デビュー20周年を迎えたジャズ・ヴォーカリストのShihoが、新曲「Music & Life」と、2019年にリリースしたセルフ・プロデュース・アルバム『A Vocalist』に収録された「Happy Song」のニュー・ヴァージョン「Happy Song feat. HAMOJIN」をリリースした。デビューから20年経っても、自分にとってジャズは未知で憧れの存在であると話すShiho。デビューからの年月を振り返りながら、コロナ禍でのジャズ界の状況、今回の2曲についてなど話を聞いた。
――今年はデビュー20周年、ソロで5周年という節目の年でした。
「デビューしてから20年、あっという間に過ぎたようでもあります。2001年のことを振り返ると、相当昔だなと思います(笑)。世の中的にいろんなことが今と違っていましたよね。ジャズ界もそうで、それを考えると20年でいろいろなことが変わったんだなと思います」
――勝手な印象で、ジャズ・シーンは昔からあまり変わっていないと思っていました。
「すごく変わりましたよ。なんというか、すごく自由度が増した気がします。2001年はまだすごく閉鎖的で、Fried Prideとしてデビューした時は、カテゴライズしたがる人たちにいろいろ言われました」
――Fried PrideはJ-POPのカヴァーをやったり、ポップス寄りの立ち位置でしたからね。
「“これはジャズじゃない”とすごく言われました。でも今は当時の私たちよりもポップなことを、若い方たちがやっています。今でもうるさ型の人はいますけど、昔よりも間口が広がって、いろいろな新しいことも許容するようになったと思いますよ」
――Shihoさんは、何を言われようとも「私がやっているのはジャズなんだ!」という気持ちでいたんですか?
「じつは私、自分がジャズをやっているとか、そういうことをあまり考えずにやっていたんです。自分はただ音楽をやっていて、たまたまジャズ・ミュージシャンと共演することが多かったり、ジャズの手法を使っていましたけど、それがジャズかどうかは人が決めてくださればいいかなと思っていました」
――でも、Shihoさんの音楽的ルーツはジャズだったんですよね。
「そうですね。あと、私が歌を始めた27年前、ノルマもなく歌わせてもらえてギャランティがもらえたのがジャズ箱だったという話もあります(笑)。もちろんジャズ・シンガーという存在に憧れていた部分もありましたし、ジャズの弾き語りをしていたこともありました。自分の歌を収録したMDを持って、“もし気に入ったら連絡ください”と言って配って歩いていました。あとは知り合いに紹介してもらったり、ホテルのラウンジで歌っていたこともありましたし。でも今はジャズのお店が昔より少なくなってしまって」
――当時出ていたクラブなどは……?
「もうほとんどありません。コロナと関係なく、マスターが高齢になって引き継ぐ人がいなくて閉めてしまったのも結構多いです。大好きだった箱がここ5年くらいでバタバタと閉店して、すごく寂しくもあります」
――そう思うと20周年は感慨深いものがありますね。
「本当にそう。付き合いのあった方が亡くなったり、自分たちが出ていた箱がなくなったり、寂しいこともいっぱいあります」
――そういう経験をするたびに、なおさら自分の意思が固まるというか。
「歌うこと以外にやれることがあればやっていたかもしれないですけど、私にとっては歌うことがすべてなんです」
――この2年、コロナ禍はどう過ごしていましたか?
「ライヴができなくてすごく困りました。私たちは生演奏をお客様に楽しんでいただくことが活動の主なので。この期間を機に、曲作りなど制作に打ち込んでいた人も多くいらっしゃいましたけど、私は何もやる気が起きなくて……。コロナ禍で書いた新曲は2曲しかないんです。そもそも私は、お仕事の時と普段ではスイッチが全然違って、普段はすごく暗い人間なんです(笑)。だから仕事の時はスイッチが切り替わるんだと思うんですけど、コロナ禍でスイッチが入る機会がまったくなくて、自分的にストレスも溜まった時期でした。YouTubeチャンネルを開設したり配信ライヴをやったりもしました。日本全国どこからでも見られて、どんな状況の人でも見られるのは、すごく便利なツールだし、実際に見に行けない事情がある人にとってはすごくいいものだと思いましたけど、やっぱり生には代え難い部分があるのも事実でした」
――有観客のライヴは、いつごろから再開したんですか?
「コロナ前にやった最後が2020年の2月で、その次が7月だから5ヵ月くらい空きましたけど、その時は“こんなに特別だったんだ”と感じて泣きそうでした。お客さんの拍手がずっと鳴り止まなくて、それで余計にいろいろ感じるものがありました。みんなもそういう風に思っていてくれたんだとか、生で音楽がやれたり聴けたりするのは普通ではないことだったと感じることができました」
――ジャズは、一期一会の音を楽しむようなところもありますからね。
「曲目は同じでも、絶対同じにはならないですからね。見に来てくれた方が違えば、それだけで違うものになる。“あの人はこの曲を聴いて泣いてくれている”と思ったらそれで次の曲を変えたり、“あの人があの曲を聴きたいと言ってくれている”と思えば次の次に入れようとか。“今みんな飽きてそうだから、ここでハプニングを入れて空気を変えよう”とか。ステージではそういうことが常に起きていて、大々的にではなくてもかならず違うものなんです。そのライヴは、その日その時にしかないものだから、自分にとっては毎回のライヴひとつずつが宝物なんです。コロナがあったことで、それを再確認しました」
――こういう状況下であらためて感じた、Shihoさんにとってのジャズとは何ですか?
