「小指の想い出」「恋のしずく」といった自身の代表曲や「天使の誘惑」「世界は二人のために」「白い蝶のサンバ」など、
伊東ゆかりの歌手生活60周年記念アルバム
『メモリーズ・オブ・ミー』には歌謡曲全盛期のヒット曲が並ぶ。全12曲中9曲でアレンジを手がけているのはジャズ界の才人、
デビッド・マシューズだ。二人のコラボレーションは、時代を超えて愛される名曲の魅力を浮き彫りにする。
――音楽シーンで長く活躍を続けているお二人ですが、初めてのコラボレーションですね。
伊東ゆかり 「レコーディングのお話があったとき、
ビリー・ジョエルさんとかのアレンジも手がけているデビッド・マシューズさんなので、最初は、海外の曲のカヴァーをするのかと思っていたんですけど、(レコード会社は)〈小指の想い出〉の頃のJ-POP集をやりたいと。あの頃は自分の歌で精一杯でしたから、ほかの人の歌を歌ったことがないし、不安もありました」
デビッド・マシューズ 「アーティストの声に馴染んでおきたかったのでYouTubeを見ました。まず感じたのは、とてもキュートだということ。それにタイム感、ピッチ音程とも素晴らしく、この人が歌えばいいレコードになると確信しました」
――選曲はどのようにしたのですか?
伊東 「なんらかの形で私の思い出となっている曲ですね。〈小指の想い出〉と〈恋のしずく〉は外せませんし、
中尾(ミエ)さんの〈片想い〉と
(園)まりさんの〈逢いたくて逢いたくて〉もそうです。あの時代にはいい曲がいっぱいありますから、レコード会社の方にもピックアップしてもらって選びました」
マシューズ 「どれも知らない曲でしたが、いまも皆さんに親しまれていることが納得できる質の高さを感じました。アレンジャーとして聴くときに大事なのはメロディ・ラインの強さなんです。興味深いメロディであれば、いいアレンジができます。今回は強力なメロディの曲が揃っていました」
――2管フロントのクインテットで演奏し、4ビートのサックス・ソロが入る〈恋のしずく〉をはじめとして、ジャズ・テイストのアレンジが新鮮です。
伊東 「(レコーディングに参加したレギュラー・バンドの)メンバーは“この曲がこんなに変わっちゃうんだねぇ。日本の方にはないフィーリングで、演奏していて気持ちいい”と言っていました。カラオケのレコーディングは楽しかったですよ。生意気かもしれないですけど、“この音はあまり好きじゃない”とか“ここでスキャット入れてみたいなぁ”とか言うと、マシューズさんはいつも“アッサメッシマーエ”と言ってくれて(笑)。レコーディングって緊張するので、いままでは完成したカラオケをバックに、私はただ歌うだけというやり方でした。カラオケをレコーディングする段階からスタジオに来て、ああでもない、こうでもないと進めたのは初めてじゃないですかね」
マシューズ 「緊張するのはどんなアーティストも同じだと思います。ずっと残るものをつくる、つまり真実を伝える必要があるのですから、プレッシャーは半端ではないですよね。私自身も、この演奏で良かったのかと、いつも自問します」
伊東 「よかった、私だけではなくて(笑)」
――今回のレコーディングで印象に残っているのはどんな点ですか?
マシューズ 「アレンジャーとしての自信作は〈ブルーライト・ヨコハマ〉です。ホーンが盛り上がり、そこにヴォーカルが入ると収まりがよかった。“ワオッ! やったぞ”と思いました」
伊東 「いちばん苦労したのは、あまりにも近くにいる人の曲だから、へんなふうに歌えないと思った〈逢いたくて逢いたくて〉です。まりさんに“ごめんね、あの曲、入らなくなってしまうかもしれない”と言うと、“そうなのよ、あの曲、難しいわよね。とくにサビのところが”と言ってくれました。でも、ちょっと意地もありますしね、最後にこの曲だけ、2日間かけてレコーディングしたんです。そのあとすぐに三人娘の仕事があったので、“いろいろご心配をお掛けしましたけれど、なんとか完成しました”と報告すると、まりさんも“よかった、私もちょっと寂しかったのよね”と言っていたから、よかったなと思いました」
――アルバムは60年代の音楽の魅力を伝えるという一面も持っています。
マシューズ 「アメリカのポップ・ミュージックについて言うなら、60年代から70年代初めにかけては、自分の年齢的なものなのか、一般的にもそうなのかわからないけれど、いまよりもずっといい曲があったと思います」
伊東 「個人的な考えですけど、いまは歌もサウンドのひとつですね。私たちの頃は、歌詞がはっきり聞こえないといけない、そういう歌い方をしなさいと言われましたけれど、いまは字幕がないと歌詞がわからないこともあります。私は踊りながら歌うということはできないし、あの頃の芸能界にデビューしてよかったなと思います(笑)。今回、収録した曲は10年後でも歌っていたいですよね。ベビー・ブームの、日本を元気にした世代でもあるし、そういう人たちが高齢になって元気がなくなってきたときに、メロディを聴いただけで“よし、まだ元気に生きてやるぞ”と、自分でもそうですけど、そういうふうになってくれるといいなと思っています」