千住 明、オペラ・アリアをヴァイオリンで 千住真理子とともに20年以上前の編曲スコアを再録音

千住明   2023/12/20掲載
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 多様なジャンルで活躍を続ける作曲家・千住明が、2枚のアルバムを11月の同じ日に発表した。1枚は彼の妹である名ヴァイオリニスト・千住真理子をフィーチャーした『アリア』というアルバム。もう1枚はNHK総合テレビの『NHKスペシャル 新・ドキュメント 太平洋戦争』のために書かれた音楽を集めたものである。それぞれのアルバムについて、そこに込められた想いを聞いた。
――まず『アリア』のお話をうかがいたいと思います。このアルバムが作られるそもそものきっかけを教えていただけますか?
「少し時間は遡りますが、1999年にNHKの『アーティストの挑戦 ナポリに響くアリア 千住真理子』という番組がありました。これは妹である真理子の独特の個性を持つヴァイオリンの音でオペラのアリアを歌わせたいという想いから生まれた番組で、妹のためのさまざまな編曲はそれまでにも手がけてきましたが、プロデュースで初めて本格的に彼女の演奏と向き合う機会となりました」
千住明
Photo by Yoshihito Sasaguchi
――その番組は僕も拝見しましたが、ナポリという場所の素晴らしさと同時に、ヴァイオリンでオペラ・アリアを歌うという斬新な発想が記憶に残っています。
「その番組のサウンドトラックも残ってはいるのですが、ナポリのベルニーニ劇場でのテレビ収録時の音なので、もう一度きちんとした環境で録音し直したいという気持ちがあったのです。それが20年以上経って、ようやく今回実現しました」
――番組収録当時のスコアをお使いになったそうですね。
「当時の編曲スコアがそのまま残っていましたので、今回もそれを使いました。これだけはいつか再録音したいと思っていたので、意外に(笑)きちんと持っていたのです」
――ヴァイオリンでオペラ・アリアを歌うというのもあまりない企画でした。
「真理子のヴァイオリンの音色はよく人の声、人の歌声にたとえられたので、それを活かした編曲をしたいと考えていました。それにはやはりオペラの名旋律、人の声がもっとも輝くオペラのアリアを歌うことだろうと思っていたのです」
千住真理子
千住真理子(Photo by Kiyotaka Saito(SCOPE))
――歌をヴァイオリンに、ということで、編曲になにか特別の意識をされたことはありますか?
「まず、これは僕がいつも心がけていることなのですが、編曲と言っても“変曲”にしてはいけない、ということです。それは大学時代の恩師から言われたことなのですが、つねに原曲を大事にして、そのイメージを変えてはいけない。できるかぎり原曲の雰囲気を保ちながら、声をヴァイオリンの音色に置き換えた時にどんなふうに編曲を施すかを考えました」
――ちょっとびっくりしたのですが、たとえばプッチーニの有名な『トゥーランドット』のカラフが歌う「誰も寝てはならぬ」では、ふつうテノールのアリアの公演などでもカットされてしまうコーラスの部分まで、ちゃんとオーケストレーションされていますね。
「それも原曲をつねに尊重するということですよね。1999年の時はナポリのオーケストラで収録しましたので、合唱は入らなかった。それでも原曲にあるコーラス部は大事な要素ですので、今回もそれを踏襲しています」
――NHKの番組のために編曲されたオリジナルの9曲に加え、今回の新しいアルバムでは、タンゴの名曲「ジェラシー」、おなじみのミュージカル・ナンバー「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」、千住さんのオリジナルであるアニメ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』から「トリシャの子守歌」、そして、やはりNHKのドキュメンタリー番組で、作詞家・なかにし礼さんを描いた『自伝 なかにし礼〜わが恋 わが愛 わが命」の音楽から「That day(あの日)」という構成になっています。
「以前の編曲作品だけでなく、新しい作品なども追加したのは、アルバム全体をいま、この時代に楽しんでいただきたいという想いがあったからです。ひとつのエンターテインメント作品としてのアルバムを作り、それを多くの方に楽しんでいただきたい。そのためには、選曲もあらためて考えなければいけないし、また録音についても、できるかぎり素晴らしいものにしたいと思いました」
――その録音も素晴らしいものになりましたね。千住さんが主宰する“SENJU LAB”と“Grand Philharmonic TOKYO”がコラボレートしたオーケストラによる演奏も、とても広がりが感じられました。
「録音は京都のロームシアター京都と東京のすみだトリフォニーホールで行ない、エクストンの江崎(友淑)さんに録音をお願いしました。最近、カラヤン指揮ベルリン・フィルの録音を聴き直したのですが、その音圧というか、オーケストラでしか出せない音の強さ、広がり、多彩さがあって、かつてのクラシック音楽の録音の魅力を再確認したので、そういうものに迫る音が作り出せないかと、トライしました。やはり良い音で聴くことは音楽の楽しみですし、ライヴだけでなく、録音でも楽器の音、オーケストラの音そのものの魅力が感じられることはとても大事だと思います」
――さらに言うと、アートワークも素晴らしいですね。
「石井竜也さんがこの企画に共感してくださって、アートワークを担当してくれました。ジャケットにあるのは拡大した私の手と真理子のヴァイオリンです。真理子の使うストラディヴァリウス“デュランティ”の美しさも含めて、音楽を感じることができるアートワークになったと思います」
千住明
Photo by Noboru Morikawa
――続いて、『NHKスペシャル 新・ドキュメント 太平洋戦争』のサウンドトラックのお話をうかがいたいと思います。これはかなり長期にわたる番組となっていますね。
「そうです。2025年に太平洋戦争の終結から80年という節目を迎えますが、開戦の年、つまり1941年の80年後である2021年に放送がスタートして、1年ごとにその80年前を振り返るという企画です。それも、たんに大きな出来事を振り返るのではなく、その時代に生きた庶民の声、戦時下の市井の人々の声を浮かび上がらせながら、あの戦争の時代を振り返るというこれまでにない手法を持つドキュメンタリーです」
――そういう視点の番組のための音楽を書くというのはなかなか難しいことだと思いますが。
「たしかにそうですね。NHKではたとえば『映像の世紀』のような、時代の変化を大きな視点で捉えていくドキュメンタリー番組もありますが、そうした番組のために書くのとは違った種類の音楽が求められているのだと思いました。言ってみれば、より個人の生活に密着している音楽、一人ひとりの声が聞こえるような音楽とも言えるでしょうか。楽器の編成もフルート、ホルン、ピアノ、弦楽器などで、かなり小さな編成ですし、もしかすると、ある人がポツポツと語る独り言に近いようなイメージかもしれませんね」
――ちょっと別の話題となりますが、先日、千住さんが音楽を担当された山田洋次監督の『こんにちは、母さん』を拝見しました。この映画のなかで印象的だったシーンがひとつあります。それは隅田川にかかる橋の上で、ひとりのホームレスの老人が東京大空襲での体験を語るシーンでした。
「戦争を体験した人すべてに、一人ひとり違った想いがあり、思い出があると思うのですが、そうした一人ひとりのつぶやきは歴史には残らず、個人の記憶として残されていくものです。いま、終戦から80年近くすぎたこの時代に、そうしたつぶやきを蘇らせる、そしてそれを残していくことはとても重要だと思います。まだ番組は続きますので、ぜひご注目いただければ幸いです」
――ありがとうございました。

取材・文/片桐卓也
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