鞘師里保が3rd EP『UNISON』を発表。これまで以上に洋楽的なダンス・ミュージックに接近した刺激的なサウンドがつまった本作に込められた思いについてたっぷり話を訊いた。
――『UNISON』は過去2作と比べるとかなり変化していて刺激的でした。鞘師さんの現在のモードが反映された結果が今回の攻めた作風ということなんですよね。
「そうですね。今までもその時の自分が一番歌いたい曲とか、自分に一番フィットした曲を歌ってこれたなという気持ちがあるんですけど、これは本来の自分という感覚のある5曲になったかなと思います。3枚目というのはすごく大事だと思っているので、もう少し意志表示を固くして表現しなきゃいけないなと感じていて。だからこそ、これまでの作品とは違うようにも感じられるかもしれないんですけど、今の自分からすると自然な形だと思っています」
――「本来の自分」「自然な形」というのはつまり、ダンス・ミュージックによりフォーカスするということですか?
「しっかり(ダンス・ミュージックを)極めたいという話は以前からスタッフさんとも話していたんですけど、今回のEPのオーガナイザーであるカミカオルさんとお話しした時に、絶対やった方がいい、ということを言ってくださったんです。そこでもっとやってみようということで着手した経緯がありました。これまでも、どこに向かっていくべきか摸索しながら挑戦したり、パフォーマンスしたりしてきたんですけど、今だったらこの方向に行けるんじゃないか、みたいな雰囲気がスタッフさんやまわりのみんなのなかにもあったんだと思います」
――ライヴをしていくなかで、これはファンの人に楽しんでもらえるだろうというのも見えてきましたか?
「それは間違いなく反映されている部分だと思います。これはきっと受け入れてくれるだろうとか、これも突き刺せるんじゃないかと考えたりとか。それと、ダンス・ミュージックであれば強い意志やメッセージを乗せられると思ったし、自分の今の心境と音楽のパワー感みたいなもののバランス的にも今が絶好のタイミングかなと思いました」
――前作、前々作でも強い言葉を乗せることにはトライしてきましたよね。
「今回の強さは、より先を見据えた意志の表明みたいなところを意識した歌詞になっていると思います。自分の目標にする地点を歌詞で設定する、みたいなことはダンス・ミュージックだとより表現できる部分だなと思っていました」
――そういった制作に関する話し合いは鞘師さんとスタッフ間でかなりされているのでしょうか。
「すごくしますね。誰と一緒に作って歌うとか、どういう曲に仕上げるかとか、話し合いをしないとアクションが始まらないので、常々話すようにしています。この曲だったらどういう気持ちを表現できるかとか、どんなライヴを想定して作るとか、私が歌うことが大事なので、私の想いをたくさん聞いてもらわなきゃいけないと思っているんです。自分の言いたいこととか表現したいことを一番クリアな形にするのって、人と話したり、意見を出し合うことで生まれることが多いなと感じます」
――もしかしたらインタビューもそうかもしれないですけど、人と話すことで頭のなかが整理されることってありますよね。
「そうなんですよね」
――つまり、鞘師さんのなかに、まだ具体化される前のやりたいことがいろいろとあるということなのかなと。
「まさに。私がふわっと言ったことに対して、じゃあこれじゃない?と提案してもらえることもよくあって。自分ひとりだとその提案が出てこないので、まわりの方に助けてもらいながら作品ができあがっている感じです。直球でこういう音楽がやりたい、こういうことを言いたいという時もありますし、もっと漠然とこんな雰囲気を出したい、みたいなことが繋がって形になっていくのは面白いです」
――今回の作家陣はどうやって決まっていったのしょうか?
