平原綾香 Album 『my Classics!』 Interview
9月2日にアルバム
『my Classics!』がリリース。本作は、
平原綾香が以前から作りたかったというクラシック・カヴァー・アルバム。本作には、「Jupiter」「シチリアーナ」「ノクターン」「カンパニュラの恋」「新世界」「AVE MARIA」などの既存の楽曲だけでなく、先行シングルとなった「ミオ・アモーレ」「moldau」、そしてファンからのリクエストも反映させた曲も収録。本作について話を訊いた。
長く愛されているクラシックのメロディに
自由な発想で解釈された言葉を乗せて――
――クラシック・アルバムというのは、そもそも以前からやりたかった企画ですよね。
「そうですね。2、3年前くらいからありましたね。その頃、新田和長プロデューサーもカヴァーしたらどうかという曲目のリストを私に渡してくれました。当時は、まだまだ自分の曲の作曲とかがあったのでできなかったんですけど。前作
『Path Of Independence』をリリースした後に、次のアルバムのミーティングがあって。そのときに皆の意見が一致して“クラシック・カヴァー・アルバムで行こう!”ってことになりました」
――クラシックで意見が一致した理由は何だったんですか?
「クラシックというのは何百年も生き続けているメロディだから、時代が変わっても色褪せない強さがあると思うんです。それに、深く入り込めば入り込むほど楽しさも増すものですよね。それが大きな理由です」
――確かにそうですね。すでにメロディを聴いている人たちも多いと思うので、たくさんの人たちの琴線に触れる機会は多いでしょうね。具体的に制作に入るときは、どのように進行していったんですか?
「過去にカヴァーした曲、〈Jupiter〉〈シチリアーナ〉〈ノクターン〉〈カンパニュラの恋〉も入れつつ、新しい曲も作っていこうと。そこから曲探しが始まりました」
――曲はファンの人たちにリクエストも募りましたよね。
「私がファンの人たちにも意見を聞きたいって言ったんです。クラシックって皆のものだから、皆の好きなメロディを歌うことが重要になるのかなと思って。でも、先にシングルはリリースしなければいけなかったので、〈新世界〉と〈AVE MARIA〉はこちらで決めたんですけど」
――「新世界」は、このプロジェクトのスタートとしてはピッタリの曲ですよね。
「そうですね。新しい世界に行きたいという気持ちがあったので。“新世界より”という原曲の意味ではなく、“新世界へ”という私の解釈で考えると、幕開けにふさわしい曲でしたね」
――歌詞をご自身で書くという案はどのように出てきたんですか?
「プロデューサーにも“全部書くんだよ”って言われましたけど、自分で書いた方がいいなと感じてました。クラシックなのでメロディがすでにありますから、歌うだけではいけないなと。〈Jupiter〉も自分の想いを書きまくって、吉元由美さんに託したくらいだから、そうじゃないとダメだという気持ちがあって。でも、今回は曲が多いので、書けるかなって不安がずっとありましたけど」
――「新世界」が終わった段階から考えても、残り6曲くらいありましたしね。
「想像がつかなかったんです。だから、“書ける、書けない”というよりも、“書く”という気持ちでやってました。クラシックには、ストーリーとか、作曲者の思いとか、時代背景とか、テーマとなるものがたくさんあるんですよ。そこを研究して、原曲に影響を受けて歌詞を書きました」
――では、制作の順序としては、まずは曲のことを研究して、そこから切り口を探して、歌詞を書き始めるという作業が続いたんですね。
「これをカヴァーしようと決めたら、新田さんやアレンジャーの人たちと打ち合わせをする日があって。ピアノと私の声のデモ・テープを作って、そのあとにリズム録りとかストリングス録りがあって。その仮歌の段階で作品と触れて、その次に歌入れをして……。その間に、曲の思いがわかってきて、その中でまた調べたり、詳しい人に聞いて確認したり」
――今までの先行シングル「新世界」や「ミオ・アモーレ」の取材時でも、平原さんを始めとする制作陣が、“次はどの曲をどんな解釈で、どんなテイストで作るんだろう”って展開が気になりました。それはリスナーも同じように感じてるような気がします。今回の制作で一番大変だったことって何ですか?
「日程的に大変でした(笑)。毎日、いっそのことスタジオに泊まった方がいいんじゃないかってくらいでしたから。1日に2曲制作するハードな日もありましたし。でも、私たちもワクワクしながら作ってました」
「作曲家とファンの人に尊敬と感謝を込めて……」
――制作中もブログで日々、細かく報告をしてましたよね? それを見ていたら、制作陣の団結力みたいなものを感じました。楽しんで作ってて、“いい作品を作ろう”という熱意も伝わってきたというか。
「制作していたスタッフとは、毎日会ってましたからね。ブログの書き込みでも、“制作に関わったような感じがして、完成したときは感激しました”とあったんです。私もクラシックについて調べているときに、新たな発見があって、その真実に感動したように、初めて聴く人にも感動してほしいと思ったので、今回のCD用にライナーノーツも書いてみたんです」
――今回のアルバムには、「Jupiter」「シチリアーナ」「ノクターン」「カンパニュラの恋」とか以前にリリースされた曲が入ってますが、今、このアルバムの中で聴くとどういう印象ですか?
「〈ノクターン〉〈カンパニュラの恋〉は今でもドラマのことを鮮明に思い出しますね。リリースしたのは去年なんですよね。〈シチリアーナ〉は2年半前の曲で、改めて聴いても、重々しくて、儚くて、不思議な曲ですよね」
――では、新録の曲について聞きます。「pavane〜亡き王女のパヴァーヌ」は、どのように切り口を探したんですか?
