ceroの2ndアルバム
『My Lost City』があまりに素晴らしい。架空の都市を切り取ったエキゾティック・ミュージックという面では前作
『WORLD RECORD』に連なるものだが、ここには、前作よりも一歩も二歩も踏み込んだダイナミックなドラマが、途方もないイマジネーションに満ちた超現実的世界が広がっている。いかにして本作はできあがったのか。ヴォーカルでソングライターの高城晶平と、ギタリストでミックスも担当した橋本翼の二人に話を訊いた。
――今回のアルバムは相当な手応えがあるんじゃないですか?
高城晶平(以下、高城) 「どうですかね。ミックスやったのはハシモっちゃんで。ノイローゼ気味になってたね」
橋本翼(以下、橋本) 「やるだけやったんですけど、どういう反応されるか分からない」
高城 「僕は毎日聴いて一喜一憂してます。その日のコンディションによって“めちゃ最高や”ってボロボロと泣ける日もあれば、“全然ひっかからねえ”ってときもあって。昨日は『Roji』って自分が働いてるバーで久しぶりにデカい音で聴いら、“いい……”と思いました。それで、いい印象のまま止めておこうと(笑)」
――1枚目に比べて音がしっかりしてますよね。曲の強度みたいなのも高いと思います。ファーストは雰囲気ものっぽいところがあったと思うんですよ。
高城 「音の部分で言うと、前回も橋本くんがミックスやったんですけど、そのときはほとんど独学みたいな状態で、ソフトも古いのを使ってて。僕はパソコンで制作できなくて、MTR使って作ることしかできないんですけど、橋本くんと荒内(佑)くんが新しくパソコン買って、せーのでいちから勉強したんですよ。ライヴでPAしてくれている得能(直也)さんがスタジオで録音をがっつりやってくれたんですけど、プライベートでもソフトの使い方を教えてくれて。『Roji』で勉強会して」
橋本 「それで基礎ができて」
高城 「綺麗な音で録れたので、ファーストと比べると素材の差があったので、面白く盛りつければファーストより聴きやすくていいものになるだろうなと」
――録りからミックスまで以前とは違うと。
橋本 「ファーストはね」
高城 「ほとんど家で録ったし、マイクも適当だったので。もろDIYでしたね」
――音質だけじゃなくて、歌も迫力が出たと思います。
橋本 「上手くなったよ」
高城 「ほんとに? 僕個人は上手くなったっていうのはなくて。こないだファースト聴いたら、朴訥としてていいなと思っちゃって。なんだろうって考えたら、前はヴォーカル・ブースみたいな立派なところで録ってなかった。ハシモっちゃんが横でヘッドフォンしながら録ってて。なんか、人の前にいた方が雰囲気が出るのかなと。今回は一人で歌ってたから感じが違うなとか思ったりしてたんだけど」
――ああ。ブースに入った方がより歌手っぽくなるんじゃないですか?
橋本 「はい。ヴォリュームが出てる。部屋だと(声を)出しにくいし」
高城 「遠慮してる感じがパーソナルっぽかったのかなって。そんな感じが普通のポップスに入ってるのが『WORLD RECORD』なのかな」
――聴いていてどっちが好きですか?
高城 「どっちも好きなんですけど、歌ってて気持ちいいのはもちろんセカンドの方。でもブースで孤独に歌ってるのは声が違うので、次やるときはみんながいるところで歌ってみたいな」
――今回のアルバムには気になる歌詞がたくさんあります。「マイ・ロスト・シティー」の“ダンスをとめるな!”とか。社会的なメッセージとも取れるじゃないですか。
高城 「これに関しては、モロに社会をどうのこうの思って書いてたわけじゃないんですけど。前回のを出したあとにシティポップって結構言われたんですよ。でも自分たちシティポップってジャンルを意識して作ってこなかったから、改めて聴き直してみたんです。
山下達郎さんとか
大貫妙子さんとか
吉田美奈子さんとか
シュガー・ベイブとか。そしたら、実際の都市にはない楽しさとか煌びやかさがあって。実際の都市は暗くて面白味がないというか。
井上陽水さんの〈傘がない〉の世界の方がじつは本物に近い。シティポップの方が享楽的で」
――アーバンな感じっていうのは本当にあるものか分からないですよね。
高城 「そうそう、ある意味リゾート・ミュージックに近い感じなんだなと思って。架空っていうところではceroに近いのかなと。今回のアルバムは自分の中で享楽みたいなのを突き詰めたいなと思っていて。ジャンルとしてのシティポップとは違うものを出していきたいなと思って“ダンスを止めるな”というフレーズが出たと思います」
――風営法のことは関係ない?
