2002年に発表された『檸檬』から5年。遊佐未森から再び、昭和歌謡をテーマにしたカヴァー・アルバムが届けられた。「銀座カンカン娘」「港が見える丘」などが収録された本作『スヰート檸檬』には、昭和が持っていた伸びやかな雰囲気、そして、日本の伝統的な唱歌とジャズ、シャンソンといった西洋のサウンドの融合から生まれる、きわめて独創的な音楽世界が広がっている。豊かな抒情にあふれた歌の数々、そこから伝わる生き生きとした空気をたっぷり味わってほしい。 ――昭和歌謡をテーマにしたカヴァー・アルバムは2作目。その時代の曲には、遊佐さんの体に馴染むようなところがあるんでしょうか。
「自分のなかのスタンダードっていう印象ですね。歌うことを純粋に楽しめるし、“より良く伝えるためには、どんなふうに歌ったらいいんだろう”っていう奥深さもあって。今回は昭和20年代、30年代の作品を中心にしているんですけど、時代の荒波を乗り越えて歌い継がれてきた曲には、生命力を感じます。そういう力を伝えていけたらいいな、っていう思いも強いんですよね。今のすごく複雑な世の中のなかで、こういう大らかな曲が流れていると、とてもいいんじゃないかなって」
――郷愁とか懐かしさだけではなく、今の時代に歌われるべき必然性がある、と。
「そう思います。もうひとつ、あの時代の曲を納得して歌えるようになった、っていうのも大きいんですよね。たとえば〈港が見える丘〉にしても、しっかり歌うためには、ひとつ超えなくちゃいけないものがあったと思うし」
――それは技術的なこと?
「いえ、気分的なことだと思います。もっとサラッと歌うこともできるんですけど、オケが出来上がったときに“そうじゃないな”って思って」
――しっかりと情感が込められてますよね。
「いままでにはあんまり出してなかった声質じゃないかな。またライヴで歌うことで、表現の幅が広がったり、試されたりするんだろうなって思いますけどね」
――上田 禎さん(カーネーション、Rie fu、秦 基博らのアレンジを手掛けるミュージシャン)のアレンジも見事でした。原曲の雰囲気を伝えつつ、新鮮な空気も加えるという、とても難しい作業だったと思うのですが。
「そうですね。『檸檬』のときにもお願いしたんですけど、その時に“こういう世界が本当にお好きなんだろうな”っていうのが、ダイレクトに伝わってきたんです。あの時代の楽曲を楽しんで、対峙されるパワーが素晴らしいです。今回もぜひお願いしたいなって。私からは“なるべく当時のアレンジを活かしてほしい”っていうリクエストをさせてもらってたんですが、最初に〈銀座カンカン娘〉をレコーディングしていたときに“これはきっと、いいアルバムになる”っていう手ごたえがありました。20人くらいのミュージシャンに集まっていただいて――しかも、大御所の方ばかりで――一発録りに近い感じだったんですけど、いい緊張感もありつつ、本当に素晴らしいものが出来上がって」
――すごく贅沢だし、豊かな音ですよね。
「演奏してても楽しいみたいですよ、そういうやり方って。レコーディングが終わっても、みんなといろんな話をしてたし……。ギターの西海さんは、〈青春サイクリング〉を歌ってた小坂一也さんのバックをやってたことがあったり。すごく昔のことのようだけど、意外とつながってるところもあるんですよね」
――いまのJ-POPの原型なのかもしれないですよね。当時は最先端のポップ・ソングだったわけだし。
「あの時代の曲って、私が小さいときはまだ普通に歌われてたんですけどね。酔っ払いのオジサンが千鳥足で歌ってたり、みんなで集まってるときに、なんとなく気分が乗って歌いはじめたり。カラオケが出来た頃からかな、ただ歌うっていうことがなくなった気がするんですよ。もう一度そういう雰囲気を取り戻すというか、ライヴ会場で一緒に歌えたらいいだろうなって思うし。それも選曲の基準になっていたりもするんですよ、じつは」
――「青春サイクリング」も「憧れのハワイ航路」も、合唱が似合いそう。「青春〜」、じつはフルコーラスを聴いたのは初めてだったんですけど(笑)。
「“サイクリングサイクリング ヤッホーヤッホー”しか知らない人、多いかもしれないですね(笑)。あと、。
中村八大さんの歌(〈上総〉)との出会いは、ものすごいインパクトがあったんですよ。本当にいい曲だし、最初に聴いたとき、。
藤原道山さんに尺八を吹いてもらいたいっていうアイディアもすぐに浮かんで。このアルバムの世界観を作ってくれた一曲になりました」
――ジャケットのアートワークも昭和モダンの雰囲気がたっぷり。あの時代の文化に対する憧憬もあるんでしょうか?
