――新作のジャケットに写っているのはメンバーたちが幼い頃から住む団地だそうですね。
「僕たちはここで生まれ育ち、2005年 にバンドを組んだ。ジャケットの団地の広場で子どもたちが遊んでいる姿は、僕らの子どもの頃の姿を、いま団地に住んでいる子どもたちに再現させている。 そこに、子どもたちへのメッセージを込めたんだ。メキシコでは、麻薬組織の抗争が激化し、僕らの住む町も、とても危険な状態にある。僕たちは警察と軍隊の間で生活するのに慣れてしまった。でもその過酷さから学んだのは、空手家の精神を未来へつないでいくことなんだ」
――というのは? 新作のタイトルにも「カラテ」とありますよね。
「僕らの思う空手家とは、大切な人々を守るために堂々と闘っていく者。次世代に引き継いでいくのは、悲劇の歴史を語ることじゃない。それを繰り返さないための努力だ」
「困難なときにこそ、“イージーでトロピカルにいこう”という精神で乗り切ってきた僕たちだけど、ここ数年の社会の歪みが活動を遮り、新作の制作に、まる2年もかかってしまった。権力の不正行使に振り回され、プライベートでも大きな問題を抱えたりした。だが、その試練によって成長させられた面もある。経験を音楽に変換でき、人々と分かち合えることが僕たちの幸せなんだ。遠い国だと思っていた日本でも、僕らの音楽が聴かれているなんて、夢のひとつが叶ったと感じた。支えてくれる人たちに感謝してるよ」
――音的にも新たにラップを取り入れたり、以前より多くのジャンルの音が複雑に絡み、サウンドが豊かになってますね。
「ジャンルをミックスするつもりで、音楽を作ってはいないんだ。11人のメンバーがメロディや詩、リズムなどのアイディアを持ち寄り、そこから発展させて曲にする。メンバー各自の音楽の好みやスタイルも異なるから、11の 個性を尊重しながら自由に作っていけば、自然に僕らの音楽になっていく。はっきりしているのは、レゲエとソン・ハローチョは僕たちの基本ということ。レゲエは僕たちに世界のさまざまな音楽へ触れるきっかけを与えてくれ、どんな場所の伝統音楽や文化もレゲエと融合できる、つまりソン・ハローチョも融合できることを教えてくれた。もっともソン・ハローチョ自体が、いろんな音楽や文化を混合しながら発展していったものだ。その歌と踊りのジャム・セッションであるファンダンゴ文化とリズムに、僕たちは多大な影響を受けている」
――それが、あなたたちの根幹ですね。
「そう、僕らの人生とともにあるものだ。幸運にも僕たちはソン・ハローチョの演奏一家の元に生まれ、家族に叩き込まれ、たくさんの友人たちと演奏方法を共有しているうちに身体にしみ込んでいった。現在、僕とバンド・メンバーのデミス(vo、g)、エドウィン(ハラーナ ※ソンハローチョの小型弦楽器) は、ハラパの子どもたちのために“リコ・チスポーソ”というプロジェクトで、そんなソン・ハローチョの素晴らしさを教えている」
――ソン・ハローチョはアフロカリブ文化にとても影響を受けているそうですね。詳しく教えてください。
「ベラクルスはメキシコ湾に面していて、世界中からの船が来る重要な貿易港があることから、海外から着いた人々が、いろいろな伝統、文化をもたらした。なかでも、コミュニティに適合したのがスペイン人たちの侵略によって連れてこられたアフリカ系移民たちだった。その労働歌がソン・ハローチョ誕生のルーツだ。1920年代にはキューバ音楽が入ってきて、そのリズムや旋律をメキシコで独自に発展させたダンソンという音楽が生まれた。チェやカストロが同志たちと小さな船、グランマ号に乗ってキューバ革命を起こすために出発したのがベラクルスからだったことからも、キューバとは常に深い関係がある。だからベラクルスは、いつの時代もたくさんの音楽であふれているんだ」
――現在のベラクルスの音楽状況はどうですか?
「驚異的だよ! 嬉しいのは、ソン・ハローチョが国際的に認められてきたことだ。今年2013年 のグラミー賞では、僕たちの兄弟分でもあるベラクルス出身のグループ、ロス・コホリーテスのアルバム『センブランド・フローレス』がメキシコ伝統音楽 / テハーノ部門で、さらに、パトリシオ・イダルゴ、ラモン・グティエーレス(ソン・デ・マデーラ)、アンドレス・フローレスなどベラクルス出身の偉大なアーティストたちが参加した、
システマ・ボムのアルバム
『エレクトロ・ハローチョ』がラテン・オルタナ音楽部門でノミネートされているんだ。僕らの新作にも参加してくれた、同郷のハラパのグループたち、ソネックスや、ロス・パハロス・デル・アルバもベラクルスを代表する若手グループとして海外から注目を集めている。みんなインディペンディエントで、信念を持って努力してきた。彼らと共通した伝統をもち、同じ道を歩んでいるのを嬉しく思う」
――あなたたちのようなグループが育つハラパって、どんなところですか?
「小さな都市だけど、大学がたくさんあり、若者が文化を牽引していて、パーティがいたるところで行なわれている。観光地でもあるけど、何より魅力的なのは、そこにいる人々だ」
――あなたたちの国、メキシコについては、どう思いますか?
「いろんな意味でケタ外れな国だ。人々は美しく勇敢だし、自然と資源にあふれたパラダイスだよ。足りないものがあるとしたら、それは政府で働く誠実な人間だろう。そりゃ誠実な人も確実にいるけど、無数の汚職や腐敗によって不可視の存在だ。でも、いつか変化が訪れるはずだ」
――そのための音楽の力を信じていますか?
「もちろん。音楽は可能性を広げ、コミュニティに理念をもたらすことができる。だからこそ、権力者たちも、はるか昔から自分たちに都合の悪い音楽を排除しようとしてきた。かつてブルースやソン・ハローチョのような抵抗の音楽が禁じられていたように。その力は抑圧から解放することも、世界を変える手助けにもなる。僕たちが賛美するアーティストたちは自分たちができることを追求し、この世界を救おうとしている。僕たちはそれに習って、前進していくのさ」
取材・文 / 長屋美保(2013年1月)