新境地を開拓した傑作
『マニフェスト』から1年、活動再開後第2弾の新作
『POP LIFE』が登場した。クールな知性とホットな感情が互いを認め合いながら競い合うかのような
ライムスならではの持ち味は変わらないが、焦点がさらに研ぎ澄まされ、キレは鋭い。
宇多丸と
Mummy-Dの2MCが、新作に込めた「本当の意味でヒップホップを日本に根づかせる」(Mummy-D)ための試みを語ってくれた。
――音楽マニアでもなんでもない知人たちに聴かせたら大好評だったんですけど、一方でヒップホップ・ファンからは賛否両論があるようですね。
Mummy-D 「当然っちゃ当然なんじゃないですかね。いま新しいものを作ろうとしてるから、過渡期ではあると思うし、自ら物議を醸そうとしてるところもあるし」
宇多丸 「文句が出ないようじゃダメだってつもりでやろう、って話が総合プロデューサーのMummy-D(“Total Direction by Sakama Daisuke”とクレジットされている)から出てたんで。“ま、いいよね、今回もいつものクォリティで”って受け止められて、世間的には流されていくんじゃなくって、よくも悪くもちゃんと記憶に爪痕を残そうと」
Mummy-D 「評判以前にもっと大事な、自分たちに課してるハードルがあるんで、それを越さないと先に進めない状態でしたね。<Walk This Way>を作り終わって<Hands>に取りかかったころ、すごく悩んだんですよ。勇気を持って新しいことに挑戦しなきゃいけないと思ってるし、そうしないと日本のヒップホップが死んじゃうと思って自分なりに考えてやってるんだけど、“これはヒップホップじゃないんじゃないか”“ヒップホップじゃなくてもいいよ、とにかくこの道だよ”“いや待て、いま俺は命を懸けて全力で誰も求めてないものを作ってんじゃないか”みたいに堂々巡りで。その時期を超えてからは、とにかくアルバムとしてクォリティの高いものを作ることしか頭になかった。ヒップホップとしてどうかってことより、曲としての強さ、大きさを一層高めなきゃいけないし、その先にしか俺らの未来はないだろうなって」
――シングルで「Walk This Way」を聴いたときは僕も正直驚きました。歌ものが乗っててもおかしくないようなトラックだし、フロウもメロディアスだし。アルバムもドラマティックでメロディの強い曲が多いですね。
Mummy-D 「言葉っていうか気持ちを乗せやすいトラックを選んだ結果ですかね」
宇多丸 「表情がはっきりしてるトラックが多いですね。内容のはっきりしたことを歌おうとしているから、必然的に中間的な表情の曲は選ばれないという」
――今回はふたりの色分けも明快ですね。
Mummy-D 「両方ともふたりとも持ってる要素なんですけどね。どっちをやるのがうまいか、しっくりくるかってことかな」
宇多丸 「Dが情緒的なところを担ってるとしたら、俺がちょっと論理で補強するというバランスですね。<Hands>では、Dの歌っぽい感じが“ちょっと優しすぎるからピリッとさせて”っていう指示で」
――「余計なお世話だバカヤロウ」なんか、Dさんはフック部分の歌だけで、ラップは宇多丸さんが一手に引き受けている。
Mummy-D 「“俺は歌しか歌わないから、宇多さんヴァース全部やって”って言ってね。今回、フィーチャリングをしてないじゃないですか。だからグループ内でさらに面白くしていくことを追求したんです。アウトキャストみたいなバランスっていうかね」
――“ライフサイズのヒップホップ”というキャッチは、等身大の悲喜こもごもを歌わんとした、といった感じですか?
Mummy-D 「メインテーマであるライフ――人生とか毎日みたいな――って、ヒップホップ・ライフじゃないんですよ。ラッパーはみんな人生を扱うけど、俺の人生これに賭けてみせる、みたいな感じで、ヒップホップ・ライフなんですよね。俺は当時、非常に一般人な気分だったから。できるかぎりヒップホップ用語も使わないようにしたし」
――タイトル曲で歌われているような“ありふれた日常こそが素晴らしい”的な感覚って、ライムスには以前からありましたよね。
Mummy-D 「あったけど気づいてなかった、もしくは世相がこうなってきてわかったってことかな。なんでもない毎日が素晴らしいって言っても、熱狂的な時代の中では誰にも聞こえないし気づかれない。やっぱみんなが将来に不安を抱いてるからこそ聞こえてくる言葉なのかなと。ただの現状肯定にはしたくなかったんで、その気分をどう歌うか、みたいなことはすごく考えましたけど」
宇多丸 「だからどうした、ってことになりかねないからね」
Mummy-D 「でもさ、『POP LIFE』って、いいタイトルだね。ひとつ前の取材で“ポップって何だと思いますか”って訊かれて“キラキラしてるもんじゃないすか”って漠然と答えたんだけど、俺、やっぱワクワクするものがポップなんだって思ったの。ワクワクするってさ、何かいいことが“起こりそう”な状態なんだよね。“起こってる”状態じゃなくて。<Walk This Way>以外ほとんど全曲、最高の状態の5分前みたいな感じがする。で、<Walk This Way>は最高の一瞬で、<バカヤロウ>はその5分後(笑)。ま、それも人生っていうことで」
取材・文/高岡洋詞(2011年2月)