「ありますねえ。日本の伝統的な文化と西洋の新しい文化とが絶妙にミックスされてる面白み、それが昔からすごく好きで。このアルバムのホームページがあるんですけど、そのデザインは宇野千代さんが関わっていた『スタイル』という雑誌をイメージしていたりもするんです。宇野千代先生好きで、小説やエッセイを読んだり、トーク・ショーにも行ったことがあるんですよ。じつは今回のアルバムの写真のなかには、先生のアトリエからお借りしてきたものも使わせてもらっているんです。そこにもあの時代の雰囲気や気配が出ていると思います」
――遊佐さんの好きなモノが集約されている作品でもある、と。
「このアルバムのために調べ直した、っていうよりも、少しずつ好きなモノを集めていって、それがいろんなところで結びついているんだと思います。いつもそうなんですよ、私。何事も急いでやるのが苦手なんですけど、海の近くで暮らすようになってから、ますますそういう傾向が強くなってきて。今年はデビュー20周年だから、いろいろあるんですけど(笑)」
――ファンのみなさんは、きっと期待してると思いますよ。
「ありがとうございます。“やっと動き始めた”っていう気配を、感じてくれてるみたいだし……。みなさんが楽しんでくれるようなことができたらいいなって思ってます」
取材・文/森 朋之(2007年1月)
【遊佐未森 ライヴ・スケジュール】
●タイトル:cafe mimo〜桃節句茶会〜vol.8
公演日:2008/3/1
地域:東京
会場:草月ホール
開場:17:30
開演:18:00
料金:前売り S席:\6,000(tax in)/A席:\5,500(tax in)
ゲスト:藤原道山(尺八)
問い合わせ先:HOT STUFF:TEL:03-5720-9999
公演日:2008/3/2
地域:東京
会場:草月ホール
開場:17:00
開演:17:30
料金:前売り S席:\6,000(tax in)/A席:\5,500(tax in)
ゲスト:佐藤竹善
問い合わせ先:HOT STUFF:TEL:03-5720-9999
公演日:2008/3/7
地域:大阪
会場:ザ・フェニックスホール
開場:18:30
開演:19:00
料金:前売り 全席指定:\6,000(tax in)
ゲスト:サキタハヂメ(のこぎり)
問い合わせ先:キョードーチケットセンター TEL:06-6233-8888
公演日:2008/3/8
地域:金沢
会場:市民芸術村パフォーミングスクエア
開場:19:00
開演:19:30
料金:前売り 全席指定:\6,000(tax in)
ゲスト:Miya(フルート)
問い合わせ先:FOB企画 TEL:076-232-2424
公演日:2008 /3/15
地域:東京
会場:東京都庭園美術館 新館大ホール〈girl’s only〉
開場:17:30
開演:18:00
料金:前売り 全席指定:\6,000(tax in)
ゲスト:近日発表
問い合わせ先:HOT STUFF TEL:03-5720-9999
この日の公演は女性のみ入場可
●タイトル:「モダンガールズあらわる〜昭和初期の美人画展」 遊佐未森コンサート “スヰート檸檬”〜ミモリ館・昭和歌謡の夕べ〜
公演日:2008/3/29
地域:島根
会場:県立石見美術館グラントワ小ホール
開場:16:00
開演:16:30
料金:前売り 全席指定:\1,800(tax in)
問い合わせ先:島根県芸術文化センター TEL:0856-31-1860/ユニオン音楽事務所 TEL:082-247-6111
●タイトル: “スヰート檸檬”〜昭和歌謡の夕べ〜