前作
『ギャラクシー』で一つ突き抜けたという印象だったクレイジーケンバンド。新作は、そこで感じられた多彩さ、ワガママさがさらに推し進められ、とりわけ、まろやかさのようなものも加わって、より成熟した感がある。キーワードとなった“考えるな、感じろ!”は「中学1年の時、横浜の映画館で1日に何回も観てた」と言う『燃えよドラゴン』の中でのブルース・リーの言葉だという。
「もともと考える力が弱く、何事もフィーリングで解決してきた自分にとって、いつも救いになる言葉だったんです」
当然、アルバム・コンセプトのようなものはなかったわけだが、しかし今回は最初から『Soul電波』というタイトルだけは決めていたという。
「たくさん作った曲の中から、そのタイトルに合致する曲だけを選んだ。何が合致するのか、説明は難しいんだけど、まあ、フィーリングというか電波性というか、電波信号のIDが合うかどうか、ビリビリくるかどうか、この2007年の現在にくるかこないか、勃起するかしないか。うーん、何も考えてないんですよ、やっぱり(笑)」
しかし、計21曲の中には、いくつかの際立った特徴というか切り口も散見される。一つは“タイ”だ。「バンコクの休日」や「TIKI TIKI TROPICAL KINGDOM」、「ヒルトップ・モーテル」といったタイ(的南国)の情景が描写された曲とか、モーラム(タイ東北部イサーン地方の民謡)のビートを大胆に導入した「路面電車」とか。
「じつはレコーディング前にタイに遊びに行きまして。そこで感受したものが、日本に戻ってから開花した感じですね。タイではとくに、チンタラー・プンラープという女性歌手(タイ演歌の大スター)が大好きになってね。イーサン地方の田舎な感じに、日本のお盆とか、昭和40年代の風景を思い出してしまった」
タイと並ぶ本作の切り口である“昭和”(もっともこれは、今作に限ったことじゃないが)が、かくして鮮やかに浮上する。あと、ラストの「RESPECT ! OTOSAN」に象徴される、お父さんとかオヤジとか、普段虐げられている日本の中年男たちに対する温かい視線が全体に漂っていることも重要なポイントか。横山剣の作る歌の世界には、世間一般的にはけっしてカッコよくない、ごく普通で平凡なものに対する憧れみたいなものが以前から漂っていたが、今作ではそれを真正面から打ち出した感もある。
「サラリーマンのお父さんたちには、ちゃんと現実に向き合っている者の強さがある。アウトローってのは、現実に向き合ってないから、偉そうにしてられるんですよね。自分もサラリーマンやってそれがわかった。バンドマンだから、なんて言い訳してたら堕落していくだけだなって」
モータウン風、ソウル、ダブ、ロカビリー、中華歌謡、インド風味のシャンソン……。あれもこれもの玉手箱。この逞しい雑食性こそが、剣さんの“歌謡曲”の醍醐味。
「いろんな音楽を聴き漁って研究するのではなく、知らず知らずに脳内サンプルされた音がいいかげんに残っている。そのサンプラーの性能の悪さによって、自分のオリジナルができている感じ。中国の北京石景山游来園みたいなもの。こんなドラえもんいないよ、みたいな。
でも、どんな曲にも共通していることは、頭の中で鳴ったからやる、ということ。人に言われたからではなく。いつも音楽が鳴っており、出さずにはいられないんです」
やはり、生まれついての電波系。深い業を背負った男である。
取材・文/松山晋也