セカンド・アルバム『Tasty』(2021年10月)から約1年半ぶり。kiki vivi lilyがEP『Blossom』をリリースした。
グンゼの「生きごこちをデザインする」コンセプト・ムービーで流れる「The Day」、3月に先行シングルとして配信された「39 Minutes」ほか5曲を収録。荒田洸、MELRAW、小川翔ら仲間たちに加え、King Gnuの新井和輝、ジャズ・ピアニストのDavid Bryant、モノンクルの角田隆太らも加わり、kiki vivi流のチリーなサウンドとヴォーカルを楽しませてくれる。
作品を出すごとに肩の力が抜けてきているという彼女に、『Blossom』のコンパクトで濃密な味について語ってもらった。
――5曲に共通するテーマはありますか?
「一曲一曲をぎっしり身の詰まった感じにしたいなっていうのがありました。基本的にはアルバムを作りたい人なんですよ。なんでかっていうと、流れを作りやすいから。いろんな種類の曲を入れられるじゃないですか。5曲あるうちの2曲で挑戦するとけっこうな割合になっちゃうけど、10曲のなかの2曲ならスパイスになる。でも今回は5曲なのでギュッと濃度を上げつつ、自然体でありたい、ということを意識して作りました」
――自然体といえば、前作『Tasty』を聴いたときも『vivid』(2019年)のころからすると肩の力が抜けた印象を抱きました。
「初期の作品をいま聴き返すと、メロディや声を掛け合わせていくことに命をかけてるなって感じます。自分が楽器演奏の部分で出したいクオリティが出せないから、その分を声で埋めよう、みたいな意識があったんですけど、いま一緒にやってるバンド・メンバーやWONKとやっていくなかで、余白みたいなものや楽器の音を聴かせるところをもっと信頼しようというマインドになってきて、声を頑張って入れすぎないようになったんですよ。それが自然体な印象につながってるのかなと思います」
――音楽の捉え方がちょっと変わってきたという感じですね。
「間奏もカットしてカットして、って感じでしたけど、より信頼できるようになりました。荒田(洸)くんとかと話して“ここ!”というところで聴かせるように取捨選択するようになって、声の本数は減らしましたね」
――ほっとくと入れたいタイプですよね、きっと(笑)。
「そうなんです。でもそれは無知の産物というか。ミックスでどうなるのか、最初は想像がつかないじゃないですか。音圧が欲しいときにわたしができる手段が声を入れることだったけど、いろいろ経験するなかで“たぶんミックスでここまで広がるから大丈夫だな”とわかってきた気がします」
――今回、何か初挑戦したことはありますか?
「〈39 Minutes〉はギターの小川翔さんとベースの山本連さんと共作したんですけど、わたしが作りたいものがけっこうはっきりしてたので、みんなに共有して“こんな感じ、こんな感じ”と言いながら、セッションっぽい感じで作っていきました」
――前からあった曲もいくつかあるようですね。
「そうですね。〈The Day〉も〈Invisible〉もアイディアは前からあったし、とくに〈Paper Drive〉は、いつか形にしたいなと思ってずっと機を窺ってた曲で」
――「Paper Drive」は面白い歌ですね。資料に“このEPを出す頃に晴れてペーパードライバーを卒業します”とありますが、講習は受けましたか?
