[1]Special Interview
2009年春の段階で完成間近と報じられていた
シガー・ロス(Sigur Ros)の6作目
『ヴァルタリ〜遠い鼓動(原題:Valtari)』が、ようやくお目見えする。いつになくレコーディングが難航して行き詰まったこのアイスランディック・バンドは、一旦作業を中断して活動を休止し、家族と過ごしたりソロ活動に励んで心機一転。
ヨンシー・バーギッソン(vo)の公私にわたるパートナー=アレックス・ソマーズの協力を得て、バンド・アンサンブルではなくコラージュ的手法でアルバムを構築したという。美しくもヘヴィな、さまざまな形の音塊からなる本作の制作プロセスを、ヨンシーが振り返ってくれた。
「僕はシガー・ロスの未来についてすごく興奮している」(ヨンシー)
――アルバムに着手した当時、具体的なアイディアはあったんですか?
ヨンシー・バーギッソン(vo/以下同) 「いいや。このアルバムはどこか、落ちつきがないところがある。すごく取っ散らかっていて、放縦で、作業を始めてはストップするということを何度も繰り返したから、ちょっと混乱しちゃったんだよね。もう何年も前にロンドンのスタジオで2曲録音したのが始まりなんだけど、一旦やめて違うことを始めて、またそれも保留にして……。そんなわけであらためて振り返ってみた時に、“あれ、随分たくさん曲があるじゃないか。これらを練って仕上げなくちゃ”って悟ったのは、ほんの数ヵ月前のことなんだ」
――途中で活動を1年休止しましたが、バンドにどんな影響を与えたと思いますか?
「いい影響を与えたと願っているよ。僕にとってはすごく楽しかった。少し横道に逸れて、違うことを試して、ほかのミュージシャンたちとプレイするっていうのは、僕にはプラスになったよ。でも、シガー・ロスの仲間の元に帰ってくるのも素晴らしいことだった。4年近く一緒にプレイしていなかったから、この1年間ずっと音楽作りをして本当に楽しかったし、いい雰囲気だったね」
――再開した時にはより方向性がクリアになっていた?
「僕らにはただ、愛情と時間を注いでじっくり作業をして、アルバムを完成させようという固い決意があっただけだよ。いい材料が揃っていると実感してはいたものの、少々漠然とした面があって、混乱していた。それだけの話さ。最終的にはこうしてちゃんと形になったからね」
――これまでのどの作品よりも静謐でシネマティックな音になったと感じますが、あなたが手がけた映画『幸せへのキセキ』のスコア制作からフィードバックされたことなどありますか?
「いいや。あれはどちらかというと、僕のソロ・プロジェクトみたいなものに近かった。ソロ・アルバムの
『GO』と同様、ニコ・ミューリー(Nico Muhly)にいろいろ手伝ってもらったし、ソロのマインドの方が強かったね。もちろん僕はシガー・ロスのメンバーだから、そこからの要素というか影響は少なからずあったとは思うんだけど」
――コラージュ的な手法をとったのはなぜ?
「自然にそうなったんだと思う。偶然で起きたことなんじゃないかな。僕らはたいていリハーサル・スペースに4人で集まって、曲を書いて、そしてスタジオに行ってレコーディングする。でも今回はとにかく混乱していて、こういう結果になった。なぜなのか理由は分からないよ。僕らはこれまでに作ったアルバムから多くを学んだと思っていたのに、ここにきて、何ひとつとして学んでなかったことに気付いたのさ!」
――実際の作業はどんな風に進めたんですか?
「これまでのアルバムよりも“スタジオ・アルバム”的な成り立ちの作品で、サウンドスケープ的でもあって、さまざまな楽器や機材を使った実験を、かつてなくたくさん含んでいるんだ。自分たちでもそこが気に入っている。スタジオの中であれこれ思い付きを試すのは、いつだって楽しいものだよ。みんなそれぞれの担当楽器を弾いたとは思うんだけど、ほかにもいろんな楽器をプレイしたし、そういう意味ではトラディショナルなシガー・ロスのアルバムではないんだ。これはスペシャルなアルバムなんだよ。どんな結果になるのか、最終的にどんな音になるのか、僕らにはまったく見当がつかなかった。でも今の形に行き着くことを誰もが望んでいたと思う。こういうアルバムを作りたいという考えは、ずいぶん最初の段階で抱いていたんだけど、全員でそれを遅らせていたようなところがあるね」
――過去にはケン・トーマスらのプロデューサーを立てていますが、今回は身近な存在であるアレックスと共同プロデュースしていますね。彼はどういう効果をもたらしてくれましたか? 「今回は外部プロデューサーを立てようがなかったっていうのが、正直なところになるのかな。かなり前から構想していたアルバムだからね。アレックスは今作に大いに貢献してくれたよ。なんというかこう、僕たちメンバーの士気を上げる役割だった。僕にもっと歌えとか、出来上がったものを最終的にもっと僕たちっぽくアレンジするとか、いろいろやってくれたよ」
――本当に長い時間を要したプロセスの中で、“これでアルバムの全貌が見えた!”と感じた瞬間はありましたか?
