中国のロック・シーンの情報が日本に伝えられることはそう多くないが、WANG WEN(惘闻)のように世界規模でツアーを行っているバンドも存在する一方、国内でもさまざまなアーティストが活動しているようだ。2024年6月と9月に東京公演を敢行した北京を拠点とする精神幻象(Mentism)もその一つで、彼らの1stアルバム『LIGHT』が11月6日に日本でもリリースされた。音楽性はプログレッシヴ・メタルと呼ばれてはいるが、メンバー個々の多彩なルーツを融合させた楽曲群に固有のパーソナリティが見えてくる。精神幻象(Mentism)とはどのようなバンドなのか、今回はメールを介して話を訊いた(各回答はバンドを代表してのもの)。
――まずは精神幻象(Mentism)が、どのように結成されたのか教えてください。
「阿蛛(ヴォーカル&キーボード)が2020年頃に始めたいと思い立ったバンドであり、Cook-Hor(ギター)をプロデューサーとして迎える予定だったのですが、Cook-Horも当時はもう少しアンダーグラウンドではないスタイルのバンドをやりたいと考えていたため、彼自身がバンドに参加することになりました。私たち5人はそれぞれ音楽シーンで長く活動してきたミュージシャンであり、Mentismの音楽を自分たちのこれまでのキャリアの総まとめにしたいと考えていたのですが、それだけにみんなが求めるものが多くなるんです。ですので、音楽面での議論はいつもそういった点に集中しています」
――精神幻象(Mentism)というバンド名にはどんな由来があるのでしょう?
「5人のメンバーそれぞれが今読んでいる本を1冊選び、サイコロを振って決めました。結果、阿蛛が読んでいた『僧侶と哲学者』が選ばれ、さらにサイコロを振ってページや行を決め、この精神幻象(Mentism)という言葉を作り出しました」
――メンバーそれぞれは、どのような音楽に影響を受けてきたのでしょう?
「それぞれ好みは異なり、好きな音楽のジャンルも、ジャズ、R&B、ブルーズ、ヘヴィ・メタル、スラッシュ・メタル、ポスト・ロック、ハード・ロック、プログレッシヴ・メタル、ブラック・メタル、クラシック、リズムゲーム音楽など、多岐に渡ります。好きなアーティストも多すぎて挙げきれませんが、たとえばアレサ・フランクリン、ハービー・ハンコック、スナーキー・パピー、ニーナ・シモン、シャイ・マエストロ、ヒポクリシー、ネヴァーモア、メシュガー、ポーキュパイン・ツリー、トゥール、スレイヤー、メタリカ、メガデス、クリエイター、カーカス、メイヘム、クレイドル・オブ・フィルス、ラプソディー・オブ・ファイア、ドリーム・シアター、AC/DC、ガンズ・アンド・ローゼズなどですね」
――日本では精神幻象(Mentism)の音楽性はプログレッシヴ・メタルという紹介のされ方をしているようです。ご自身のバンドの音楽性を表す言葉として、何か適切なものがあれば教えてください。
「バンドとしては自分たちの作品にラベル付けをするのが得意ではなく、解体された音楽要素を用いて、作品を表現するというやり方がしっくりくるんです。周りの音楽仲間やメディアに聴かせたところ、そのフィードバックの多くが“プログレッシヴ・メタル/ロック”だったんです。確かにいろいろな要素が混ざっているので、プログレッシヴ・メタルと呼ばれることも問題ないと思っています」
――1stアルバム『LIGHT』の制作に向けては、どのような構想があったのでしょう?
「このアルバムは全体的な雰囲気と統一感を持たせたかったので、質感の似た6曲を選びました。都会生活を基調に精神世界の探求と思索をテーマにした歌詞とメロディを作り上げたものですね」
――作曲のクレジットを見ると、阿蛛さんが中心的な役割を果たしているようですが、曲作りはどのように進めているのですか?
