2004年のCymbals解散以来、自らの世界を探求しながら、知られざる一面を少しずつ、そして、着実に明らかにしてきたヴォーカリスト、土岐麻子。日本屈指のサックス奏者である父、土岐英史から受け継いた血を意識させる3枚のジャズ・カヴァー・アルバム『STANDARDS〜土岐麻子ジャズを歌う〜』、さらにそこからポップスへと転化した2005年のオリジナル・ソロ・アルバム『Debut』のリリース。そして、彼女のルーツを透かしてみせた2006年のポップス・カヴァー・アルバム
『WEEKEND SHUFFLE』に、往年の歌謡ジャズ・シンガー、
江利チエミの楽曲を選曲した
『CHIEMI SINGS』。そうした作品における彼女の多面性を、さらに一枚に凝縮したのがメジャー・デビュー・アルバムである本作『TALKIN'』だ。
「音楽ジャンルってことでのシティ・ポップって言い尽くされてるものだし、もちろん追えるところは追うとしても(笑)、そこを追うだけではしょうがないと思っていて。だから、好きではあるし、キーワードでもあるけれど、このアルバムは、そこに偏った懐古的な作品とは違うものになっていると思います」
シティ・ポップの周縁をめぐる本作は彼女なりの洗練を施した音と言葉を介して、彼女が気の合う仲間たちと交わした会話のようなアルバムである。
「シティ・ポップってすごくぼんやりしたものであって、どこに惹かれているのかなって分析してみたんですけど、一つは詞の世界観ですよね。ロマンティックなモチーフを扱って、一見、ドリーミィで何も言ってないような甘い歌詞でありつつ、実際はすごくシニカルだったり、現実的だったり……。つまり、現実にうんざりしてたり、変えたいって考えている人が書いているっていうクールな視点。それからもう一つは同世代のミュージシャンと作り上げているところかな。それこそサークルの仲間じゃないですけど、そういう仲間の作品に利害関係なく参加して、自分の好きなマニアックなことや趣味に走ったことをやっているんだけど、それが参加メンバーの志向が同じだったりするので、1曲1曲がすごく強くてポップに響くっていう」
NONA REEVESに
toe、川口大輔にCymbalsの元同僚の矢野博康、元
スーパーカーのいしわたり淳治、
グディングス・リナら、同世代または世代が近いミュージシャンが集結。
松本隆が作詞を手掛けた
斉藤由貴「青空のかけら」と江利チエミのレパートリーでもあった「COME ON A MY HOUSE」も収録しつつ、ヴォーカリストとしても、過去の作品とは一線を画するほどストレートにその柔らかい歌声を響かせている。
「Cymbalsのときはヴォーカルを楽器的に捉えていて、出すぎないように心掛けてました。何を歌っているか分からなくてもいいやって考えていたんですけど、今回、言葉ははっきり聴こえた方がいいなっていう気分だったし、いろんな人に聴いてもらいたいから、そういう歌詞にもしているし、言葉の譜割りにしても同じことが言えますね」
そんな彼女のシティ・ポップの周縁をめぐる物語はというと、本作にあっては、江戸っ子らしく“粋”というキーワードが導き出されていったという。
「今回、参加してもらったミュージシャンには“粋の概念が一緒だと思うから、粋だと思うことだけをやりましょう”ってことを言ってたんですけど、その粋って言葉にしにくいし、説明した時点でそれは粋ではなくなってしまうんですよね」
それをここで語ってもらうのは野暮というものであるし、その言葉にならない感覚こそが彼女の音楽の原動力なのだという。よそ行きのシティ・ポップから、東京ネイティヴの気の置けない“粋”ポップスへ。洒落を言うつもりはまったくなく、本作を通じて彼女との近しい距離感を楽しんでいただければと思う。
取材・文/小野田 雄(2007年10月)