今、シーンが最も“WANTED”なMC、
B.I.G JOE。
MIC JACK PRODUCTIONを率い、極めてカリスマ性の高いその官能的なまでのフロウで、リスナーはもちろん、多くの同業者へ影響を与え続ける彼の2ndソロ・アルバム
『COME CLEAN』がついに発売される。服役のため、6年という長い単身渡豪を余儀なくされながらも、多くのアーティストの助けを得ながら“深化”と呼ぶに相応しい世界観が体感できる本作。その凄さを自身の口から語ってもらうべく、書簡でのインタビューを行なった。
「リアルなストーリーを詰め込んだアルバムにしようってのはあったけどね」
――新作『COME CLEAN』ですが、実際に制作へ動き出したのはいつごろですか? 何かきっかけはあったのでしょうか。“こんなアルバムにしたい”という構想のようなものはありましたか。
「2005年の終わり頃まで、マキシマム・セキュリティ・ジェイル(Maximum Security Jail)、いわゆる3年以上の囚人を収容するジェイルにいたんだけど、ジョンモローニというスタジオ設備があるジェイルの噂は、そこら辺の囚人ミュージシャンたちから聞いていて、俺もそこに行きてえなってずっと思ってて。6ヵ月に一度、囚人は個人ファイルやヒストリーを元に面談があって、俺はその面談の席にMIC JACK(PRODUCTION)のフライヤーや、
『THE LOST DOPE』のポスターなんかを持っていって、面接官に見せてやったんだ。俺は音楽にこれだけの情熱を持ってやっているってところをアピールしたら、一週間後にはジョンモローニ行きのバスに乗っていたよ。それまでにもずっといろいろなトピックのリリックは書いていて、スタジオで初めて録った曲は〈I WANT EM TO TURN BLACK〉だった。それから次々とレコーディングがはじまって、“これはアルバム2、3枚なら速攻で作れるぜ!”ってそんなノリで作り出したのさ。俺の頭の中には常に、他の誰も語ることのできないリアルなストーリーを詰め込んだアルバムにしようってのはあったけどね」
――今作には
DJ DOGGさんをはじめ、OLIVE OILさん、REBEL BEATZさん、BUNさん、
DJ QUIETSTORMさん、ILLICIT TSUBOIさん、
MICHITAさん、CLIMBERと、スキルとセンスに溢れたトラックメイカーがプロデューサーとして参加されていますが、JOEさんがこの方々を選んだ理由を教えてください。
「DOGGは、いろいろな曲を作れるヴァーサタイルさを持っているんだ。ジャジィさ、ファンクネス、ダイナミックな曲調など、引き出しが多い。オリーヴ君は、奇天烈なアイディアでテクニックもある。REBEL BEATZはデモを聴いて、WEST COASTよりのグルーヴのような、安定したトラック・メイキングを評価した。BUN君はあの都会の乾いたような音がHIPHOPだし、ロバート(DJ QUIETSTORM)は世界観が二つも三つも高いところに行ってるから、安心してハイレベルなものを期待できる。ツボイ君は、日本であんなサンプル使いができる人は稀だと思った。大胆だし怖いものなし。そういうのが日本のシーンには必要なんだと思うよ。MICHITA君は昔からの友達で、すごく泣きのある音を出してくる良いDJなんだ。曲の理解度も高い。CLIMBERのTOSH君は、日本人らしくないプログラミングの黒さ、完璧なトラックをいつも用意してくれる。これはもう世界レベルな人選なんだ。だから、住んでる場所なんて関係なくて、“お前もイイ音作れるんだって? 一緒にやろう!”、そんな感じさ」
――JOEさんのリリックには、過去を振り返ってばかりの単なるノスタルジーを綴ったものや、空っぽなマチズモといった、ヒップホップにありがちな要素が見当たりません。静けさに包まれるような安堵感や、やり切れなさが募る焦燥感……さまざまな感情を喚起させながら、リスナーへ何らかの“しこり”を残す、(良い意味での)後味の悪さに強烈に惹かれるのですが、『COME CLEAN』ではどのようなことを考え、リリックを書き進めていったのでしょうか。
「(笑)後味の悪さね……“良薬口に苦し”って感じだね。このアルバムはね、皆にしっかり考えてもらいたいんだよね。俺みたいな経験をした人たちにも、そんなことを考えたことのない人にも。俺は人を殺したことはないけれども、アフガニスタンへ行って罪の無い人たちの街を爆撃する男より、人が汗水流して働いてる間に、素知らぬ男と情事してた妻を殺した男に同情する。それが人間味ってもんだ。人間って追い込まれるとさ、理性とか全く働かなくなって、とんでもないことをしでかしてしまうんだよ。でもそういう心境になり得るってことをさ、知ってるのと知らないのとでは大きな違いがあって。リスナーが少しでもさ、俺の書いた“有り得なそうな物語”を聴いて、“しこり”にでもなってくれれば、それはもうリスナー個人の経験となっていくから、皆さんもタフになれるんじゃないかと思ってね」
――今回は電話ではなく所内のスタジオで録音されたとのことですが、JOEさんおひとりでどこまでの作業が可能なのでしょうか。また、苦労した点や『THE LOST DOPE』など他の作品の際とは違ったこと、制作中のエピソードなどあれば教えてください。