高城 「意識してないって言ったら嘘になりますけど。〈マイ・ロスト・シティー〉は福島のことを意識してるようなんだけど、でもパラレルの世界のジャングルになっちゃった町のような。人が誰もいなくなって、逃げ出した動物たちの天国みたいな世界のことを書いてて。それとは別にタガが外れた時代にダンスを止めちゃいけないっていうイメージなので、直接的には関係なくもないけど、そこまで意識はしてないかもしれないです」
高城 「ラジオでかかってたのかな。前回もジェームズ・チャンスとか出てきて。村上春樹さんの小説で、物語の筋とは全然関係ない音楽がラジオから流れたりしてて。でもそれが色を添えている。そういうBGMみたいなイメージです」
――「マイ・ロスト・シティー」では“ワイルドサイド”という言葉がありますが、「cloud nine」では言葉だけじゃなくて「ワイルドサイドを歩け」のメロディも出てきます。どういう経緯でできたんですか?
高城 「『WORLD RECORD』を作ってる時からライヴでやってた曲で。最初は普通にルー・リードのカヴァーをやろうってスタジオに入ったんですけど、そのうち違う歌詞を乗せようってやっていたら全然違うものになって」
――カヴァーが先なんですね。
橋本 「そうだったね」
高城 「違う感じになってきたから、オリジナルでいけるんじゃないかなって。これは特殊な形に成長した曲ですね。それで、“ワイルドサイド”って言葉が出てきたのを受けて、〈マイ・ロスト・シティー〉にも“ワイルドサイド”を入れたりして。曲と曲が重なり合ってるところがあるので」
――テーマ的に似ているものが多いのは意図的にリンクさせてるんですね。
高城 「ファーストのときもそうだったんですけど、曲が他の曲のインスピレーションになっていることがすごく多いです。物語を作りたいようなところがあって。僕、漫画家になりたかったりとか、映画を作りたかったんです。日藝の演劇学科に行ったんですけど、完結した1個の物語を作ることができなくて。ギリギリ手に収まるのが曲っていう単位だったんですね。曲だったら掴まえられるなって。曲の連なりで、自分が作りたいサイズの物語にしていこうと思って『WORLD RECORD』を作ったので、そのやり方が今も続いているという。曲と曲が干渉し合ってひとつの形になっていく、パズルみたいな作り方してますね」
――そうすると同じような曲が増えることはない?
高城 「でも不思議とそうはなってないですね。なんだろうな」
――ストックがある中で選んだという感じですか?
高城 「もう、大分使い果たした(笑)。『WORLD RECORD』を出した期間にライヴしまくって、そのときに7割方できてて。実際このアルバムのために書き下ろしたのは3曲とか4曲で。なので、最初に言っていた強度っていうのはそういうのなのかな。何度もライヴするうちにアレンジもいろいろ変わって、今の形に落ち着いたところもあるので」
――「船上パーティー」は急に寸劇みたいになりますが、この台詞の部分って最初からあったんですか?
高城 「これは最初からありました。ライヴでは後ろの歌が前に出てるんですけど。ファーストを作ったときとか、ワンマンをやったときに特典でラジオ・ドラマを作ってたんですよ。さっきの物語の話にも通じるんですけど、そういうのを面白がって作ってたのが、思いがけずアルバムにうまいことフィードバックされて」
――それがすごく変わってるなと思うんです。リズムが変わったりとか、曲の中に曲があるような場面がいっぱいあって。どうしてそういう変化が多い曲がたくさんできるのかなと。
高城 「たしかにそうですね。映画内映画とか、劇中劇みたいなことなんですかね。でも、普通にアコギで作るパターンが多いので」
橋本 「弾き語りでね」
高城 「〈船上パーティー〉とかも普通に弾き語りで一人二人役やって」
――バンドのみんなはそれを聴いて、普通に受け入れられるんですか?
