豊田裕子 現代の感覚で表現した “ありそうでなかった”新しいショパン

豊田裕子   2010/05/06掲載
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 ショパン生誕200年の今年、数々リリースされているアルバムや、企画コンサートなどで、ショパンの音楽をあらためて聴く機会も多いだろう。そんな中、ありそうでなかったショパン・アルバムが登場した。

 5月12日に発売される豊田裕子のアルバム『Chopin de Cristal(ショパン・ドゥ・クリスタル)』は、本来ピアノ・ソロのためのショパンの音楽を、ピアノとオーケストラ用に大胆にアレンジした作品集である。編曲家には映画やTV、ポップス界のベテラン勢が加わり、実力派ピアニスト豊田とのイメージ合戦が結実。クラシックな響きなのに、どこか現代的なエスプリがきいている、まさにクロスオーヴァーなアルバムがここに生まれた。


――このアルバムでまず驚くのは、ピアノ・ソロの原曲を徹底的にアレンジして、ピアノとオーケストラ用に非常に見事に作り込まれていることです。このようなコンセプトのショパン・アルバムは、今までありそうでなかった気がします。
豊田裕子(以下、同) 「ショパン生誕200年のメモリアル・イヤーに、まさに“ありそうでなかった”ものを作ることができたと思っています。ショパンは私にとって、小さい時からピアノを教え導いてくれた存在。彼は祖国ポーランドの自然をすごく大事に思っていた作曲家でした。私も身近な日本の自然を大切に感じるので、その共通点を活かし、ショパンを少し拡大解釈させてもらって、200年経っても普遍的で変わらないものを、現代の感覚で表現しようと思いました」
――アレンジにはTV、映画、CMなどでご活躍の編曲家の方たちが並んでいますね。
 「はい。まさにクロスオーヴァーという形です。クラシックを勉強していないと、やっぱりショパンの音楽はできない。一方でポップス的な感覚も持っていないと、現代の身近な音楽として伝えにくい。今回はそのラインをちょうど綱渡りするような形でアレンジをしていただいた、夢の結晶なんです」
――豊田さんが曲のイメージを編曲家にお伝えするところから、作業はスタートするわけですか?
 「そうです。CDを一枚の物語のように構成しようと考えました。その中でパーツとしての各曲がどんな意味をもっているのか、そして現代的な感覚ではどういう楽器を使ったらいいのかを、まず言葉で伝えます。それから編曲されたものが出てきたときに、あらためて楽器の指定をさせてもらったりします。ピアノは木の幹のように軸として存在しますが、時には差し引くことも考えます。バランス感覚が非常に大事な作業です」
――できあがった編曲をいよいよ演奏されるレコーディングは、どのように行なわれたのですか?
 「スタジオでピアノのブース、オーケストラのブースと分かれて録音しました。同時に演奏したり、別々に録音したり。私もヘッドフォンをしてショパンを弾いたんですよ」
――クラシックでは珍しいスタイル! 通常はホールで録音することが多いでしょうし、オケと別録音というのはあまりないですよね。
 「そうなんです。しかもオケと同時に“合わせて”弾くのなら比較的やりやすいのですが、最初にオケの音を録って、そこにピアノを重ねたりするのは新しいチャレンジです。アルバム中、唯一原曲のままピアノ協奏曲第1番の第2楽章を収めましたが、ここにも工夫があります。通常はお客さんの手前にピアノがあって、後ろにオケがある。ピアノの音が前面に出るわけですが、このレコーディングでは、あえて音のバランスを変えています。現代のスタジオ録音という技術を用いて、新しい楽曲像を生み出したかったんです」
――すべての作品に、豊田さんのイメージによるタイトルが付けられていますが、星や自然の風景などの言葉を選ばれていますね。
 「星や自然は、全世界に共通するものですから。もし音楽以外にもう一つ共通言語があるとすれば、それは自然だと思っています。地球とか、太陽とか、水とか、風とか。それらをアレンジによって強調して、音として具体的に伝えられるようにしようと思いました」
――豊田さんの、そうしたアイディアの源はどこにあるのでしょうか?
 「本当に身近な自然なのだと思います。朝日に当たる夜露に濡れた葉や、鳥の声や、影の形、風の音など。刻々と変わる自然からのメッセージは、私にとっての先生なんです」
――どこかあたたかみある響きをもつ豊田さんの演奏ですが、ご自身が提唱される“ナチュラルクラシック奏法”とは?
 「一音一音を、曲の流れの中に合った形で弾こうとする“心”です。ハーモニーは一音では成り立たないけれども、その一音を積み重ねていくことからでしか生まれません。水の一滴が大きな河となるように、微細なものに立ち返り、その一音をすごくいい状態のタッチで表わしていくことを、ナチュラルクラシックと私は考えています。日本的な感覚なのかもしれませんね。日本の伝統音楽も、一打で表現するようなところもありますし。小さな命の源のようなところを、大切にしたいと考えています」
取材・文/飯田有抄(2010年4月)



