デビュー・アルバム
『何事もなく暮らす』(2009年)が本国韓国のみならず、日本でも注目を集めた
チャン・ギハと顔たち。70年代の韓国ロックが持っていたムードも漂わせながら、卓越したポップ・センスと独特のユーモアで韓国の音楽シーンでも異彩を放ってきた彼らの2ndアルバム
『チャン・ギハと顔たち』が完成。ライヴを行なうために来日したヴォーカルのチャン・ギハに話を訊いた。
2011.10.21 東京・渋谷O-EAST
(C)Tadamasa Iguchi
――昨年の来日公演では日本のバンドとも対バンしましたよね。
チャン・ギハ(vo、cho/以下同)「昨年同じステージに立たせていただいたバンドのなかでは、
ヒカシューは“僕の先輩だ”と感じました。音楽が素晴らしいのはもちろん、僕らが進むべき方向性を提示してくれている気がしたんですね。特にリーダーの
巻上(公一)さんは素晴らしい。それと、
トクマルシューゴさんはジャンルの境なく音楽をやっていることもあって、僕も刺激を受けています。
ZAZEN BOYSは演奏技術、カリスマ性、個性の面でズバ抜けていると思いますね。日本での活動からは学ぶべきことが本当に多いんですよ」
――今回のアルバムの制作にあたって、メンバーの変更がありました。
「コーラスとパフォーマンスを担当していたミミ・シスターズが離れたこと、キーボードのイ・ジョンミンさんが加入したこと、それと長谷川陽平(註1)さんがサポート・メンバー(g)/共同プロデューサーとして参加したこと、この3点ですね。まずミミ・シスターズと一緒にやるのはここまでが適切なんじゃないかと思い、お互い合意のうえで別々に活動することになりました。その意味では一般的なライヴ・バンド、ロック・バンドになったとも言えるかもしれませんね」
――それ以前は“一般的なロック・バンド”以外のものを目指していたんですか?
「ま、一般的なロック・バンドにはダンサーなんていないですよね(笑)。今後はミミ・シスターズの代わりに僕が踊りますよ(笑)。イ・ジョンミンさんの加入についてなんですが、1枚目のアルバムを作ってから僕のなかでキーボードに対する関心が高まってきたんですね。それによって聴く音楽も変わってきました。昔から好きだったドアーズは今も聴いていますが、
ロキシー・ミュージック、
トーキング・ヘッズ、
スパークス、それと初期の
サンタナも聴くようになったんです。そのなかでキーボーディストを正式メンバーとして迎える必要性を感じるようになった。イ・ジョンミンさんが加入したことによって、一枚目とは違うサウンドを作ることができましたし、その結果には僕も満足しています。それと長谷川陽平さん。最初はサポート・ギタリストして参加してもらっていたんですが、技術的に優れているのはもちろんのこと、僕が抽象的に考えていた方向性を具体化してくれたんです」
――長谷川さんが参加することになった経緯は?
「制作に頭を悩ませていたとき、長谷川さんが“今まで君がやってきた音楽を聴くかぎり、こんなアルバムも好きなんじゃないかな?”といくつかのアルバムを薦めてくれたんです。長谷川さんは韓国の音楽にも精通されていますが、薦めてくれたのは外国のものが多かったですね。ヒカシューも長谷川さんに教えてもらったんですよ。僕らは音楽的にも通じるものが多いので、今回参加してもらうことになったんです。今回は僕の大好きな70年代のサウンドを表現しようと思っていたんですが、それをどうやって形にするべきか、そのやり方が僕は分かっていなかった。長谷川さんはそういうことを昔から研究されてきましたし、機材に関しても熟知されているので、今回求めるサウンドを形にすることができたんです」
――現在の韓国の音楽シーンについてはどう思います?
「あまり心に響くものはないですね、チャン・ギハと顔たち以外は(笑)。もちろん学ぶべきアーティストはいますが、リスナーとして考えてみると、そこまで僕の心を震わせる曲はない、という意味ですが」
――ホンデ(註2)の状況はいかがですか?
「数年前に比べるとインディ・バンドが注目を集めるようになりましたし、このジャンルに関心がないリスナーでも名前ぐらいは知ってるバンドが出てくるようになりました。でも、それは表面的な変化で、根本は変わっていません。以前からおもしろいことをやっていたBEATBALLやCAVARE SOUNDといったレーベルは今もそれを続けていますし、おもしろくないことをやっていた人は今も同じようなことを続けています。ただ、“インディ”というキーワード自体に関心が高まり、それをビジネスチャンスとして捉えている人たちがいるのは確かですね」
(註1)長谷川陽平:
サヌリムやトゥゴウンカムジャにも参加してきた、ソウル在住の日本人ギタリスト。
(註2)ホンデ:ソウル随一の芸術大学、弘益大学周辺のエリア。クラブやライヴ・ハウスが集まる、韓国インディ・シーンの中心地。
取材・文/大石 始