(c)Piper Ferguson
――今回のアルバムも、前作同様ちゃんとしたスタジオでレコーディングしたんですか?
「そう。レーベルとの契約金で建てた自分たちのスタジオでレコーディングしたんだ。LAのダウンタウンにあるんだけど、3部屋あって、IKEAで買った家具を置いて、みんなでくつろげる部屋もある。時間を気にせずにいくらでも使えるから、毎日みんなで集まって、同じ曲でもいくつもヴァージョンを録ってみたり、いろんな実験をしてみたりした。今回は特にメロディを引き立てるアレンジにこだわったんだ」
――バンド・メンバーにはどんな風に指示していくんですか?
「“この曲のベースはこんな感じで”“ギターはこんな風に”って、かなり具体的に指示する。頭の中で曲の完成図ははっきり見えているからね。もちろん、バンドが実際にやってみると思い描いたものとは違う風になることもあるけれど、だからといってボツにするのではなく、そこからどう拡げていくかを考えるんだ」
――ドラマーのアーロン・スパークスが脱退しましたが、今回のドラム・パートはどうやって作り上げたんですか。
「これまでは俺の頭の中にあるビートをヒューマン・ビートボックスみたいに口で表現して、それをアーロンに叩いてもらっていたんだ。でも、俺が口で表現したリズムをドラムで叩くのはすごく難しかったみたいで、これまでドラム・パートが思ったように機能していなかった。今回のアルバムでは、俺のヒューマン・ビートボックスをまず録音して、後でそのひとつひとつをRAMの音のデータに入れ替えるという細かい作業をした。だから俺は実際にはドラムを叩けないけど、叩いているみたいなものなんだ」
――誰にもマネが出来ない、あなただけのビート感があるんですね。
「そう。ドラムに限らず、俺の頭の中にはいろんな音が鳴っている。こんな風にね(身体全体を使って音を出してビートを刻む)」
――すごい! 人間オーケストラですね。また本作ではドニー&ジョー・エマーソン「ベイビー」のカヴァーでダム・ファンクが参加していますが、そのいきさつは? 「ドニー&ジョー・エマーソンのアルバム
(『ドリーミン・ワイルド』)がリイシューされることが決まった時、レーベルに依頼されて彼らにインタビューをしたんだ。その時にレーベル側から“ダム・ファンクと一緒にカヴァーをしてくれませんか? 我々にとっては夢の共演なんだけど”という相談を受けた。俺はダム・ファンクと知り合いだったから、すぐにその依頼を受けたんだ。彼とは9月に一緒にツアーをする予定だよ」
(c)Tim Saccenti
――最高の組み合わせですね。ドニー&ジョー・エマーソンの曲もホーム・レコーディングで独特のサイケデリックな雰囲気があって、どこかあなたのサウンドと通じるものがありますね。
「そうだね。彼らも楽器がそんなに弾けるわけではないから、独自のリズム感みたいなものがあって、それがすごく独特で。無垢さというか、何も知らないでやっているところがすごく魅力的だと思う。俺はこれまで20枚くらい作品を作っているけど、いまだにイノセントなものを大切にしているよ」
――もしかしたら、あなたは子供の頃から変わっていない部分が多いんじゃないかと思うのですが、どんな子供だったんですか?
「まあ、今でも子供みたいなものだけどね(笑)。逆に子供の頃はけっこう成熟していて、歳をとればとるほど自分が若くなっている気がする。ちょっと不思議な感じだけどね」
――あなたの音楽を聴いていると、何だか子供がノートいっぱいに描いた落書きを思わせます。
「歌詞にしても、やっぱり俺の基本はそこ(少年期)にあるんだよね。子供の時に抱いたオブセッションというか、俺の音楽というのはたしかに多少のヴァラエティはあるけれども、進歩の要素はない。本当の意味での多様性はなくて、細長い廊下のなかにいろんなものが置いてあるっていう感じかな」
――そんななかで、アルバムタイトルに“マチュア(成熟)”という言葉を使ったのはどうしてですか?
「子供って背伸びをするじゃないか。全然わかってないのに、わかったふうに大人ぶって話したりしてさ」
――じゃあ、今回のアルバムは子供の背伸び?(笑)
「そう(笑)。10年間ローファイの泥に埋もれていたところから這い出て俺なりに頑張っているんだぞと(笑)。今回のシングル曲〈ベイビー〉なんか、けっこう洗練されているだろ? アルバムのアートワークも洗練されているし、アルバムを手に取る人がみんな“そうか、アリエル・ピンクも大人になったんだな”って思っていざ聴いてみたら、ご覧のとおりのサウンドってわけさ(笑)」
取材・文/村尾泰郎(2012年6月)