橋本一子は80年代からキーボーディスト/ヴォーカリストとして、ジャズ、クラシック、ポップス、エレクトロなどジャンルを横断して多方面で活動してきたが、2021年に約12年ぶりのソロ・アルバム『view』、手塚眞監督による映画『ばるぼら』のサウンドトラックと、立て続けに作品をリリースした。どちらもジャズを軸にダークで美しく凛とした独自の世界を築いており、健在ぶりを示した傑作だ。また橋本の夫でそれら2作に参加しているマルチ・プレイヤーの藤本敦夫も、昨年末に久々のリーダー作となるシングル「There Is No Greater Love」を配信リリースしている。3月5日、6日には『view』『ばるぼら』のリリース記念となるスペシャル・ライヴが開催され、これを機に橋本一子・藤本敦夫夫妻に対談という形で語ってもらった。
――まずは橋本さんの『view』からうかがいたいのですが、ディレクターを藤本さんが担当されていますよね。
藤本敦夫「そうなんです。遠慮がちな私にしてはめずらしく“今回は私がやります”と言って。いつも口出ししないで後悔することがたくさんあったので。映画でいえば監督ですね。“これはこういう感じでいったほうがいいんじゃない?”とか“この曲はもう一回練り直してください”とか」
橋本一子「人の耳が欲しかったんですよね。すべて自分の思うようにやるのは、それはそれでいいんだけど、もしかしたら、素敵なアイディアがあったらいいなという感じで。曲ができたら弾いて、どう思う?って。そうすると的確なことを言ってくれるんです。最後、倒れちゃったけどね」
藤本「あまりにも真剣に聴きすぎて、翌日寝込んじゃった(笑)。今までだと私は彼女のどのアルバムでも、最初の企画段階から口を出して、でも表には出ないようにしていたんだけど、今回は監督のつもりでがんばった。本番のOKテイクは私が決めるって言って」
橋本「ジャッジをまかせたんです。たとえば自分で弾くでしょう。それをどうかな?って。もうちょっと速いほうがいい?とか、もうちょっとゆったりのほうがいい?とか。それを聞いてもう一回やって、だいたい2回目くらいでOK。多くて3回。1回の時もある。でも本人だとわからないところもあるじゃないですか」
藤本「弾いてて気持ちいいのと、聴いて気持ちいいのって、やっている時はわからなくなりがちなので。それを私が判断して」
――アルバム全体としては、橋本さんのピアノとヴォーカルに焦点を絞っていると思うんですが、そうなったのはどうしてですか。
藤本「最初はピアノ・ソロのアルバムを作ろうと思っていたんです」
橋本「数年前からピアノ・ソロのライヴをやり初めて、いろんな昔の曲に戻って、『ichiko』(84年のファースト・アルバム)の曲を全曲弾くとか。どのへんに自分が着地するのかわからないけど、だんだんそろそろかなって感じになったんです。それで(レコーディングを)やり始めて、ソロの曲だけだと自分で組み立てていくのが飽きちゃうんで……」
藤本「ほかのこともやりたくなったんだよね」
橋本「そう。全体的に美しくて気持ちいい感じというところで。最終的にドラムやベースが入っている曲でも、最初は打ち込みでやってみたりとかもして、それでやっぱり生がいいやとなったりしました。ただ全体的にちょっと重い、沈んだ感じかなあって思っていたので、打ち込みのあの1曲(「good girl」)だけは、もうちょっと明るい曲というか、軽い曲がほしくなったの」
藤本「私はあの曲、すごく気に入っているんです。ヴィニール盤にして発売したいくらい」
――全体でソロ、バンド、エレクトロの曲があるわけですけど、バンド編成はベースがUb-Xなどで一緒にやることの多い井野信義さんではなくて、藤本さんがベースとドラムスの両方を担当していますね。
橋本「ベースは最初に井野さんと藤本さんの2人候補があったんですけど、私の中では藤本さんのベースはグルーヴなんですよね。音色とかすべて含めて。井野さんのベースはやっぱりジャズ的なアプローチ。〈view〉という曲は、もっとエレベを使ったダークな感じとかグルーヴを出したかったので」
藤本「私はそれで弦をベロンベロンに弾いて、そのほうがかっこいいかなって」
橋本「かっこよかった!」
――「view」は藤本さんのハイハット中心のドラミングもすごくかっこいいですね。