「ラヴェルが書いた曲なんですけど、いろんな思いを重ねて、回想しながら聴く人が多いらしいんです。それで、“亡き王女って誰なのか”ってことを調べてみて、解かったのが“ある若い王女の肖像にインスパイアされてラヴェルは書いた”ということだけだったんです。それだけで、あんなに切なくて美しい曲って書けるのかなと悩みましたね。単純に曲から受ける雰囲気は、切なさでした。あと、初恋だったり、もう会えない人のことを思ったり、幼い頃の記憶を辿るような曲でもあり」
――「ロミオとジュリエット」の切り口は?
「構成を考えるのに苦労して、7時間くらいかかりましたね。歌詞は、もちろん物語を読んでから書いたんですけど、運命や宿命に翻弄されていくロミオとジュリエットの悲しい物語ということで。どう頑張っても宿命は変えられないと主人公は悩むんですけど……」
――そこで、平原さんが歌詞を書いた答えとしては、“運命は変えられる”ということなんですね。
「そうです。だから運命とか宿命というものについても調べたてみたんです。いろんな考え方ができると思うんですけど、宿命は持って生まれたものなので、変えられない。でも、運命は“命を運ぶ”、自分自身で運んでいくものなので、変えていけるものだと」
――アレンジは今まで聴いたことがないほどのロック調にしてますね?
「初めてかもしれないですね。ここまでロック調なのは」
――次に「仮面舞踏会」についてですが、この曲はアルバムの中で異彩を放ってますね。
「この曲を選んだときに、たくさんの人に止められました(笑)。器楽曲なので、歌えないんじゃないかって。歌詞が上手くはまるかという点ですよね。でも、メロディが素晴らしかったから、絶対に格好よくなるという確信があったので、反対を押し切って……」
――アルバムの中では、いいアクセントになってると思います。歌詞のテーマとしては?
「物語から読み取った、“狂気の世界”ですね」
――最後に「シェヘラザード」。これは夢の中にいるようなファンタジックな曲ですね。
「リクエストにも入ってたんですけど、フジテレビの軽部さんも“いい曲だから”って薦めてくれていて。『千夜一夜物語』として有名ですよね。魔法の絨毯に乗ってるようなイメージで歌詞は書きました」
――アルバムが完成したあとに、ファンの人たちとの試聴会もやったそうですね。
「応募していただいた方たちには喜んでいただけたので、安心しました。“真・善・美”というコンセプトのほかに、作曲家の人とファンの人に尊敬と感謝を込めて作るという気持ちがあって、それを貫いて作れたのでよかったです」
――ようやく制作が終わったばかりではありますけど、この先にやりたいことってありますか?
「クラシック・カヴァー・アルバムをシリーズ化したいです! “マイクラ”って略して話をしてるんですけど、6枚目になると“マイクラ・シックス”になりますよね。そういうの好きなんです(笑)」
――どうせならラッキー7まで出してください(笑)。
取材・文/清水 隆(2009年8月)
撮影/関 暁
ヘアメイク/Hiromi
撮影協力/THE LEGIAN TOKYO
(
http://www.legian.jp/)
【Column】
アナザーサイド・オブ『my Classics!』
〜平原綾香が紡ぐ、言葉の世界
新作『my Classics!』には、平原綾香自身が歌詞を乗せた曲が12曲中10曲収録されている。作詞は今までにも何度も経験してきた彼女だが、アルバムの大半の曲を書き上げるという経験は今回が初めてだ。好奇心は人を大きくするという言葉があるが、歌詞を書くという今回の作業は、今後の展開をも楽しみにさせてくれるほどの大きな意味を持つ出来事であった。そこで、作品をメロディも含めてトータル的に聴くという楽しみ方ももちろんのことだが、今作は歌詞にもスポットを当てて、彼女が紡いだ言葉の世界を想像しながら楽しむこともお薦めしたい。
収録曲の中で、このプロジェクトのスタートを飾ったのは先行シングルとしてリリースされた「新世界」。この曲では、原曲の“新世界より”という言葉を“新世界へ”という言葉に変え、彼女自身が“新たな世界へ旅立ちたい”という気持ちを表現。その言葉の一つ一つが逞しく、リスナーに前へ進む勇気を与えてくれる。そして、「ミオ・アモーレ」では情熱的な愛の言葉が綴られている。“これぞ理想的な愛のかたち”ともいえる言葉からは、清々しさをも感じさせてくれる。さらに、「ロミオとジュリエット」では、運命や宿命と相対したときの心情が描かれ、「シェヘラザード」では幸福の在り方を問い、「仮面舞踏会」では狂気の世界の愛を描写し、「AVE MARIA」では自身の“音楽に対する強い信念”を高らかに謳う……。このように、すべての曲をじっくりと読み解いていくと、このアルバムの中には、実に多彩で深い哲学が込められていることがわかる。もともとデビュー曲となった「Jupiter」も、彼女はテーマとなる骨子を提案していて、その後も常にプロデューサー/シンガー・ソングライター的な立場で制作をしていたという。
そして、この新作の言葉の中から一貫して感じ取れるのは、彼女がとても壮大な枠の中で物事を考え始め、さまざまなテーマや言葉を引き出していることだ。彼女の歌が大らかな包容力を持っているのは、発想の視界が宇宙のように広いからなのかもしれない。『my Classics!』は、彼女自身を深く知ることができるアルバムでもある。
文/清水 隆