「まだ受けてないです(笑)。一度受けたんですけど、またペーパードライバーになってしまったので、もう一回受けないといけないなって。運転できれば行動範囲が広がりそうだし、いつかは卒業しなきゃなってずっと思ってるんです。コストコに行きたくないですか?」
――行きたいですね(笑)。“中央フリーウェイ”という言葉が出てきたりして、ユーミン好きをチラリと……。
「覗かせてみました。作ったのは10年ぐらい前かも。けっこうお気に入りの曲だったんですよ。昔作って寝かせている曲はアルバムごとに1曲ずつぐらい入れてて、前回は〈Lazy〉を入れたんですけど、今回はこれにしようと。やっと順番が回ってきた感じです」
――「Invisible」はシャーデーがニュージャックスウィングをやったみたいなイメージを抱きました。
「わかります。だけど完全なR&Bにはなってない、ぐらいのミックス感で」
――“Arieに言われた魔法の言葉”という一節がありますが、インディア・アリーのことですよね。
「そうです。〈Video〉って曲から着想を得ています」
――「Video」には“I'm the only one in this world”というそのままのフレーズはないですが……。
「ないんですけど、わたしはその曲にけっこう勇気づけられたところがあって、強いメッセージを受け取ったので、その気持ちを入れてみました」
――歌詞の引用ではなく、受け取ったメッセージをkiki viviさんが言葉にしたということですね。「Video」では“I'm not the average girl from your video / And I ain't built like a supermodel”と歌われていましたし。
「まさに。“でもわたしはアリーだから”みたいな」
――“No matter what I'm wearing / I will always be India.Arie”ですね。時代にフィットするというか、ルッキズムをめぐるみんなの考え方が変わってきたいまこそ聴かれそうなメッセージだなと思いました。
「時代に合わせようとしたわけではないんですけど、しばらく寝かせてて、いまなら出してもいいかなと思えたのは、もしかしたら社会がちょっと変わってきてるからかもしれないです。前からずっと言いたかったけど、まだ知名度もなかったし、届くものも届かないと思って。いまなら“kiki viviちゃんもこう思うことあるんだ”って思ってくれる人がいるかもしれない」
――この曲にはちょっとkiki viviさんにはめずらしいメッセージ性が……めずらしいと言うと失礼かもしれませんが。
「非常にめずらしいです(笑)。まわりに相談したこともあったんですけど、“誰も聞いてないとこで言っても届かないから、自分の影響力をちょっと上げてから言ったほうがいいよ”みたいに言われて。いま大きな影響力があるとも思ってませんけど(笑)、押し売りするのも好きじゃないから、ちょっとずつ伝えていきたいですね」
――1曲目の「The Day」に“肌に触れる”“深い心地を纏って”といったフレーズが出てくるのはグンゼのCM曲だからなんでしょうけれど、声に似合っているというか、こういう感覚的なものを大事にしていそうな印象を受けます。
「素直に書いてるとそうなるのかも。たしかに、特に寄せていこうと思って書いたわけではないので、自然にマッチした感じはあると思います」
――ベースが気持ちいいですね。
「めっちゃ気持ちいいですよね。新井和輝さんです。ジャズ・クラブでセッションしたことはあるんですけど、作品でご一緒したのは初めてです」
――ピアノのDavid Bryantさんも初めてですよね。
「本場のジャズの人は弾き方が全然違うので面白かったですね。日本の人だったら、たぶん知らず知らずのうちにJ-POP仕事にマインドを切り替えて弾いてくれるけど、彼はまずJ-POPの概念がないから、ジャズのマインドで来て、べつにkiki vivi lilyがどうとかも一切意識しないで弾いてくれるというか。“あ、こうなるんだ”みたいな驚きがありました」
――曲の分解のしかたみたいなものが全然違うんですかね。
「そうそう。全然違う分解のしかたで、こういう人初めてだと思いました」
――“自由を得ることで気付く愛について歌いたかった”と資料にあるから、ピアノがそのことを体現していると言えるかもしれませんね。
「まさにそうですね。若いときはずっと一緒にいたいし、同じ時間を過ごすことが大事だと思ってましたけど、いまは年も重ねて、固定観念から解き放たれた感じがあるんです。個として自立していることや、その自由をほかの人と分かち合えること、自由を与えたり与えられたりすることが愛だなって思えるようになりました」
――束縛や依存をしないということですね。
「そう。その人が個人として幸せであることを祈るということ。“あなたが幸せならわたしも幸せだよ”っていうマインドで接するみたいなことですね」
――心細くはなりませんか?
「なってたんですけど、ならなくなったっていうか。それって寂しいことじゃなくて、幸せなんだよなって思える。それがわたしのなかで大きな成長なんです」
――恋愛だけじゃなく、友人や家族との関係にも言えることですね。
「母と本当に仲良しで、ずっと一緒にいたいような親子なんですけど、18歳ぐらいから東京に出してくれたんですよね。そういうのってすごい愛だなって、いまになってわかります」
――いまもお母さんとは話しますか?
