内モンゴルから北京へと移り住んだ面々によって結成された
ハンガイ(杭盖)は、元来遊牧民族だったモンゴル人のルーツをロックやブルースのフィーリングたっぷりに打ち鳴らすバンド。最新作
『走的人』は
マーク・リーボウ(Marc Ribot)や
ケン・ストリングフェロウ(Ken Stringfellow / R.E.M.やニール・ヤングのプロデュースで知られる)も参加した意欲作で、先頃行なわれたフジロックフェスティバルにも初出演を果たした。今回取材に答えてくれたのは、イリチ(伊立奇 / バンジョー, vo)、イララタ(义拉拉塔 / vo, g)、バトゥバグン(巴图巴根 / 馬頭琴, vo)の3人。イリチは12歳のときに、イララタとバトゥバグンは20歳を過ぎてから北京へ移ってきたという。
――子供のころはどういった音楽を聴いてたんですか。
イリチ 「おじいさんや両親が内モンゴルの伝統歌を歌ってたんです。子供のころとくに意識したことはなかったんですが、北京に移ったあと、内モンゴルの文化を意識するようになりました。ハンガイのメンバーはそれぞれ異なるロック・バンドをやってましたし、みんなロックから強く影響を受けています。僕も
セックス・ピストルズ(SEX PISTOLS)や
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(RAGE AGAINST THE MACHINE)、
ニルヴァーナ(NIRVANA)、
レッド・ツェッペリン(LED ZEPPELIN)などいろいろ聴いてきました」
――イリチさんの場合、そういった音楽は北京に来てから知ったんですか?
イリチ 「姉が北京でロック・バンドのベースをやってたんで、北京に来る前から聴いていました。そのバンドは日本にも来たことがあるんですよ」
――なんていうバンド?
――そうなんですか! 日本でも有名ですよ。
イリチ 「ロックは姉から教えてもらったんですよ。そういう環境は北京ではちょっと珍しいかもしれませんね」
――イララタさんは?
――内モンゴルでもヘヴィ・メタルは人気なんですか。
イララタ 「そうでもないんですけどね。田舎のほうでは地元バンドの人気が高いです。ホルド(HURD)とかハランガ(HARANGA)とか」
――バトゥバグンさんは?
バトゥバグン 「僕が北京に移ったのは22歳のときだったんですが、なんでも聴きました。ボン・ジョヴィとかも(笑)」
――大人になってから自身のルーツを見つめ直した部分もあるんじゃないですか。
イリチ 「新しい音楽からの影響は受けていますが、モンゴル人なので故郷の伝統音楽がルーツにあることはたしかです。ただ、ハンガイのようにモンゴルの伝統音楽とロックなどを融合させたのは新しいものだと思います」
――モンゴルの伝統音楽はどのようなテーマを歌ってるんでしょうか。
イララタ 「生活とか故郷のことですよね。とくに遊牧民族にとっては馬が重要な存在なので、馬との生活を歌ったものが多いんです」
イリチ 「馬をゆっくり走らせている時はゆっくり歌うんですが、馬を速く走らせる場合はアップ・テンポになるんです。そういうふうに馬の走るテンポによってリズムが変わるんですね」
――先ほど名前が出たメタリカやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの歌詞とはずいぶん違いますよね。とくにレイジは過激な政治的メッセージで知られますが。
イリチ 「ご存じのとおり、僕たちにとって政治について何かを発言するのは簡単なことではありません。こうした音楽をやっているのは、モンゴルの若者たちに自分の文化の重要性に気づいてもらうためなんです。アルバムの一部の曲はロックですが、単に西洋のロックを持ってきただけじゃなく、それぞれ固有の意味を持っています。〈四季〉という曲がありますが、これは遊牧民族の生活を歌った伝統曲をベースにしています。僕らはそれを大幅に変えて、現在の遊牧生活はどういったものなのか、一種の投げかけとして歌っているんです。僕たちにとってのロックとは、伝統的な思考や文化を現代の方法で表現する際の大切なツールなんです」
――“現在の遊牧生活”とは、もともとは遊牧生活を送ってきた人たちが北京のような都会でどう生きるか、ということ?
イリチ 「現在の内モンゴルで完全な遊牧生活をしている人はいなくて、みんな中国政府が決めた制限のなかで生活しているんです。ただし、モンゴルのルーツが遊牧文化にあることは変わりません。遊牧民の生活は自然のなかでバランスを取ったり、道徳的な基準があったんですが、それが失われつつある。とくに伝統文化はここ数年で大きな打撃を受けています。僕らが考えているのは、元の生活をすべきということではなく、民族の精神はつねに持っているべきということ。そして、その精神が伝統音楽にはあるんじゃないかということなんです」
――そして、ハンガイは音楽を通じてそういったメッセージを伝えようとしているわけですね。
全員 「そうです」
取材・文 / 大石 始(2011年9月)