「私にとってジャズは、いつまで経っても“憧れ”です。それくらい未だによくわからないもの。たとえば、日野皓正さんはジャズだと思うけど、自分がジャズ・シンガーかと言われてもよくわからない。だからこそ、ジャズはいつまで経っても憧れの音楽で、それは死ぬまでずっとそうなんだと思います」
――音楽は人生と共にある。そんなことも歌っている、配信中の新曲「Music & Life」についてですが、どういう風に作っていったのですか?
「ピアノで弾き語りした録った簡単なデモとメロディ譜を作詞のギラ(・ジルカ)に送って、歌詞を書いてもらって。で、今度はコード譜を書いてメンバーに渡して録音という流れです。リハーサルは行なわず、スタジオで1、2回合わせて、少し修正したり指示したりして、その流れで本番を録りました」
――ドラムにはどうやって指示を?
「ドラムの音を口で歌いました(笑)。ベースには“ハネ16”とか、そのくらいしか言いません。もちろんよく知っているミュージシャンですし、一言二言くらいでそれを十倍に膨らませてくれます」
――「Music & Life」は、聴いた人にどんな気持ちになってほしいですか?
「とにかく明るい気持ちになって楽しんでくれれば嬉しいです。たとえば昔のジャズの演奏では、ソロ中に違う曲を織り交ぜることが結構あって、知っていると“あの曲をやっている!”となって盛り上がるんです。そういうことができるのも、ジャズの楽しみのひとつです。この曲でも、歌詞にチャーリー・パーカーの〈コンファメーション〉と〈ドナ・リー〉という曲のタイトルが出てくるんですけど、その歌詞を見た時に面白いと思って、途中のソロでサックスの田中邦和さんに〈コンファメーション〉と〈ドナ・リー〉のフレーズを入れて超速で吹きまくってほしいとお願いをしたんです。そんな遊びもあったり、最後にジャーンと鳴らして終わったところで、私が〈コンファメーション〉のメロディをちょっとだけ歌っています。チャーリー・パーカーを知っている人は、そういった隠れ要素みたいな部分も楽しんでいただけたら嬉しいです」
――「Happy Song feat. HAMOJIN」は、HAMOJINさんのア・カペラがすごいですね。
「最初に作った時はバンドで演奏していて、2019年にリリースしたアルバム『A Vocalist』に収録された曲なんですけど、ライヴで披露するとお客様がすごく喜んでくださるので、違うヴァージョンでできないか考えていたところ、ア・カペラでやったら面白いんじゃないかと思いつきました。HAMOJINはそれぞれソロでも活躍しているメンバーが意気投合したア・カペラ・グループで、彼らとは個人的に仲良しだったので、きっと楽しいものになるだろうと思って頼んでみました」
――ア・カペラの構成はHAMOJINさん側で?
「そうです。 “この曲をア・カペラでやるのはアリ?”って聞いたら、“全然アリだよ!”と言って速攻で考えてくれました。歌だけでこんなことができるんだと思って、すごく感動しました。コーラスって3人以上になると急に広がるんですよね。世界がバッと急に広がる感じがあって。それは、3人だと和音ができるからというのもあると思いますけど、HAMOJINの4人に私を加えて5人ですから、さらに広がりました」
――この曲も現場でいろいろなアイディアが出たんですか?
「じつは〈Happy Song〉は私でもキーが高いのに、男性の彼らから“ソロで1音ずつ上がっていこう”というアイディアが出てきたり。途中で速くなるんですけど“ここから倍の速さにしない?”と面倒くさい提案をしたのに、嫌がるどころか“面白い。やろう!”って、すぐに応えてくれて。歌がめちゃくちゃ上手なうえに、すごく気のいいやつらなので、彼らとの作業は終始楽しかったです。
――歌詞はこれもギラさんです。
「人生なんて1回しかないんだし、チャレンジするのもハッピーになるのもリミットを決めないで、自分らしくハッピーになろうと歌っています」
――リミットを決めないのは、まさしくジャズの精神ですね。
「確かにそうです。これはできないと思ってしまう時は、自分でリミットを設けてしまっているんでしょうね。私ってじつはそう思いがちな人間なので、この曲を歌うたびに“これではいけない!”って思います(笑)」
――11月17日にはBlue Note TOKYOで、〈20th Anniversary Special Live「Music & Life」〉を開催(※インタビューは開催前に行なわれました)。ゲストは日野皓正さん、cobaさん、ケイコ・リーさん、桑原あいさんと、濃いメンツです。
「ちょっとやりすぎちゃったかなと思うくらいです(笑)」
――このメンバーでどんな演奏になるのか、ちょっと予測がつかないですね。
「はい(笑)。cobaさんは、2013年に公開された行定勲監督の『つやのよる』という映画の音楽を担当されていて、私が挿入歌を歌わせてもらったことがあって。その曲は映画に収録されただけで一度も歌っていないので、今回はその曲を特別にライヴで披露します」
――今後の活動で目標としていることや、やってみたいことはありますか?
「オリジナル曲だけのアルバムをまだ出したことがないので、オリジナル曲だけのアルバムを出したいと思っています。今回の2曲やケイコさんとのデュエット用に作った曲とは別に、すでに2曲録っています。ぜひ楽しみにしていてほしいです。あと目標としては、健康に気をつける(笑)。若い時にはとくになんとも思っていなかった、アントニオ猪木さんの“元気があれば何でもできる”という名言を、身に染みて感じる時がくるとは思ってもみませんでした。地味な目標ですけど、健康じゃないと何もできないので。楽屋でも誰々が入院したとかお墓を買ったとか、そんな話もよく聞いていたんですが、私もとうとうそこに足を踏み入れたのかと実感しています(笑)」
取材・文/榑林史章