ニュー・アルバム『Road Show』発表記念 松任谷由実ロング・インタビュー

松任谷由実   2011/04/07掲載
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 映像性とエンターテインメント性。彼女の作品を支えてきた二大要素を、そっくり表題に投影したとも思える2年ぶり、36作目となる松任谷由実のニュー・アルバム『Road Show』。シネマ・コンプレックスでも、3Dシアターでもない、どこかノスタルジック。アナログ感さえ漂うこの言葉を掲げるにあたっては、「歌だからこそ広げることのできる、映像イメージがある」。クリエーターとしての“覚悟”にも似たそうした思いも、当然去来しているのだろう。

 全11曲、そのどれもが、映像的であり立体的。が、聴き手の
脳裏に映るイメージ、それ自体が歌に呼応して引き出された“私だけの脳内ムーヴィー”であることに思いが及ぶと・・・・・・いやあ、こんな3D映画、世界中のどこを探しても他にない。


3D的な感覚が、今まで以上に出てきたみたい

――1曲目「ひとつの恋が終るとき」からして、映画的ですよね。カメラアイ的というのか、歌詞の視点が動くのに応じて、歌の世界に引き込まれていく。
 松任谷由実(以下、同) 「書きながら、完全に(映像を)思い浮かべてましたね。歌い出しの“前も見えない雨が/それぞれの道/照らしてた”というくだりとか。フロントシートに二人で座っていて、その眼前を2本のヘッドライトが並行に照らしている、みたいな」
――ダークさもあるんだけど、それだけにこれから何かが始まる……という期待をかきたてる雰囲気があって。
 「3D的な感覚は、今まで以上に出てきたみたいです。プロデューサー(松任谷正隆)にもそういう実感があったようで、<ひとつの恋が・・・>は曲を渡した段階で、即イントロを思いついたみたい。サウンド・デザインが固まるのに応じて、歌詞のシノプシス、筋書きもまとまってきた」
――さすがだなと思ったのが、“つらくても/きっとあとになれば/やるせなく思える”。“やるせなく”という言葉を、肯定的に使ってらっしゃる。
 「ぜいたく(な表現)ですよね」
――昨今、やるせない歌が少ないので……(笑)。
 「そこまで世の中に余裕がないんでしょうね。経済がよかった頃には、それが当たり前。ポップスの根幹にあるものだと思ってやっていたけど、思い返して見れば、すごくぜいたくなことだった」
――やるせなさを感じること自体が、ぜいたく。
 「そう。衣食足りて礼節を知る、じゃないけど……」
――時間をかけたからこそ見えてくる“やるせなさ”もあると。
 「だから“ひとつの恋”なんです。真剣な恋がひとつここで終わったとして、でもそれだけがすべてじゃない。アナザーがあれば、ひょっとしてアザーズもあるかもしれない(笑)。そこに人生のポジティヴさがあるし、だからこそ悲しい」
――『Road Show』というアルバム全体に、今おっしゃったことが共通してあるような気がします。


 「はい。どの曲も、暗いようでポジティヴなんじゃないかな。1950年代終わり頃のアメリカ映画がそうでしたよね。先日亡くなったエリザベス・テイラーの主演作がそうだった。ファッションにしてもライティングにしても、どこかヨーロッパ的。ストーリーの割り切れなさにしてもね」
――ただハッピーエンドで終わるのじゃない、どこかせつなさを残して終わるという……。
 「そう。今回のアルバムも、前半がヨーロッパ的。それがだんだんアメリカ的になっていく。“二本立て”的な構成を意識しているんです」
――ある種、撮影監督じゃないですけど、カメラアイを意識して書かれた作品が他にもあれば……。
 「<夏は過ぎてゆき>がそうでしたね。ロカバラード調で、“誰もいない海”を歌った……」
――ユーミン好きにはたまらない、黄金の“何も起こらない”ソング(笑)。
 「本当にそうですよね。ほら、去年(2010年)の夏って、酷暑が長すぎて、秋らしさが感じられなかったじゃないですか。“秋はどこに行ったの?”という気持ちで作っていった。細かいことを言っちゃうと、“霧の雨の朝早く”と歌っているでしょ。“霧雨”でもいいところを“霧の雨”と助詞をひとつ加えることで、現実のカーテンと霧のカーテンが、レイヤー状に重なっている雰囲気を強調したかったんですよ」
――助詞ひとつの抜き差しで、歌詞の風景が……。
 「がらっと変わるんですよね。自己満足かもしれないけど」
――映像にことよせて言うと、「バトンリレー」で描かれるイメージも鮮烈です。“そんな/あどけない顔して/眠ってるあなたも/悩みは/たぶんあるのね”。大きな意味での“母性”を感じさせる表現に、正直驚かされました。
 「実際母親になった経験がない分、濃縮して出ちゃったのかな(笑)」
――もとはと言えば、生命保険のタイアップ・ソングとして書かれた曲ですよね。
 「スポンサーとの会議中に、女子マラソンの後援企業でもあるという話題が出たんです。そこからまず、“走っている”映像が浮かんできて、“生命の連鎖”というテーマともあいまって、幼子の寝顔を見守る設定が生まれてきた。おもしろいことに、そうやって眠っている子どもって、自分の赤ん坊の頃の姿かもしれない、と思えてきたんですよ。見守っているのは、じつは私の母親かもしれないし、その母かもしれない……」
――“いつか/私は立ち止まる/黄昏に包まれ”とも歌われてますよね。
 「私自身、“黄昏”がいよいよ現実味を帯びてきちゃったからね(笑)」
――いえ、きれいな言葉ですよ。
 「キャサリン・ヘプバーンヘンリー・フォンダが老夫婦を演じた、『黄昏』というアメリカ映画がありましたよね。原題は覚えてないんですけど、(注:『Golden Pond』)、あの作品にも“ゴールデン”なイメージがあった」
――そう思うと「バトンリレー」自体、タイアップの枠を超えた、スタンダード感のある作品になっているという気がするんです。
 「タイアップをいかに超えていけるかというところが、タイアップ・ソングのやりがいだと思うんです。広い層の理解を得て、スポンサーに満足していただけた上で、タイアップ期間がはずれた後、歌としてどこまで生き残っていけるか。その勝負ですよね」