高城 「だから最初はイメージも伝わってなかったと思うんですよ。難しい曲だったし。そのままライヴやってるようなところもあって、自分自身あんまり分かってなかったんですね。それで録音してみて“こういう曲なんだ”って言ってたよね」
橋本 「そうだね。〈大洪水時代〉とかも」
高城 「自分たちも全体像をあんまり?めてなくて、今回録音して初めて発見があって」
橋本 「この2曲が特にそうですね」
――お話聞いてると思ったより全然ナチュラルですね。“若くて曲が作れる知的な奴ら”みたいなイメージでした(笑)。
高城 「難しいこと言ってくるんじゃないかとか、何分の何拍子が〜とか(笑)。僕もそういう感じで突っ込んでこられると恐いです(笑)」
――やってたらこうなっちゃった、みたいな感じが多いんですね。
高城 「そうですね。荒内くんはもうちょっと構築性のある感じで作ってるのかな。どうなんだろう。僕よりは全体を見てる感じがしますけど。彼は鍵盤ができるので」
――震災が起こる前に歌詞と曲ができてたという話ですよね。ちょっとスピリチュアルな話ですけど、音楽が先を行くみたいなことってあるじゃないですか。「大洪水時代」を作ってみて、どう思いました?
高城 「ほんと、完全にスピった話になりますけど。その前に〈大停電の夜に〉があって。普通にロマンチックで、住んでる東京に近いんだけど、パラレルな、ちょっとだけ違うものが混ざってるみたいなものを作るのが好きだったんです。箱庭の配置を面白がって変えたりしてたことが現実っぽいものになっちゃって。計画停電とかやってるときに、この曲を聴いてたみたいなツイートしてる人がいて、“現実味を持って聴かれる曲になったんだな”とか思って。ちょっとしたSFみたいな曲だったのに、現実が寄り添っちゃったなと。(震災前に)〈大洪水時代〉もあったし、〈船上パーティー〉もあったんですけど、アルバム出すときに“震災のことを受けてできたアルバム”みたいに言われるのがなんかイヤだなと思って。でもそれから逃げて、手を入れて変えちゃうのも何か違うし」
――このままでいこうと。
高城 「はい。ちょっと話が遠くなってるような感じするんですけど、こないだ荒内くんが話してたことで。大林宣彦監督の『この空の花』っていう映画を観てすげー感動したんです。花火と爆弾の近似性みたいな話をしていて。打ち上げるか落とすかの違いで、構造も近いけど似て非なるものっていう。で、うまく説明できてるか分からないですけど、自分たちは花火を作ったんだと」
――なるほど。
高城 「地震を爆弾と捉えていいのかわからないですけど。三尺玉が打ちあがって喜んでいる人もいるけど、空襲を体験しているお婆さんとかはいまだに怖くて花火を見られない。そういう人もいると。このアルバムもそういうふうな聴かれ方をするかもしれないなって怯えたりもするんですけど、花火を作る人はそんなこと言ってられずに毎年作るわけで。感じ方はそれぞれですけど、自分たちはそういう感じで、ひとつ花火を作り上げたという」
――ああ。これは……他のインタビューでも使える話ですね。
橋本 「(笑)。前回あたりから言い出したね」
高城 「アラピー(荒内)が言って、“それ、頂き!”って(笑)。そういう風に考えれば自分の中でオチがつくのかなって。〈船上パーティー〉も明るい曲なんですけど、結構不気味というか変な曲だなとは思います」
――ceroみたいなバンドがそういう重みを帯びるなんて思いもしませんでした。
高城 「自分自身もへーって思います。こんなアルバムになったんだって」
――そもそも『My Lost City』っていうタイトルだし、受け取る側としてはやっぱりそれを抜きには聴けないというか。
高城 「でもあくまで『My Lost City』っていう自分の都市っていうところに留まっているのが自分たちらしいなって思います。さっきの曲と曲が干渉し合うっていうのは、アラッピーと僕の間でも結構あって。前回より今回の方がそういう音楽のコミュニケーションが増えましたね。〈Contemporary Tokyo Cruise〉なんかはまさにそうですね」
――「船上パーティー」とかに繋がってますよね。
高城 「それを受けてなのかは分からないですけど、リアクションのような感じはありますよね」
――全体的に効果音とかノイズの使い方がすごくダイナミックで、夢の中で大航海している感じを演出してますよね。
高城 「橋本くんが楽器じゃない音の取扱いがうまいんです」
橋本 「向いてるのかもしれない。エフェクターがすごい好きで。いろいろ詳しいわけじゃなくて、1種類のマルチを使い倒してるんですけど。ライヴでは同じのを2台使っていて。あと荒内くんが波形をいじってくれたのを当てはめてるというところはあります」
高城 「ギタリスト!みたいなプレイヤー的な人はceroにいなくて。そういう音をいじるみたいなやり方の方がみんな面白い」
橋本 「ギター・ソロとかないしね」
――最後の「わたしのすがた」だけちょっと毛並が違う曲で。アルバムは意外な終わり方をしますよね。
高城 「本編は〈さん!〉で終わって、少し曲間をとって。ボーナス・トラックじゃないけど、違和感があるもので終わるというイメージはありますね。エンドクレジットみたいな感じはあります」
――そうした意図は?