「現在のところ、曲の基本的な構成はCook-Horが担当し、阿蛛がメロディと歌詞を作り、その後、各メンバーが自分の楽器部分で創作を加える、というのが一般的な流れです」
――作詞をするうえで、どのようなことを重視しているのでしょう? インスピレーションはどんなものから受けますか?
「作詞を担当する阿蛛は自分の内面に忠実であることを最も重視しています。彼女のインスピレーションは、都市生活と自然の対比から生まれます。自然の中で過ごす時間と、都会の生活の一瞬一瞬の狭間に、彼女は多くの思考を繰り返しています」
――ほとんどが英語で書かれているのも特徴的ですが、歌詞の表現を見ると、抽象的な言い回しが多いと感じます。それはどのような意図があってのものなのでしょう?
「特に意識したわけではなく、バンド自体に抽象的なところがあるのかもしれません。英語で歌詞を書く理由は二つあります。一つ目は、メンバー全員が欧米の音楽の影響を強く受けていて、英語のほうが感覚的にしっくりくるんですね。二つ目は、英語の歌詞のほうが書きやすく、私たちが表現したいものをうまく形にできるということです。ただ、今後は日本語の歌詞にも挑戦し、現在のコンフォート・ゾーンを抜け出したいとも考えています」
――抽象的に映る歌詞の中でも、たとえば「City」には、隠された主張も何かあるように感じます。
「〈City〉はもっとも直接的に表現された曲です。阿蛛が見た世界を、二つの視点に分けて描写しています。第一楽章の三つの段落は、すべて日常生活のあるシーンを非常にストレートに叙述しています。第二楽章は、彼女がもともと抱えていた疑問です。書き方としては、阿蛛が色を付けず、二つの視点から同じシーンを描写しています。ですので、ただ冷静に観察者として陳述し共有しているだけですので、何か主張を隠しているわけではありません」
――『LIGHT』の収録曲について、「City」以外についても、それぞれ簡単に解説をお願いします。
「飛翔は人類の永遠の夢ですが、現実には私たちには翼がありません。だからこそ、飛翔に関するすべての幻想には、ただの浮遊感だけでなく、重力に抗う自由が含まれています。アルバムの冒頭を飾る〈I Fly〉は、超現実的な視点から精神幻象(Mentism)の想像力を描き出しています。これは夢の中の飛翔を記録したもので、寝室の鏡を通り抜け、つま先を立てて飛び上がり、屋根から木のてっぺん、そして空へと飛翔していく様子を描いています。夢の中で何度も高く跳び上がる試みの後、ついに広大な空を自由に翔ける。明晰夢における飛翔は、心の自由と解放を象徴するものなのですが、それが現実に反映されると、内なる恐れに立ち向かい、束縛を断ち切り困難を突破したいという強い欲望と重なります。
アルバムのセカンド・シングル〈Rats〉は、強烈な聴覚体験をもたらすにもかかわらず、誰に対しても敵意を向けているわけではありません。むしろ、この曲は社会現実に対する人文的な視点からの反省と探求を表しています。精神幻象(Mentism)は音楽を通じて、社会から疎外された人々が、過酷な環境で生き抜くために苦闘する姿を具象的に描き出し、その生存の現実を表現しています。〈Rats〉は、そうした社会の周縁に生きる人々の声となり、彼らへのさらなる関心と尊重を呼びかける作品です」
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「〈The Women On The Train〉は、冷たくも幻想的な空間の中で、アルバムの聴覚的な次元と奥行きを広げていきます。この曲もまた夢に関する作品で、目が覚めてもなお、夢から醒めたくない瞬間を描いています。たとえば、夢の中の人物ともう一度会うために、自己催眠を試みてでも夢の世界に戻りたいと思うことがあると思いますが、夢に執着するということは、人間が記憶や感情を大切にし、それを失いたくないという願望の表れであり、個人が存在の意味を探求しようとする姿でもあります。
続くアルバムのタイトル曲〈Light〉は、精神幻象(Mentism)が10分に及ぶ壮大な音楽の旅へとリスナーを誘い、感情的なケアと圧倒的な聴覚体験を提供しようとするものです。自己省察の視点から、現代人の心の風景を描き出し、“不完全な動物”としての人類の脆弱さや困難を再評価します。人間の“光と影”についての探求を通して、音楽が持つ豊かな感情エネルギーに応えながら、私たちが過去、現在、未来について考えるきっかけを提供しています。“It’s alright, it’s alright, we’re only human(大丈夫、私たちはただの人間だ)”という歌詞が示すように、人類は脆く、矛盾に満ち、完璧ではありませんが、どんな困難においても、光と影は常に共存しています」
――アルバムを特に象徴する1曲を挙げるとしたら、どの曲になるでしょう? 個人的にはタイトル・トラックの長編「Light」がとても印象的です。
「まさに〈Light〉です。この曲には、現時点でのほぼすべての作品の要素と心のなかにあるイメージが融合されていて、私たち全員が満足している曲です」
――日本ではすでに2回の東京公演が行なわれています。思い出深いエピソードがあれば教えてください。また、実際に来る前と来た後で、日本について印象が変わったこともありますか?