パーソナルな表現を突き詰めることで、届く対象は広がっていく

――一方、アルバム後半には「夢を忘れたDreamer」や「GIRL a go go」など、元気のいい“女の子の歌”が続きます。
 「<バトンリレー>のようなワビサビ系の曲を書いているうちに、対照的に弾けた曲も入れてみたくなった。<夢を忘れたDreamer>で意識したのは、都会で暮らす若い女性への応援ソング。シェリル・クロウみたいな、男気のある女性ロッカーをイメージして書いてます」
――ライヴでも、アコースティック・ロック的なアレンジになりそうな……。
 「断言はできないですけど、ギター1本で歌える曲ですよね。自分で弾けるわけじゃないんですけど」
――ギター的な曲を意識して作った?
 「そう。デモの段階で、複雑なコードは使わずに、わざと音を中抜きして、倍音ぽく弾いたり……。じつはこの曲、いったん出来た歌詞を、ほぼ全面的に書き直しているんですよ」
――それはプロデューサーの意向で?
 「いえ、私のほうから申し出ました。いったん書き上げた後、“なにかが違う。なんだかジトッとした女の歌になっちゃってる”と、自分の中で引っ掛かるものがあったんだけど、作詞した当人としては“歌詞が問題なんだ”とは、できることなら思いたくない(笑)」
――このままで行けるものなら、ですね(笑)。
 「でも、自分の作品である以上、後悔するのも結局は自分なんですよね。おずおずと言ってみましたよ。“ひょっとして詞を変えたほうがいいのかな”って。プロデューサーいわく、“だよね”って(笑)」
――結果、より普遍性の高い作品になっている気がします。歌詞に出てくる“あなた”も、恋人だけを指しているのじゃない……。
 「過去に置いてきた“ふるさと”でもいい」
――と同時に、この歌を歌うことで、松任谷さん自身が、自分を奮い立たせているようにも聞こえます。
 「自分を励ましている、そのことによって励まされる人がいるというのが一番なんでね。誰かを励まそうとして対象を限定すると、かえって範囲を狭めてしまうんじゃないかな。パーソナルな表現を突き詰めることで、届く対象は広がっていくから。<夢を忘れたDreamer>の手直しも、そこがポイントだった」
――ラストに置かれた「ダンスのように抱き寄せたい」は、文字通り映画のエンディング・ロールを思わせる、余韻あふれる曲ですね。
 「実際、映画(『RAILWAYS』)のエンディング・テーマとして使っていただいた曲なんです。映画自体、ミッドライフ・クライシス、人生後半をいかに生きるかをテーマにした作品だった。鉄道を舞台にしていたこともあって、私としてはブルース・ホーンズビーみたいな、列車のリズムを感じさせる曲を念頭に置いて書いたんですよ」
――曲名も印象的です。そっと寄り添うようなイメージがあって。
 「意識していたのは、岩谷時子さんが訳詞された<ラストダンスは私に>。岩谷さんの解釈、素晴らしいですよね。もとはと言えば、他愛のないアメリカン・ポップス。原詞を読んでも“ダンスは終わった。さあ、俺に家まで送らせてくれ”としか言ってない(笑)」
――それはまた、趣のない(笑)。
 「そんな英語の歌詞を、岩谷さんは趣あふれる人生の歌に変えてしまった」
――自身の感覚という“フィルター”を通して、本質に触れる何かを提示していく。松任谷さんの作風と相通じる姿勢だと思うんですが。
 「それをやらなかったら、歌を作ってる意味がない。“だからどうした?”では終わらない。深みのある作品を作り上げていく過程に苦しみもあり、その先に喜びが待っていてくれるんですよね」
取材・文/真保みゆき(2011年2月)
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