ここ数年は、
電気グルーヴ、
川辺ヒロシとのユニット
InKで精力的に活動をしてきた
石野卓球。彼がソロとして
『TITLE #1』『TITLE #2+#3』から6年ぶりの新作ミニ・アルバム
『CRUISE』を完成させた。ミニ・アルバムといってもフル・アルバムと遜色ないほど中身は濃い。テクノ、ミニマル、テックハウス、アシッドハウスといったサウンドを、彼の持つ鋭い感覚で昇華したダンス・ミュージックがずらり。毎週末にDJを行なっている彼のプレイ、今のクラブ・ミュージックのムードを伝えつつ、単にフロアライクなものだけに留まらない、さまざまな風景を見せていく音楽性は、まさにサウンドのショート・クルーズという言葉がぴたりと当てはまる作品といっていいだろう。
――新作『CRUISE』は、6年ぶりということもあり音の雰囲気も変わりましたね。どんな感じで制作が始まったんですか。
石野卓球(以下、同)「電気グルーヴとソロでは全然モードが違うんですよ。ソロから電気に切り替えるのは簡単だけど、電気からソロに変えるのはふざけ癖がなかなか抜けなくて難しいんです(笑)。それに、この6年間で音楽の聴かれ方や売られ方もずいぶん変わったし」
――配信の普及であるとか、音楽を取り巻く環境もいろいろ変化しましたね。
「前にソロ・アルバムを出した頃はCCCD問題の頃で、それって相当前な感じじゃない(笑)。今はみんな大体PCに音源を取り込んでデータ化しちゃうし、CDプレイヤーで音楽を聴く人も少ないでしょ。そうした過渡期は越えたけど、まだはっきりしない状況。そんな中で、作品の落としどころを決めるのが大変だったんです。今回ミニ・アルバムにしたのは、買ってくれる人が手に取りやすいサイズっていうのと、一番は値段(笑)。とはいっても43分って長さは昔のアルバムとか今のロック・バンドでも普通にあるしね」
――確かに。制作で以前と変わったところはありますか。
「作業自体は1人だから変わらないけど、曲作りはいい意味で適当っていうか(笑)。ガッチガチに青写真を作るより、今回はある程度の予測はあるけど、完全な形はでき上がるまで自分でも分からないって作り方をしたんです。あとは昔みたいに一晩中スタジオに入って朝まで作業っていうのは、まったくなしで、午前中からスタジオに入って夕飯前には作業を終えてたんです。そうすると、ほかのことに時間を使えて、曲も客観的に見えてくるんですよ」
――健康なレコーディングだったと。サウンド的には、以前よりBPMも若干下がって、シンプルなフレーズで引っ張っていくものが多いですね。 「ここ数年、DJ活動を作品に投影することはあまりやってなかったので、それをなるべくやろうっていう意識はありましたね。全体的にBPM130代のものはなくて、だいたいBPM125とかハウスくらいのテンポになってる。今も毎週DJは必ずやってるし、レコードも買ってるので、今の感覚や自分内のモードも出てると思う。ただ、自分のソロを純然たるDJツールとしては全然考えてなくて、かといってポップ寄りなクラブ・ミュージックをやるつもりもないし(笑)。メジャー・レーベルから出るミニ・アルバムということで、やる音が絞られてこうなったんです。その中で音のバリエーションや統一感を考えましたね」
――楽曲は、ミニマルの先を見せるような「Feb4」、ホーンとベースラインと不思議な浮遊感が印象的な「Spring Divide」、朝に向かっていく感覚のある「Y.H.F.」など、楽曲ごとに違う風景を見せてくれます。シンプルさの中での変化、味付け感が絶妙だなと。
「装飾しようと思えばいくらでもできるけど、それをやっちゃうと軸にあるものが伝わりづらくなるんです。本質を伝えるには屋台組をシンプルにしないと。そうすることで、ほかの要素も際立ってくる。ダンス・ミュージックの基本だけど、それを今まで以上にやりましたね。昔は、キックやハイハットの音色を変えていくことに時間を割いていたけど、今回はそこに時間を使うなら別なところに使おうと。例えばTR-909やTR-808っていうドラムマシンはドラムキットとしての完成度が高いから、それはそれで使って曲の中での役割を際立たせて、それ以外の足りない部分をほかの要素で補っていくっていう発想でしたね」
――「SpinOut」をはじめ、90s’初期ハウスのテイストを今の感覚に昇華してる印象を受けましたが。
「やっぱり90年代のアシッドハウスには影響受けてるし、シカゴハウスとかもずっといいけど(笑)、特に最近そういう音も増えてる。それはなぜかって考えたときに、やっぱりTR-909が余計なことせず太い音で鳴ってるのが魅力のひとつになってるってことだなと。そんな影響や自分の気分は結構作品に色濃く出ていると思います。ただ、昔、影響受けたものをまるっきり再現するのではなくて、あくまでも今の時代に合ったものを作ろうという気持ちはありましたね」
――ホーンが響く「Hukkle」では、人の声がパーカッシヴに使われてますね。
「あれは以前、巻上公一さんが声だけの一発録りのアルバムを出していて、その声をヴォイス・サンプルとして使わせてもらったんです。久しぶりに会う機会があったので聴き直したら、当時も衝撃だったけど、今でもやっぱり凄かったんでね(笑)」
――では、アルバムタイトル『CRUISE』は、どういう思いでつけたんですか。
「今回は、曲名、アルバムタイトル、ジャケットにしても、説明的じゃないのがいいなって。それは意図的にしたんだけど。さっき話したように、曲の最終型をかっちり決めてたわけじゃないので」
――聴き手に余白を残したってことですね。
「うん。受けとめ方は聴いた人次第でいいなって。で、今回はタイトルよりも先にジャケが決まってたんです。熱海の初島に船で行ったときに、カモメが餌もらいに怖いくらい至近距離に来るんですよ。ヒッチコックの『鳥』みたいに(笑)。こんな至近距離でカモメ見ることないからって写真撮ったんだけど。クルーズって普通は泊まりがけだけど、ミニ・アルバムって長さが、初島の日帰り感っぽくっていいんじゃないかなって(笑)」
取材・文/土屋恵介(2010年7月)
石野卓球に訊く『WIRE10』の注目ポイント!
もはや夏の恒例行事となった国内最大級の屋内レイヴ・パーティ『WIRE』が、8月28日(金)、横浜アリーナで開催! オーガナイザーである石野卓球に、今年行なわれる『WIRE10』について注目すべきポイントを訊いてみた。
「特に毎年テーマってないんですよね(笑)。“今年はミニマルでいきます”なんて言ったことないし(笑)、そのとき興味のある人を集めてやってる感じなので。1回目からテクノってこだわりは大事にしてるので、その中でも、いろんなバリエーションが見せられたらいいなとは思ってます。奇妙なHARD TONとJEFF MILLSのストイックさの距離感とかとんでもないでしょ(笑)。あと今年は、日本人をいっぱい出したいと思ったんです。日本で活動してる中でも、ちゃんと作品をリリースしていて、かつDJやライヴ活動もちゃんとやってる人に出てもらいたかったので。おすすめアーティストは、毎年初めて出る人に注目してくださいっていってるんだけど(笑)。今年だと、DJは、ALEX BAU、BUTCH、GREGOR TRESHER、ライヴだとA.MOCHI、 ERIC SNEO、奇抜なHARD TON、NEWDEAL、PAUL RITCHですね。それこそ『WIRE』ってお客さんがどう受けとめるかが一番大事というか、来てくれた人がそれぞれ楽しんでくれたらと思ってます」