「日本はライヴ制作の面でのプロフェッショナリズムと緻密さで知られていますよね。特に初めての来日公演(2024年6月29日)のとき、会場の新宿ACBの音響スタッフや照明スタッフが私たちの基準を一新させてくれました。本当に学ぶべきところが多かったです。また、主催者である“出海計画”(日中の文化交流に係る催しを行なっている団体)には多大なサポートをいただきました。彼らのおかげで日本に来ることができ、多くの新しい友達と出会う機会も得ました。これを契機に、日本でアルバムをリリースするためのチャンスを探し、日本での長期的な活動に自信を持つことができました。
じつはCook-Horやベーシストの王衝は以前から観光で何度も日本を訪れていたんです。Cook-Horはいつも“日本は誰でも来れば好きになる国だ”と言っています。阿蛛は帰国後にSNSに“東京は偏見を持つすべての人を納得させる力がある。来ればその細部の美しさを必ず認めるだろう”と書きました」
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――中国出身のヘヴィ・メタル・バンドで、初めて日本でアルバムが発売されたのは唐朝(TANG DYNASTY)の『梦回唐朝』(1991年)という作品でした。彼らは母国のシーンにおいては伝説的な存在だと思われますが、もし彼らについて知っていれば、どのように捉えているのか教えてください。
「唐朝は非常に素晴らしく、文化的背景が豊かで象徴的なバンドです。彼らはヘヴィ・メタルの枠組みを使って、中国独特の音韻を見事に融合させています。中国のメタル・シーンの先駆者ですね。今回、私たちも日本でアルバムをリリースできたことは本当に幸運ですし、非常に意義深いです。海外市場を開拓するための重要な一歩となると思います」
――結成して以降、中国国内ではどのような活動をしてきたのでしょうか?
「じつは結成以来、おもに創作とリハーサルに集中しており、国内でのライヴ活動はほとんど行なっていないんです。2024年に『LIGHT』をリリースしてから本格的にライヴ活動を始めたのですが、正式な初ステージは“出海計画”が9月22日に東京(新木場FACTORY)で開催した『China Japan Music Fes』と捉えています。今後については、この12月に台北で開催されるフェスティバルに参加することになっています」
――国外のアーティストが中国で公演を行なう場合、事前に歌詞の提出を求められることが一般的になっています。中国国内のアーティストが自国内で公演を行う際にも、そういったルールはあるのでしょうか?
「はい。中国でのライヴには事前の承認が必要で、これは国内外問わず、すべてのアーティストに同じプロセスが適用されています」
――最後に日本のリスナーに向けてメッセージがあればお願いします。
「音楽に国境はありません。みなさんが音楽の海で自分の好きな音楽を見つけ、感情を解き放つことができるよう願っています。私たちの音楽も楽しんでいただけたら嬉しいです」
取材・文/土屋京輔