前作
『親愛なる君へ』以降、
柴田淳はかなり深刻なスランプに陥ったという。音楽そのものを見失うと同時に「生きている意味がない」という思いにとらわれ、負のスパイラルのなかを落ちていった彼女。しかし、そんな状況のなか、彼女は本当に素晴らしいアルバム――シングル
「Love Letter」を含む
『ゴーストライター』――を作り上げた。いや、“そんな状況だからこそ”と言うべきかもしれない。切実な悲しさ、絶望に近づけば近づくほど、その心象風景を描いた音楽は美しさを増し、芸術的な価値を高めていく。そう、『ゴーストライター』はおそらく、シンガー・ソングライター柴田淳の本質をしっかりと際立たせているのだと思う。哀切な感情を洗練されたポップスへと昇華することこそが、彼女の魅力なのだから。
柴田淳(以下、同)「たしかに今年は元気じゃなかったですねぇ。だから『ゴーストライター』っていうタイトルが付いてるんですけど(笑)」
――どうしてそんなに落ち込んじゃったんですか?
「自分と音楽があまりにも近すぎるんですよね。だから、音楽を見失うと“生きている意味がない”ってところまで落ちちゃう。ちょっと危険だよなって思うんですけど、“自分自身をいかにリアルに書けるか”っていうことに手ごたえを感じてしまうし、ファンの人たちもそれを求めてると思うんですよね」
――表現すべき対象がいつも自分自身っていうのは、たしかにきついこともあるかも。シングルになった「Love Letter」も本当に悲しい歌だし……。
「これは今年の4月1日に書いた曲ですね、なぜか日付を覚えてるんですけど。私はいままで、すがりつく女の人ばっかり書いてきた気がするんです。だから、そろそろ“あなたがいなくても大丈夫”っていう歌を書いてみようと思ったんですよね。たぶん、あとに残される人のことが心配で、旅立てない人もいると思うんです。そういうときに“私は大丈夫。心配しないで”って言ってあげることが、深い愛なのかなって」
――やっぱり柴田さんには、愛について考えることが必要なんでしょうね。
「そうですね……。デビュー当時、“あなたの音楽を聴いてると、何かに飢えてる気がする”って言われたことがあって。そのとき、それはやっぱり愛だろうなって思ったんですよね。それはいまも変わってないんじゃないかなあ。きっと、すごく愛されたいんだと思う。だから、最後に〈幸福な人生〉っていう、ぜんぜん幸福じゃない歌が入ってるんだけど」
――素晴らしいバラードですよね。孤独や寂しさが根底にありつつも、聴き終わったあとには、どこかスッキリした気持ちが残るっていう。
「幸せを実感できない人って、最高に不幸せな人だと思うんですよ。たぶん、私もそうなんです。寂しいとか辛いっていう気持ちでいる方が、精神的に落ち着けるっていう。たとえば男の子がアプローチしてきても、“私のことを好きになるわけがない”って思うんですよ。だから、すごく素っ気なく振舞ったり、相手の気持ちに気づかないフリをしたり……それじゃあ成就しないでしょ! って言われるんですけどね(笑)。“愛は与えて/誰かの幸せ 願うの/美しいだけ”っていう歌詞があるんですけど、それもまさに自分だなって思う。いい加減、私も幸せになりたいなって思うけど」
――でも、少なくても表現者としては、とても恵まれてると思うんですよね。柴田さん自身を表現した曲が、ほとんど誤解されることなく、リスナーに伝わってると思うので。
「うん、そうですね。たしかに、ちゃんと伝わってるなって思います」
――「君にしかわからない歌」にも、“ずっと歌っていく”っていう意思がはっきり表われてて。
「あ、歌手の歌だってわかりました? 〈君しかわからない歌〉って言えば、“あ、俺のことだ”って喜ぶファンもいるんじゃないかなって」
――そういうものですよね、アーティストとリスナーの濃い関係っていうのは。
「よく、“柴田さんの曲を聴いてると、私の恋愛を覗き見してたの? って思う”っていう手紙をもらったりするんです。そういうときは“みんな、あんまり変わらないのかな”って思いますけどね」
――そうですね。
「そうやって、自分だけの場所が出来たらいいなとは思いますけどね。“失恋したときは、やっぱり柴田淳でしょう!”っていう」
――すでにそうなってると思いますよ。
「そうなのかなあ……。でも、やっぱり私は幸せにはなりたいですけどね、そろそろ(笑)」
取材・文/森 朋之(2009年10月)