藤本「ありがとうございます。私はあれが、世界中で初めの方だと思っていたんですよ。Ub-Xより前からやっていましたから。でも最近マックス・ローチが90年代にほとんど同じことをやっていたのを知ったんです。あとロバート・グラスパーのトリオで有名になったクリス・デイヴも、私と同じようなアプローチだったんですけどね。あれは整数比のポリリズムなんです」
――演奏面だけでなくヴォーカルも主役のひとつで、ほとんどウィスパーでつぶやくように歌っていて、すごく妖艶でミステリアスですね。
橋本「“ぼやき”というか、“つぶやき”というか」
藤本「何語でもないやつ。フランス語のようにもポルトガル語のようにも……」
橋本「英語のようにも聴こえる。それはすごく若い時から、いつでもそうなっちゃうんです」
藤本「私は絶対“ぼやき”がかっこいいから、それメインで持ってきてやるべきだと思って。〈DRIVE TO 2000〉(1999年のライヴ・イベント)の時に、手塚眞さんにColored Musicを再結成してくれないかと言われて、その時に何語でもないやつを入れたらかっこいいんじゃないかって。それからすごく前面に出すようになりました」
橋本「自分ではいつでもできるって思っているんだけど、それ以前に歌っていうものがいまいち向いていないんじゃないかって。自分では歌手じゃないという感じがしていたんです」
――でも、歌いたい欲求というのは自然にあるんじゃないですか。
橋本「そうそう。ずっと何語でもなくて、出てくるものでやっていて、今回はその部分と、歌詞を付けた部分とがありますよね。それで歌っている感じが自分のヴォーカル。ウィスパーかどうかは自分ではわからないけど、自分の歌という感じになったんじゃないかなと思います」
――藤本さんは、ディレクターとしてこのアルバムの仕上がりをどう思っていますか。
藤本「本当に素晴らしいです。誰に渡してもこの人は天才ですって言える。天才だからしょうがないです。でも、私の希望よりはちょっと重めに仕上がったかな。たとえば(ビートルズのカヴァーの)〈blackbird〉は、途中で“ピアノのオクターブを上げたら?”って言ったんですよ。あの〈blackbird〉って重いじゃないですか。あのオクターブを上げると、すごく明るい感じになるので。でも、ジャズ・スタンダードは全部素晴らしいです。〈danny boy〉は、レコーディングの2年くらい前に、ビル・エヴァンスのソロの〈danny boy〉を2人で聴いて、“これってありえないよね、こんなの作られたらやる気なくなっちゃうよね”って言っていたんだけど。なぜか執念を燃やして、延々チャレンジしているんです」
橋本「延々やっていたわけじゃないよ。〈danny boy〉はダメだろうなって思っていたのが、わりとすぐにできたの。とにかく延々やっていたのは〈giant steps〉。あれは本当にああでもないこうでもない、ってライヴでも何回かやったりして、違うな違うなって言ってて。あれができたあたりで、ひとつスイッチが入って、次の段階にいった感じ」
藤本「それを一回聴かせてもらったんだけど、いやあまだまだって言って、ダメ出しして、それでもう一回。改訂版ができて、聴いている間、私ずっと鬼瓦みたいな顔になってて。でも終わって、思わず私、拍手しちゃったもん。これは素晴らしいって」
橋本「(藤本は)超能力じゃないけど、いろんなことに関して、ちょっと違う場所からなにかを見ているというか、感じる。それがすごすぎるんです。鋭さっていうか、真実というか。すごく深いところを突いている感じがするんですよ」
――続いて2021年3月リリースの『ばるぼら』は、手塚眞監督映画のサントラですが、ほとんどが“ばるぼらクインテット”(橋本、藤本、類家心平、小田島亨、井野信義)による生演奏のジャズで、フリー・ジャズ的な演奏もあるし、サントラというよりオリジナル・アルバムに近いですね。
橋本「これは手塚さんから『ばるぼら』を映画化するにあたって音楽を頼みたいんだけど、60年代の……」
藤本「新主流派か、ハード・バップか」
橋本「あたりの曲がテーマに欲しいというオファーがありました。それで私がピアノでテーマ曲を作って。あとは“(主人公の)洋介が聴いているレコードがフリー・ジャズ”とう指定があったんだけど、なにせあの5人でやるわけだから、すごくクオリティが高くなるんですよね」