「今回はカミさんが“こういう曲調はどう?”と聞かせてくださった楽曲候補の中から意見交換をして、この構成になりました。純粋に音楽だけ聴いて決めていったらこういう陣営になったんです」
――そうなんですね。結果、グローバルで活躍するクリエイターが並び、サウンドもいわゆる洋楽的な志向になりました。
「もちろん邦楽も聴くんですけど、私の体には洋楽成分が多く流れているので、どうしても自分の気分や気持ちが乗るのはそっちが多いんです。自分がダンスするのがすごくイメージしやすかった曲が多いですね。〈Stupid〉という曲は落ち着いた雰囲気ではあるんですけど、聴きながらダンスのイメージがすごく湧いてきて、最初にこれは絶対に歌わせてくださいと言った曲でした」
――曲を選ぶ基準のひとつとしてダンスは大きい。
「ダンスしている様子が思い浮かぶかどうかは大きいです。自分がステージでどんな衣装を着てどんなふうに踊っているのか、そのイメージが自然と湧いてくるものもありますし、細かい部分で言うと、このベースが好きとか、ここで鳴ってるシンセの音がめっちゃいいとかで選ぶこともあります」
――作品のトータルのバランスも考えましたか?一枚の流れもすごくいいなと感じました。
「5曲を通して聴いた時にどういう順番だと聴き応えがあるか、ライヴを通してどういう曲が必要かはもちろん考えました。ただ、一番優先したのは、この曲で歌を歌いたいという気持ちです。逆に、〈DOOM PA〉は明るくて展開の多い曲なんですけど、これはカミさんから“この曲は里保ちゃんの未来に繋がるからやったほうがいい”とすすめられて。自分で考えを巡らせて、ほかの曲をレコーディングしたうえで、やってみようと最後のほうで録りました。『UNISON』のポジティヴな面を担ってくれる曲になるなと思って選んだ曲でもあります」
――さっき言ったような、まわりの意見を採り入れることで見えてくるものもあるわけですね。
「そういうことか!という発見がありました。自分が歌うと幼い感じになっちゃうのではないかって心配になる楽曲もあったりしたんですけど、いざ歌ってみたらピンときて、最終的に自分の鏡になるような曲になったかなと思います」
――一曲目の「Marge」は一音目から圧の強さがあって、これからこういうパワフルな音楽を繰り広げますという意志表明だと感じました。
「バンババンバンっていう音がすごいですよね。〈Marge〉は“過去の自分と手を繋ぎ共に連れていく”“過去の自分と融合する”という作品全体で伝えたいことの核心を歌う曲なので、曲調でも言葉でも意志を出せているかなと思います。私の思っていることをカミさんに伝えて作っていただきました」
――今作の最大の特徴は、英語を多用しているところとラップへのアプローチですよね。
「ラップは今までもチャレンジしたい気持ちもありつつ、やってなかったんですけど、レコーディングの時に向いていると言ってもらえて(笑)これからもやりたいです」
――(笑)。鞘師さんのリズム感とラップが本当にハマってますよね。英語詞の多さは、選んだトラックに合う言葉を探った結果ということなのでしょうか。
「英語の分量が増えているのは自ずとそうなった部分もあるんだと思います。洋楽ベースの曲に日本語の歌詞を乗せると曲の雰囲気が変わりますし、もともとオリジナルの英語歌詞もあったので、そのバランスを取った結果がこうなんだと思います」
――流麗な発音は留学で得たものですよね。
「ありがとうございます。ちょっとした裏話ですけど、レコーディングで苦労した点は、日本語を言っている時と英語の時では口の形が変わるので、それが連続で出てくると口の切り替えが難しかったところです。〈Marge〉にはないんですけど、場所によってはあえて日本的な発音をした部分もあったりします。日本っぽい英語のほうが歯切れよくカリカリ聞こえる場合があったりするので、そこは使い分けてます」
――それはおもしろい!2曲目の「WE THE ONES」はジャケット写真にも繋がる世界観ですよね。
「そうですね。率直に今考えていることを話し合っていた時に出てきたのが、私は穏やかに見られるので、何を言っても反撃されないと思われているというか、従順なイメージがあるのかなと思うんです」
――引っ込み思案に見えるというか。
「そうです。だから舐められてしまうというか、この人だったらきっと許してくれるだろうって思われてると思うことがたまにあるんです。それに対して言いたいことが入ってます(笑)。デリカシーのない人もいるけれど、結局はみんなで生きていかないといけないので、とにかく前に進もうということを歌いたかったんです。これはもともとの英語詞があって、そうそう、これじゃん!となって、歌うことになりました。日本語で歌うときついかなということを英語でガツンと言ったりしています。歌詞をよく読んだらビックリされるかもしれません(笑)」
――続く「Stupid」と4曲目の「Melancholic Blvd.」はメロディアスなナンバーですね。
「〈Stupid〉と〈Melancholic Blvd.〉の曲調はとくに私の好きな曲のど真ん中です。最近のR&Bの感じ……わかりやすいところだとザ・ウィークエンドみたいなレトロウェーブのエッセンスが〈Stupid〉には入っていて。メロディのつくりからも王道のR&B的ウィスパーボーカリゼーションもトライできています。私は90年代や2000年代の洋楽を聴いて育ってきたので、その要素と今のトレンドがちょうどかけ合わさった、エモいラインをついた2曲だなと思っています。振り付けはニューヨークの時にお世話になった先生にオファーして作ってもらっているところです」
――その場合は遠隔でお願いして、映像をもらって覚える、という流れになるんですか?
「そうです。私から概要を連絡して、ビデオを送ってもらって、それで私たちが踊ったものを先生に見せて、確認して。時差もあるのでリアルタイムでコミュニケーションを取りづらいんですけど、そういう手段でやることもあります。ファーストの時も2曲をその先生につけてもらったんですよ」
――新しい振り付けも楽しみです。5曲目の「DOOM PA」はインパクトの強い曲ですね。さっき言っていたように展開が多くて、それに合わせてヴォーカルもさまざまなアプローチをしていて。
「これは録るのが本当に大変でした。この1曲で合計13時間くらい録っていたと思います」
――かなりの労作じゃないですか!