『Chopin de Cristal(ショパン・ドゥ・クリスタル)』の聴きどころ


 よくぞここまでやりきった! そう言いたくなるのがこのアルバムだ。11曲におよぶショパンの音楽を編曲し、楽器を加え、そしてタイトルを付けるなどというのは、じつは勇気のいることだ。場合によっては曲のイメージを悪戯に歪めてしまったり、奇を衒った作りにもなりかねない。しかし豊田のこのアルバムはまったく違う。あくまで現代を生きる彼女というフィルターを通じたショパン像でありながら、決して押し付けのようなものではない。徹底した作り込みでありながら、音として違和感なく自然と耳に入ってくる。不思議な魅力を放つアルバムなのだ。

 夜想曲第20番による「精霊たちのノクターン」は、オーケストラが加わることでいっそう曲のメロディアスな要素が強調される。有名な「子犬のワルツ」をもとにした「陽だまりの子犬」では、軽やかに揺れる3拍子に可愛らしい音のアレンジが加わって、ショパンの暮らしたパリの路地裏を思わせるような遊び心のある仕上がり。

 筆者がとくにイチオシなのは、前奏曲「雨だれ」をもとにした「雨音の旋律」だ。原曲の旋律が巧みに操作され、音価や和声がかなり色づけされて、シーンの展開が鮮やかに広がる。中間部は合唱やオルガンがダイナミックに加わり、謎めいた魅力が強調される。続いて「別れの曲」として有名な練習曲第3番が続くが、こちらはうって変わってシンプルな構成。豊田はこの曲に「故郷」というタイトルを付けた。フルートの対旋律が美しく、後半はオーケストラのみで奏される部分も心にくい。

 アルバムの中には豊田のオリジナル作品「小鳥たちのワルツ 〜ショパンへの手紙〜」も含まれるが、この作品が秀逸で、装飾音豊かな19世紀的サロン音楽を彷彿とさせる。じつはオリジナル旋律に、ショパンのワルツが重ねられているという。どんな作品が隠れているか、探しながら聴くのも楽しいだろう。

 全編、豊田のあたたかみあるタッチが独特なショパンの世界に誘ってくれる。新しいショパン像に出会ってみてはいかがだろうか。

文/飯田有抄


豊田裕子 コンサート・スケジュール

■豊田裕子ピアノコンサート(ショパンへの手紙)
5月29日(土) 14:00〜 横浜・テラノホール
問:テラノホール [Tel]045-622-2827

■CD発売記念ミニコンサート&サイン会
6月19日(土) 東京・ヤマハ銀座ビル 1Fポータルステージ
問:ヤマハ銀座 CD売り場 [Tel]03-3572-3135

■豊田裕子『ショパン ドゥ クリスタル』発売記念コンサート
8月22日(日)14:00〜 埼玉・文化センターアスピアたまがわ

※詳細は豊田裕子オフィシャル・サイト(http://yukotoyoda.net/)へ。
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