朴訥とした歌に、フィンガー・ピッキングを駆使したパーカッシブなアコギの演奏と、時折シニカルをピリっと効かせる達観した歌詞。工藤祐次郎というシンガー・ソングライターから生まれる歌は飄々とした佇まいがたまらない。ひさしぶりの彼の新作は、ドラマ主題歌を含んだ5曲入りのミニ・アルバム『たのしいひとり』と、シングルとして発表されていた「ベルウッドの光」「人間ごっこ」「おれのハワイ」を含む11曲入りのフル・アルバム『ボン・ボヤージュブギ』のなんと2枚同時リリースだ。ここ数年でTVやCMでも工藤の歌を耳にするようになり、ジワリと活動を広げている。そんな彼の新作の背景を訊いていくと、次第に現在のスタイルに至るルーツの話にも繋がっていった。
――フル・アルバムとしては2018年『団地の恐竜』以来4年半ぶり、ミニ・アルバムを含めると2020年の『残暑見舞い』以来3年ぶりのまとまった作品となりました。制作はいつから開始しましたか?
「『残暑見舞い』を出したあとから、ずっとアルバムに向けて作っていたんですけどなかなか完成しなくて。また期間が空くと、自分の中でのハードルも上がっちゃうじゃないですか。どんどん溜まっていく便秘みたいな状態に苦しみながら、最後はレーベルの方に締め切りを決めてもらって、やっとなんとか出せたのがこのタイミングでした。本当なら去年にはできていたはずでしたが。いや、一昨年かな?」
――便秘のような状態といえどもフルとミニのアルバム2作同時リリースには驚きました。こういう形での発表になったのはなぜでしょうか?
「『0.5の男』(WOWOW「連続ドラマW」枠)というドラマの主題歌として何曲か作ったものの中から〈たのしいひとり〉を選んでいただきまして、また沖田修一監督が〈0.5のおっさん〉も気に入ってくれたので最終回で流していただきました。だからドラマからイメージして作った曲はほかと混ぜるよりもそれだけでまとめたほうがいいなと思ったんです。そのことをレーベルに相談したら“じゃあ同時発売しましょう”と言われまして。“あなたは何を言っているんだ……?”と思いましたが、ドラマのほうの締め切りはずらせないですし、結果的にはどちらもお尻を叩かれることになってよかったです」
――主題歌の「たのしいひとり」はドラマのどんな部分から着想を得ましたか?
「台本を読ませていただいたり、撮影現場も見学させていただきましたし、なんなら第4話にはちょっとカメオ出演もさせてもらったり。初めての経験をいろいろさせてもらいました。主人公は実家に引きこもってる40歳のおっさんだったんですけど、僕も一年くらい引きこもっていた時期があったので、その頃を思い出しましたね」
――ご自身の過去を投影できるストーリーだったと。
「そうですね。この主人公は家族とまったく顔を合わせないわけじゃないし、本人ものんき。でも何も考えてないわけじゃなくて、このままじゃダメだと自覚しているけど、どうにもこうにも外に出られない……、途中から僕自身の話になってますね(笑)。自分は兄の家に居候していたんですけど、優しいから“自立しろ”とか全然言われませんでした。だからこそ兄と顔を合わせるのがつらくて、毎日公園に行ってギター弾きながら、兄が外出するのを見計らって家に帰るような生活。沖田監督にもそういう時期があったようで“あの頃には絶対に戻りたくないですね”とかいろいろ話もさせてもらいました。だから『たのしいひとり』に入っている曲はどれもドラマにシンパシーを感じながら作れたと思います」
――ストーリーにもピッタリあっていながら、それまでの工藤さんの楽曲ときわめて地続きな印象を受けました。
「自分の今の音楽活動は2012年に〈ねこの背中〉をYouTubeにアップしたことから始まったんですけど、これは引きこもり時代に作った曲なんですよ。だから今回あの頃の自分に向けて書きたい気持ちはあって、〈たのしいひとり〉のリズムやメロディは〈ねこの背中〉を意識したところはあります」
――今回のドラマ主題歌以外にも、2022年9月には『シナぷしゅ』(テレビ東京系)に鈴木真海子(chelmico)さんとの楽曲「よるのとしょかん」を提供したり、メンソレータムのウェブCMの音楽も担当されるなど、依頼を受けての楽曲制作が増えています。どんなやりがいを感じていますか?
「ずっとやりたかったことなので、ようやく叶うようになってありがたいことです。最初はオーダーに合わせるのは難しいかもと思っていましたけど、むしろお題を与えてくれるのは助かりますよね。何でも好きに絵を描いてくださいよりも、りんごの絵を描いてくださいと言われるほうがやりやすい。楽しんでやれています」
――もう一つの新作『ボン・ボヤージュブギ』はフル・アルバムとなりますが、全体像やコンセプトなどはありましたか?
「前作のフル・アルバム『団地の恐竜』(2018年)は楽曲の幅広さで言えばピークだったんです。シンセやベースを弾いたり、ほかの人に演奏を手伝ってもらったり。そのあとの『暑中見舞い』(2019年)、『残暑見舞い』(2020年)は逆にギター弾き語り作品だったので、その流れを受けて次にどういうことをやればいいんだろうとは考えていました。その結果がこの作品なんですけど……どうなのでしょう、これは」
――弾き語り主体の工藤さんの作品の中でも『団地の恐竜』がとりわけコンセプチュアルだったということなんですかね?
