――本作はどのようなコンセプトで制作されたのですか?
土岐麻子(以下、同) 「今回のアルバムは、
〈Gift 〜あなたはマドンナ〜〉を軸にして内容を決めていきました。嬉しいことに〈Gift 〜〉は資生堂「エリクシール シュペリエル」CMソングとしてたくさん流れる楽曲だったので、老若男女問わず“この曲、なんか好き!”と手に取ってくれる可能性も今までより高いかもしれない。そこで、アルバムも全曲を通して聴きやすく、いわば“土岐麻子入門篇”みたいな、ライトな感じにしたかったんです。カヴァー曲も、CDジャケットの裏面を見た時に“この曲知ってる!どうなってるんだろう?”という期待を抱いてもらえるような有名曲ばかりをあえて集めました」
――これまでの作品やライヴでも積極的にカヴァー曲を歌われていますが、その魅力はどんなところに?
「カヴァー曲は、みんなが知っている曲をこの人はこう歌う、あの人はあんな風に歌うっていう違いが面白いけれど、いろんな人が歌っているヴァージョンを聴いて初めてその曲を知る、逆のきっかけもありますよね。アルバムやライヴでは、私自身が歌いたい曲だったり、昔の曲やジャズのスタンダード曲でも、その曲を知らない世代の人に“この曲を伝えたい”と強く思う作品を選んでいます。私自身、
江利チエミさんが大好きなのですが、たとえば〈COME ON A MY HOUSE〉を歌うことで、聴く人がチエミさんってどんな人なんだろう、とか、昔の歌謡曲ってすごいな、とそこから音楽をさかのぼってくれるかもしれない。そんなことも意識しています」
――ジャンルや年代の幅広さと共に、全体的な奥行き感を感じますね。
「CMソングになったオリジナル楽曲でも、〈Gift 〜〉はすごくコマーシャリスティックで外側に向いた曲だけど、2曲目の〈How Beautiful〉は数ある自分の曲の中でも、もっとも自分の内側に寄り添う曲。カヴァー曲では、〈青空のかけら〉や〈小麦色のマーメイド〉のように、曲の中にわかりやすい主人公がいて、あらかじめよく考えられて作られた曲は、歌う人にとてもオープンで、曲の世界観にも入りやすい。それに対して、
ビートルズの〈ALL YOU NEED IS LOVE〉や
(忌野)清志郎さんの曲のように、メッセージを伝えるための曲でかつ、その人のパーソナリティや癖みたいなものがそのままメロディになっているものは、自分の言葉になるように出てくるまで苦労して、ひたすら練習する。そういう落差があるのって、おもしろいかな、と」
「この曲は、ジャズ・ヴァージョンと和田くんと歌ったのと2つあったのですが、一曲くらい他の人の声が入っていてもいいなと思って、今回はこちらを入れました。レコーディングの最初って、上手く歌おう、という邪念みたいなものでどうしても集中できない時があるんですけど、和田くんは音が始まった瞬間に音楽になれる人。これは別々のブースでお互いをガラス越しに見ながら一緒に歌ったテイクなんですけど、私の方がすごくひっぱってもらったような感じでした。単なるデュエットじゃなく、マイケルとこの曲に対する彼のリスペクトがとてもわかりやすい形で現れていて、カヴァー曲としてすごく成り立っている感じが好きです」
――このアルバム、聴き始めはそれこそライトなのに余韻がすごくディープで、不思議な魅力を感じました。
「それ、嬉しい! 入り口は楽しげに、だけど最後はてんぷらになりかける“注文の多い料理店”みたい(笑)。カヴァー曲やCMソングは、自分発信というよりも他からの発信という側面が多いので、今回のアルバムを作る前は、完成型が未知数だった部分もありましたが、CM曲、カヴァー曲というテーマの中でこれまでに録った曲をバラバラに並べることによって、“土岐麻子の音楽”というものがかえってハッキリ見えた気がします。もともと私自身、カヴァー曲を歌う人がそれをどれだけ、またどんな風に自分のものにしているか、という聴き方をするのが好きだったんですが、そういう意味では、このアルバムでは自分の側面が見えすぎた感じもありますね(笑)」
取材・文/吉原樹世乃(2010年12月)