「このフレーズ何回歌った?っていうくらい(笑)。ダブルもありますし、コーラスもありますし、全然違うことを裏で歌ったりもしていますし、かなり時間をかけましたね」
――これはご自身だけだったら選ばなかった曲だと言っていましたが、仕上がりとしてはいかがでしょうか。
「とても好きになりました。想像していたよりもスポーティな仕上がりになって」
――スポーティというと?
「最初はもっと可愛い感じになるかなと思ったんです。私の人格のなかに可愛いところがないので(笑)、どうなるか心配だったんですけど、これは歌って本当によかったです」
――歌詞の雰囲気も明るくて前向きですよね。
「そうですね。先ほどもお話しした『UNISON』というEP全体の話になるんですけど、過去の自分と今の自分が一緒に歩いていくという意味になっていて。今の自分がやっと過去の自分に顔見せできるようになったというか、自分自身を信頼できる時期に入ってきたんですね。それまでの自分は、こうでありたいという自分よりも何歩か後ろにいたような感覚があって。今は同じ場所にいられているという信頼が自分自身にあるんです。じゃあ、ということで、今までの自分に声をかけて、これから一緒に進もうよという意味を込めたのが『UNISON』というタイトルなんです。そのポジティヴな部分を担当してくれているのがこの〈DOOM PA〉なんです」
――過去はどうしたって付きまとうものだと思うんです。それがある種の足枷になっていたけれど、それを引き摺るようなことがなくなってきたということなのでしょうか。
「そうだと思います。私はわりと過去に執着していたのかもしれないです。だからこそ、過去が見られなかった。だけど、今が充実しているから、そこを受け止められる余裕もできたんだと思います。日々を過ごしていればいいことも悪いこともあるんですけど、それも生きているからなんだなって。もちろん今でも全然落ち込んだりするんですけど、それも人生なんだなと思えるようになりました」
――そうなれたのは、カムバック以降、ひとりでの仕事のペースが掴めたことと関係しているのでしょうか?
「それはかなりあります。こういうリズムでお仕事できるといいな、というのができている実感があるのかも。それと、昔は仕事のことしか考えてなくて、休みの時でもどういうふうに過ごすべきか、みたいなことを意識しすぎてしまっていたんです。仕事と休みの自分に極端な偏りがあったんです。今は仕事をしている自分と生活を送っている自分が一致してきたというか。あと、話が少しそれるんですけど、昔は友達を遊ぶと怒られるみたいな感覚があったんですよ」
――悪いことしているのではないか、みたいな。自分もなくはないのでわかります。
「正直、その感覚は今も完全には抜けてなくて。仕事をしなきゃいけないと思いながら人と会うことにすごい罪悪感に感じることがあるんですけど、それが自分の気持ちを豊かにしたりするのでとても重要なことなんですよね。結果、仕事にも還元できたりしますし」
――休んだことで仕事もスムーズになったりしますよね。
「そうなんです!そこのバランスが取れるようになってきたかなと。多分、その心境の変化が今回の作品にも繋がっているんだと思います」
――貴重なお話をありがとうございました。『UNISON』の曲たちはこれから始まる〈RIHO SAYASHI 2nd LIVE TOUR 2022 UNISON〉で披露されていくわけですよね。
「はい。全国を回って、9回もステージに立てるのが嬉しいです。え、そんなにやっていいの?って思ってます(笑)。私にとって待望のツアーで、本当に渇望していたので、みなさんにお会いできるのを楽しみにしています」
取材・文/南波一海
撮影/永峰拓也
〈RIHO SAYASHI 2nd LIVE TOUR 2022〉
2022年11月21日(月)東京 Zepp Haneda
開場17:45 / 開演18:30
2022年11月30日(水)愛知 名古屋DIAMOND HALL
開場17:45 / 開演18:30
2022年12月1日(木)大阪 心斎橋BIGCAT
開場17:45 / 開演18:30
2022年12月10日(土)宮城・仙台PIT
開場16:45 / 開演17:30
2022年12月17日(土)福岡・Skala Espacio
開場16:45 / 開演17:30
2022年12月18日(日)広島・BLUELIVE HIROSHIMA
昼 開場13:45 / 開演14:30
夜 開場17:15 / 開演18:00
2022年12月29日(木)東京・Zepp Haneda
昼 開場13:45 / 開演14:30
夜 開場17:15 / 開演18:00
チケット料金:6,800円(税込)
※全席指定
※各公演ドリンク代別途必要(福岡公演のみ不要)
※未就学児童入場無料(席が必要な場合は有料)