高城 「他の曲はパラレル・ワールドというか、夢っぽい世界みたいな感じで書いてるんだけど、この曲だけ現実の目線というか。パッと目が覚めて、長い変な夢見てたなーってぼんやりしたまま街に出るイメージ。質感を変えたいというのがあったので、この曲は唯一荒内くんがミックスしてて、音的にも段差をつけました。恐いんだけどパラダイスのような世界が終わって、はぁーみたいな感じにしたかったんですね」
――聴けば聴くほどよくできているという。橋本さんは作業が終わってみていかがですか?
橋本 「ファーストはかなり時間かけて作れたんです。レーベルも決まってなくて、締め切りとかまったくない状態だったので。今回はその半分くらいの期間になって……こういうのって、聴き込んでるうちにこうした方がよかったなって思うこともありますよね」
――分かります。でも、きっとこれからは締め切りがどんどん増えていきますよ。
高城 「ノイローゼなんかなってらんないよ」
橋本 「そうだね」
高城 「EQも5バンドどころじゃないよ(※前作は3バンドのEQを使用していた)」
橋本 「まじノイローゼになるわ」
――でもバイトとかしないで音楽一本で生活したいですよね?
高城 「僕個人では、『Roji』に出る自分も結構確立されてて、それも面白くて。バーの兄ちゃんやりつつやれたら面白いんですけどね」
――橋本さんは?
橋本 「僕は事務仕事なんですけど、融通利くので、週1とかでも入れるならやりたいですけどね」
高城 「音楽家って浮き足立った仕事というか。地に足つけてる人もいるんでしょうけど」
――基本的には先の約束がされてなくて、その日その場の仕事をやっていくような生活ですよね。
高城 「そういうのが恐くて。金銭的にというよりも、日常がなくなっちゃうんじゃないかっていう不安があって。家からバーに通うみたいなことがまったくなくなって、今日はどこどこで、みたいな生活になったら漠然と不安だなと。ちょっとでもいいからベースが欲しくなる気がしちゃうんですよ。バランスとっていきたい感じはありますね」
――夢とかありますか?
高城 「その質問ヤバイですね」
――ヤバイでしょ(笑)。これいろんな人に聞くんですけど、スパンと答えられるのってすごく若い人ばっかりなんですよ。
高城 「パッと出てこない。悔しいなあ。(橋本に向かって)ある?」
橋本 「締め切りゆったりめの音楽仕事で食っていきたい」
――あははは。
高城 「なんだろう。じじいみたいな発想しか浮かばないな。ceroやりつつ、バーやりつつ、現状維持みたいな。今って理想的なのかな」
――ceroはもっとたくさん売れるべきだと思いますよ。
高城 「そうですね」
橋本 「もう少し売れつつも、でしょ」
高城 「
トーキングヘッズの『ストップ・メイキング・センス』みたいなライヴがしてみたいです。ラジオ・ドラマとか物語うんぬんって話しましたけど、ライヴをそういうところで構築するのってすごい難しいし、大変だなと。でもトライしてみたい。もっと身体性のあるものというか」
――音楽の枠を広げるような。
高城 「はい。身近なところではそういうのをやってみたいです」
――でも曲がそうなんだから絶対合うと思います。じゃあ夢として次にやるべきことは物語性のあるライヴを考えるのと、部屋で人前でヴォーカルを録ることですね。
高城 「やけに具体的! そうします(笑)」
取材・文/南波一海(2012年9月)