「今回は一人で録音することも多々あって、とても苦労した時もあったけど、刑務所内でレコーディングできるっていうのに夢中だったから、時間がある限りずっとレコーディングしてた。Cubaseの使い方をいちから学んで、次から次へといろいろな編集の技を習得するのは興奮そのものだった。朝いちからスタジオへ行って、マイクを立てて、喉があたたまるまで何回も唄って、ポチッとキーボードのスタート・ボタンを押してレコーディング開始。よくあったのが、せっかく良いヴァースが録れたのに、後ろに放送のマイクで“囚人の誰々……至急オフィスへ……繰り返す、囚人の誰々……至急オフィスへ……”みたいのが一緒に録音されてて、ガックリさせられた(笑)。まあそれでも俺は幸せだったよ。その日録音したものをテープに録って、独房に持ち帰って夜聴いて、直すところをチェックして、本チャン入って……みたいな作業が毎日、一年半も続いた。ジェイルにいながら俺は全くのフリーだったんだ。今回が技術的にB.I.G JOEの最初のアルバムと言って良いかもしれないね」
――ご自身の録音が完了した後の作業は、DJ DOGGさんへの強い信頼がなければ、難しいことと想像します。彼の果たした役割、また彼に対して想っていることを教えてください。
「俺がジョンモローニで録音した全てのデータをDOGGに送った。DOGGは俺のGOOD TIMESもBAD TIMESも全て見てきて、それでも俺を“最高のラッパー”と称してくれる。DOGGはもう俺と一緒にやること以外頭にないのかもしれない(笑)。なぜなら、彼にエクスタシーを与えられるMCは、彼にとっては俺だけだから。だからかもしれないけど(笑)、彼は俺のためにならベストを尽くせるんだ。俺もその好意、または敬意に応える用意がある」
「いや、皆さん(良い意味で)好き勝手にやってくれましたねって感じ。」
――JOEさんご自身の考える理想の“音”とはどのようなものでしょうか。また、『COME CLEAN』ではその理想形にどこまで近づいたのでしょうか。
「音はさ、原始の時代から感情の表現のひとつなんだよ。言葉が生まれるもっと前の話。怒りの音、悲しみの音、楽しくハッピーな音。そんな単純なものだけではなく、もっと深い、苦しみの中の静けさで強さを得る音だとか、笑いの中に含まれた毒がじわりじわりと効いてくるような音とか、挙げればキリがないけど、そういう、聴くものに偶然ではなく、全く確信犯的にこちら側から音楽を提供できるのが俺の理想。まるでジェダイのように人々を色んな気持ちにさせてコントロールしちゃうのが俺の理想(笑)。『COME CLEAN』はまだしっかり聴いてないから分からないけど、音の使い手をかなり理想に近い形で配置できた、と言えるかな」
――制作が終わり、仕上がった音を聴かれたご感想を教えてください。
「俺がこっちでレコーディングした時のデモ・トラックとは全く異なる形にどれも仕上がっていて、俺にしか味わえない驚きを得ましたよ(笑)。いや、皆さん(良い意味で)好き勝手にやってくれましたねって感じ。それで良いのです。まだ電話越しでしか聴いてないけど、どれも何というか……サプライズに満ちた音になってます。爆音で聴いてくれ!」
――1stアルバム『THE LOST DOPE』(2005年)、MIC JACK PRODUCTION
『UNIVERSAL TRUTH』(2006年)、EP
「2 WAY STREET」(2007年)と、渡豪期間にも作品を重ねてこられましたが、リリース後には必ず巻き起こるリスナーからの“帰国”を待ち望む多くの声についてはどのようにお考えでしょうか。
「リリース・ツアーやライヴ、ビデオ・クリップにも顔を出さずにここまでやってきて、リスナーの多くは俺のことをよく知らないだろうけど、6年のブランクが例えあったとしても、俺は余裕で帰り咲くよ。俺は以前と比べものにならないくらい強いし、速ぇし、でけぇし、そして賢い。俺が地獄から這い上がってきた実際の姿を必ず皆の前に現すから、後5ヵ月くらい待っててくれよ!」
――長い時が経過し、JOEさんがオーストラリアにいる間で2度目の政権交代がまもなく行なわれます。再び日本の地を踏んだとき、何かが変化していることに対する恐怖はありますか。
「変化を恐れちゃいけないんだよ。俺の辞書には、いつも/いつまでたっても変わらないないものなんてないんだ。俺は俺だし、俺の生まれた札幌って街も相変わらず札幌さ。けど、俺は前の俺じゃないし、札幌だって、日本だって、6年前とは違うのは分かっている。昨日も今日も、同じに見えるけど、実は全く違う“日”なんだよ。変化するのが当たり前、と憶えておけば、何も恐れることはないね。逆に君らが俺の変化についてこれるか? ってのがクエスチョンマークだけどね(笑)」
――帰国後、一番したいことは何ですか。
「(笑)これも毎日気分によって異なるんだけども、今の気分で言わせてもらえれば、按摩にでも行って疲れを落としたいっスね。今日もトレーニングでクタクタなんで(笑)」
取材・文/星隆行(2008年9月)