“和と洋の融合”をコンセプトに、国内外の多種多様なアーティストをゲストに迎え、西洋クラシックと日本の名曲群が、繊細に、ときに大胆に溶け合っていく。豊田自身が作曲した作品や、前作よりも実験性の高いものも多く収録されており、彼女の中にある確固とした音世界がさらに伝わり、広がっていくアルバムとなった。
――はじめに『CRYSTALIER』のコンセプトについてお聞かせください。
豊田裕子(以下、同) 「まずは、和と洋の融合ですね。これは、“祈り”という言葉が表現の姿を変えたものでもあります。太古の日本人は、音を神様に捧げていました。“調べ”という言葉がありますが、これによって人々は天と地、神と人、そして自然と人をつなげていたのです。そうした日本人のスピリットを、私が洋楽器であるピアノを通して伝えたいと思いました」
――前作の『Chopin de Cristal』でもそうでしたが、豊田さんは“自然”を重要なテーマとしていらっしゃいますね。
「東京に住んでいると、自然を身近に感じることがどうしても難しくなります。でも、九州の霧島に行って、そこの水を見たときに衝撃を受けたのです。“この一滴の力って、本当にすごい”と思って、音についても同じようなものがあるのではないかと考えました。“一つの音で何が表現できるか”ということを探求していくうちに、自然との調和について深く考えるようになっていったのです」
――自作曲「Galaxy」と「Crystalier」について教えてください。
「〈Galaxy〉は夜を意識した作品で、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のイメージをもとに書きました。物語の主人公にとって星空が身近なものになっていくように、聴いていただく方にとっても、星空をとても近い存在に感じていただけるような作品になっていると思います。一方、昼を意識した〈Crystalier〉の作曲当時は、祖母の亡くなった時期と重なっていたので、私の中に“祈り”や“癒し”を求める心境がありました。祈りにもいろいろありますが、ここでは“捧げる”という意味合いや、いなくなってしまった人への想いが強くなっています」
――実験的なサウンド世界が広がるアルバムですよね。音色にこだわる豊田さんですから、音色を作るにあたっては、さまざまな葛藤が出てきたのではないでしょうか?
「もちろんありました。普通のクラシックとはまったく録音環境が違いますし、戸惑うこともたくさんありましたね。また、ミキシングによって作り出される音色になかなか満足できず、いつも“違う、こうじゃない”と言っていたりもしました(笑)。ミキシングやアレンジの方のセンスや、やりたいこと、プロデューサーの考えも含め、あらゆる意見がぶつかりながら、私のアイディアにプラスされていくことで、どんどん世界が広がっていきました」
――多様なアーティストとの共演も話題になることと思いますが、いかがでしたか?
「コラボレーションさせていただいた皆さんからは、たくさんの影響を受けました。もともと大好きで、共演するのが夢だった大鼓の
大倉正之助さんの神がかり的な音色は、〈月光と与作〉で出したかった“神秘”の表現にすごく力をくださいましたし、和太鼓のTAOさんのパフォーマンス性に満ちた力強いリズムは、命や火といった精神性の高い表現をさらに熱いものにしてくれました。ヴァイオリンのパヴェル・エレットさんの飛翔するような音色は、私の曲をさらに魅力的に輝かせてくれました」
――「月光と与作」「荒城の月とハンガリー舞曲」など、最初は各曲での組み合わせの仕方に驚きましたが、実際に聴いてみると、とても自然な仕上がりになっていますよね。
「ありがとうございます。おもしろいとか、自然だねといった感想をいただけることがいちばん嬉しいです。“調和”を目指すにあたって、いかに自然につなげていくか、ということは、とても重視して作っています」
――どれもアイディアや工夫に満ちた作品ですが、豊田さん自身、とくに思い入れのある曲はありますか?
「ミュージック・ビデオも撮った〈月光と与作〉と〈荒城の月とハンガリー舞曲〉、そして〈Galaxy〉ですね。これらは長く時間を費やしてきた作品ですし、“和と洋の融合”というコンセプトが結実した作品になっているので、とくに愛着があります。このアルバムを聴いていただく方々には、気持ちのいい“調和”を感じていただきたいですね。一所懸命に聴くというのではなく、よい香りをふっと吸い込んだ時のような感じで、自然と頑張らずに聴いていただきたいのです。なんとなく聴いているうちに、“気づいたら元気になっていた”というのが嬉しい。それをいちばんに考えて作っています」
取材・文:長井進之介(2012年3月)