2008年にデビューから30周年を迎える
杏里が、ユニバーサル ミュージックに移籍。それを機にあらためてシンガーとしての自身を再認識するために、カヴァー・アルバム
『tears of anri』を発表。ファンからリクエストされた楽曲の中から、“涙”や“別れ”をテーマに選曲された11の名曲をカヴァー。他アーティストの曲をカヴァーをするのは初めてという彼女に、新作についての話を聞いてみた。
デビューから数年は「オリビアを聴きながら」や「CAT'S EYE」といった書き下ろしで提供された曲をヒットさせ、80年代後半、アルバム
『BOOGIE WOOGIE MAINLAND』などでJ-POPにダンス・ミュージックを導入するかたちとなってからはオリジナル志向を一気に強めていった杏里。そんな彼女が、初の邦楽カヴァー・アルバム『tears of anri』を発表した。
川村結花の「夜空ノムコウ」、
薬師丸ひろ子の「探偵物語」、
DREAMS COME TRUEの「やさしいキスをして」といった名曲が並ぶが、まず感じるのは歌詞の良さがストレートに伝わることだ。彼女のしなやかな声と明快なヴォーカル・スタイルには聴き手にメッセージを届ける力があり、そのことにあらためて気付かされる。
「詞がちゃんと聴こえてくるものにしようと気を付けました。なるべく丁寧に歌い、メロディもオリジナルのテイストを崩さないようにしています」
森高千里の「雨」や
岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」などは意外な選曲という印象も受けるが、豊かな情感に満ち、しっくりハマっているのが面白い。
「プロジェクトのスタッフによるベーシックなチョイスはあったんです。でも、ファンの人の声を聞くことも大事だということでネットでリクエストを行なって、参考にしています。今まで歌ってきた作品とはぜぜん違うコード進行だったり、メロディだったりするのでプレッシャーはありましたけど、スタートしてみるといいチームが集まって、楽しいレコーディングになりましたね」
曲によっては大胆なアレンジを施し、オリジナルとはひと味違う魅力を引き出しているのも聴きどころ。自身の代表曲「悲しみがとまらない」はテンポをグンと落とし、メロウなバラードにしている。
「最初に聴いたとき、“こう来たか”と倒れそうになりました(笑)。でも、今までやってきたことと変わりがなければ意味がないと思いますし。歌っているうちに気持ちよくなって、“これ、アリだね”って話になりました」
しっとりとしたサウンドになった「悲しみが〜」だが、感傷的すぎるということはない。収録されているほかのバラードも同様だ。常に前向きな印象を与える点が彼女のヴォーカルの持ち味でもある。
「タイトルにある“tears”はネガティヴな涙ではなく、感謝の涙なんです。聴いてくれる人に、自分の世界にひたって涙を流すのではなく、ポジティヴな感動の涙を流してもらえたらいいですね」
杏里がデビューしたのは78年11月。2008年にはプロ生活30年目を迎える。
「今回、人の作品を歌うことで表現力というものを意識しました。カラオケではコピーでよくても、アルバムにするからには杏里というシンガーとしてオリジナルにしなければいけませんから。そういう意味では歌いこなしたという自信もありますし、シンガーの杏里というのも再認識できましたね」
節目のタイミングでリリースされた新作は、何年か経って振り返ったときに、新たな展開の第一歩と位置づけられていることだろう。
取材・文/浅羽 晃(2007年8月)