しだった」時代だ。
「とりわけ洋画はそうでしたよね。僕は小学生の頃、父がレコードで聴かせてくれたそんな名曲を聴いて育ちました。ヘンリー・マンシーニ、ミシェル・ルグラン、ニーノ・ロータ、エンニオ・モリコーネ。しかも考えてみれば、ジャズのスタンダードと言われる楽曲の多くが、もともとは映画音楽やミュージカルの劇中歌です。さきほど話に出た〈オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート〉もまさしくそうで、1930年にブロードウェイで上演された舞台のために書き下ろされている。つまり映画にしてもミュージカル舞台にしても、ジャズのミュージシャンにとってはきわめて重要なメロディの供給源だったわけです。僕も今回、その末席に連なる覚悟で(笑)。どんなに短い感情表現の曲でも、ちゃんと耳に残るメロディを書いています」
アルバムの冒頭を飾る「空に舞う」は、シンプルで美しいピアノ曲。まだ見ぬ未来へとゆっくり、着実に歩んでいくような旋律が、ドラマの内容と相まって深く心を揺さぶる。ほかにも小編成のブラスバンドがゆるやかなワルツを奏でる「ときめき」、洒脱なラグタイムを思わせる「小豆の香り」、往年の映画音楽を思わせるムーディな「追憶の道 〜光の照らす場所〜」、ブラジル色の強い「ジョーの憂鬱」など、バラエティ豊かな楽曲がとにかく楽しい。
「一般的にサントラ制作では、主要曲のメロディをさまざまな形にアレンジするケースが多い。僕も今回、〈空に舞う〉や〈100年の物語〉などのバリエーションをいろんな場所で用いています。ただ、今回のサントラにはあえて収録しませんでした。1枚でなるべくたくさん、美味しいメロディを味わってもらいたい。劇伴作家のささやかなこだわりですね(笑)」
さらに『劇伴コレクション Vol.1』収録のメインテーマ「100年の物語 〜カムカムエヴリバディのテーマ〜 feat. 渡辺貞夫」には、ジャズ界のレジェンド渡辺貞夫が特別参加。柔らかいオーケストレーションをバックに立ち上がってくる、ふくよかなサックス。その肯定的なメロディと酸いも甘いも噛み分けた深い音色は、間違いなく本作のハイライトだろう。
渡辺貞夫(左)と金子隆博
「ジャズが好きな人なら誰でも、最初の一音だけで“ああ、貞夫さんだ!”とわかる。僕自身、もともとはサックス奏者として活動していて、高校時代からずっと渡辺貞夫さんの大ファンだったんですが、圧倒的なオリジナリティに、レコーディングしていただけて本当によかったとあらためて感動しました。今回、貞夫さんにお願いしようと決心したポイントが、自分の中で二つあったんですね。一つは貞夫さん自身が1950年代からずっと第一線で活躍し、日本のジャズ界の礎を築いた生き証人であること。しかも1960年代にはバークリー音楽院に単身留学し、アメリカの最新ジャズ理論を日本に紹介されています。その意味でも、英会話が重要なテーマのこの連続テレビ小説には最適な方だなと。もう一つは、88歳の現役プレーヤーにしか吹けない唯一無二の音色の質感です。もちろん若い頃にバリバリ演奏されていた貞夫さんも大好きですが、近年のアコースティックでクラシカルな音色も本当にすばらしい。まさにこの“100年の物語”を優しく包み込んでくれる、文字どおりの名演だと思います」
この曲は「いわば僕にとっての〈アメージング・グレース〉」と、金子さん。“アメリカの魂”とも言うべきゴスペルの名曲「アメージング・グレース」。それに少しでも近付ける曲を作ろうと心に決め、コロナ禍のなかで書き下ろしたものだという。
「気軽にサラッと楽しめるけれど、作り手の思いは深く、じつは噛めば噛むほど味が出る(笑)。この連続テレビ小説にぴったりなアルバムとして、繰り返し聴いていただけると本当に嬉しいです」
北村英二を囲んで
もう一方の『連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」 オリジナル・サウンドトラック ジャズ・コレクション』は、劇中のシーンで実際に演奏されるジャズの曲を集めた2枚組CD。1910〜30年代のディキシーランド・ジャズやスウィング・ジャズのスタンダードを中心とした“トラッド・ジャズ編”(DISC 1)と、1950〜60年代のビ・バップ、ファンキー・ジャズ系の演奏が収録された“モダン・ジャズ編”(DISC 2)で構成されている。“トラッド・ジャズ編”には渡辺貞夫と並び称されるジャズ界のレジェンド、北村英治が参加(ヒロインの安子とほぼ同世代の1929年生まれ!)。92歳とは思えないホットな演奏を聴かせてくれる。一方“モダン・ジャズ編”は1曲を除いて金子隆博のオリジナル曲。ジャズの名曲にオマージュを捧げた曲が並び、ドラマの世界観を広げてくれること請け合いだ。
取材・文/大谷隆之
写真提供/ゴールデン・キッズ