【村治佳織】 人生も音楽も、旅のように――坂本龍一の書き下ろし曲を含む新作『プレリュード』をリリース

村治佳織   2011/10/04掲載
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 あるときは凛とした強さを放ち、あるときは包み込むような慈しみを帯びるクラシック・ギターの調べ。村治佳織のニュー・アルバム『プレリュード』は、吉永小百合との親交がもたらした坂本龍一との出会い、演奏家と編曲家との強い絆、クラシック・ギタリストの伝統を保ちながら常に新たなサウンドとスタイルを模索するアーティストとしての内省的な洞察など、経験を重ねるにつれ繊細な色調を増す日々を写しとったかのような静謐な音に満ちている。聴き手の鼓膜にすっと近づき、心の奥を溶かすように爪弾かれる選び抜かれた音色。昨今の音楽シーンでは得がたい聴き応えと充足感を与えてくれる彼女の琴線は、この1年でどのような響きに触れたのだろう。
――震災の起きた3月11日は、坂本龍一さんとのレコーディングだったそうですね。
村治佳織(以下、同) 「はい、映画『一命』の挿入曲〈スモール・ハピネス〉を録音する日でした。やっと辿りついたスタジオで坂本さんにハグしてもらって……。余震のなかで録ったテイクが実際に映画で使われています。その後、私のアルバムのために坂本さんに書いていただいた〈プレリュード〉にも、震災への想いが織り込まれているように感じます」
――2009年のアルバム『ポートレイツ』でも、坂本さんの曲を演奏されていますね。坂本さんとのご親交はそれ以来?
 「直接の出会いをつないでくださったのは、1997年の朗読CD『第二楽章』でご一緒させていただいた女優の吉永小百合さん。私が坂本さんの曲を演奏していると知った吉永さんが、2010年の“平和への絆コンサート”で坂本さんと共演させてくださったんです」
――坂本さんの曲のデモ音源は、ピアノで録音されてくるんですか?
 「ピアノで書き下ろしていただきました。坂本さんが佐藤弘和さんのギター・アレンジを気に入ってくださったので、その原曲をほとんど変えずにギターに編曲したんです。私の場合は、暗譜することで本当にその曲が自分の中に入ってくる気がするので、どの曲も短い期間に詰めて練習して、完全に覚えてからレコーディングに臨みます。〈プレリュード〉は毎日10時間くらい集中して練習したら、こんな場所(人さし指の内側を指して)に水ぶくれができました(笑)」
――作曲者の意図とご自身の解釈が異なることはないんですか?
 「最近は自分の感情がどうこうというレベルを超えて、弾いているときには音と一体化したい、音そのものになりたいと思うようになりました。曲には作曲者の気持ちがこもっていますから、自分の思いを出そうとする必要はないんです。“その人に寄り添う”のは得意かもしれません。〈コユンババ〉は瞑想的で、ガムランやケチャのように我を忘れて陶酔する雰囲気。宗教的な祈りや、我を忘れる境地に近づきたいという想いで弾きました。夏目漱石の言う“則天去私”のイメージで演奏したいと思うようになりましたね」
――クラシック・ギター1本とは思えないほど豊かな表現力は、どこからくるのでしょう?
 「ギターは弦楽器でありながら、打楽器的な要素も持っています。“珠響(たまゆら)”の公演中、舞台袖にいた大鼓の亀井広忠さんが、ギターも“打つ”って感じなんだね、とおっしゃったんです。言われてみれば指が弧を描いて弦に振動を与えるのは“打つ”という感覚でもあるんですね。小学校の頃から福田進一先生には、オーケストラが弾いているように演奏するよう教えを受けてきたので、表現の引き出しは自然と身につきました」
――「フール・オン・ザ・ヒル」ではさまざまな音楽スタイルを自由に行き来されています。幻想的なトーンの秘密は?
 「こちらも佐藤さんの編曲にブラボーなんです。〈フール・オン・ザ・ヒル〉は〈コユンババ〉と同じく特殊な調弦で編曲されていて、普通のクラシック・ギターとは違う神秘的な響きを持っています。弦の押さえ方も変わるので、ボサ・ノヴァの響きもとても柔らかくなるんですね。20代でさまざまな演奏経験を積み、異なる音楽スタイルの特徴を曲の中で自在に取り出せるようになりました。〈スターダスト〉でも、ジャズ独特の“えぐい”表現をしています。毎年恒例になった、最新作の収録曲順をそのままプログラムにして行なう演奏会で、前回は雪に見立てた羽根を降らせたのですが、今回は星を降らせたいですね(笑)」
――アルバム全体が聴き手を音の旅へ誘うようでした。旅はお好きですか?
 「遊牧民のように移動しながら刺激を受けるのが自分に合っているようです。1つのところに留まっていられない性分。自分の目で見られる限りのものを見ていきたいです。音楽を生業にしていることで、見てきたイメージも曲で表わしていくことができるし、聴いてくださる方とイメージで繋がることもできる。すべてが音楽のため、ギターのため、というのではなく、人生を楽しみたいものです」




取材・文/木村小百合(2011年9月)
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