――「Graffiti」で打ち込みのヒップホップをやっていますよね。藤本さんのアイディアだったそうですが。
藤本「そうですね」
橋本「全部一人でやった。ヒップホップっていうお題があったから」
藤本「一子さんに“お前が得意だからやれ”って言われて。あれはちょっとナウすぎたかもしれなくて(笑)。手塚監督が思っていたのは、昔ながらのヒップホップかもしれないねって言いながら、私の今浮かぶ感じでやっちゃって」
橋本「でもかっこいいよね」
藤本「意外と評判が良くて。ラップもハナモゲラ語というか適当です(笑)。韻を踏んだりとか、ところどころ声を合わせて、同じことを言ったりとか」
――藤本さんは昨年末にソロ・シングル「There Is No Greater Love」を出していて、収録2曲のどちらもすごくダンサブルでグルーヴィな曲ですね。
藤本「そうですね。あれは“踊れるジャズ”を目指したんです。ゴーゴーっていう、ニューヨークで流行ったビートでビバップの曲をやると、すごく踊れる感じになるんですよね。その中でもいちばん好きなのが〈There Is No Greater Love〉なんです」
――こちらでは藤本さんはベース担当で、ドラムスは木村万作さんですね。
橋本「ドラムは万作のビート・ドラムが最高ってことで、ベースは“ほかにいねえじゃん”みたいなところ。ああいうベースっていないんですよね、今」
――それでこの曲は“フィーチャリング菊地成孔”となっていて、菊地さんのサックスを前面に出していますね。
藤本「そうですね。菊地くんってどうしてもインテリなほうへ行くけど、でも底のほうにはすごく野蛮で凶暴なものを持っているんですよ。それを踊れるビートの上でやってほしかった」
橋本「それは昔から言っていて、菊地くんは若い頃から知っているわけじゃないですか。もう40年くらいの付き合いだから」
藤本「80年代後半くらいに、資生堂のCMで菊地くんとやったことがあるんですけど、すごくいいものができたと思ったら、クライアントがこれは過激すぎるって言ってボツになっちゃって。菊地くんのスローのフリーのテナーが入って、みんなで高等芸術作品だって言っていたんですけどね。だから、菊地くんのいちばんすごいところは、最近出していないよねって思っていたんです」
――お2人とも2021年に久々のリーダー作を出したわけで、活動が前向きになっているんじゃないですか。
藤本「なってます。私、また次のシングルを考えています。ロックにするかボサ・ノヴァにするか。歌も含めてね」
橋本「私が今感じているのは、〈good girl〉みたいなエレクトロっぽいのですね。コンピュータで、一人で作ってみようかなって。そっちに気持ちはいっていますね」
――『view』でジャズ的な方向にいったと思ったんですけど、やっぱりいろいろやりたがるところがあるんでしょうか。
橋本「そうですね。飽きちゃうんで」
――では最後に、3月5日、6日にスペシャル・ライヴがあるわけですけど、どういうライヴにしたいと思いますか。
橋本「(5日の)『view』のほうは、初めての全員参加で、でもたぶんやってもらった1曲だけじゃなくて、ほかの曲にも入ってもらったりということはしていこうかなと思っています。(6日の)『ばるぼら』のほうも、サントラのアルバムでやった曲だけだったら、ステージの半分くらいだと思うんですよね。あとはスタンダードとかオリジナル的なものも含めて、みなさんの素晴らしいところをぐぐっと出した感じの、かっこいいライヴにしたいと思っています」
藤本「(コロナ禍で)ライヴはここんとこずっとやっていなかったし。今年のレコーディング以来、演奏していないし。すごく楽しみですね」
取材・文/小山 守
撮影/品田裕美
■橋本一子 リリース記念 Special 2Days 2022『view』&『ばるぼら』
2022年3月5日(土)東京 JZ Brat
Day1『view』
開場 17:00 / 開演 18:00
2022年3月6日(日)東京 JZ Brat
Day2『ばるぼら』
開場 17:00 / 開演 18:00
問い合わせ:
JZ Brat Sound of Tokyo