「めっちゃ話します。博多弁が抜けないです、一生(笑)」
――ラストの「星喫茶店」はモノンクルの角田隆太さんのアレンジですよね。
「これは“好きなようにやってください”ってある程度の方向性をお伝えした上で完全にお任せしました。いつもは制作段階からガッツリ関わるんですけど、角田さんはわたしにすごく配慮して必要な音を選んでくれて感謝です。組み立てが上手だし、ベーシストでもあるので、ベース・ラインも気持ちいいんです」
――kiki viviさんは曲を作った段階からイメージが明確にあるタイプですよね。
「明確です。この曲みたいな作り方はあんまりしたことなくて、冨田恵一さんのとき(〈Copenhagen〉)と今回ぐらいかな」
――kiki viviさんの作品って、ふんわり流して聴いているとときどきポンとフレーズがポップアップしてくるような感触があるのが面白いなと思っています。今回で言えば「39 Minutes」の“kiki viviのアルバムひと回りでリカバリー”とか。
「わたしもまさにそんな感覚ですね。キャッチする人はキャッチするっていうか、〈Invisible〉もそうだけど、べつにメッセージを受け取ってほしいのが第一じゃないので、ふと耳に引っかかった人が歌詞を見て“こういうことか”ってわかってくれればいいし、それ以外の人は“このリズム気持ちいいな”と聴いてもらえるだけでいい。そんな感じで引っかかる人に引っかかるところだけ届けば、意味とかはべつにいいかな、ぐらいの気持ちでやってます」
――kiki viviさんが聴くのも、そういう音楽が好きだったりしますか?
「好きですね。ストレートすぎるのはあまり聴かなくて、自分のなかでお気に入りのフレーズがあるみたいな曲が好きです」
――“kiki viviのアルバムひと回り”なんかはちょっとした遊び心ですよね。
「まさに。仮で入れてたんですけど、みんなに“ここがいいよ”って言われたから、そうなんだって思って残しました(笑)」
――音数が多くなくて、隙間が多いから気楽に流せるけれど、よく聴くと随所に聴きどころがあって、聴き応えのある5曲なんじゃないでしょうか。
「ありがとうございます。次が見えた感じがありますね。5曲っていうのもあるんですけど、“こういうこともできるな”“こういうこともやってみたいな”みたいな気持ちが生まれる制作でした。いまあるものを自然体で表現したEPで、何か野望があって作ったとかではないんですけど、作っていくなかで自然と次の野望が見えるみたいな。次につながる作品になったと思います」
――いまのお話からこじつけると、EPとアルバムの位置づけや役割分担みたいなものも、もしかしたら考えていらっしゃるのかなと。
「わたしもEPとアルバムってどういう感じでとらえたらいいんだろうってずっと考えてたんです。最近ちょっと腑に落ちたのは、自分の好きなアーティストを思い浮かべると、キャリアのなかで“このときはこうだったよね”とか“これはこういう感じね”とか“これはあんまり好きじゃないな”みたいなのもあるから、自分にもそういうヒストリーができればいいなって思って。そのなかにEPが入ってるのは、アーティストの歴史としては面白いのかもしれないって」
――全部が全部ガッチガチの力作ばっかりじゃなくても、ディスコグラフィ全体を見回して味のあるものになっていればいいな、という感じですかね。
「そうそう。こういう作品があって、それを経て次はこうなったよね、みたいな線ができればいいと思って。それが自分が目指してるアーティスト像なのかもしれないです」
――ちなみに、いまのお話でイメージしていたアーティストって誰ですか?
「学生のときフジファブリックが本当に大好きだったんです。それを思い浮かべて、“このときの志村(正彦)さんはこのゾーンにいたね”とか“このB面集、けっこう好きなんだよな”とか、そういうのを思いながら言いました」
――奇妙なシングルを出していましたよね、フジファブリック。
「〈蒼い鳥〉ですね。わたしめっちゃ大好きなんですよ。それまでの曲とは違うんだけど、でもこのとき志村さんこういうの作りたかったんやろな……みたいな。そういうのが見えるといいですよね」
――いいと思います。長く続けましょうね。
「はい、それが目標です」
――僕からは以上です。最後にkiki viviさんから何かありましたらお願いします。
「『Blossom』は素直にピュアに作った作品です。情報があふれている時代で、“やっぱり落ち着くな”とか“いいものはいいな”みたいに思ってもらえたらいいなっていう気持ちで。なので、そういうふうに受け取ってもらえたらうれしいです」
取材・文/高岡洋詞