8ヵ月におよぶ航海の記録を作品にしたデビュー作『Cape Dory』
(註1)が話題を呼んだデンバーの夫婦デュオ=
テニス(Tennis)が、ドラマーを迎えた3ピースとなって新作
『ヤング・アンド・オールド(Young&Old)』を4月18日に発表する。
ブラック・キーズのパトリック・カーニーをプロデューサーに迎えた本作は、そよ風のように優しく、ノスタルジックな雰囲気が心地よかった前作の雰囲気を踏襲しつつも、ブラック・ミュージックの要素を強め、
フリートウッド・マックのような痛快なポップ・アルバムに仕上がっている。キュートかつパンチの効いたヴォーカルが魅力的な、アライナ・ムーア(vo、pf、key)に話を聞いた。
――『ヤング・アンド・オールド』の楽曲の大半は10ヵ月におよんだ昨年のツアー中に書かれたそうですが、ツアーによって何を発見し、新作の方向性が見えたのでしょうか?
アライナ・ムーア(以下、同)「1stは当初、ライヴをやる予定もまったくなく作った作品だったのね。だから、それをライヴで再創造するのは楽しい作業でもあったんだけど、同時に、どこかライヴ・セットが平板にも思えてて。だから、今回はもっとライヴに緩急を作りたかったし、キュートなポップっていうより、ロックンロールな瞬間を作りたかったの。ライヴでカタルシスを生むような曲を作りたくて」
――本作のテーマは“モータウンを経験したスティーヴィー・ニックス”だったそうですが、これについてもう少し詳しく説明していただけますか? 「ヴォーカル・スタイルに関しては……そう、あの映像、見たことある? 70年代か80年代の
ローリング・ストーンズの楽屋の映像なんだけど、そこでスティーヴィー・ニックスがギターに合わせて〈ワイルド・ハーツ〉を歌ってるの。その彼女の歌声が本当にパワフルで、存在感があって、あんなの、絶対ほかにはないわ。私はあれと同じ勇気を持って歌いたかったし……まだそこには到達してないけど、努力してるの」
――そのテーマを実行するにあたって、フリートウッド・マックはもちろん、どんなミュージシャンや作品が参考になりましたか?
「私は90年代のR&Bも大好きなのね。あと50年代、60年代のモータウンに、
ファンカデリックや
アル・グリーンも大好きだし……実際、私たちがブラック・キーズが大好きなのもそこなの。パトリック・カーニーと一緒にスタジオに入りたいと思ったのも、ブラック・キーズのドラムとベースのサウンドには、モータウンのレコードと共鳴する部分があるから。すごくエモーショナルなのよ。私、あのドラムとベースだけずっと聴き続けることだってできると思う(笑)。私たちはそこにすごく興味があったし、その方向を掘り下げてみたかった。『Cape Dory』がベースレスだったことを思うと、おかしいんだけど(笑)」
――『ヤング・アンド・オールド』というタイトルとも関わってくることだと思いますが、テニスの音楽にとって“ノスタルジックであること”は重要なポイントだと言えますか? 「ええ。たとえば、私もパトリックも文学が好きで、私にとって最高の文学は何世紀も前に生まれたんだけど、彼にとっては50年代初期のアメリカ文学なの。
ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』は観た?(※日本では5月26日から全国ロードショー) 私たち、あれを観て大笑いしてたんだけど……っていうのも、
オーウェン・ウィルソンのキャラクターがまるで自分たちみたいだと思って。“違う時代にいたい”っていう人間なのよ。もちろん、馬鹿な考え方よね。実際にその時代にいたら、きっとそれにも不満なんだから(笑)。でもとにかく、私たちはそういうノスタルジックな人間で、古いものやその頃の生活に憧れてる。テクノロジーに左右されない生き方ってどうだったんだろう? って考えるのが好きなの」
――近年はクラシカルなポップスのテイストを含んだ作品が目立つようになっていると思いますが、なぜそういった傾向が生まれているのだと思いますか?
「たぶん、文化って振り子みたいに過去と未来に揺れながら進んで行くんだと思う。ぐっと前に進んで、新しいものを発見していく時もあれば、勢いを失って、過去に戻ってそこに美しく豊かな遺産を見出して、また新しいインスピレーションを得る時もある。それも私にとってはポジティヴな体験なのよ。そして今の世代、私たちの世代の原型となる意識は、たぶん過去に向かいがちなんだと思う。音楽に関して言うと、昔の曲作りって、デジタル・レコーディングやオートチューンなんかとは全然違う考え方なのよね。いろいろレコーディングの制約があったせいで、曲の構成も違う。それがテクノロジーが簡単に手に入るような私たちの世代にとっては、ものすごくためになるのよ。ローファイが浮上してきたのも、理由はそこだと思う。自分たちの前の世代が体験したことをもう一度たどると、私たちにとってはすごく得るものが多いのよ」
取材・文/金子厚武(2012年4月)