類い稀なテクニックとセンスの持ち主であるフルート奏者、
瀬尾和紀はソリストとして活躍する一方で、近年は編曲者としてもさまざまなレパートリーに取り組んでおり、
ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を6人、
マーラーの交響曲第9番を12人で演奏したプロジェクトで話題になったのは記憶に新しいところである。また、2010年にはみずからレーベル“レ・メネストレル”を立ち上げ、20世紀を代表する名ピアニストである
ヴァルター・ギーゼキングが作曲した室内楽作品を発掘し、CDにして世に送り出すなど、意欲的な活動を展開中である。2011年11月に発売された
『ギーゼキング:室内楽作品集第2巻』では、プロデーュスする側に徹するなど、フルートの世界だけにとどまらず、独自のスタンスを打ち出しているのも印象的だ。
――ギーゼキングの作品との出会いについて教えてください。
瀬尾和紀(以下、同) 「最初の出会いは、
『ギーゼキング:室内楽作品集第1巻』の最後に入っている〈
グリーグの主題による変奏曲〜フルートとピアノのための〉でした。今から約20年前、留学中にその存在を知って、CDで聴きました。楽譜を見たいと思って、いろいろなところを探した結果、運のいいことにウィーンでなんとか手に入れることができました。ギーゼキングという大ピアニストの名前は知っていましたが、まさか作曲もしているとは思いませんでした。〈ソナチネ〜フルートとピアノのための〉は、フルートをやっている人には昔から知られている曲です。この曲の存在はもちろん知っていましたが、〈演奏会用ソナチネ〜チェロとピアノのための〉や〈ヴォルガの舟歌による変奏曲〜チェロとピアノのための〉は、カタログを見てその存在を知り、ヨーロッパ中の図書館や中古の楽譜店を探しました」
――特定の数曲を除いては、そもそも楽譜の入手すら難しかったわけですね。
「そうです。ショット社から出ている〈ソナチネ〉の前書きを執筆した方とコンタクトをとって、何度か話を聞く機会を得ました。そのときに“(ギーゼキングの)長女がヴィースバーデンに住んでいるから連絡してみたら?”という話になり、直接お宅へ伺うことができました。〈ヴォルガの舟歌による変奏曲〉は、楽譜のリストには載っているのですが、どこからも出版されていませんでした。でも幸運なことに、彼女の家で見つけることができました。もう、ここまできたら、なんとか音にして残したいという思いが強くなりましたね」
――それは、いつ頃の話ですか?
「楽譜を見つけたのは2003年です。それから、どういう形でCDにするのかをいろいろ考えました。しかし、なかなかことがうまく運ばず、だったら、先に自分たちで録音してしまおう、という流れです」
――ギーゼキングの作品の魅力は、どういったところにあるのでしょうか?
「ひとことで言いきるのは非常に難しいですね。『第2巻』に収録した〈五重奏曲〜木管楽器とピアノのための〉は、彼の作曲家としてのキャリアのなかで最初期の作品です。
R.シュトラウスの影響を受けていますし、長大で雄大な作風。一方、最晩年に書かれた〈ディヴェルティメント〜クラリネットと弦楽四重奏のための〉は、
ヒンデミットなどのドイツ音楽に近い響きを取り入れつつ、色彩的にはフランス音楽の影響が見えています。その意味では、作風はとても幅が広いのですが、独特な魅力を醸し出すことに成功していると思います」
――『第1巻』に入っていた作品は、フルート奏者の目から見ていかがですか?
「フルートの作品は、一般的な傾向としてピアノの書き方が薄いものが多く、真の意味でフルートとピアノのデュオと呼べる作品は、じつはほとんどありません。本当に片手で数えられるくらいなんですよ。ギーゼキングの作品は、ピアノ・パートが充実し、重厚な響きを湛えつつ、軽やかな面も見せています。大ピアニストとして、あらゆる作曲家に精通していたぶん、さまざまな影響を受けていたからでしょう。もちろんフルートも活躍しますが、ピアノの書法にとても惹かれました」
――今後もギーゼキングの作品を録音する予定はありますか?
「今すぐには予定していませんが、構想はもっています。ピアノのための作品の楽譜は、写真で撮っただけの状態なので、これを浄書して演奏できる状態にしないといけません。21曲の歌曲もおさえてあります」
――プロデューサーとして、レコーディングに至るまでのさまざまな作業をする必要もあるのですね。
「録音したものを編集する作業もあるのですが、なかなか手が回らなくて……。
J.S.バッハの〈シャコンヌ〉のフルート版やドホナーニの〈パッサカリア〉などの『無伴奏フルート曲集』を録音したので、なるべく早く出したいと思っています。昨年12月には、
シェーンベルクの〈室内交響曲第1番〉の五重奏版(
ウェーベルン編曲)と〈浄められた夜〉のピアノ三重奏版(シュトイアーマン編曲)など、初期の作品をまとめてレコーディングしました。録音したあと、編集も自分で手がけるので時間がかかります。他の人に編集を任せても、“ああして、こうして”と注文をつけると嫌がられるだろうと思って、自分でやっています」
――では、ぜひ、発売時にまたお話をうかがわせていただきたいと思います。
取材・文:満津岡信育(2012年2月)