「『団地の恐竜』の時はもっと自意識過剰だったと言うか、自分はこんな作品も作れるんだぞってところを見せたがっていた気がしますね。それはその前のアルバム『葬儀屋の娘』(2015年)を出した時に“四畳半フォーク”みたいな見方をされることが多くて、違和感がありました。四畳半フォークの要素もあるけど自分の本質ではない。だから『団地の恐竜』には“簡単に四畳半フォークとは呼ばせないぞ”という思いが詰まってます。尖ってますね(笑)」
――ちなみに今は四畳半フォーク的な見方をされることについて、どう感じていますか?
「“お好きにどうぞ?”ですね。他人からの見られ方は自分じゃ選べないので、そこはもう気にしなくていいやって思うようになりました。その気持ちは、次に作った『暑中見舞い』が全部取っ払ってくれたんだと思います。いろんなものを付け足すよりも、そぎ落としていくほうがむしろいい尖り方をするなって。自分でも気に入った作品だったので、この路線を極めようと翌年も同じ作り方で『残暑見舞い』を作るんですけど、2回やることでもなかったかもなと思ったり。それで……何の話をしていたんでしたっけ?」
――その変遷を受けて今回の『ボン・ボヤージュブギ』はどういう作品にしたかったのかです(笑)!
「そうでした(笑)。でもここまで喋って気づきましたが、初めて何の狙いも持たずにできた作品だと思います。野心ギラギラのコンセプト・アルバムでもないし、とことんそぎ落としたシンプル・イズ・ベストというわけでもない。出来上がるまでどうなるんだろう?とわからなかった。最後まで不安でした」
――完成した状態を見るとどんな印象を受けますか?
「あらためて眺めるとリズムを意識した曲が多い気がしますね。それは〈ベルウッドの光〉がまずできて、仕上がりが気に入って2021年には配信で出していたので、ほかの曲もここに引っ張られたのかもしれないです」
――「ベルウッドの光」や「犬と私」など、アコースティック・ギター1本でしっかりリズムを感じられるプレイは、まさに工藤さんが“四畳半フォーク”から逸脱しているところだと思います。演奏面で特に意識していることはありますか?
「それもいちばん気にしているのはリズムですかね。もともと最初に始めた楽器はベースなんですよ。コピー・バンドでしたが、中学3年生から大学卒業して上京するくらいまでずっとベーシスト。曲作りも基本的にはベース音の進行とビート感から考えることが多くて。〈ベルウッドの光〉や〈犬と私〉とかはとくに“どっちゃどっちゃ”というリズムを意識しています。単調なポロポロ、ジャカジャカにはならないように」
――そのギター・プレイの面で工藤さんが影響受けた方はいますか?
「直接的な影響でいうと田中研二さん。アルバムは『チャーリー・フロイドのように』(1975年)の1枚といくつかのライヴ音源しか残していないシンガーなんですけど、まだ福岡の大学にいたころに“ボーダーラインレコーズ”というレコード屋でジャケ買いして。うまいというよりなんともいえない魅力のあるギターを弾くんです」
――工藤さんのライヴでも田中研二さんの「インスタント・コーヒー・ラグ」をカヴァーしていましたよね。
「一時期していました!あの曲のラグタイム・ギターがいいんですよ。このCDに出会ったあとに、僕は上京するんですけど、友達がいないからバンドもできない。ベースは一人だと楽しくないから、アコースティック・ギターを始めて、親指で低音、それ以外の指でメロディを弾いていると、一人でバンドしているような気持ちになれて、ずっと練習していたんです。『チャーリー・フロイドのように』には田中さんのセルフライナーが入っていて〈インスタント・コーヒー・ラグ〉について“〈アリスのレストラン〉をコピーしようとしたけど、うまくいかなくてこうなった”みたいなことを自分で書いていてそういうところが好きになりました」
――意外なルーツの話がうかがえました。今回はかなり溜めた状態から2作リリースとなりましたが、次に向けて何か考えていることはありますか?
「今回の作品は過渡期って感じがするので、次はどうなるんでしょうね。アコギばかりの演奏になったし、『ボン・ボヤージュブギ』のほうはインストが入らなかったので、また全然違う作品になるような気がします。YouTubeにはいくつか挙げているんですが、インストの曲がまた溜まりつつあるんですよね。溜め過ぎはよくない。うまく出していきたいです」
取材・文/峯 大貴
■7月26日(水)タワーレコード池袋店 19:30スタート(インストアイベント)
■〈工藤祐次郎「ボン・ボヤージュブギ」と「たのしいひとり」のレコ発ツアー2023〉
9月2日(土)小倉 スペースワールド
9月3日(日)福岡 天国と秘密
9月15日(金)吉祥寺 スターパインズカフェ
9月16日(土)名古屋 ブラジルコーヒー
9月17日(日)清荒神 インクライン
9月18日(月)梅田 Lateral
9月23日(土)仙台 なごみ処 くも
※追加公演は公式SNSより発表。