「どちらかというと、周りのスタッフや友人が手助けしてくれた部分が大きいんじゃないかな。ずっと長い間このアルバムを作っていて、マネージャーたちを含めてみんなが“早く仕上げたほうがいいよ”ってハッパをかけてくれて、そのおかげで仕上がったと言っていいと思うんだ」
――『ヴァルタリ(=蒸気ローラー)』というタイトルの意味は?
「これは長い間、とある曲の仮題だったんだ。当時スタジオのすぐ外の道路で、なんかのマシーンを使って工事をしていて、そのひとつが蒸気ローラーに似ていたんだよ。巨大な蒸気ローラーみたいだった。もちろん今は蒸気なんか使っていないんだけどね。だから曲のひとつを“Valtari”と名付けて、その名前にだんだん愛着を持つようになったのさ。メカニカルな獣が魂をゆっくり押しつぶす――というアイディアが気に入ったし、このアルバムには相応しいよ」
――作詞にはどんな風にアプローチしたんですか?
「今回はアイスランド語で書くことにしたよ。僕自身、アイスランド語で歌いたかった。歌詞はある意味でかなり内向的で、たとえば〈ドイザログン(Daudalogn)〉は“無風状態”という意味なんだけど、眠ることができなかったり、もしくは朝すごく早く、1日が始まる前に目が覚めてしまうことについて歌っていて、“嵐の前の静けさ”とか“1日が始まる前の穏やかさ”を描いている。ほとんどの歌詞がそんなノリなんだよ」
――ちなみにジャケットは誰が手がけているんでしょうか?
「僕の妹たちが担当したんだ。ひとりはフォトグラファーで、もうひとりはイラストレーターなんだけど、『GO』もやってくれたこともあって、ぴったりなモノを仕上げてくれたよ」
――今シガー・ロスがいる場所について、本作は何を物語っていると思いますか?
「僕は未来についてすごく興奮しているんだ。何か新しいものが始まりつつあって、バンドが新時代に突入しようとしている気がする。そうであることを願っているし、実際そうなんだと思うよ」
取材・文/新谷洋子(2012年4月)
[2]『ヴァルタリ〜遠い鼓動』 Special Review
文/平野和祥
かつてなかったほどスタジオ・ワークに拘りぬいてようやく完成までこぎつけた作品だという。エレクトロニクスとの融合に意識を高める一方で随所に女声(&児童)合唱や弦楽アンサンブルの響きを自然に織り込み、いずれにせよ、あえてバンドで演じる音楽の制約を一度完全に忘れてみせたかの緻密で幻想的なサウンドスケープが揺らぎ、さざめく。 これはアコースティック・ライヴ演奏を軸にした
『クヴァルフ/へイム〜消えた都』(2007年)から人懐こい表情を鮮やかに浮かび上がらせた前作
『残響』(2008年)に続く道とは明らかに一線を画し、むしろ耳にするだけではどうやって実演するのやら想像もできない音を詰め込んだ
『アゲイティス・ビリュン』(99年)から壮大な音響叙事詩
『()』(2002年)にいたるころ目撃した“ロマンティックが止まらない”状態を思い起こさずにいられない方向性である。じっさい本作には00年代初頭の素材も含む過去のアイディアが随所に用いられているとか。でありながら、音の感触はあくまでも終始穏やかで優しく、彼らが10数年かけて育んできたヒューマンなロマンティシズムの延長線上にあることも明白だ。今だからこそ創り得た作品なのは間違いない。これまで現実化されなかった夢の欠片を丹念に拾い集め磨き上げた成果は、いわばバンドがバンド自身の歴史にあてたサウンドトラックのごとき趣きに。時の移ろいから解き放たれた夢の物語が紡がれた。
「Ekki mu'kk (moving art)」from『Valtari』